序章7
後もう少し!!
――魔法。
それは、おそらくそう呼称するのが最も適切と思われた。
攻撃が通じなかったゴブリンは、それにより死んだ。
そしてその魔法を行使したオッサンは、傍で様子を見守っていた“加瀬”という男性と、何やら“契約”と呼ばれる行為をした。
…………何だか、本当にこの世界がゲームのようになったみたいだ。
だが一方で、ゴブリンはゲームなどの様に光の粒子となって消えるということはなく、焼け焦げた死体となって横たわっている。
何だかなぁ。
「……彼は、【魔法使い】の恩恵を得たのね」
隣で同じく様子を見守っていた少女は今度は日常とかけ離れた用語を使う。
「魔法使い……なるほど」
まあ今のを見て「あれは剣士だ!!」とか言うやつはいないだろう。
魔法を行使したと思われるオッサンは、テンガロンハットの紐を顎に食い込ませている。
体全体を覆うのは、季節を少し先取りした、男物にしては少し丈の長いコートだ。
それらがオシャレなのか、はたまた、自身の生活習慣が牙を剥いた頭皮や肥満を覆い隠すためなの工夫なのかは……一先ず似合ってはいない、とだけ言及して置こう。
だがそれらが合わさり、『魔法』という超常現象が重なると見方が180度変わる。
俺は目の前の事象を整理する意味で、何となく投げやり気味に思ったことを口にする。
「魔法を使って、モンスターを倒す――あと変身さえすれば、現代の流行に乗ったさしずめ魔法少女という感じだな」
オッサンの来ている大きめのスーツがローブで、帽子はちょっと想像を膨らませてとんがり帽子に。
魔法を使う、という存在が俺の中では『魔女』という女性のイメージが強いためそのような独り言になった。
最近の魔法少女は大概何でもありだからな。
魔法“少女”といいながら男が変身して魔法少女となることもある。
厳密には魔法とは違うが、プリティでキュアキュアな戦士もジェンダーの垣根を取っ払っているのだ。
性に寛容が必要な近年、男の子が魔法少女になったっていいじゃない、という感じだ。
“魔法少女”という概念が含む意味合いがかなり多様になっている。
それがありなら、オジサンが魔法少女になってもいいじゃない――まあ別に駄目とは言わんが、ここしばらくは我慢を覚悟せねばならないだろう。
駄目、と直接に言われることはないが、無言の圧力が降りかかって来るに違いない。
まあ大丈夫だ、その内「魔法少女がちょっと増えすぎたポン!! 半分になってもらうポン!!」とか謎の生物に言われて、他の魔法少女に粛清されるだろう。
……うん、ゴメン、もの凄い適当なこと考えてた。
目の前ではまた各務に指示されて、“加瀬”が鞄を振り回してたタンク役のオッサンと手をつなぐ。
そして「“契約”!!」と言った先から、あの光があふれだした。
「え!? ――え、えっと、魔法少女って……」
……おっと、いかん、独り言のつもりが、隣の少女が聞いていたらしい。
そしてかなり困惑しているご様子。
「あれは、少女、というのとは違うと思うけれど……」
真面目にツッコミをされてしまった。
だが彼女はどこかおかしそうにクスリとほほ笑む。
その姿が、あまりに自然で、柔らかくて、見惚れてしまいそうなほどで。
――そして、バカな勘違いをしてしまいそうで。
こんな状況の中で、横にいる少女の緊張を少しでも和らげることができた、笑顔にすることが出来た――そんなことを無意識的にでも考えてしまう自分が嫌になる。
『火渡君、悪いことをしたんなら、ごめんなさいを言わないと』
いつも厳重に封をしている記憶の蓋がカタカタと震えだす。
『男の子が、女の子を泣かせるのは悪いことなんだよ?』
少し古びたフィルムに写されたような映像の中で、その教師は、少年が悪いことをしたと、何も疑っていない様子でいる。
少年は自分のしたことと、目の前で説明された自身の行動とが乖離している、そのことに戸惑いを隠せない。
目の前の少女は、先ほどまでの笑顔が少年の見た霧の中の幻であったかのように、目から溢れている涙を拭う仕草を続ける。
「……ああ、悪い、独り言だ」
――というか、普通に会話が成立していること自体が異常なのだ。
俺はいつもいつも唐突に脳裏へと浮かんでくる記憶に、飽きもせず蓋をする。
