第10話:日常(2)
朱雀の食堂はでかい。
どのくらいかって言うと、とても。
え? 分かんない?
じゃあ、すごく。
いい加減にしろ? だって他になんて言えばいいんだよ。
「このあと、なにするんだっけ?」
「確か、技術棟で魔法実験の見学ですよ」
「……ビックバンの小規模実験……だったかしら」
「そんなの見れるなんていいなぁ」
俺の思考(現実逃避ともいう)を断ち切るように姦しい声が響く。しゃべっているのは、秋奈、美夜、凪、そして何故か一緒にご飯を食べている陸郷先輩。
話してる内容は、この後にある魔法実験『プチビックバン』。
名前だけ聞くと駄菓子とかにありそうだが、実体は滅茶苦茶危険なランクAの実験だ。
だってビックバンだし。
「それにしても、そんなの一年生に見せて大丈夫なのかなぁ」
「でも、片桐先生は大丈夫と仰ってましたし、安全なんじゃないんですか?」
「それに設備も一級品だ、って言ってたわよ」
「んー」
納得いかない……というよりも心配している感じの陸郷先輩。
ていうかタメ口ですか、凪さん。
まぁ、陸郷先輩がタメでいいって言ったんだけどね? ほら、普通は躊躇うじゃん。
「ゆみちゃん先生も大丈夫って言ってたんだし、OKだよ、しおぽん」
……今のは秋奈。
うん、普通に凄いよね秋奈。確かに、しおぽんって呼んでねって言ってたけどさ……。ちなみに秋奈は片桐先生、いやそれどころか他の先生方にもアダ名をつけて呼んでる。一応、先生とつけてはいるけど。
「……んー、それもそうだね」
しぶしぶといった感じに納得する陸郷先輩。
本当にしぶしぶって感じ。
……自分は関係ないのに、ここまで心配するなんて優しいねぇ。
俺がそんな感じにしみじみしていると、
「あ! 先輩方ここで食べてたんですか!」
声をかけられた。
食事を中断し、後ろを見ると、見知らぬ一人の少女が立っていた。
いや、訂正せねばなるまい。
一人の可愛らしい少女が立っていた。あれ? なんかデジャヴ。と言いたいところだが、本来の意味とは違うので言わない! ……ごめん。以前言いました……。
でも、可愛らしい美少女というのは本当。うん? 美が増えてる? いいじゃん。
幼さが残る整った顔立ちに、なめらかな乳白色の肌。小柄だが、それが少女にいい具合にマッチしている。少し眠たげに細められた目も、可愛らしさをアピールしていた。
が、パッと見、目につくのはそこじゃない。
「えと、おはようござい……じゃなくて、こんにちはです!」
そう言ってガバーと頭を下げる少女。それに伴い揺れる、膝裏まで届こうかというほど長い白銀の髪。
「「「「こんにちは」」」」
俺以外の四人に挨拶を返してもらい、そこでやっと顔を上げる。そして、挨拶を返さなかった俺を見る淡紅色の瞳。
先天性白皮症。
先天的に、メラニンの生合成に支障をきたす遺伝子疾患。
症状としては、髪の色の変質、虹彩などの変色、視力の弱さなどがあり、他にもいろいろな症状がある。
同時に、現代においてある種のステータスでもある。
「もしかして、特別授業だったのかしら?」
「あ、はい。さっきまで魔力の分析実習でした!」
「すごいねー。やっぱりPSI候補生は違うねー」
「いえ、それほどでも」
そう言いながらも嬉しそうに笑う少女。華やかだなー。
そう思いながらも、頭の片隅に引っかかる言葉。
PSI候補生。
――PSI。
正式名称【Person who has Special Inspiration】、和訳だと【特別な霊感を持つ人】という意味で、国家魔法士の中でも特別な力を持つ者に与えられる称号だ。そして、その8割がアルビノであり、同時に特殊魔法機動隊に所属する者が多い。
だからアルビノは、魔法士にとってステータスというのは有名な話だ。
その候補生というのは、朱雀でも特別な意味を持つ。
例えば、特待生。あるいは、特化型魔法士。
つまり、普通の魔法士とは違う存在だということである。
その『特別な』少女が、魔法に関して落ちこぼれの俺に、真剣な表情で質問してきた。
「……あなた……誰ですか?」
ですよねー。
当然だ。だって俺も彼女が誰か知らない。
「俺は参……夏目良だ」
あぶなっ。本名言いそうになった。
「あなたが、あの! わたしは水瀬愛歌です、よろしくです!」
そう言って手を出してくる愛歌。
何? 金出せってことか?
「お近づきの印に握手するです! あと愛歌って呼ぶです!」
「え? ……ああ、よろしく愛歌」
がちっと握手する俺たち。
愛歌はにっこりと。
俺は困惑気味に。
そんな俺たちを見て、陸郷先輩がぽつりと呟く。
「私たち……空気だねー」
……そういうことは、言わなくていいんですよ。
俺がそう心の中でツッコんだ瞬間、
「一年で、これからプチビックバン見学のクラスの生徒は、技術棟に移動してください」
五時間目開始の合図が発せられた。