ステータス?
このお話で、全体的な構造を理解できなくても大丈夫です。
この後に何度も似たようなお話を違う視点から入れる予定ですので。
なので、へー、ほー、みたいにゆるりと読んでいただければ。
彼の言葉に体育館内で、騒めきの波が広がって行った。
「それには、今から僕が話すことを、荒唐無稽だと切り捨てず、全部を信じてもらう必要があります」
混乱・困惑・懐疑。
様々な色が混じった波ではあったが、その波が全体に浸透する頃、少し、先を聴いてもいいか――波は、そんな空気を生んだ。
誰からも演説を拒む声が上がらぬことを確かめてから、彼は話を続けた。
「僕は、いや……僕だけじゃない。日本にいる5万人の人間が、この事態を一度、経験している」
最初、彼の口から出た言葉が意味に結ばれなかった。
だが話者が理解を待つための間を開け、それに伴い徐々に頭に浸透して行く。
……一度、こんな状態を経験している?
まさか、俺のように、一度死んでいる!?
俺を始め、全体に広がる困惑を他所に、男は話を続ける。
一度区切りをつけて疑念を持たれてしまう前に、全て話してしまえ、ということだろう。
「皆さん、話を理解する土台・前提として、今この世界はゲームのような世界になってしまったと念頭に置いてください」
彼はそう前置きして、続ける。
「僕ら5万人は突如として、この現実世界とそっくりそのままの世界に、20日間閉じ込められました」
「地球とそっくりの平行世界、ということか?」
男子生徒の近くにいた水谷が話の内容を確認するかのように、相槌を打つ。
彼は何か揚げ足を取ったりするよりも、男が話す希望に縋りつきたい、そのためにはまず話を進ませようと判断したんだろうか。
男子生徒はその質問に軽く頷いた。
「厳密にはわかりませんが、そういう理解で結構です。――僕らは、今の状況と同様に、モンスターが出現した世界に晒されました」
周りの雰囲気は、随分と懐疑的だ。
だが、それを誰も指摘しない。
それは今現時点で彼の話を全て信じているから、ということではないだろう。
おそらくその疑念を持っている多くの人間は、別に話される内容がどんなものでもいいのだ。
今この瞬間、少しでも外に目を向けずにいられる、何か頭の中を空っぽに出来る時間が作れれば、それで。
「その世界では、皆さんは同じようにいて、怯え、惑い、中にはやはり、モンスターに殺された人もいました」
……どういうことだ?
俺や箱峰先生など、その5万人以外の人は、それと意識せずに存在した?
よく分らない。
男子生徒もそれだけで全て理解されるとは思っていないようで、すぐに補足の話を付け加える。
「そうですね……細かい部分は僕らも知りませんが――地球のクローン・コピーの世界があって、皆さんのクローン・コピー体みたいなのもそこにいて、その中に僕ら5万人だけ意識がぶち込まれた、そういう風に考えてください」
「地球が二つ? クローン・コピーって……」
理解が出来ない、追いつかない――そうした全体の声を代弁するかのように、傍にいた妹さんが呟いた。
箱峰先生は口元に手を持って行って、考え込んでいる。
爺さんはというと、真意を見極めようとするかのようにその鋭いまなざしを檀上へと向けていた。
一方、この話の前に何か言いかけていた井沢遥はというと――
「…………」
下を向き、手を握りしめて、俯いていた。
なのでその表情は窺い知れない。
だが、自分を守るかのように握った拳を、もう一方の手で包みこむ。
それは、あの話に何か関係しているようで……。
「――兎に角、僕らはその別の、しかし全く同じ風景・同じ住人・同じ物理法則の世界へと意識をとばされた」
男子生徒は完全に理解してもらうということは一先ず置いておく。
巧遅よりも拙速を尊んだということだろうか。
「――その世界で、モンスターが現れ、蹂躙され、逃げ惑う中、僕らは奴らに対抗する可能性を提示された」
誰から、とは言わない。
神かもしれないし、現実上に存在する人物かもしれない。
しかし、言及されないということはそこはどうでもいいことなのだろう。
周りも、何か、今の現状を打開する鍵の話に近づいたと感じ、すべての疑問は保留する態度を見せる。
俺も一応そこは枝葉末節として置いておくことにした。
「その手段を駆使することで、僕らはモンスターと戦うことができるようになりました。そうして20日間、経過し、今、仮想・コピーのような世界から意識が戻って来て、そうして今に至る」
