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第22話:殺人姫と切り裂きジャック(2)

 薄暗くなった校内に足音が響きわたる。それはとても軽やかで、まるで幼子おさなごが校内を走っているような錯覚を引き起こす。

 そんなわけがないのに。

 トトトッとまた前方で響く。次は俺の現在位置より遠く離れた場所で。

 今度は階段か。

 俺は乱れた息を整えようともせずに、およそ百メートルくらい離れた位置にある階段に向かって全力疾走する。さっきから走り続けてる所為か、最初よりだいぶ速度が落ちていた。

 が、それでもまだまだ若い高校生だ。あっという間に目的地の階段に着いた。急いで周りを見渡す。なにもない。いや、正確には俺の探しているモノがない。

 ふと、上に続く階段を見る。すると視界に映る闇とは違う人工色の『黒』。

 それを見た瞬間、階段を一気に駆け上がる。階段は二段跳ばし。当然、呼吸はさらに乱れる。が、それを無視してひたすら上る。

 三階に着いた。ぐるりと辺りを見るが『黒』はいない。また逃げられた?

 おもわず意気消沈する。知らず知らずのうちに、ふうっと溜め息を吐いてしまった。

 耳を澄ませばなにか聞こえるかも、と思い息を潜めてみるが……聞こえるのは、校舎外から流れてくる帰宅途中の生徒の声ばかり。

 はあ、ともう一度溜め息を吐き、今度は息を整えながらゆっくりと歩き始める。

 残念ながら行くあてはない。探すモノはあるんだけどな。

「……あいつらには悪いことしたな」

 廊下の窓から見える薄暗くなった校庭をぼんやりと見ながら、途中で別れた三人――朝倉さん、神田さん、三千緒のことを思う。

 ヤツを見つけて、いきなり走り出した俺に、驚きながらも気遣いの声を掛けてくれた三人。それどころか、緊急事態だとわかったのか、手伝おうとまで言ってくれた。それに対し素っ気なく一言だけ返して置いていった俺。

 ……流石に「先に帰っててくれ」だけじゃ説明不足だったな。せめてもう一声掛けとけば……。

 今さらのように三人対して、胸の内から後悔が湧き起こってくる。だが仕方ない。もうすでに済んでしまっていることだし、なによりこちらは任務なのだ。我が儘は言えない。

 そう、頭で理解はしても後悔は消えてくれない。むしろどんどん押し寄せてくる。自分でもびっくりするくらいに。

 俺ってこんなに女々しい野郎だったのか、と軽く自己嫌悪したところで、


 タンタンタン。


 廊下の奥から軽やかなリズムが聞こえた。

 瞬間。

 俺は脚に力を込めて廊下を一気に駆け出した。




 目の前にあるドアを勢いよく開ける。

 沈みかけの夕日が目を差す。目を細めて睨みつける様にして前方を見ると、紅く染まった屋上の光景がよく見えた。

 夕日に染まってオレンジ色になっているコンクリートの足下。錆もなく、まるで新品のような輝きを放つ鉄製のフェンス。そしてそのフェンスに寄りかかるようにして佇む『黒』。いや、一人の少女。

 少女は、自分を追いかけていた俺に対して優しく微笑む。

「お久しぶり。そんなに急いで来なくても逃げないわよ」

「……どうだか」

 俺がぶっきらぼうに返すと、少女はクスクス嗤い始める。見事な金髪の毛先が踊る。

 それを見ながら、俺は後ろ手で今開けたばかりのドアを閉める。後ろで鳴る閉まる音。それを聞きながら、俺は目の前で嗤い続ける少女を注視する。

 足首まで届きそうな鮮やかな金髪に、それと同じくらい目を引く紅く染まった瞳。透き通るような白い肌は、とても人間のものとは思えないほどの美しい。さらに華奢な体や冷たく整った顔立ちの所為か、どことなく人形のような雰囲気を受ける。もちろん、嗤っているからなのか人形だと思うことはない。

 と俺がそこまで観察したところで、今まで嗤っているだけだった少女が口を開いた。

「どうだったかしら? 私のサプライズ鬼ごっこは」

 そう言って、また楽しそうに笑みを作る。いやな笑い方だな。

「最悪だな。無駄に疲れた」

「ふふ、相変わらず素直じゃないわね。お姉さんの前でくらい本音を吐いたらどう? 遊べて楽しかったでしょうに」

「お前は俺より年下だ。それと本音だ」

「男が細かいこと、気にしない方がいいわよ」

 ああ言えばこう言う。本当にいやなヤツだよ。

 睨みつけてみるがやはりダメージはないようで、顔は笑みを形作ったままだ。

 少しの沈黙のあとに、少女はフェンスから身体を起こし、顔に笑みを浮かべたまま優雅な足取りでこちらに歩み寄ってくる。たく、どこのお嬢様だお前は。

 やがて俺の目の前(といっても五メートルくらいだが)の位置に来て、そこで足を止める。

 先手必勝。ではないが、俺は少女が口を開こうとした瞬間に疑問を投げかけた。

「今までどこに行ってやがった? 殺人姫(・・・)

 その問いを聞いた瞬間、何故か殺人姫――少女が呆れたように首を振った。おまけに小さく「やれやれ」と呟いている。……なんか腹たつな。

 俺が、変なこと言ったか? と考えていると、少女が呆れた表情のまま、

「貴方……、まあいいわ。それより貴方くらいよ、私のことを未だに殺人姫って呼んでるの」

 と苦笑する。さらに「まあ、切り裂きジャック(・・・・・・・・)と呼ばれるよりは良いけどね……」と付け加えてくる。

 ふーん、切り裂きジャックって呼ばれるの嫌なのか。俺も嫌だけど。まあ、それよりも、だ。

「結局どこに行ってたんだ?」

 そう、まだこの問いに答えてもらっていない。

 俺の再度の問いに、ぶつぶつ呟いていた少女がこちらに視線を向ける。

 その赤目で俺の内心を見抜こうとするかのように、じっと見つめてくる。心なしか、その目に何故か躊躇の色が見えた。

 しばらく沈黙が続く。俺も少女も動こうとしない。

 不意に少女が溜め息を吐いた。かと思えば、次の瞬間にはまた口元に笑みを浮かべている。

「ふう、心配するだけ無駄ってことかしら。まあ、私らしくもないしね……」

「ん、何だ? 聞こえる様に言ってくれよ」

「なんでもないわ。さてどこに行っていたか、だけどね……」

「おう。早く言え、殺人姫」

 と、ここでまた少女は口を止める。もう一度、俺の顔色を窺うようにしたあと、

「ちょっと故郷イギリスの方にね。それに殺人姫じゃなくて静歌シズカ静歌シズカ・アリア・ペンテクスよ」

 そう言って少女――静歌・アリア・ペンテクスは妖艶に嗤った。

 

 

  

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