第一日『始まり』
――あぁ……ようやく終わりのときが来た。
どう足掻いてもここで終わり。やつは必ず襲ってくる。
なら、最後にオレが言うべき言葉は――
「汝は――――人狼なりや」
――そして、終わりが始まった。
*
山に囲まれた、いわば陸の孤島。オレの住んでいる村というのはそういうところだ。確かに人口はさほど多くはないし、交通の便とかはないし、まぁ不便と言えば不便だが、それでもオレは生まれ育ったこの村が好きだ。
「おーい、涼くん、そろそろ暗くなるから、先にこっち手伝ってー」
そうオレを呼んだのは、この村唯一のオレと同学年の瀬上 咲。子どもも少ないこの村でオレが退屈せずに過ごせるのは、こいつのおかげと言っても過言ではない。ま、恥ずかしいから言ったことはないけども……
「分かった、今行くー」
もうすぐ高校受験の時期ではあるが、実のところ俺はそこまで不安はない。小さい中学校で学んでいるのであまり実感はないが、大人たちが言うには俺は同学年と比べるとそこそこいい成績を維持できているそうだ。
親は県内トップの高校に行くことを希望しているそうだが、俺からすればあまり興味はない。
言うのが恥ずかしいのでまだ言ってないが、咲と同じ高校に行きたいと思っている。
咲も何も言わずとも同じ気持ちなのか、最近は勉強を頑張っているそうだ。俺は別にどこの高校でもいいんだけどさ。
咲と二人の帰り道。他愛もない話で盛り上がる時間が好きだ。
また明日と、いつもの挨拶を交わして別れていく。
そうして無事平穏に流れていく日常。この日々が永遠に続けばいいのに。そう思わずにはいられなかった。
しかし、その思いはものの一瞬でもろくも崩れ去ってしまった。
――おめでとう、キミは参加者だ。
キミの役職は『祈祷師』だ。では、存分に騙しあいたまえ――
頭の中に聞いたことのないダレかの声が響いて、そして、オレはそこで気を失った。
*
どのくらいの時間が経ったのか。いや、はっきり言ってそんなことはどうでもよかった。朝の太陽に照らされてオレが目を覚ました時、目の前に広がっていた光景を見てオレは言葉を失ってしまった。
謂わば、そこは「地獄」であった。
家はほとんど倒壊し、辺りは真っ赤に染まり上げられ、それがヒトであったことを疑いたくなるような惨殺体がそこら中に転がっていた。何も分からず、ただ、こみ上げてくる嘔吐物。一体どのくらい吐き続けただろうか。おそらく、胃の中の全てをぶちまけて、オレはようやく現実を見るようにした。そうだ、まずは自分の家を確認しよう。そう思い、血の水溜りを避けながら、オレは走って自分の家へと向かった。
「ハハ・・・」
枯れた笑い。いや、本当はこうなっているだろうと分かっていた。しかし、オレはきっとこんな現実有り得ないと思いたかったのだ。だが、そんな幻想は全て、目の前に転がる親だったモノらしき首を見て、ぶち壊されてしまった。
有り得ない非日常に直面しながら、しかし、頭は急速に冷静になっていく。目が覚めてから生きたヒトにまだ会っていない。全てが殺されていた。なら、何故オレが生きている? 運が良かった? いや、そんな甘ったれた考えではいけない。次に危険なのはオレなんだ。いつどこで死が襲ってくるかわからない。そんな恐怖心に足が震えていると、またあの聞いたことのない声が頭の中に響いた。
――広場へ向かえ。そこでゲームが始まる――
広場? ゲーム? わけの分からない現実に直面してなお、わけの分からない声。自分の成すべきことが分からず、言われるがままにオレは広場に向かった。
土地だけは広いこの村を今いる場所から十分ほど歩くと、お祭り等の行事を行う広場がある。オレは血の水溜りや、ヒトだったものの肉片を避けながら歩き、十数分ほどで広場に到着した。この間、やはり生きている人を見つけることはできなかった。
しかし、広場に到着すると、ちょうど中央のあたりにある噴水の近くに十人近い人影が見えた。オレはただ単純に嬉しくなって、その方向へと走って向かった。
「よかった。まだ生きている人いたんですね。一体この村はどうなっちゃったんですか? 皆さんは今からどうされるんですか?」
生きている人に出会えた喜びで、感情が高まり、今持っている疑問を全部ぶちまけた。しかし、皆、無言でこちらを向いて何も答えてくれなかった。
