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第23話:殺人姫と切り裂きジャック(3)

 どうしてか分からない。気づけば身体が勝手に動いていた。

 静歌が嗤った一瞬のの後、俺は彼女の顔面に向けて回し蹴りを放つ準備を完了し、そして「最初から蹴るつもりでした」と言わんばかりに高速の蹴りをお見舞いしていた。自分でもびっくりするくらい自然な動作で。

 しかし静歌の方は蹴られることがわかっていたらしく、嗤ったまま綺麗に蹴りをかわす。さらにお返しと言わんばかりに、かわしながら鈍く光る鉛色のナイフを投げてきた。それはあっという間に俺に接近し、軽く頬を裂いて後ろのドアに突き刺さる。背中に嫌な汗が滝のように流れ出る。鉄のドアに突き刺さるとか、どんだけ強く投げてんだよ!

 俺は本能の告げるままに横に跳ぶ。瞬間、俺のいた位置に鉛のナイフが飛来する。一本ではない。ざっと見、十本くらい一気に飛ばしてくる。そのどれもが鋭い風切り音を発しながら飛んでくるんだから始末に悪い。

 俺は内心舌打ちながら、静歌との距離を素早く詰める。眼前には余裕綽々といった表情の静歌。その顔に向けて拳を打ち下ろすが、手応えがまるでない。

「『アレ』を使わずに戦おうなんて、私も舐められたものね」

 背後に響く死の足音。振り向くことをせずに前に跳ぶ。前転の要領で勢いをつけながら立ち上がり背後を向くと、ナイフを片手に持ちながら馬鹿にするようにニタニタと嗤っている静歌がいた。少しイラッとする。しかも立位置が逆転してしまった。

 背後から夕日が強く俺たちを照らしていた。人形のような均整のとれた顔がこちらを馬鹿にするように見ているのを見ると、本気で腹が立つ。しかしそれを無理矢理抑え込み、冷静になるために深呼吸する。もちろん油断なく静歌を警戒しながら。

 一、二回深呼吸するとすぐに落ち着くことができた。そのクリアになった頭で素早く思考する。

 どうすればいい?

 どうしたらいい?

 どう動けばいい?

 躊躇っている余裕はない。躊躇っている理由もない。なら……。

 瞬間的に次の行動を起こす。この学院に来てからまったく使っていなかった、でも常にベルトに挟んであった『アレ』に右手を伸ばす。同時に空いている左手で制服のポケットに入っている携帯電話デバイスを掴んで引きずり出し、使う魔術を選び、地面に叩きつける。青い六芒星ヘキサグラムが屋上の床に浮かび、そこから生えたでかい刃が恐ろしい速度で静歌に迫り数センチ手前で停止し、俺が『アレ』を静歌に向けた。

 それに対し静歌はまるで焦ることもなく、それどころかこちらを憐れむように見やり、ため息交じりに口を開く。


「相変わらずみたいね。『The Killing Fields』?」


 その瞬間。

 こみ上げる吐き気と共に目に映る全ての世界がブレて、俺は意識を刈り取られた。


   ◆


 『僕』、いや俺は走っていた。満月の光に照らされた街の中をひたすら疾走していた。目的地はない。

 ぼんやりした意識。それと相反するようにひたすら走り続ける身体。とも合わない二つを持って、ひたすら邪魔なものを消し飛ばしながら走っている。

 およそ十分くらいだろうか? ひたすら走って走って走ったあと、不意に足を止めた。別に疲れたわけではなく、走る意味がないと気付いたから。

 それでも未だに頭は上手く働いていなくて、なんとなくふわふわした浮遊感だけを感じている。なんとなしに辺りを見渡すと、そこが街外れの商店街だと気付いた。よく見ると、一週間前に『御祈みき』と買い物に来た服屋がある。

 なんとなくその店に近付く。月光に照らされたその老舗の服屋はなかなかの風格があった。ガラスケースの中に入っているマネキンも、幻想的に見えてどことなく魅惑的だ。さらに近付く。今度はマネキンの着ている服を見る。透き通るような滑らかさを持っているシルク。これは『御祈』が欲しいって騒いでたやつだな……。

 さらに近付く、とそこで気付いた。ガラスに赤い何かが混じっている。なんだこれ。

 そう思い、さらに近付く。そして浮かび上がる自分の姿。

 赤い。

 紅い。

 朱い。

 全身が赤い。なにもかも赤い。どうしようもなく赤い。

 『御祈』が選んでくれた少し大きめの黒のコートも。かえでがぶっきらぼうに渡してきた味気ない灰色のマフラーも。アレンとお揃いで買ったお気に入りのジーンズも。密かに自慢だった艶のある黒髪も。

 全部! 全部全部全部赤く染まっていた。

 なんだ、これ……?

 愕然とし、目を見開く。上手く考えられない。なんで? どうして、こんな状態に?

「うっ!」

 不意にぼんやりとしていた意識が回復する。瞬間、鼻につく嫌な臭い。手には何かぬちゃぬちゃしたものがついてる。

 もう一度ガラスに映った自分を見る。

 やはり赤い。赤すぎる。これは……血?

