そして、場は整い……
ちょっと短めです。
「ん? ――ああ、井沢、君も無事だったか」
「は、はい……えっと、あの」
少女のネクタイは赤色をしていた。
俺も去年つけていた色だ。
入学したてで希望に満ちた温かな光の色を示すらしい。
2年になって、落ち着きを持ち、自然の如く周りに良い影響を与えてほしいという意味を込めて緑になり。
そして最高学年となれば、年を経て広い空や深い海の如く器の大きな人に、と青色になる。
「彼女のクラスの数学は私が担当していてね――井沢遥。物事を冷静に見極めることが出来る優秀な生徒だよ」
「ど、どうも!!」
先生は初対面であることを予期して俺たちにそう説明した。
その井沢は更に拍車がかかったかのように慌てふためいて頭を下げる。
「勇実恋です。中学3年で、一応細々とですがアイドルをやってます」
妹さんは年下であることを感じさせない物腰の柔らかさで挨拶した。
井沢もそんな彼女の受け答えで緊張が解れたのか、小さく息をついて目元を緩める。
俺と爺さんはその彼女の心遣いを無駄にせぬよう、軽く名前だけ告げた。
そして爺さんは目の鋭さを消し去り、柔らかな笑みを浮かべて先を促した。
「――で、お嬢さんは何か、先生に言いたいことがあったんじゃないかな?」
「えっと、あの、その……」
何か、先生含めた俺たちに言いたいこと・伝えたいことがある、でも踏ん切りがつかない――そんな躊躇いを見せる。
何度も言いいかけてはそれが喉元でとどまり、飲み込んでしまう。
焦れったい、とは思いつつも、こういう場合は急かすと却って言い辛いだろう。
先生も妹さんも爺さんも見守っている。
そして、勇気を振り絞るように両手を固く握り、一度引き結んだ唇を大きく開いた。
「……あの、私!! 実は――」
「――皆さん!! 聞いてください!!」
しかし、彼女の言葉は檀上から発せられた声に掻き消された。
俺たちは皆、檀上の方へと視線を向ける。
水谷のグループを押しのけ、一人の生徒が中央前へと進み出た。
どこかで見たことがあるような気がするが、一応俺の知らない生徒だ。
……俺を基準にすると、殆どがそのカテゴリーに入るが。
男子生徒はその檀上という場所も相俟って、どこか全員を見下したように、悦に入っているようにして後方にまで声を響かせる。
ネクタイの色は青く、ほっそりとした体形のために着ているブレザーの袖が少し余っている。
「僕は、3年4組の横野です!! 皆さん!! 現実の世界がこんなことになって、さぞ混乱しているかと思います!!」
横野……何かどっかで聞いたような気がするが。
集会か何かで表彰でもされてたのだろうか。
というか、コイツ、今ままで体育館内にいたのか。
気づかなかった。
その男子は、どこか演説でもするような嘘臭い調子で、言葉を続けた。
「体育館が近ごろの耐震工事で頑丈になり、想いの他外からの攻勢に耐えています!」
そこで一度言葉を区切り、外からゴブリン達の間断なく続く破壊行動に耳を傾けるようにして、沈黙を挟む。
「しかし、これもずっとは続きません!! 建物が耐久性を保てたとして、外からの救援が望めないのは先ほど見た通りです」
自分もそれを見ていたと言うように、右手にスマホを持ち、掲げて見せる。
「何より、食糧はどうするんですか!? 見た所70人前後はこの中にいます。一日二日ならまだしも、それ以上は持ちますか?」
演説を他所に、爺さんは思案顔をしていた。
そして爺さんは箱峰先生の方に顔を向ける。
「先生、体育館内に非常食などは?」
それを尋ねられた先生は、苦い表情をする。
少し考えてから、爺さんに答えた。
「…………おそらく、併設されている倉庫の奥に地震等の災害用備蓄が」
先ほど運動部員たちがいろいろ持って来た倉庫の横を見る。
同じような鉄の重厚な扉が閉まっていた。
おそらくその奥にあるんだろうな。
「しかし、体育館内の備蓄だけではいつまでもつか……外に出て別の備蓄を調達しないことには正直、厳しいでしょう」
「そうですか……」
二人の会話を聞き、改めて俺たちは檀上の男子生徒を見る。
男子生徒は少々ぎこちない感じで、身振り手振りで自分の考えを伝え続けた。
「――だから、いつまでも、この中に閉じこもっているわけには行かない」
それを口にした途端、俺たちと同じように散らばって演説を聞いていた生徒が誰ともなく声を上げる。
アレルギー反応のように、特定の話題や言葉に反発する。
「でも、外にはあのモンスターみたいなやつがいるだろうが!!」
「そ、そうよ!! 出たら、殺されるわ!!」
「俺、見たんだ……空手部の奴が全く歯が立たずにナイフでズタボロにされたの」
それはもう、一つの悲鳴かヒステリックの叫びで、外へと目を向けることを拒絶する。
檀上にいるあの愉快な仲間たちも同じだ。
一方で、演説中の生徒は、それを待っていたと言わんばかりに口の端を上げた。
「僕も、見ました!! 目の前で級友が殺されるのを、女子生徒が連れ去られていくのを!!」
周りは、彼の出方がよく分らなかったのか、一瞬ひるんだ様に押し黙った。
その隙を逃すまいと、男子生徒はすかさず言葉を接ぐ。
「酷い!! 悔しい!! でも、今話にあったように、全く僕らの攻撃が、反撃が、通用しない!! これじゃあどうしようもない」
なんだ、お前もやっぱりわかってるじゃないか――そんな全員の心の声が体育館内に漏れたようだった。
ただやられるのを座して待つなんてのは嫌だ、何とかしたい。
だが、よく分らないが、攻撃は透明な膜に阻まれ、通用しない。
それが一番大きな壁となって立ちはだかった。
こんなもの、どうしようもないじゃないか。
自分たちには如何ともし難い。
だったら、そんな現実は見ないようにするしかない。
だって、そうしないと、心が持たないから。
――おそらく、こんな感じのことが、中にいる全員に共有されているものだろう。
男はそんな全体の様子を眺め、一つ頷き、そして告げる。
「――そんな皆さんに、僕は、抗う力を提供できる」
全てをここに持って行くために、今までの仰々しい演説めいた話をしていた。
そう思わせるくらいに、自信に満ちた笑みを浮かべて、男子生徒は告げたのだった。