人間というのは不思議なもので、使用頻度の低い能力は生存において優先順位が低いとみなされどんどん劣化していく。
俺は俺で、コミュニケーションを取る機会が普段から極端に少ない。
なのに、目と鼻の先にいる美少女相手に、今の今まで動揺せず接することが出来ている。
おそらく、そうしなければいけないという本能的な何かが、この場を繋いでいるのだろう。
後、同じ状況に置かれて、同じような思考を辿って、同じ場所に隠れることを選んだ――それが、もしかしたら同族意識というか、仲間意識みたいなものを生んでいるのかもしれない。
それで、俺に対する警戒感が薄れている、とか。
「……それで、そっちはこれからどうする?」
俺は油断せずに視線をあの4人に固定しながらも、この先の行動について尋ねる。
横目で確認すると、俺の問いかけに一瞬、彼女は言い淀む。
そして逆に貴方はどうするの、とでも言いたげな視線を俺に投げて来た。
「……まあ、ここで同じ場所に隠れてしまったのは単なる偶然だ」
俺は少し躊躇しながらも、頭に浮かんだバカげた提案を却下する。
こんな状況だ、一緒に安全な場所まで――そんな、間抜けな考えを。
「俺は独りで人の多そうな場所に逃げる」
俺は言葉を続ける。
生き残るために人の多いところに逃げようとしているのに、一方では彼女と手を取り合って逃げるということは違う、と頭の中ではっきり棲み分けがされていたので。
一見矛盾したような二つの思考だが、俺の中では相反するものではなかった。
二人でいるこの時間に出来るだけ意味を持たせないように。
あくまで自分と彼女は赤の他人であることを再確認するように。
そして――変な期待など、持たないように。
「……私、は――」
迷いながらも、何か言おうとした彼女の言葉は、しかし、最後まで紡がれなかった。
今までのやり取りからも察する通り、おそらく4人のなかのリーダー格である各務が、如何にもワザとらしく声を張り上げる。
「――あぁぁ、残念だなぁ、このまま出て来ないようなら、俺も直接学園に向わなければならなくなるなぁ」
「えっ!? ちょ、各務さん!?」
「各務君っ!? い、一体何を!?」
他の三人は各務の行動に困惑している。
一方で当の各務はそんなことお構いなしに、まるで劇のセリフを読み上げるかのようにして続ける。
「いや、もう、ここら辺にはいないのかなぁ? それじゃあしょうがないなぁ確かあの制服は――白薔薇女学園の奴だったか?」
それを耳にした時、隣にいる彼女が息を飲み、その体が強張るのを感じる。
白薔薇女学園と言えば、県内では有数の私立のお嬢様学校。
普段、一切縁のない俺でもその名前を聞いたことがある位で、金持ちや経済界・政界のお偉さん方が、わざわざ県外から子女を入れたがることで有名だ。
ここからは近くのバスに乗って、少し山に入って行ったところにある全寮制だと聞く。
「か、各務君!! そんなに大声出して、モンスター達が寄って来たら……」
魔法少女型の肥満のオッサンがそうして懸念を伝えるも、各務は一向に止める気配を見せない。
どこか近辺に目当ての人物が隠れている、と確信しているかのように。
そうすると、奴らのお目当てはやはり……。
「それに、【2位】なんて圧倒的上位者だ、俺なんかとは違って、さぞ学園内でも人望厚いんだろうなぁ」
「各務さん!! 本当に、何を言って……」
2位、という言葉が何の順序を示すのかはさっぱり分らなかったが、各務が言葉を並べる毎に横にいる彼女は今にも飛び出しそうになる。
「――学園の子を、何人か痛めつけたら、出て来てくれるのかなぁ?」
「っ!!」
――その言葉に、彼女は体を起こして飛び出そうとする。
「ッ!?」
俺は殆ど無意識的にその彼女の腕を掴んでいた。
彼女が立ち上がる寸前だ。
振返った彼女は驚き、目を見開く。
そして非難の色が含まれた視線で俺を見た。
俺は俺で、彼女の腕を掴んでどうしようというのか。
彼女は単なる赤の他人だ、狙われているのは彼女だ、俺は関係ない――そうした冷めた言葉が俺の脳裏を過ぎる。
彼女を助けたところでどうなるのか、むしろ彼女の方が悪い奴で、あの4人組は良い奴なのでは?
