第12話:Symptom of struggle
魔法が発見されてもうだいぶ経つが、何も魔法だけが進歩したわけではない。
むしろ魔法の歩みは遅い。魔法学(この場合、すべての魔法が関わっている)の第一人者であるダニエル・ブランチャードが死んでから、これといった研究者が生まれていないからだ。
そのため、世間一般では魔法はまだ浸透していない。
代わりに科学の進歩は目覚ましい。
核無効化装置。部分生成クローン。そして魔法機器。
これらは科学技術の結晶として、世界中に知れ渡っている。
特に魔法機器は魔法に多少なりとも関連しているので、世界中の人間が興味を持っている。
そして小規模宇宙爆発はその魔法機器の中でも5本の指に入るほど有名で、同時に珍しいものであった。
11 Symptom of struggle
「えぇー、プチビックバンは危険度Aランクの大変危ない実験です。確かに珍しいものではありますが、朱雀の生徒として分別を持って接してください。いいですね?」
はぁーい、と響く声。
その声ににっこりと微笑むA組の担任、新村。
それにきゃー、と女子たちの黄色い声。
新村はさわやかな感じのイケメン(死語か?)でまだ若く、女生徒に人気がある……らしい。ちっ!
「どうしたんですか? 良さん」
俺が新村に鋭い視線を送っていると、隣にいる美夜が声をかけてきた。
「うん? いや、なんでもないよ」
「そうですか? やけに険しい顔してましたけど」
と言って、眉を寄せる。
美夜は、新村を睨みつけていただけの俺のことを、本気で心配しているようだ。
「いや……ほんとになんでもないから……うん……」
本気で心配してくれる美夜に対し申し訳なくなってくる。
ほんと、なんでもないから……なんか、ごめん。
「そうですか……ならいいんですけど……。
あ! そろそろ始まるみたいですよ」
美夜はまだ納得いっていない感じだったが、職員の始まりを告げる声に居住まいを直した。
俺も自然と前を向く。
見ると、新村・片桐先生の担任コンビにプチビックバンの管理人、長谷部研究員がいた。
白衣を羽織り、理知的なメガネをかける長谷部はゆっくりと口を開く。
「これより小規模宇宙爆発を始める。貴様らも分かっていると思うが、これは危険な実験だ。本来、貴様らのような餓鬼が見ていいものではない。
しかし、日本魔法連合の糞ジジイ共が、経験だ見せてやれ、とか抜かすから見せてやる」
その理知的な風貌に似合わない乱暴な口調で、長谷部は俺たちに説明し始めた。
乱暴な口調にびっくりするが、周りにとっては普通らしく平然としている。どうやらこれが地のようだ。
まあ、そんな長谷部の説明によると、
一、今回の実験は日本魔法連合の指示があるので、小規模宇宙爆発の周りに魔法を張り、ギリギリ近くで見てもらう。
二、とりあえず、危険なので間違っても魔法に触れないこと。
三、魔法機器は繊細だからデバイスを使うな。
とのことらしい。
「……随分、厳重ですね」
デバイスを〜の辺りで、美夜が眉をひそめる。
「何で?」
「いえ、デバイスは個人のオドが使用されるのは知ってますよね?」
「ああ」
「だから、使っちゃいけないと言うのはおかしいんです」
……俺、デバイス、旧型使ってるからよく分からないんだけど。
「ごめん。説明してくれ」
「えぇ!? ……ああ、そういえば良さんは旧型でしたね」
面目ない。
「えっとですね。新型デバイスというのは――」
長いから、まとめてみるか。
えー、美夜が言うには、「デバイスで使われるオドは、魔法で使うのとは違って弱く影響がない」とのことだ。
分からない? あー、少し分かりづらかったかもしれないな……。
よし、じゃあ少し例え話をしよう。
えーと、そうだな、魔法で使うオドを太陽光、デバイスで使うオドを懐中電灯としよう。
周知の通り、この二つは明るく、どちらも照らすものだ。
