第13話:Troublesome thing that began to move
熱風が顔に押し寄せる。
息をしようとすれば、容赦なく熱気がのどに入り込み、のどが焼けんばかりに熱くなる。
当然目も開けられず、皮膚がちりちりと熱い。
しかしそれも一瞬。すぐに熱気は通り過ぎる。
少しの沈黙のあと、
「……なんとかなったな」
そう呟いて、俺はなんとか目を開く。
そして目に飛び込んできた光景に思わず溜め息をついてしまう。
「……はぁ。散々だな……」
目に映った光景は本当にひどいものだった。
もともと白く清潔感のあった壁は高熱で溶かしたかのように焼けただれ、プチビックバンのちょうど真下はいまだにシュウシュウと音をたてている。たぶん機械なんて全滅してるんじゃないか?
なにより俺がなんとか間に合わせた防壁が完全に溶け、向こう側が見えている(様子がわかったのはその所為)。恐ろしい威力だ。
だが幸い、デバイスは無事のようだ。まあ、第一級術式掛けてもらってあるからな。
俺はふぅ、ともう一度溜め息をついて立ち上がり、デバイスの方へ向う。
いきなりのことに驚いて呆然としている生徒たちの間を抜け、デバイスを拾う。
うん、ちゃんと動く。やっぱ、第一級は違うな。
俺はぐるりと周りを見渡す。
生徒たちは突然の事態についてこれないのか、呆然としている。
研究員たちは危険な状態だと分かっていたらしく、涙を流して安堵している者もいる。
先生たちは…………極端だ。
片桐先生は少し涙目で「良かったぁ〜」と安堵し、新村は立ち直ったのか平然としている。
全く正反対だな。まぁ、みんな大丈夫そうでなによりだ。
俺は先生たちから視線を外し、もう一度辺りを見て、気付く。
そういえば……殺気の主――この間の黒フード、いや、『切り裂きジャック』はどこ行った?
12 Troublesome thing that began to move
次の日、俺は前も使った公衆電話で爺と事の顛末について話し合っていた。
「――結局、小規模宇宙爆発の実験は当分取りやめか……」
『そうじゃの。あれだけ派手に失敗したからの、止められて当然じゃよ』
「そうだけどよ……」
でもなぁ、どうもしっくりこねぇな。
『なんじゃ? 何か気になることでもあるのかの?」
「あ、いや、どうもな……今回の事件、なぁんか人為的、てか不自然ぽいんだよな」
『ほお……』
「確証はねぇけどな」
『なんじゃい、気になるの』
そう言われても説明のしようがないんだって。
「まぁ、それは置いといてだな……」
さて、そろそろ本題に移るか。
「……なぁ、『切り裂きジャック』が逃げ出したんじゃないか?」
『ほう……?』
この言い方は……残念ながら正解ってことか。爺は図星だといつもこう言うからな。
にしても本当に逃げ出したのか……はぁ、憂鬱だ。
「くそ、最悪だなオイ」
『うむ。いまさら隠しても仕方ないの。お前には言わなかったが、もう1年以上前に逃亡したの』
「はぁ!?」
1年!? そんなに前からだぁ!?
「なんで言わないんだよ!」
『極秘じゃったからの。WMOからAランクでの』
「だからってなぁ」
『仕方なかろ? 儂とて最近知ったんじゃからの』
「……最近ってどんくらい?」
『一週間くらい前かの」
「……それは最近とは言わねぇ」
『そうかの』
ほほ、と笑う爺。しばいたろか。
にしても、
「あいつがジャック……なのか?」
『ん? なにかの?」
「いや、なんでもねぇ」
どうやら、爺には聞こえなかったらしい。まぁ、爺だしな。耳遠いんだろ。
『……そろそろ、仕事に戻るかの。良夜、あまり無茶はするな』
「ん? ああ、わかったよ」
『ではまたの』
それを最後に受話器から音が聞こえなくなる。切ったみたいだな。
俺は受話器を置き、ボックスから出る。すると、沢山の音が耳に入る。
車の走行音。流行りのCMソング。そして、親の名前を呼ぶ迷子の声。
煩わしいな……。
それらに対しそんな風に思ったあと、俺はすっかり暗くなった空の下、ゆっくりと歩き出した。
少女side
五月蝿い。
「――計画は残念ながら失敗しました。しかし、これからが本番です!」
五月蝿い。
「正直、今回の案は捨て駒でした。ですが、次の計画は違います」
五月蝿い。
「次は! 次こそは! みなさんの力でぶっ壊していただきます!」
五月蝿い。不快だ。
わたしは、その声のあまりの不快さに思わず瞑っていた目を開く。
見ると、一人の男が、わたしの仲間たちよりも一段と高いところに立っていた。
ブランド物のスーツを着て、爽やかな(わたしにとっては不愉快な)笑みを浮かべている。
不快だ。
「みなさん! あいつらを見返してやりましょう! 今こそ立ち上がる時です!」
五月蝿い。
だが、今回だけは従ったやる。今回だけ。
それが終わったら……お前も殺す。
そう誓ったあと、わたしはもう一度目を閉じた。