 認識したとき、知覚していたものの正体がわかった。

 これは血だ。服についているのも、髪を染めているのも、手に付着した奇妙な感触のものも全部。全部、血だ。

「っ……うぁ……!」

 無意識のうちに身体が後退する。

 別に体中が血塗れなことに臆したわけではない。いや、それどころか、血塗れになる(・・・・・・)のは慣れてる(・・・・・・)

 だから今さら血に恐怖はしない。

 俺が恐怖を感じたのは……、

「う、うわああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 ガラスに映っている自分。

 そう、血塗れになりながらも嬉しそうに、本当に嬉しそうに嗤っている自分の姿に、俺はどうしようもなく恐怖した。


   ◆


 目を見開く。一瞬前まで俺をうならせていた悪夢かこは、あっという間に霧散した。

 すこしの間硬直し、

「……はぁ」

 その事実に安堵する。同時に深くうんざりする。

 横になっていたベンチから身体を起こすと、兎が餅でもついていそうなまんまるのお月さまが見えた。雲ひとつない空の所為なのか、かなり神秘的に見える。夜の校内(とはいっても校舎外ではあるけれど)から見る月ってのはなんとなく印象が変わる。

 俺は、どうして寝てたんだ、と考えて、静歌に気絶させられたことを思い出す。あたりを見回してもヤツの姿は見えず、代わりに校舎と整えられた芝生に、舗装された道といった普段の学院しか確認できない。俺が気絶してる間に逃げたのかな。

 時間がいまいち把握できないが、長い間横になっていたようで身体がガチガチに固まっていた。ベンチから立ち上がり、身体を伸ばす。背伸びに屈伸、あとは手首を回したり。そんなことをしていると、丁寧に並べられたレンガの道をコツコツと音を立てながら歩いてくる人影が一つ。

 警備員かな、と軽く身構えると、

「あら起きたの」

「……お前か」

 夜にまぎれるような黒のゴシック・アンド・ロリータを着た静歌だった。何故か手には缶ジュースを二本持っている。これを買いに行ってたのか。

 静歌はこちらの視線に気づいたのか、軽く微笑むと缶ジュースのうちの一本をこちらに放ってくる。綺麗な放物線を描いたそれは一寸の狂いもなく俺の手に収まる。冷たい。どうやら冷えたやつを買ってきたらしい。四月なんだから夜は肌寒いんだけどな。

 とはいえ買ってきてもらった身である以上文句は言えない。俺は「ありがとう」とジャスチャー混じりに伝えて、ラベルを見る。昔から幅を利かせている大手会社の缶コーヒーだった。缶を開け、飲んでみるとコーヒー独特の苦さが口いっぱいに広がる。不味い。

 しばらく、ちびちびとコーヒーを飲み続ける。静歌も不気味なくらい沈黙を守りながら缶に口をつける。お互い視線は合わせない。

 やがて缶の中が空になる。これどこに捨てようか、と考えていると静歌がゆっくりと口を開いた。

「まだ駄目なのね。うなされていたわ」

 思わず静歌の方を横目で見やる。

 が、静歌は整った眉ひとつ動かさずに缶ジュースを口に運んでいた。やはりこちらを見ていない。まるで興味ないとでも言うように。

 俺は静歌から視線を外し、顔を正面に向ける。

「まあな」

「ふーん、意外に女々しいのね」

「……うっせ」

「まあ、知ってたけどね」

 それっきりまた黙り込む。俺も喋ろうとは思わない。

 沈黙が横たわり、俺はすることがないのでなんとなし空を見上げる。

 暗い空にはいつの間にか雲が出ていて、月が半分近く隠れてしまっていた。兎も綺麗に半分になってなんだがよく分からない模様になっている。穏やか、というよりは生ぬるい風が頬を撫でる。

 気持ち悪くなって視線を戻すと、静歌がこちらを見つめていた。見つめるというよりは食い入るようにガン見(死語?)していた。

「何だ?」

「……」

 反応なし。これは寂しい。というよりつらいですよ、静歌さん。

「おーい」

「……」

 やっぱり反応なし。何故か視界がかすんだ。

 めげずに三度目のトライをしようと口を開いたとした瞬間、

「帰るわよ」

 静歌はくるりと背を向け校門の方に歩き始めた。その行動に唖然とし、数秒後になんとか声を掛ける。

「お、おい!」

「五月蠅い、早く来なさい」

「いやいや、どこ行くんだよ」

「貴方の家よ」

「はあ!?」

 何言ってんですか、この人は。

 俺の疑問を無視して静歌は確かな歩みレンガ道を踏みしめていく。迷いの欠片もない。

 しかも、衝撃はこれだけではなかった。


「言い忘れたけど、今日から貴方の家にお世話になるわ。これからよろしくね」


 さらに混乱する。もう分けわかんね。

「え、ちょ、は、なんで。えっ、なんでなの?」

「いいから。家に着いてから説明するわ」

 できれば今してほしいんだけど。

 当然の如く俺は静歌に説明を要求。だが静歌は「いいからいいから」の一点張り。会話になりません。

 なおも追及しようとすると、「いいから、つ・い・て・こ・い」とダガーナイフを俺の首筋につきつけてきた。もう駄目だ、こいつ。

 結局俺が折れて家に連れて帰るまで――二十分近く口論し続けたのだった。

 

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