「…………要するに、君たちがその別の世界でやったことが、この世界でも通用する、ということか?」
水谷の小気味良いまでの相槌で、男は嬉しそうに頷いた。
……その両者の姿に、若干の違和感を感じなくもない、が。
「僕が先ほど言ったように、この世界はゲームのような世界になってしまいました。そして僕を始め、特定の者には【ステータス】があります――この【ステータス】を持つことが、奴らと同じ土俵に立つための鍵なのです」
一瞬周りの人々の中には頭に疑問符を浮かべる者もいたが、傍にいて理解できる人がそれぞれ解説してやっている。
俺たちの中では、どうやら妹さんが今の言葉を知らなかった様子。
ここで意外なことに、爺さんと箱峰先生が解説を加えている。
「私も孫とどうにか接点を持とうとゲームの類は一通りこなしていてね――先生は?」
爺さんに水を向けられた先生は乾いた笑い声をあげ恥ずかしそうに告げる。
「ははは、何分独り身なもので、時間を潰すのにゲームはもってこいでして」
爺さんと俺はそんな先生を見て、何か今の言葉は嘘ではないものの、全てのことを言ってもいない独特の感じを汲み取った。
「……年頃の生徒さんを見る先生という職業は、大変なんですな」
その爺さんの一言に、先生は一瞬だけ目を見開いた。
そして今度こそ本当に恥ずかしいという風に頭を掻いて零すようにつぶやいた。
「……本当にお恥ずかしい。ゲーム一つ知らないと、彼らと話題を作るのも一苦労で」
……俺は、その一言には言及しないことにした。
「――なるほど、ゲーム内での自分の能力値などを確認するもの、ですか」
妹さんが正しい理解を得たところで、周りの多くも同じように何となく檀上の男の話を理解する。
「皆さんも、私のこれから説明することを実践すれば、【ステータス】を得ることは出来ます――ああ、そうそう、【ステータス】を持っている人は、出現を念じるだけで目の前に出て来ますがね、所有者にしか見えないんです」
男はそう言って、一度目をつぶる。
そして呼吸の間を置き、カッと見開いた。
その後彼は「どうです、見えないでしょう?」などと言って見せた。
……それだけを見ると、なんだか胡散臭い新興宗教の広報にしか見えないが。
なんだよ、念じるだけって。
来いっ、【ステータス】!! とか心の中で言えば言いわけ?
――ブォン。
ぅぉお!?
何かがブレたような、ビームサーベルが振るわれたような音と共に、突如俺の目の前に何かが出現した。
それは半透明な長方形の紙の様に出来ていて、宙を浮いている。
周りは突然俺の目前に起こった現象に一切驚いておらず、むしろ気づいてすらいない。
半透明なのに細かい字が羅列してあり、俺はそれを何故か見ることが出来た。
名前:火渡 影時
種族:人
性別:男
職業:【渡時士:Lv.1】
年齢:17歳
Lv.6
HP:35
MP:0
筋力:18
防御力:15
賢さ:24
素早さ:18
運:5
TP(time point):6 (←new!!)
うぉっ!?
な、なんじゃこりゃ!?
周りに動揺を悟られないよう顔に仮面を張り付ける。
鳴らないと思ってた時にスマホが鳴って、しかもそれがアニソン・ゲーソンだった時の対応が生きた。
俺は顔に集まろうとする血液をなるべく意識せずに、目の前に現れたものをそれとなく見る。
何か熟考してる感が出るよう腕組も忘れずに。
ふむ……これは紛れも無く【ステータス】だな。
念じたら出て来ちゃった。
すると……。
俺は今度は、消えるように頭の中で念じてみた。
――ブゥン。
再び鈍い音をさせ、目の前にあった画面は消失した。
……消えた。
チラッと周りを見やる。
音に誰かが反応した、ということもない。
ふむ。
俺は先の要領で再び【ステータス】を出現させた。
そして中身についての考察をすることに。
“MP”は魔法とかを使う際に必要となる“マジックポイント”だろう。
これが0なのはまあいい。
“運”が一桁なのも……まあツッコミたいところはあるが百歩譲ろう。
【渡時士】って……何ぞや?
これ……読みは“トジシ”で合ってる?
“とじ”ってあれじゃないよね?
女子中高生が御刀を振り回してて、そんな年端もいかない可愛い少女達に日本の国防や命運託すブラック職業じゃないよね?
何とはなしに、周りの視線が檀上に集中しているのを確認し、中空にあるその画面に触れてみた。
すると、【渡時士】の項目にアクセスでもしたかのように、詳細な情報が記され出した。
あんまりトジ〇コって流行ってないのかな……。