「どうして黙っているんですか!?」
先ほどまであった喜びが恐怖に変わろうとしていた。ただ、誰一人として答えてくれない。それがただ怖かった。「何があったんですか……?」
ただ、自分には聞くことしかできない。そうやって誰でもいい、答えてくれと願っていると、それが天に届いたのか、思わぬところから声が聞こえた。
「涼……くん?」
その声には聞き覚えがあった。自分が一番好きな人の声。その声が聞こえただけで自分はまだ生きていけるのだと確信できた。だから、オレは急いでその声の主の方を向いて、
「咲……良かった……」
ただ一言、そう、呟いた。
「お、キミは宮田くんじゃないか」
不意に隣の男性がオレに声をかけてきた。
「ワシだよワシ。鷲頭だ。ははは」
そう彼にとってのお決まりの挨拶でオレに声をかけたのはオレや咲の顔見知りで名前を鷲頭 朗真と言ったかな。家が近所なのでよくしてもらっていた仲である。
「鷲頭さん! 良かった。けど、これって一体どうなっているんですか?」
知り合いが多くいたことに気をよくして、オレはもう一度同じ質問を繰り返した。すると、今度はきちんと鷲頭さんが返事がをしてくれた。
「それがね、何も……分からないんだよ」
しかし、それは望んでいた回答は帰ってこなかった。
「分からないって、じゃあどうして皆さんはここに集まっているんですか?」
オレは出てきた疑問を矢継ぎ早に質問をする。
「声が聞こえたからだよ。この広場に来いってね。キミもそうなんじゃないのか?」
「そうだったんですか……」
どうやら皆も同じように何も分からないまま、ここに来たらしい。そうやってまた沈黙が続こうとしたその時、
――ようやく全員が揃いました。ではこれより、ゲームを開始したいと思います――
場がざわつく。一体何が始まるのか。皆一様に不安と恐怖を覚えながらその声の続きを待った。
――まず初めにゲームのルールを広場の掲示板に載せて置きましたので、各自で確認してください。今から三十分後にこの広場にてゲームを開始します。それから注意事項ですが、既に皆さんに役職を与えていますが、ゲーム開始までは一切口外しないこと。それとこの広場から出ようとは思わないことです。それでは――
一瞬の沈黙の後、誰かが立ち上がり、掲示板の方へ歩いていった。他の人もそれにつられ、一人また一人と掲示板へ向かった。ただ、オレはまず咲の方へと行った。
「何かよくわかんないけど、とりあえず一緒に見に行くか」
「うん……」
想像以上に元気が見当たらない咲。おそらく咲の親ももう……。
元気のない咲にオレは一緒に居てやることしか、声をかけてやることしかできないことに不甲斐なさを噛み締める。
結局一言も会話を交わさないまま掲示板の前に着いた。
その掲示板には一枚の紙が張られており、それにはこう書かれていた。
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汝は人狼なりや?
この村に人狼の霊がさ迷いこみ、村人に憑いた。その村人は、夜中になると、人狼の変貌し、村人を襲ってしまうようになってしまった。既に生存者はここにいる十三人全員である。このまま行くとすぐに全滅してしまうだろう。
そこで、ここでワタシが少しだけ生きる道を与える。それがこのゲームである。
このゲームでは、その人狼以外の正常な村人が力を合わせ、人狼を倒すことが目的である。
勝利したサイドの死人は全員生き返らせるので安心してほしい。
それではルール説明に入ろう。
■勝利条件
「人狼サイド」……村側サイドの人間を全て殺した場合、勝利となる。
「村人サイド」……「人狼」を全て殺した場合、勝利となる。
■時間経過について
「昼」……日が暮れかかるまで議論を交わせ。そこでの言動で人狼を見破るのがこのゲームの勝利への道だろう。
「夕方」……死人が出た次の夕方から、各自一票で投票を行う。そこで一番票数を集めた人を強制的に処刑を行う。この間の会話は「遺言」以外の一切を禁じる。
「夜」……二人一部屋で過ごしてもらう。奇数になった場合、最後の一部屋は三人で過ごす。また、各自与えられた役職の行動を行使できるのは「夜」だけである。
■役職について