しかし、だからと言ってこの二つはまったく同じものだろうか? いや違う。
どう考えても太陽光の方が強く明るい。対して懐中電灯は暗い所では明るいが、太陽の下では点いているかすら分からない。
この太陽光と懐中電灯の関係に、魔法で使うオドとデバイスで使うオドは似ている。
「つまり魔法に、デバイスを使う程度のオドは、全く影響がないんです」
「なるほどな……」
確かに気になる。けど……
「あんまり関係ないんじゃないか?」
「そうでしょうか……」
「俺は関係ないと思うけどな。それにここは朱雀だぞ? 大丈夫だって」
「そう、ですね」
と言いつつも浮かない顔をしている美夜。
俺は美夜のそんな顔を、八年前の困り顔と重ねつつ、横目でじっと見ていた。
「では、実験を始める」
準備ができたのか長谷部が厳かにそう言った。
あれから三十分近く経ち、その間美夜はずっと浮かない顔をしていたが、長谷部の声にやっと表情を緩ませる。
どうやら考えがうまく纏まったらしい。良かった。
そんなことを考えていた俺の耳に、長谷部の詠唱が届く。
「――固定し、引き止め、立ち塞がれ。全てを断ち切り、守り切れ」
朗々と響きわたる声。
それに呼応し、何もない空間にうっすらと膜のようなものが張られる。
膜は円形で、半径五メートルほど。
どうやら、あの膜の中心地点に小規模宇宙爆発が起こるらしい。
長谷部は出来上がったそれを満足そうに眺めた後、こちらを向き喋り始める。
「これはAランク特殊魔法結界系の『封陣』だ。効果はご想像の通り、中のモノを外に出さないためのもんだ。まあ、Aランクだからたいがいのもんは防げる。
が、正直、こいつでもキツイかもしれねぇ」
そう言って、ふぅと溜め息をつく。
不安か焦燥かあるいは未練か。
どれにせよ、長谷部は憂鬱そうだ。
「はぁ、それじゃ始めろ」
その声に動き始める他の研究員たち。
うん、いたよ? ずっと端の方で機械いじってた。
研究員たちの方を見ると、忙しそうに動き回っている。
しばらくすると、膜のある方からバチッと音がした。
あわてて研究員たちの方から視線を剥がし、膜の方を見る。
すると、膜の中心地点になにか黒いものが集まっていた。
なんだ、ありゃ?
そんな俺の心に答えるように、長谷部が説明し始める。
「あれは擬似的なエネルギーだ。小規模宇宙爆発と言っても、その時の威力や熱量が分かるだけだからな。一応、あれは高密度なオドで出来てる」
その説明の間にも大きくなっていくオド。
黒いものが大きくなっていく様はある意味壮観だ。
それは時間が経つにつれ大きくなり続け、やがて約直径一メートルほどになった。
……すげぇな、おい。
唖然とする俺。
そんな俺に美夜が話しかけてくる。
「……初めて見ましたけど、すごいですね」
「……ああ」
「どうなるんでしょう?」
俺に問いかけるな。分かんないって。
そう言おうとした瞬間、
背中を鋭い殺気が撃ち抜く。
「ッ!」
バッと背後に振り向く。が、いるのは幾人かの生徒だけ。
何もない。しかしそれでも、殺気の嵐は止まらない。
背中に冷や汗が流れる。
そうだ。この殺気、俺は知ってる。でもそれより遥かに強く濃い。どういうことだ?
「どうしました?」
「え? あ、いやなんでもない」
美夜に声をかけられ、前に向き直る。
それでも冷や汗は止まらない。
この程度の殺気、普段ならどうってことない。
が、今は危険度Aランクの実験途中。ホントにヤバい。
くそっ! 最悪のタイミングできやがって!
俺はぎりぎりと歯を噛み締める。が、悔しがってる暇はない。
俺は急いでデバイスを取りだし電源を入れる。
早く早く早く!
やっと起動し、メモ機能にしたところで、
「異常発生! エネルギー収束が止まりません!」
研究員の声が響く。
その声に反応する長谷部。
「なにやってんだ! 非常時状態に切り替えろ!」
「エラーです!」
「くそ! だったら――「暴発します!」
刹那。
俺の視界は真っ白になった。