第18話:Magic characteristic inspection(3)
背中の痛みに顔をしかめながら立つと、秋奈が一〇メートルくらい遠くいるのが見える。つまりはそれくらい投げ飛ばされたってことなんだろう。
予想外に戦闘慣れしている秋奈に驚きつつ(もちろん顔には出さないが)、それでもまだ甘いなぁ、と自分のことを棚に上げて評価してみる。
うーん、たぶん、ケンカとか演習にとどまってるんだろうな。
「りょうくん、まじめにやってよー」
と不満そうな声を上げ、眉を寄せる秋奈。
つま先で床をトントン叩いてから、こっちに向かってゆっくり歩いてくる。
そんなこと言われてもな。
「俺は本気でやってんだけどなー」
「嘘だよ、本気はそんなものじゃないよねー?」
軽く冗談を言う俺を、秋奈は取り付く島もなくばっさりと切り捨てる。
実際まったく本気を出していないのだが、だからといって本気を出してもいいのかと問われると首を縦に振ることはできない。『目』もあるし。
はあ、まさに生殺しってヤツかね?
とはいえ、いつまでもこうしていられないのもまた事実なんだけどな。
ほんと、どうしようかね?
そんな風に俺が考え込んでいると、こちらに歩いてきた秋奈が不意に姿勢を前のめりに傾けて、低い声で呟いた。
「どーしても本気出さないって言うんなら」
その状態から一歩踏み出す。
床が砕ける破砕音。
「秋奈が出せる状況に追い込まなくちゃ、ね!」
その刹那。
俺の目の前に、拳を後ろに引いている状態の秋奈がいた。
「は?」
おもわず間抜けな声が出る。
しかし秋奈はそんな俺に躊躇するどころか、笑みを浮かべてさらに拳を引く。
「だりゃ!」
気が抜けるような掛声。
が、繰り出された拳は信じられない速度で向かってくる。
かろうじて体を傾ける。
そんな俺の顔の脇を通るゴウッという風切り音。いや爆音。
「ぐっ」
当たってもいないのに体にはびりびりとした感触が伝わってきた。
瞬時に体勢を立て直し、バックステップで距離を取る。
なんとか五メートル近く距離を取り、秋奈が立っていた場所を見ると何が起こったのかよくわかった。
まるで鉄球でも落ちたかのように割れた床が秋奈のいた位置に一つ。
まさか……、
「強化魔法に……震脚からの縮地、か……?」
とんでもないことやってくれるな、こいつは……。
強化魔法は文字通り、自己を強化する魔法のこと。震脚は中国武術によく使われる動作のことで、足で地面を強く踏みしめることを言う。本当は踏みしめた時に音は鳴らないのだが、秋奈の場合は強く踏み過ぎたみたいだ。……普通はあり得ないが。
それで縮地は長い距離を少ない歩数で接近する技術のことだ。
秋奈はどうやらそれらを全部つなぎ合わせて使ったらしい。
とてもじゃないが高校生ってレベルじゃない。
これは……徒手空拳だけじゃきついな。
でも『札』も、ましてや『アレ』も使えないしなぁ……。
はぁ……憂鬱だよ、ちくしょう。
俺が心の中で毒を吐いていると、秋奈が心配そうな顔でこちらを見つめてきた。
「どうしたの、りょうくん? 顔色悪いよー?」
いや、お前の所為だから。
完全に状況を把握できていない(あたりまえだけど)秋奈に若干辟易しつつ、とりあえずやることを決める。てか決めた。
それをいつ実行に移すかタイミングを計りかねていると、秋奈が物騒なことを呟いた。
「まあいいや。ぶっ飛ばしちゃえばいいもんねー」
また縮地を使うのか、体勢を少し低くしている。
今しかないよな……はぁ。
体勢を低くし今にも跳びかかってきそうな秋奈を尻目に、いきなり(俺にとっては違うが)体を翻し、彼女のいる方向とまったく逆方向に走り出す。
突然のことに後ろから「え!? ふぇ!?」なんて声が聞こえるが無視し、美夜たちのいる方をチラッと見てから、目の前に迫ってきた扉を開けてその中に跳びこむ。
そして扉を急いで閉じる。
「ま、待ってえええええええ!」
扉越しに聞こえる秋奈の声に若干心を痛めつつ、まあ仕方ないよ、と自分を慰めてから、俺は闘技場から離れるために出口に向かい走り出した。
俺の取った作戦。つまりは……、
三十六計逃げるが勝ち。
参崎美夜side
気付かれてしまったのでしょうか?
秋奈が「待ってえええええええ!」と叫び、詩織さんや新夜兄さんたちが苦笑いする中、私はさきほどの良さんの行動を思い返していました。
秋奈との戦闘を打ち切り闘技場から去る瞬間、確かに良さんはこちらを見て薄く、本当に薄くでしたが笑っていたのです。
まさか……、
「咲夜の天眼術式を見破った……?」
「どうかしたの、美夜?」
小さく独り言を漏らす私に、隣にいた凪が声を掛けてきました。
見ると心配そうな(ほとんどの人には無表情に見える)凪の顔。
心配させてしまったみたいです。
「ううん、なんでもない」
「そう……ならいいわ」
それからも心配そうに私のことを見ていましたが、やがて秋奈の方に向くとそちらに向かって歩き始めました。
私も凪にならって秋奈たちの方に行こうとすると、
「……なにか困っているなら、相談しなくてはダメよ」
前にいた凪が俯きがちに声を掛けてきました。
私はそれを聞いて嬉しく思いつつ、同時に相談しないことに胸を痛めながらも「ありがとう」と言って凪のあとを追いました。