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序章6

……今日中に、終わるといいなぁ(白目)。

 思わず息を飲んでしまう程にその容姿は整っており、下から覗き込む形になっていてもそれが分った。

 腰ほどまで伸ばした髪は、揺れる先から光の粒子が流れるかのように煌いていた。

 

 年は俺とそう変わらないように見える。

 手足や腰回りはスラっとして細く、しかし容易には折れそうにない芯のようなものを感じさせる雰囲気があった。

 その体を包んでいる制服は傷だらだった。

 しかし、それでもその育ちの良さをうかがわせる高価そうな衣装で、短くしているスカートも決して不潔さを感じさせない清涼さがある。


 

 その彼女は曲って来た折り、先の俺と同じように視界の先にいたゴブリンを見て体を一瞬硬直させる。

 だがすぐさまその一時停止を解き、周囲に顔を巡らすと、これまた俺と同じ所に思い至ったようだ。

 

 彼女の視界の先には、逃げている人を向い入れるかのように開かれている錆びた門。

 うんうん、やっぱりこんな状況だもん、普通そうするよね。

 よかった、俺だけ後々不法侵入を咎められることもない。


 これで一安心だ、やったね影時!!



 …………いや、ちょっと待て。

 冷静に今の自分の状況を思い出そうか。


 俺→うつ伏せ。ブロック一つ分の穴を介して下から様子を覗いてた。ちなみに息は整いつつあるものの、不審者然とした雰囲気を絶賛垂れ流し中。

 少女→スカート。そこそこ短い。一応腿まである靴下を履いてはいるものの、その先は防御しきれておらず今も見ようと思えば中を覗けるくらいである。


 


 やったね!! ただの ボッチ から 変態クソボッチ野郎 にジョブチェンジだ!!

 

 って、いやいや、まだだ!! あきらめるにはまだ早い!!

 こんな状況なんだ、なんだかんだ理解してくれるはず。

 俺がこうしないといけないのも、彼女が履いてないのも、どう考えてもお前らが悪い!! 

 





 ――ってえ?





 ――履いてない?

 

 履いてない、履いてないったら、履いてない(季語無し)。


 俺は自らの目の錯覚を疑い、親指と人差し指を用いてゴシゴシと両目をこする。

 そして、多分こんなモンスターが現れるような異常事態が、この幻覚を引き起こしたんだと納得を着けて、目を開く。


 ……うん、やっぱり履いてない。

 

 恐らく、全女性が自らの最終防衛ラインとして頼るところの布が一枚、そこにある筈なのに……無い。

 そこにあるのは、どこまでも続く白い肌が織りなす魅惑の桃源郷。

 

 …………嘘やん。


 鼻に熱が上って来るのを感じ、俺は思わず拳を自らの頬目がけて振りぬく。


 あフェッ!!


 

 ジンジンと痺れる感覚が右頬に訪れるが、それと引き換えに頭は冷静さを取り戻す。


 


 ――なんで履いてないんだよ!?

 清楚そうな服着て、実際は露出癖でもあるのか!?

 所々に服装の傷が目立つけど、自分の学校に新風でも巻き起こそうとしてんの!?

 抑圧からの解放を表現したいなら、下着を取っちゃうんじゃなく、筆を取ろうぜ!?


 やばい、全然冷静さ取り戻せてなかった。

 ――ってか自分の今の状況本格的にヤバくね!?

  

 普通の女の子でもマズいのに、履いてない女子高生を下から覗き見て、冷静さを失っている――

 

 

 どこからどう見ても完全に変態です、ありがとうございます!!

 やばいよやばいよやばいよ、リアルガチでリアルガチで、影時(おまえ)はバカか!? 

 

 くっそ、まさか最初に訪れた死の危険が生物的なものではなく社会的なものだとは。


 何とかしてここから逃げる方法は――


「――えっ?」


「…………」 

 

 そこに誰かいるなど予想だにしていなかった――彼女の口から漏れ出た音には、そんな意味がありありと含まれているのが分った。

 それに対して、俺は恐らく悟ったような表情を浮かべていただろう。

 ……遅かった。


 地面に伏せて自分を見上げている謎の青年(俺)を見て、少女は今にも喉まで迫り上がって来た声を発しようとしている。

 それは何か意図があるとかではなく、生物としての防衛本能から来る自然のものだろう。


 ……いや、身の危険からくる防衛本能まで刺激してしまうとか、どんだけ俺、不審者なんだよ。


 俺は咄嗟に慌てたような表情を作り、人差し指を立て、口に持っていく。


「シィィー!!」


 そしてその指を今度は折り曲げ、塀の向う側にいるであろうゴブリンを差すようにしてジェスチャーを続ける。

 俺の必死さが通じたのか、彼女もハッとして両手で自ら口を塞ぎ、言葉になりかけていたものを、何とか飲み込む。


 ふぅぅ~。

 よかった。


 今の一件はある意味俺の不審者度合いを計る試金石であったともいえるだろう。

 彼女の中で、ゴブリンという非日常の存在から身を隠すことは、自分を下から覗いていた不審者へ対処することよりも優先されたらしい。

 ……これで悲鳴を上げられていたら、要するに俺はゴブリンよりもヤバい奴という烙印を押されていたのだ。


 あぶねぇぇぇぇ。   


 

「えっと……」


 彼女は声を抑えながらも俺に倣って体を伏せる。


 そうしてじりじりと肘をつきながら俺の隣にまで移動してきた。

 ……えっと、距離、近すぎやしませんかね?

 

 警戒心薄すぎませんか?

