その光は……
「――うわぁっ!!」
「ひ、光が!?」
「何だ、どうなってんだ!?」
建物内部のあちこちで起った、驚きの声の反響に、思考を中断される。
檀上には、やはり既知の光が二人の足元にて発生し、淡い輝きを放つ。
それは何か見る者の心に不思議な感覚を呼び起こし、科学的背景を想起させない。
横目で傍にいる人々の表情を盗み見る。
箱峰先生や妹さんは驚きに目を見張り、俺に見られていることにも気づいていない。
爺さんも驚いてはいるようだが、やはりそこは年の功なのか、眉を少しばかり上げるだけに留まっている。
一方の井沢は……。
「…………ああ、やっぱり」
それは、誰に聞かせることも予定していない呟きだったのだろう。
だが、ここには目前の光景よりも他のことを気にしている人間がいた。
なので、その呟きは、独り言にはなれなかった。
光が収束する。周囲の者は息を飲み、どうなったのかと沈黙を貫く。
一方の水谷は何かの感触を確かめるように、手を握り、開き、そして一つ頷く。
「――うん、なるほど」
そう呟き、水谷は顔をキョロキョロとさせる。
手近にあったフットサルか、ハンドボールに使うのだろうゴールを見て視線を止める。
彼はそれに近づくと、腕を後へと一杯に引く。
瞬間、水谷の体に小さいながらも光が集まっていく。
それを一点に集中させる。
そして、突いた。
「フンッ!!」
ガンっ、という鈍い音と共に、周りの悲鳴とも驚きともつかない声が洩れる。
見てわかる程に思いっきりそれを殴りつけた水谷は、痛がる素振りを一切見せない。
その後、拳を見つめてまた一つ納得するように頷いて見せた。
「――全然、大丈夫そうだ。【戦士】のジョブを得た効果らしい」
彼の表情は痩せ我慢をしているようにも、嘘をついている後ろめたさを隠しているようにも見えない。
近くにいた者が、マジックを見せられた後その道具に種が隠れていないかを確認するように、ゴールポストに群がった。
「……おいおい、マジかよ!!」
「普通に痛いぞ!!」
男子生徒の一人が恐る恐ると言った風に叩く。
ドアをノックする動作ですら手がヒリヒリするといった様子を見せている。
それを見て体育館内に一気に騒めきが広がった。
「嘘じゃないのよね……」
「本当にゲームの世界になったみたい……」
「で、でも、これが本当なら、私たち、戦えるようになるんじゃない!?」
驚きや戸惑いこそあるものの、湧き出る声にはどれも希望の色が含まれていた。
今目にしたこと――物理的な法則を無視したような動作。
これを自分たちも持つことが出来たら、今もこの体育館を攻撃しているゴブリンに対抗できる。
暗い闇の中に、一筋の光が差し込んだ――そんな感じだろう。
「良かった……これで、何とかなりそうですね」
純粋に喜んでいる声を上げ、同意を求めるように妹さんは箱峰先生を見上げた。
「ふむ……どうなのだろうね」
疑念を抱いている、というよりは相槌程度に先生は軽く首を傾ける。
そして爺さんに視線を向け、意見を聴く。
「どう思われます、柊さん」
爺さんは目を細めて、思案気に上を向いていた。
「ん~。俄かに信じ難いが、目の前で起きたことが嘘だとも思えませんな」
そして誰かに納得をしてもらうため、というよりは、自分の意見を纏める風に頷く。
「うん……そもそも外にいるモンスター達からして常識外れだ。世界がバランスをとるために我々側に対抗手段があるのもおかしくはない」
先生はその言葉を聞いて「なるほど……」と納得した様子。
そして今の自分の考えを更に補足するように言葉を紡いだ。
「言うなれば私たちを脅かそうとしているモンスターなどは世界的にはマイナス要素だ。帳尻合わせのように考えれば、プラス要素があるのも道理」
「それが【ステータス】ってことですか?」
妹さんが確認するように呟くと、爺さんは「多分ね」と頷いて返した。
「ただ……」
だが、爺さんはそこで話を終わらせず、その鋭い眼光を幾分か弱めて今も俯き気味の井沢に目をやった。
「全てを語っている、という風にも思えんね。――そういえば、お嬢さん」
口調こそ穏やかなものの、爺さんは檀上の男を引き合いに出し、嘘は勘弁願おうとでもいうように逃げ道を塞いでいく。
「彼が話し出す前に、何か言おうとしていたことが、あったんじゃないかな?」
爺さんの言葉を受け、井沢は委縮したように縮こまってしまう。
だがそれは話すのを拒んでいる、というよりは話してもいいのだろうか、と迷っているように見える。
顔を上げ下げしては、胸の前に持って来ている手を握っては開いてしていた。
「井沢……話してくれないか? 先生からも、頼む」
先生は、いつか、というよりつい先日俺にもしたような真摯さで、井沢に話すよう促した。
……あるいは今日、という表現でも、間違いではないが。
「……箱峰先生」
彼女は先生の言葉を聞いて、一度顔を俯かせたまま静止し、そして握る手にギュッと大きく力を入れ、そして顔を上げた。
「――……私、あの横野先輩と同じで、[経験者]なんです」
キュッと眉尻を上げた井沢から出た言葉に、一瞬俺たちは何を言われたのか分からず硬直した。
一方の井沢はそんな俺たちを見て、同じく一時停止した。
先にその動きを再開させたのは、井沢だった。
その話はぎこちないながらも、何とか自分の伝えたいことを伝えようと必死になっている。
「私、も……同じように、7日間、モンスターがいきなり、出現した世界に、意識だけ、飛ばされて……」
「……そうか、君もか……」
先生は否定するでもなく、疑問を差し挟むでもなく、ただただ目の前にいる井沢へと話を促す相槌を打った。
それに勇気づけられたのか、井沢は時につっかえながらも、言葉を紡いだ。
先の話を信じるなら、上限は20日。
しかし、彼女は7日間と言っている。
それは別に直ぐに矛盾している、とも言えない。
もしかしたら、7日目で……。
「世界が、おかしくなって、私は、そこで、【僧侶】のジョブを使って、皆を回復して……」
一度、彼女はチラッと箱峰先生に目をやる。
そしてその先を言い淀むも、先生は何かを察して、一つ頷いた。
いいよ、どんな話でも君の言うことなら信じるよ――今の所作にはそう言った意味が含まれている気がした。
「…………頑張って、みんなと協力して、モンスターも倒してたんですけど、でも、守れなくて…………」
そこで、彼女の目尻に涙が溜まっていることに気づく。
「――せん、せい、も……私の目の前で……死んじゃって」
その言葉を聞いて、一瞬先生の目が大きく開いた。
嗚咽をこらえながらも、井沢は何とか話を続けようとする。
「ごめん、なさい……ごめんなさい……」
その後は、まるで、叱られた子供のように、何度も何度も井沢は先生へ謝罪の言葉を繰り返した。
そんな井沢を、先生は優しく抱きしめる。
自分の知らない間に別の自分が生徒の目の前で死んでしまった、そもそもそれが本当のことか――そんなことはどうでもいい、というように。