一度そういうことを考え始めると、消極的な意見ばかりが頭の中を、紙面に広がる零れた墨汁の様に、黒く黒く支配していく。
もう、いいじゃないか、その手を放してしまえ。
後一歩。優しく背中をポンと叩いてやるだけで自白が得られる、そんな確信を得た刑事の様な言葉が、ふっと浮かんでくる。
その言葉に従い、手の力を緩めようとした、その時――また、今度は別の記憶の棚にしまっていた箱の蓋が勢いよく開いた。
『俺は……間違ってない』
明りもつけず暗闇が支配する自室で、悔しそうに歯を食いしばり、しかしそれ以上に哀しそうに少年はそう呟く。
『俺は……おかしい奴じゃない』
今にも決壊して溢れ出そうになる涙を必死で食い止める。
泣いてしまうと、何かに負けたようで、屈してしまったようで、それは絶対に嫌だったから。
『こんな思い、二度と、御免だ』
少年は拳を強く握りしめる。
それは微かに震えていて。
何かを誓うように。
何かから自分を守れるように。
…………何で今思い出すんだか。
回顧の旅から帰還した時、ふと未だ握られている彼女の手に視線が行く。
本来制服に包まれている筈の細い腕には、所々何かに切り裂かれたような跡が散見される。
彼女の清楚な見た目との印象のギャップから、それは余計痛々しい物に映る。
そこから考えを巡らせると、今度は彼女の体全身に思い到る。
腕だけにとどまらず、どこもかしこも傷だからけで、むしろ切り裂かれていない場所を見つける方が難しい。
「これは…………」
「ッ!!」
彼女は力が緩んだ隙を捉えて自分の腕を引く。
そして一番目立つ腕の大きな切り裂かれた跡を隠すようにして腕を後に反らした。
俺がそれらについて考えていることに気づいたのだろう。
自分がこれほどまで傷ついているのに、彼女は……。
そして、自分自身のことばかりで、それを全く気にしなかった自分に何だか嫌気がさしてくる。
紙面に零れた墨が、録画を巻き戻すかのようにどんどん範囲を狭めて行く。
黒と白の勢力圏は逆転。
そして最後には、元の白一色に。
ふと、そんなときに真新しい記憶が再生される。
『――誰か、目の前で困った人がいたら助けてあげてくれ』
先程、箱峰先生からかけられた言葉だ。
『君の出来ることは決して少なくない。君の力を必要とする人は、必ずいるはずだから』
何だか、背中を優しく押された気がする。
……何だろうねぇ。あの人は未来でも見通しているのかね。
そんな能力があるんなら、ともに未来を歩む人探しにもっと活用してほしいものだ。
ここで何もせず、彼女を見放すのは、過去の自分の想いを裏切ることになるような気がした。
自分が一体何の役にとか、事情を一切知らないじゃないかとか、そういうことは兎に角棚上げでいいのだ。
先生も草場の陰から応援してくれている。
先生、見ててください!!
俺、やります!!
先生が『勝手に殺すな。――火渡、放課後、職員室な』と良い笑顔で告げる姿が脳裏に浮かんだ。
ふぅ、こういうことを考えられる精神的余裕も出来た。
――さて、やるか。
後2話以内……のはず!!