役職は自分以外の誰がどの役職についているのかは分からない。但し、人狼に限り、仲間の人狼は把握している。
・人狼サイド
「人狼」……三人
夜中に人狼に変身し、部屋の相手を襲う。襲った場合、相手は死亡する。
ゲーム中一夜だけ、襲える状況だとしても、部屋の相手を襲わなくても良い。
但し、二回、部屋の相手を「襲える状況で襲わなかった」場合、餓死してしまう。(部屋の相手が襲う前に死んでしまった場合や部屋の相手が同じ人狼だった場合等は「襲える状況」に当たらない)
一人の人狼が一夜に襲える事ができるのは一度のみである。
さらに「人狼」同士では念波により、離れていても意思疎通を図ることが可能になる。この能力に限り、「夜」以外でもいつでも使用することができる。
「狂人」……三人
夜中に自殺を行うことができる。自殺をした場合、他の死人と同じように扱う。
・村側サイド
「祈祷師」……一人
夜中、人狼に襲われた場合、ゲーム中一度だけ反撃を行うことにできる聖水を二日目に付与する。
反撃を行った場合、祈祷師は生き残り、人狼は死亡する。
「牧師」……二人
夜中、人狼に襲われた場合、ゲーム中一度だけ防御を行うことができるお守りをゲーム開始時に付与する。
防御を行った場合、人狼も、牧師も生き残る。この場合人狼は「襲った」扱いになる。
「村人」……四人
特に能力は付与されない。自身が持つ知恵で人狼を追い詰めろ。
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ハハッ……これは夢か何かか……? いやそう考えなきゃやってられない。これが……ゲーム……?馬鹿げている。人を殺すのがゲームだなんて……
隣の咲の顔を見る余裕すらできない。こんな……こんな……周りの人間も一言も喋らないまま、ルールを読み終えたのか、読んでいると頭がおかしくなりそうになったのか、広場に戻り始めていた。オレもそれにならい、咲に戻ろうと促し、先ほど皆が集まっていた場所に戻った。しかし、何を話せばいいのか分からないのか、誰一人として喋ろうとしないまま、先ほどのゲーム開始の時間になった。
――それでは、今からゲームを開始します。一つ伝え忘れていましたが、例え生き残っても負けてしまった場合は……分かりますね。まずは「昼」からです。それでは皆さんご自由に議論を交わしてください。またゲーム終了まではこの村から出ることはできません。出ようとした場合はその瞬間外にある死体と同じになるので悪しからず――
それは更なる地獄の始まりを告げる鐘か。この声を聞いただけで吐き気がした。しかし、その言葉には強制力があった。このゲームから離脱することはできないのだろう。
気持ち悪さだけが体中を駆け巡り、他の人も無言を守り続けたまま、時間が経ってゆく。そうしてどのくらい経っただろうか。太陽が既に傾いていた頃、突然、座っていた若い男性が声を上げた。
「多分みんなも僕と同様にこんな意味不明なゲームとやらに巻き込まれて戸惑っていると思う。だけど、まずは僕たちで自己紹介しないか? お互い知らない人も結構いるだろうし。
あ、僕の名前は高浦 大祐で25歳です。あ、役職ってのは多分今言っても仕方ないだろうからこれだけにしておくよ」
確かに、いろいろと納得いかないこともある。今だって何をやればいいのか全く分からない。だけど、とりあえず自己紹介をして悪いことはないだろう。そう考え、オレは立ち上がり、
「オレの名前は宮田 涼といいます。14歳です。よろしくお願いします」
何がよろしくなのか分からないが、他に何も思いつかなかったので、その場しのぎで自己紹介を済ました。すると、他の人も立ち上がりだし、同じような自己紹介を始めた。
「小石川 未来と言う。まぁよろしく」
「軸丸 夏希です。19歳です。えっと……よろしく」
そうやって、一人ひとり簡潔に自己紹介をしていき、他の人も自己紹介が終わり、最後に顔色が悪いまま咲も立ち上がり、
「瀬上 咲です。よろしくお願いします」
これで、全員の自己紹介が終わった。
それぞれの名前は、
穴吹 和歌恵34歳
稲崎 太一29歳
鏡 桜花年齢不詳――12歳ぐらいか
川淵 進40歳
小石川 未来年齢不詳――20代ぐらいのお姉さん?