 下着でも履いて、防御力上げて来て下さい。


 ってか、何か横から凄い甘くて良い匂いしてくんだけど。

 女の子って皆こうなのだろうか。

 

「……ここ、ブロックが欠けて、様子を見れる」 


 ドギマギしながらもなんとか最小限の言葉で、今の状況を伝える。

  

 右手を口に当てて小さく「あら……」と驚きを現す。

 そんな上品な仕草が自然に出るということ一つとっても、彼女がどこかのお嬢様であるかのように感じる。


「色々お互い聞きたいことはあるだろうが、今はここで隠れて、様子を――」


 窺おう――そう言おうとするも、言葉が最後まで紡がれる前に、事態が動き出した。

 ゴブリンが見張っていた十字路側から、人が数人走って来た。


 1、2、3、4……計4人の男だ。

 それぞれ年齢層も服装なんかもてんでバラバラで、統一感に欠ける。

 しかし、そんな彼等はゴブリンを視界に捉えても何ら臆することなく対峙する。


「――チッ。おい、あの女は?」


 30代くらいで黒いスーツを油断なく着こなしている男は目の前のゴブリンを苛立たしそうに睨みつける。

 

「ゴブリンにやられた……ってことはなさそうだな」


「ああ、やられたんなら、今頃ゴブリンとそこで仲良くやってるだろうからね」


 彼の言葉に答えた二人はどちらも40代、或いはもっと上の年代に見える。

 体はあまり健康そうには見えず、生活習慣を見直すことを切にお勧めしたいボディーだ。


「か、各務(かがみ)さん、どうしましょう……ほかの一般人と合流されたら」


 どこかおどおどとした、陰気そうな4人目の男は多分大学生か新卒くらいだろうか。

 でもそのどこか浮足立った感じはゴブリンという存在に対して向けられた感情、というよりは別のことを恐れて生じているように見える。

 

「うっせぇ、ぎゃあぎゃあ騒ぐな。ここからまだそう遠くへは行ってないはずだ。探せば必ず見つかる」


 各務、そう呼ばれた男は鬱陶しそうに話しかけて来た大学生風の男に答える。


「ギィシャァァァ!!」


 対するゴブリンは、相手が4人もいるというのに未だ闘争本能剥きだしにして相手を威嚇している。

 いや、本当に戦うつもりがあるのかどうかは分らない。

 もしかしたらそうやって相手を牽制しているだけかもしれない。


 それを見た各務というオッサンは、再び舌打ちし、ヒョロそうな大学生(仮)に視線を向ける。


「先ずはコイツを殺してからだ。――加瀬、お前、本当に出来るんだろうな?」


 それは正に蛇がカエルを睨んでいる光景のようで、加瀬と呼ばれた男性は声を上ずらせた。


「は、はいっ、も、勿論です!! 僕嘘なんてついてません、信じてください!!」


「ああ、わかったわかった。だからさっさとしろ――オッサン二人もだぞ?」


 各務は脅しつけるように他の二人にも顎でゴブリンを差し、そう告げた。


「う、うん」


「だ、大丈夫、か、各務君は見ててくれたらいいから」 


 そうすると、年配者二人が前に出て、加瀬と呼ばれた男性はその後ろに、そうして最後尾には悠々と佇む各務、というYの字の陣形になった。 


「――じゃあ、頼むよ、加瀬君?」


「は、はい!! ――“契約、締結”!!」


 ――オッサンと加瀬が握手すると、その手を中心に光が溢れ出て来る。


 眩しさに目を細めながらも成り行きを見守っていると、横にいた彼女が独り言のつもりなのだろうが、小さく呟く。


「あの人、“オーナー”だったのね……」


「ん? オーナー?」 


 え、何の話?

 何かの所有者ってこと?


 何でいきなり会社の話になったの?

 

 

 よく分らなったが、彼女自身も俺の疑問に答えることはなく目の前の事態を注視していた。

 時間にして2,3秒と言ったところか。


 光が弱まって行って、やがて完全に視界が正常に戻る。

 

 加瀬と握手したオッサンは何か感触を確かめるかのように手を握ったり、開いたりしていた。


「…………うん、行けるよ。各務君」 


 特に今の現象に驚くことなく気怠そうに眺めていた各務は、ポケットからタバコの箱を取り出した。


「おお、そうか。んじゃ、さっさとソイツを片付けてくれ」


「うん、任せてくれ――<火の精よ、我の求めに応じ……>」


 ……何だかよく分らんが、オッサンが厨二病も裸足で逃げだすこっ恥ずかしい呪文を唱えだした。

 しかも本人はいたって大真面目だ。


「ギィシャ!? シャァギィィ!!」


「フン!! させないよ!!」


 オッサンの仕草を見て何故か慌てだしたゴブリンは、遮二無二の突貫を始めた。

 だが、もう一人のオッサン、50代くらいで医者から生活習慣を改めるよう言われてそうな男が、そこに立ち塞がった。

 彼は肩に提げるタイプの鞄を、先ほどの俺がしたように振り回す。


 一度それがゴブリンの顔に命中すると、やはり俺が通学鞄や本を当てた時のように、透明な膜か壁のようなものが一瞬現れる。

 それに守られたかのように、ゴブリンにダメージは無さそうだ。


 しかし、その攻防の際も詠唱を続けていたオッサンの足元が、淡い赤色を帯びて円を描き、発光していた。


「行くよ!! “ファイアアタック”!!」


 オッサンの手からはバレーボール大の炎が突如出現し、ゴウッと音を立てて勢いよくゴブリンへと向って行く。

 

「グッギィィィィ!?」


 命中したゴブリンからは耳障りな悲鳴が上げられる。

 しかしそれも長くは続かず、自身の体を覆いつくす火にゴブリンは煙を出しながら倒れた。


 その際、あの透明な膜状のものが出現することはなかった。 

 



……大丈夫、まだ慌てる時間帯じゃない。


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