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脱出の時

 一方、しばらく口を開いていなかった妹さんは、眉間の皺を深めていた。

 何か思うところがあったのか、爺さんが彼女に水を向ける。


「……お嬢さん、大丈夫かい?」


「私、先ほど申したように、駆け出しですが、アイドルをしてまして」


 そのこと自体を誇るとか、或いは自慢するとかではなく、純粋に話の前提を確認するかのように彼女は告げる。

 そしてどこかあまり面白くないことを思い出すかのように表情を歪める。


「テレビに出て輝きたい、みんなを元気にしたい、単純に有名になりたい――アイドルになる動機は十人十色ですけれど」


「…………」


 彼女が言葉を続ける。

 特に口を挟み腰を折ることはせず、耳を傾けた。


「なかなかテレビの仕事を貰うのって難しいんです。パイは限られている。それでも共通して言えるのは、皆一生懸命に、自分をアピールして、良いところを見てもらおうって」


「うぅむ……」


 爺さんは、やはり何か思うところというか、通じるところがあるのか、長く鼻から息を吐いて頷いて見せる。


「――でも、そういう、キラキラしたり、熱くなれることばかりじゃなくて。その、あんまり、表には出ないようなこともあって……」


 そこまで話して、言い淀む仕草を見せる。

 


 ああ、何となく言いたいことが分かってしまった。

 そこから先は本当に言い辛そうにしている。

 

「……要するにあれか、俗説とかでよく聞く奴か。偉いさんが舌なめずりして、売り出し中のアイドルに『テレビに出たいなら、グヘへ、わかるよね』とか言う」



 先生や井沢は女性だ。 

 爺さんは何か思うところがありそうであまり口を挟まない。


 なので俺が代弁して彼女の伝えたいだろうことを言ってみた。

 

「……はい」


 妹さんに確認の視線を向けると、悲しそうな目をして一つ頷く。

 先生や井沢はそれを聞き、それぞれ眉をひそめたり、口を手で覆う仕草をしていた。


「それにしても、君の例えは分かり易いが、表現が直接的すぎる」


 先生に小言を言われる。

 やはり女性が複数名いるからもう少し柔らかい表現をしろ、ということか。

 

「すんません、以後同じような場面があれば気を付けます」


「全く……」


 俺の留保付きの回答を聞いて先生は呆れたような溜息をついた。

 すんません。



「業界に夢見て、アイドル始めて、周りに夢を伝える職業なのにな……それが罷り通ってしまったら本末転倒だろうに」


 客の前では笑顔を振りまいているが、その裏では太った大物プロデューサーと一夜を――そのアイドルの目はもう輝くことはないだろう。

 

 噂話としては面白いんだろうが、実際にアイドルの口から聞かされるとなると笑えねぇ。



「それで、短期的には一本や二本、テレビに出れても、その事実に心が持たなくて、辞めてく子もいるって良く、聞くんです……」



 なるほどねぇ。

 彼女が言いたいこと・伝えたいことは大体ここにいる人間には伝わったと思う。



 

 彼女もあの横野の言葉を聞いて、俺と同じような懸念・危惧を抱いたんだろう。

 何だか、生き残るために必要なものを人質に、物凄く不当なことを要求されている気がする、と。


 その気持ちは井沢の告白を起点として、大まかには共有されたようだ。 


 そこに、井沢から、“オーナー”視点からくる情報を提供してくれた。  


 

「……えっと、あの、“オーナー”は契約した相手が多ければ多い程、その、特典が多いんです」


「ふむ……あれか、スマホのゲームとかである、<○○人の友達を誘えば、石をプレゼント!!>みたいな、数に応じて段階的に貰えるものが増える感じか?」


 俺がまた例えを用いて彼女の話したことがこういう理解で正しいか、確認する。

 それに対して、井沢はおどおどしたように目を左右に泳がせた。 

 

 ……そんなに俺とコミュニケーションするの嫌なのん?

 その反応、ボッチには効きますので、遠慮してください。


 井沢は俺とは目を合せようとはせず、しかしおずおずと俺の問いに答えてくれた。


「えっと、その、私、スマホでゲームとか、あんましやらなくて、よく分りません。――そういうものがあるんですね」


 おうふ。

 純粋な言葉となって跳ね返って来た。


「先輩はお詳しいんですね、さぞお友達が多くいらっしゃるんでしょうね」


 ……信じられるかい?

 これ、皮肉じゃないんだぜ?


 俺が質問した時は目を合わせてくれなかったのに、今はさぞ羨ましいと言わんばかりに目元を緩めて、俺の目を見ていた。 



 アカン、眩しすぎて直視できひん。

 俺はサッと視線をはずして中空へと移す。


「お、おおう。お、多すぎて人気者は困っちまうぜ!!」

 


「…………」


「…………」


「…………」



 …………ねぇ、皆、何かしゃべろうぜ。


 先生、何言ってんだコイツって目は少し黙らせて、口で語りあおうか。

 

 爺さんはあちゃ~って感じにその額に当てた手を一旦下ろしてみよう。

 うん、大丈夫、俺、怒らないから。


 ねぇ、勇実の妹さん、そんなに哀しそうにしなくてもいいんだよ?