軸丸 夏希19歳
島野 黎52歳
高浦 大祐25歳
三溝 凛29歳
湯村 哲西33歳
鷲頭 朗真65歳
瀬上 咲14歳
宮田 涼14歳――オレだ
この十三人がこの村の生き残りであり、そしてこのふざけたゲームの参加者だ。
話を聞くと稲崎さんと湯村さんは会社の後輩先輩らしい。俺も言わないのは不自然なので俺と鷲頭さんがご近所さんで、咲が幼馴染であることは伝えた。
自己紹介の後はまた沈黙が続くと思ったが、ここで鷲頭さんが声を上げた。
「ん、小石川ちゃんだっけ? ワシは村全員の顔と名前を知っていたつもりだったけど、キミは見たことないし、名前も初めて聞いた。キミは本当にこの村の者なのか? いや、いいたかないがワシから見るとキミが一番怪しんだ」
そう言われた、小石川と言う長身の女性はこう答えた。
「確かに、私もアンタの顔と名前を初めて見て聞いたよ。いやそれどころかここにいる全員の顔と名前を今知った。
私はこういうのもなんだが出不精でね。ま、アンタが知らないのも無理はない。けど、私はちゃんとこの村の住人だよ。この村で会ったことあるのは村長だった人ぐらいかな」
「そうかい。まあワシがキミを疑っているというのには変わりないよ」
二人の会話を聞いたオレはいてもいられなくなり、
「鷲頭さん、やめましょう。まだ何も分からないんです。疑うのもがそれを声に出すのもやめませんか」
そう、鷲頭さんにそれ以上何も言わないようにとお願いすると、
「宮田くん、キミは甘いね……疑ってかからなくてはこっちが死ぬかもしれないんだよ」
鷲頭さんは静かにそう言い放った。
気持ちは分からないわけはなかった。オレだってこんな意味の分からないゲームに巻き込まれ、挙句死ぬかもしれないデスゲームだなんて。
悲しいことに、オレは鷲頭さんの言葉に一言も言い返せなかった。
「あ、あの」
そう言って立ち上がったのは穴吹さんだった。
「話題が変わるんですけど、桜花ちゃんって、私初めてお顔を見たんですが、もしかして……」
穴吹さんが、疑問を言い終わる前に、鷲頭さんが答えた。
「こんな珍しい苗字あまりいないよ。そのもしかしてだ。鏡村長のお孫さんだな。いつもは近くの町に住んでいるが、昨日はたまたまこっちに来てたんだろう……村長はここに来る途中倒れているのを見たよ」
「やっぱり、そうだったのですか……あ、ごめんなさい桜花ちゃん。別に疑ってるわけじゃないの。ごめんね、こんな辛いときに」
穴吹さんが軽い弁明をして鏡さんに頭を下げた。鏡さんは気にしていないのか、そんなことを聞いている余裕がなかったのか、特に何のリアクションも取らなかった。ただ、この中で一番最年少と思われる鏡さんならおそらく後者だろうが……。
そうしてまた誰も何も話さないまま時間が過ぎて行き、またあの声が聞こえた。
――さて「夜」になりました。これから皆さんには二人一部屋になってもらいます。私がランダムに誰かを選びますので、選ばれた人は誰と同室するかを選んでください。なお、一度同室になった人とは次の日以降、同室には選べませんのでご注意ください。では、まず稲崎さん。誰と同室するかを決めてください――
「お、俺?」
急に聞こえた声に加え、突然選ばれたことにも驚いたのだろう。稲崎さんが素っ頓狂な声を上げた。
「じゃあ湯村さんで」
「ああ、じゃあよろしくな」
しかし、すぐに冷静になったのか、稲崎さんは湯村さんを同室の相手に選んだようだ。湯村さんもそれに応え、稲崎さんの隣に座った。確かに、こんなよく分からないゲームを急にやれと言われたら悩んでも仕方がないのかもしれない。自分の知り合いと同室になれたほうが気が楽だし、できれば咲と同室になれればいいけど。
――では稲崎さんと湯村さんは「1」の家に入ってもらいます。家へは後でいっせいにご案内しますので、安心ください。続いて小石川さん、誰と同室するかを決めてください――
「宮田で」
……まさか即答でオレが選ばれるとは思わなかった。というか小石川さんはさっき怪しいとか言われてたっけ。そんなことで怪しむのはいけないかもしれないけど、ここまで躊躇いなく選ばれると少し怖い。
「は、はい」
オレは生返事をして、湯村さんに倣い小石川さんの隣へと行った。
――では小石川さんと宮田さんは「2」の家に入ってもらいます。続いて鷲頭さん、誰と同室するかを決めてください――
「ワシか。じゃあ咲ちゃん。
さっきから喋ってなかったようだけど、ワシと一緒だから怖がらなくていいからね」
