第21話:殺人姫と切り裂きジャック(1)
紅に染まる世界の中。そこに一人の少女が佇んでいる。
まるで絵画から切り取ったような美しさ。そこにいるだけで人を狂わせるような、そんな妖しさも持っている。
少女は、走った所為で乱れた息を整えている俺に向かって優しく微笑む。
「お久しぶり。そんなに急いで来なくても逃げないわよ」
「……どうだか」
こいつの言うことは信用できないからな。
俺は一度深呼吸し、たったいま開けた屋上のドアを後ろ手で閉める。
後ろで鳴るドアの閉まる音を聞きながら、目の前にいる少女(とはいっても屋上の端から端なので十五メートルくらい離れてる)を見つめる。
足首まで届きそうな鮮やかな金色の長髪。夕日以上に紅く染まった赤目。透き通るような白く滑らかそうな肌。人形を思わせるような冷たく整った美貌。華奢な体。そして全体を黒一色で統一したゴシック・アンド・ロリータ。
俺の悪夢であり、『あの人』が俺に託していった『者』の一人。そう、こいつは……、
「今までどこに行ってやがった? 殺人姫」
「ちょっと故郷の方にね。それに殺人姫じゃなくて静歌。静歌・アリア・ペンテクスよ」
そう言って殺人姫――静歌・アリア・ペンテクスは妖艶に嗤った。
17 殺人姫と切り裂きジャック
夕日に染まる学校。その紅く染まった校舎を眺めながら、俺たちは西校舎の昇降口に向かって歩いていた。さっきまで体育館で魔力測定(通称・石飛ばし。魔力石と呼ばれる石を使って測る。魔力が高ければ高いほど高く浮き上がるため石飛ばしって呼ばれてる)をしてたから今はその帰り。ちなみに面子は俺、朝倉さん、神田さん、三千緒の四人だ。
今は朝倉さんと三千緒が口論してる。……うん、またね。始まりはこんな感じ。
「あー、だりぃ」
「ふん、ちびっこいから人より疲れるんだな」
「はあ!? んなの関係ねぇし。関係ねぇし!」
「二回も言うな。鬱陶しい」
「んだとお!」
でギャアギャア騒いでる。もう五分近く経つのに飽きないのかねぇ。
と俺が横目でぼんやりとやり取りを眺めていると、
「二人ともいい加減にして!」
「「!」」
神田さんがキレた。
「ねえ、夏目君もいるんだよ? わかってる? 二人はじゃれついてるだけかもしれないけど、夏目君からしたら本当に仲が悪いようにしか見えないかもよ? いいの、誤解されて?」
「「……」」
「なんか言いなよ?」
「あの……」
「なに」
「……いや、すいません」
鬼気とした表情で捲し立てる様に喋る神田さん。その剣幕にビビっているのか、仲好く視線を下に向けて口を閉じる朝倉さんと三千緒。うん、知り合って一時間(現在時刻は五時半)しか経ってないけど、この光景はもう三度目です。
いい加減慣れちゃいました。
俺は、未だに二人に向かって厳しい視線を向けている神田さんに苦笑しながら言う。
「もうそれくらいでいいんじゃないかな? 二人も反省してるみたいだし」
「でも……」
まだ納得できない……というより申し訳ないといった顔で渋る。
その表情を見て俺は、この人は本当に礼儀正しい人なんだな、と心の中で感心する。同時に俺じゃ無理だなと自嘲してみる。うん、本気で無理だ。
それになぁ、朝倉さんと三千緒がこっちをめちゃくちゃキラキラした目で見てくるからなぁ。助けてあげないと。
ちなみにこれも三回目だ。
「それにほら、ケンカするのは仲の良い証拠っていうしさ。俺も気にしてないから」
「夏目君がそう言うなら……二人とも反省した?」
神田さんの問いに、千切れるんじゃないかと思ってしまうほど首を強く縦に振る二人。それを見てふっと表情を柔らかくする彼女。
それを見て俺は思う。
やっぱり、住む世界が違うんだな……。
なんとかケンカを止め、校舎に向かって歩いていると不意に三千緒が口を開いた。
「それにしても良はスゲーよな」
「ん?」
いきなり変なことを言いだした三千緒を見ると、こちらを見ながら笑っていた。破顔一笑、そんな言葉が頭の中に浮かんでくる。
俺が三千緒に「何言ってんだよ?」と言おうとすると、
「ミオの言う通り、確かに夏目は凄いな」
今度は朝倉さんが言ってきた。
三千緒と逆のところにいる朝倉さんを見ると、こちらは目を瞑って腕を組み、うんうんと頷いている。その姿はかなり様になっていて、不覚にも見惚れてしまった。
でもさ、
「意味がわからないんですけど」
「いや、お前の魔法だよ。弐村との演習の時に使ったヤツさ。あれ、長谷部にもよくわかってないんだろ?」
「ああ、あれか」
魔術のことね。そりゃね、知られてても困るしな。
と俺が思っていると、今度は朝倉さんの隣にいる神田さんが食いついてきた。子供みたいに目を輝かしている。
「でも本当にどうゆう魔法なんですか? あんなの見たことないですよ」
「あー、んと、そうだなぁ」
「それに携帯なんて普通使わないし」
「えーっと、だね」
……どうしよ。説明しようがない。
とりあえず助けてもらおうと朝倉さんを見ると、苦笑しながら首を横に振ってきた。
次に三千緒。こちらは小さい声で、
「弥生は好奇心が強いからなぁ」
と諦め混じりの声音で言ってきた。どうやら俺がなんとかしなくてはいけないらしい。
俺は腕を組んで視線を上に向け考えてみる。
普通に考えて、魔術ですって言って伝わるわけがない。魔術はそこまで有名ではない。
というか魔術という存在を大多数の人間は知らない。それは知る必要がないからだし、知る環境もないからだ。魔術が秘匿にされてるわけじゃなくて、単純にマイナーすぎるからっていうのが魔術を大多数の人間が知らない理由。
そして同時にほとんどの人間が扱えないというのも大きな理由だ。
つまり説明しようがない。うん、誤魔化そう。
そう思い俺が口を開こうとした瞬間。
大きな鐘の音が鳴った。
ごーん、ごーん、と響くような音が聞こえる。確かこの音は……、
「残念だな弥生。夏目の不思議な魔法についてはまた今度だな」
「そうだなー、下校時刻の鐘鳴っちまったし」
そう下校時刻の鐘の音だ。さらに助けてくれるのか、捲し立てる様に喋る朝倉さんと三千緒。
流石にそこまで言われたら神田さんも追及できないようで、
「……わかりました」
としぶしぶながら引き下がってくれた。
その様子におもわずほっと息を吐く俺。それを見たのか、神田さんが頬をふらませる。
「……そこまであからさまに安心されたら地味に傷つきます」
「え? あ、ごめん……」
なんとなく申し訳なくなり頭を下げると、慌てて「いや別に謝らなくても。私の我が儘だから」と神田さん。それどころか「私もごめんなさい」と謝ってきた。
それを見て俺も慌てて頭を下げる。実際悪いのは俺だし。
がそうするとやっぱり彼女は俺を止め、自分が頭を下げる。
でもでもやっぱり俺が悪いわけで――。
結局、朝倉さんが「いつまで謝ってるんだ」と止めてくれるまで、俺と神田さんはひたすら謝りあっていたのだった。