 私が知らなかっただけで、世の中にはこんな人もいるんだ的悲しみの表情。

 それ演技だよね? アイドルとしての今後の幅を広げるためにやってるだけだよね!?



「先輩の例えは、えっと、よく分りませんでしたが……と、とにかく、5人・10人・25人・50人と増えるたびに“オーナー”は得をするんです」


 仕切りなおすように、俺のことは置いておいて、井沢が次いでくれた。

 ……ありがとう、嬉しいです。

 でもその優しさがじわっと傷口に染みます。


 消毒液をかけた時みたい……誰だ、俺のことを菌の具現化とか思ったやつ出て来い!!


「或いは……そこまで考えてはいないかも、しれないね……」


 引き締めなおした表情から冷めた視線を横野に投げて、爺さんはそう呟いた。 


「――へ、へへ。僕の言うことを聞いていれば、外のモンスター達に怯える必要は、無くなるから。へへ」


 その視線を追いかけた先には、横野が列に並んでいた女子生徒を眺めて笑顔を浮かべていた。

 ……その笑顔は、ある意味では心の底から出た笑顔、だと言えた。


 ただ、それが友人や親しい人、これから協力しようとする同士に向ける清々しさ・純粋さを含んでいるとはどうしても見えないが。


「…………」


 そして、それを幕の近くまで離れて眺めている水谷は、表情というものが欠けてしまったかのように何も写さない顔をしていた。

 ……。

 

「……こういう極限的状況では、その人の底・本質がよくよく現れる」


 爺さんの目は、どこか悲しげな、それでいて今までの力強さが嘘のように疲れたみたく細まっている。

 そして俺たちに向き直った時には、その様子はもう引っ込んでいて、柔らかな笑みをして見せた。

   

「……私たちは、彼と協力するにしても、独自に動くにしても、よくよく考えた方がいいだろうね」


「…………そうですね」


 先生が頷いて同意を示す。


 大人として、少なくとも俺たち3人だけでも守らねば、みたいなことを考えてそうだ。

 こんな状況なんだ、そこまで気にしなくてもいいのにな……。

 



「――それで、私たちはどうしましょう。私はお話した通り【魔法使い】の“オーナー”です」



 井沢が主に先生を意識しながらも、俺たち4人に聞いて来た。

 一度、彼女は歳が近く同性ということもあってか、妹さんに視線をやった。 

 

 妹さんがそれを受け、口を開いた。


「そうですね、リスクを分散するという意味でも井沢さんと“契約”を――」










「――大変だぁぁぁ!!」








 

 彼女の言葉は、2階からの男子生徒の叫びで掻き消された。



「皆、奴ら、外階段に気づいたぁ!! 何体か来るぞ!!」


 体育館の2階部分、窓前にて見張を買って出ていた体育系部員が次々に報告する。


「こっちもだ!! ヤバい、他の奴らに連絡してるみたいだ!! どんどん来るぞ!!」


 混乱した声が頭上から降って来ることに、再び騒然とした空気が辺りを満たし始める。

 体育館自体の防衛機能が高いからと言って窓硝子も割られないと期待することは出来なかった。


 なので、長期戦というよりは、外に打って出るためにこうしてモンスターと対等に渡り合う武器を求めたわけだが。


「う、うじゃうじゃ来るぞ!! お、おい、お前ら、もう準備はできてるのか!?」  


 窓の前にある通路から乗り出したジャージ姿の体育教師は焦りを隠せない様子。  

 上から急かされる形になった集まりはそわそわと浮足立って横野と、そして水谷を見た。

 

 

 横野は、今まで見せていた自信はどうしたんだとばかりに、「あっ」とか「えっと……」とか言って周囲の恐怖や不安が伝染していた。

 一方の水谷は他よりは随分落ち着いた様子で、上から外を観察していた体育系の部員や教師に訊ねる。

 

「どこかっ、奴らの手の薄い場所は!?」


 順番とかはなく、それぞれが報告して行った。


「前方の左扉周辺は駄目だ!! 無茶苦茶な数が張ってる!!」


「右側はそんなにいないぞ!!」


「後の正面は……あれっ……殆どいない!!」


「後方右はどうだ!?」


「右も結構多そう……こっちは拙いんじゃ!?」


「先生っ、左は駄目です!! 奴らで溢れ返ってる!!」




 全部で5つある扉の内、彼らがもたらした情報からすると、前方は右が、後方は正面が出口としては有望なことが分かった。


 そして火災などの際に逃げるために付けられた外階段は前方の2階部分に近い。 


 なので――




「正面扉だっ!!」


「もう逃げるだけじゃないぞっ!!」


「人間様をこけにしやがって……」



 わぁっと後方の正面扉へと人が殺到した。

 横野と契約し、血気盛んな男子生徒や教師らがわらわらと集合し、その後を女子生徒だったり、或いは契約までこぎつけることが出来なかった生徒が後に続く。


 逃げるだけじゃない、などと言いつつ、一番手薄そうな正面に群がっていることがどういうことかには気づいていない。 



「私たちは――」


 それら一連の動きを横目に、どうすべきかと井沢は言葉を発した。



「――私は、前方の右から逃げてみようかな」



 その言葉に被せるようにして爺さんは井沢の手を優しくとった。



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