そう呼ばれた咲は無言で立ち上がり鷲頭さんの隣へと向かった。まあ見知らぬ人と同室になるよりはマシか。
――では鷲頭さんと瀬川さんは「3」の家に入ってもらいます。続いて高浦さん、誰と同室するかを決めてください――
「僕ですか。なら鏡ちゃん。いかがです?」
「……」
呼ばれた鏡さんは無言のまま座っていた体を起こそうともしなかった。
「あらら、やっぱり知らないお兄さんとは嫌だったかな……?」
……まぁ確かにいろいろ問題があると思うけど……気にしてる状況でもないから仕方ないのか。
――では高浦さんと鏡さんは「4」の家に入ってもらいます。続いて三溝さん、誰と同室するかを決めてください――
「わ、わたしですか。えーっと、じゃあ島野さんで、お願いします」
「了解だ」
――では三溝さんと島野さんは「5」の家に入ってもらいます。そして残った軸丸さん、川淵さん、穴吹さんの三人は「6」の家に入ってもらいます。では皆さんを家に案内します。ここから広場の東の出口に向かってください――
各々が東の出口に向かって歩き始める。そんなに遠いわけでないが、既に暗くなっていると言うこともあり、一、二分程度で東の出口に到着した。すると、出口の外側に、不自然に並んだ家が六軒あった。おそらくだが、今健在している建物はこれだけなのだろう。
――皆さんから向かって左から「1」の家としてそれぞれ指定された家の入ってください――
言われたとおり、オレは左から二番目の家に入った。家の中は想像以上に綺麗で、軽く見た感じだが、生活に必要なモノは全て揃っているようだ。
――皆さんにはこれから朝が来るまでその家で過ごしてもらいます。くれぐれも家の外に出ようと思わないように。窓も開きませんのでご注意ください。中にある備品や食料は全て自由に使ってもらって構いません。電気、水、ガス全て使えるので不自由はしないと思いますが、ゲームの途中だと言うことを忘れずに。それでは今から「夜」を開始します――
「……よろしくお願いします。えーっと、小石川さん」
「ああ、よろしく、宮田くん」
色々分からないことだらけで夜が始まったが、とりあえず聞くべきことは聞いておくべきだろう。
「どうしてオレを選んだんですか?」
「ん、どうしてって、名前を覚えていたのがアンタだけだったんだよ。それだけだ」
……それだけって……じゃあ本当に適当だったのか……いやでもまだ、この小石川さんが人狼の可能性はある。疑うわけではないが、可能性がある以上、自分の生きる可能性を上げたほうがいいだろう。
「あの……」
しかし、オレが言い終わる前に小石川さんが簡潔に言い放った。
「私は人狼じゃないよ。安心しな」
なるほど、確かに人狼であるなら人狼じゃないと言うメリットは少ないだろう。しかし、可能性がある以上これは早めにやっておいたほうがいいだろう。
「そうですか。それは安心しました。が、とりあえずオレも言っておきますね。
――オレは狂人です」
オレはこのゲームをどうやって勝つか、考えていなかったわけではない。
とりあえずこれでやっておくべきことは終わっただろう。これで襲われたら事故としか言いようがない。
もちろんオレは「狂人」ではなく「祈祷師」だ。ルールを見た限り祈祷師は人狼を倒せる謂わば切り札的存在なのだろう。これは正直運が良かったとは思っている。
しかし、それ相応のデメリットはあり、一つは狼を反撃しても、次の日になった時、客観的に見ればオレが人狼で、同室の相手を襲ったように見えてしまう点。これはある種仕方のない面だろう。それで夕方の投票で「処刑」になるのは確かに嫌だが、人狼と相討ちになったと思えば結果的に村にとって有効であり、勝利をもたらせる可能性が広がる。何故なら、元々このゲームは人狼サイドの人数が少なく設定されており、人狼サイドの一人と村人サイドの一人とでは重みが違う。村人サイドにとって人狼サイドとの道連れは得と言えるだろう。その相手が人狼とあれば、能力を使い切った祈祷師一人の命と比べ物にならないだろう。
そして、もう一つ、これが今回の作戦の決行を決めた要因だが、「祈祷師」は初日の夜は能力を行使できないという致命的な欠点があることだ。
先ほどの狼との道連れも初日の夜を乗り切ってこそのことであり、この夜を乗り切らないとどうにもならない。「祈祷師」は重要な役職である点からも、初日を乗り切るか否かに重点が置かれるだろう。
