第14話:The past and now of me
『僕』は歩く。
薄暗い灰色の通路。決して大きくはない、この通路を。
『僕』は歩く。
『僕』の出会った――『出遭った』の方が正しい気もするけれど――中でも、一番強い『彼女』と。
『僕』は歩く。
永遠にも似た長さを感じる通路、その終点たる一つの扉が見えてきた通路を。
そして『僕』と『彼女』は辿り着く。
まるで中に魔王でも封印していそうな、重厚感ある扉に。
そこまで来て、ようやく『彼女』は口を開く。
「ったく。なんだってアタシがこんなところに来なくちゃいけないんだ」
今さら言っても遅いです。
『彼女』はめんどくさそうに溜め息をつく。
「ふー。この中か?」
そう言って『僕』の方をチラリ。
「そうです」
「へっ。じゃあとっとと行こうか」
言うや否やドガッと扉を蹴り飛ばす。
なんていう開け方をするんですか、まったく。
当然、『僕』の内心の呟きなど知らない『彼女』は、何の躊躇いもなく部屋に入っていく。
そんな『彼女』に呆れながらも後に続く。
部屋に入ると、その光景に『僕』は思わず固まってしまった。
『僕』の眼に映るのは、白と黒を基調としたチェック柄の部屋に、同じく白黒チェックのベッドとその上にある沢山のぬいぐるみ。
そして、その白黒の部屋に溶け込むように座る一人の少女。
少女は黒いゴシック・アンド・ロリータに身を包み、艶やかに微笑んでいる。
――とても年下には見えないな。
場違いにも少し感心している『僕』と『彼女』に少女は妖しく瞳を輝かせながら口を開く。
「――殺人姫の部屋へようこそ」
13 The past and now of me
朝日が差し込む。
見えるのは白く清潔感溢れる――つまり引っ越し前と全く変わっていない――天上、じゃなくて天井。
うむ、朝だ。
俺はまだボーッとする頭を、無理矢理動かし起き上がる。
にしてもダルいな……頭痛いし。
「なんか、悪い夢でも見たのかもな」
一人納得して、壁に掛けてある時計を見る。
八時二〇分。ふー、まだこんな時間か…………は?
もう一度、時計を見る。
変わらず八時二〇分。うん、始業一五分前。
……遅刻しそうです。
「マジかよ!」
くそっ! なんて中途半端な時間に起きたんだ! もっと遅い時間に起きれば仮病使って欠席したのに!
そんな不毛なことを考えながらも、体は素早く動く。
顔を洗いながら思う。
嫌な始まり方だなぁ――。
朝の遅刻騒動から一三分後。
「はぁ、はぁ、はぁ」
俺は学校の自分の席でくたばっていた。
まぁ、全速力だったから当たり前と言えば当たり前なのだが。
「はぁ、……はぁー」
だいぶ息も整い、周りを見る余裕が生まれる。
うん、普通だ。いつも通り(というほど来ていないが)だ。
そんな風にまったりのんびりしてると、
「大丈夫ですか? だいぶ疲れているみたいですけど」
美夜が話しかけてきた。普段の凛とした雰囲気に気遣いの色が込められている。
「ああ、大丈夫だ。少し走っただけだから」
「そうなんですか? あまり無茶をなさらないでくださいね」
そう言ってほほ笑む。可愛いな。
そんな感じに、俺が美夜から出るマイナスイオン的な癒しオーラに和んでいると、
「お前ら、席つけー」
片桐先生が入ってきた。
もう少し遅く来ればよかったのに……、なんて思ったのは内緒だ。
「ふむ、全員座ったな? ……よし。
まず最初に一言。本当にすまなかった」
全員を座らせた片桐先生はまずそう言い、頭を下げた。
突然の行動に騒然とする教室内。
まぁ……そりゃびっくりするわな。先生に非はないし。
俺がそんなことを思っていると、また先生は口を開く。
「今回の事故……いや、不祥事は完全に朱雀側、つまり、あたしたち教師と研究員側にある。
本当にすまない」
そう言ってまた頭を下げる。
「ただ、今回幸いにも死亡者は出なかった。まぁ、多少の怪我人は出たが、あの実験で死亡者〇は僥倖だ。
……それも夏目が魔法を使っていてくれたからだ。
夏目、朱雀側の代表として言わせてもらう。
本当にありがとう」
いえいえ、どういたしまして。
……なーんて、言えるはずもなく「え……いや、その……大したこと、ない、です」とぼそぼそ答えて終わった。
だって仕方ないじゃん! 先生が礼言って、こっち見たあと、他のクラスメイトがこっちガン見してんくるんだもん。ビビるしかない。
やべ、手震えてきた。
俺がクラスメイトに慄いていると、先生は喋り始める。
「まぁ、そんなわけだ。不祥事に関しては以上だ。
……ふぅ、謝るのは性に合わないな」
そう言って首を横にふりふり。やれやれってことか?
まぁ、確かに合わない。泣いてる方が似合うな。
……慣れって怖い。
「ま、それは置いておくとして、お前らに二つ、お知らせがある」
瞬時にクラス内(俺も含め)に疑問符が浮かぶ。
また、なんか厄介事か?
周りのクラスメイトも俺と同じことを思ったらしく、何人かは露骨に嫌な顔をしている。
例えば凪とか。額に手を当てて溜め息。
美夜もそこまであからさまではないものの、苦笑いしている。
新夜は目をつぶり、微動だにしない。
秋奈は……もちろんニコニコしてる。
弐村は退屈そうだ。人差し指の先っぽに火ぃ点けて遊んでるし。
俺? 俺はいつも通り周囲を観察してる。
そんな友好的とはとても言えないクラスの雰囲気に、一瞬たじろいだものの、片桐先生は頑張って言葉を紡ぐ。
「まず一つは明日から本格的に魔法の指導を始めること」
クラス内の空気に変化が起こる。
つまり、嫌な空気から友好的な空気へ。
それに気を良くし、もう一つのお知らせを言う片桐先生。
「そして、指導するためにデータを取りたいので、明日から全学年合同の魔法調査を始める」
瞬間、クラス内が鎮まる――と思ったら爆発した。
ぐぁ! 耳いてぇ!
……なんか、前もこんなんあったな。
その爆音の中、片桐先生は声を上げる。
「はーい、静かに、静かに!
たく、少しは落ち着きな。まぁいいや、連絡これだけだから」
んじゃ、授業頑張れよー、と出ていく先生。
ちょ、おい、収拾してけ!
結局、それから一限が始まるまでずっと騒がしかったとさ。ちゃんちゃん。
【Past off the subject character】side
「まったく、いつまで私を閉じ込めておくのかしら?」
思春期の少女にする対応じゃないわね、と愚痴る殺人姫の少女。
愚痴ると同時にじゃらじゃら鳴る鎖。
その姿は着ている服装も相まって、非常に『殺人姫』の名が似合っている。
『僕』がそんなことを思っていると、隣の『彼女』が噛み付くように少女に話しかける。
「たりめぇだろ。お前みたいな危ないやつ放っておけるかっつうの」
「あら、私は見た目通り、可憐でひ弱な少女よ?」
「お前のどこがひ弱なんだよ」
そんなんじゃねぇだろうが、と吐き捨てる『彼女』。
うん、『僕』もそう思います。
だって――
「お前は『切り裂姫ジャック』なんだからよ」
そう言われた『殺人姫』の少女は――
「だから、なにかしら?」
妖しく怪しく微笑んでいた。