そこで出てくるのが「自分は狂人」だと同室相手に伝えることである。初日の夜を乗り切るためには狼に襲われなければいいわけだ。相手が狼でないのならそれに越したことはないが、万が一相手、すなわち小石川さんが狼だった場合、どうすればいいか。それは人狼が襲いたくない相手だと思わせればいい。人狼は仲間の人狼が分かるが、仲間の狂人は分からない。すなわち、オレが狂人と言うだけで相手は襲うのを躊躇ってくれるかもしれないというわけだ。
もちろん、これで襲われなくなったわけではないが、これ以上できることはないので、後は運を天に任せるしかないだろう。
「ははー、狂人ねぇ」
「ええ、そうです。びっくりしました?」
「まあ、それなりにね、アンタが何を考えて狂人と暴露したのかはまだ分からないが、仮に、明日私が『宮田は自分を狂人だと言っていた』と言えばどうするつもりだ?」
その可能性を考えなかったわけではない。その程度のことなら既に解決策はある。
「確かにそれを言われれば、ある程度オレの印象が悪くなるかもしれないですが、それはあなたにも言えることです。オレが狂人だと言ったことはあなた以外だれも知りません。であれば、あなたがそれを言ったところでそれが本当かどうかの証拠がありません。
逆にそんなことをして、オレがあなたのことを人狼か狂人と言い返せば、あなたが狂人や人狼であると疑われかねませんし、『狂人と言っていた』なんてことを言うメリットは皆無でしょう」
「クック……アンタはそれなりに頭が回るようだね。いや、なるほど。そこまで考えているとは。つまりアンタは本当に『狂人』か初日に襲われたくない『祈祷師』ということかな。まぁ死にたくない『村人』の可能性もあるけど、アンタが『村人』ならそんなことしないだろうしね」
チッ……読まれていたか。名前を覚えていないとか言っておきながらこの人もやはりなかなか手ごわそうだ。しかし、読まれていたとしても、狂人か祈祷師か分からないわけで、襲われる確率が上がったわけではない。これも一応想定内ではある。
「まあ私も一応言っておくと狂人じゃないよ。ましてやさっきも言ったとおり人狼でもない。けど、アンタは信用しないでしょうね。私が狼だと疑ってこその『狂人』の宣言なわけだし。さっきは『狼と疑うのはやめましょう』と言っておきながらねぇ」
「それは違います。疑っているわけではないですが、可能性がある以上言っておくのが最善だと考えたまでです。小石川さんが人狼じゃないならそれに越したことはないです」
「ふーんそうかい。それはどっちの立場からの意見なんだろうねぇ。ま、私は自分から動ける役職は貰ってないし、アンタがこれ以上動かないって言うなら、晩御飯でもつくりましょうかね」
そういって小石川さんは台所へと向かっていった。そうしてようやくオレも今日一日何も食べてないことを思い出した。すると、途端にお腹がすき始め、オレも台所へ向かおうと彼女の後を追うと、
「アンタの分も作ってあげるよ。味の保障はしないがね。それともアンタの腹を満たすのは私自身ってことかい? そうだとしても味の保障はしないよ。ククッ」
小石川さんが、予想外なことを言ってきた。
「オレはさっきも言ったとおり、人狼ではなく狂人ですから、アナタを襲うことはしません。
後、オレがこんなこと言うのはおこがましいかもしれないですが、もしよければオレの分も作ってください」
自慢じゃないが、オレは料理が出来ない。今もインスタントラーメンを作ろうとしていたのだ。
「ククッ、ああ構わないよ。ガキは素直なほうが愛嬌があるってもんだ」
「ありがたいですが、できれば子ども扱いはやめてくださいね」
「善処するよ」
*
「ご馳走様でした」
「お粗末様」
なかなかおいしいご飯を食べさせてもらった後は、何をするでもなく、お互いにそれぞれの寝室へと向かった。どうやら本当に襲ってくるつもりはないらしい。狼かそれ以外かはまだ確定できないが、今日襲われなければ十分だ。そう思いながら床に就いた。
眠る前に脳裏によぎったのは、今日目が覚めた直後に見た地獄の景色。あれがおそらく人狼の仕業ということなのだろう。父さんや母さんの顔がもうすでに懐かしく思え、自然と涙が一粒零れ落ちた。
――ああ、絶対に許すものか。オレは全ての元凶である人狼に復讐を誓った。
そして途端に睡魔に襲われ、オレは深い眠りについた。
この物語で使われているルールはとあるMMORPG内で実際に行われていた人狼ゲームのルールを基にしています。
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