気合を入れて!!
クソがっ!!
退け、緑野郎ども!!
どれとはなく、辿り着くための直線を遮るゴブリンに向って俺は拳を振るった。
「うらっぁあ!!」
「グギィィ!?」
俺の勢いに乗って叩きつけた渾身の一撃は、ゴブリンの顔面にクリーンヒットする。
あたかも金槌を振り下ろされたかのように、そのゴブリンは地面に叩きつけられた。
――それと同時に、俺の体全体に、脳に、得も言われぬ違和感が駆け巡った。
<【ゴブリンを倒す】を経験しました。【精神成熟度】に応じて補正した経験値を獲得します>
頭にさっきまでとは内容が違うアナウンスが流れる。
それを俺は無視して、ひたすら拳を振るい、ゴブリンの壁に穴を穿って行った。
「グャァァァ!!」
今にもオーガの拳が勢いのついた鉄球を落とすかのように、気を失ったままの勇実に振るわれようとしていた。
それを見ながらも数匹のゴブリンを吹っ飛ばし、俺は道を開いた。
「クソっ!! うるぁぁぁ!!」
自分自身に気合いを入れビビらないため、そしてちょっとでもオーガの気を逸らせれば、という思いで叫び声を上げる。
「え!? ――火渡、君?」
奴と勇実まで5m程まで来たとき、何とか足を動かしていた聖川の目が驚きで見開かれた。
俺はそれをも無視して、ただ勇実の元へと駆ける。
――そして、飛び込んだ。
映画などでよくある、閉まる防火扉を掻い潜るためヘッドスライディングするように。
空から落ちて来る人を地面に叩きつけないよう抱き留めるみたいに。
そうして肘や膝を擦りむきながらも、横になっていた勇実の体を掬い上げ、振り下ろされようとするオーガの拳から脱出する。
いってぇぇ。
俺の叫び声と、聖川の反応を訝ったオーガは、振り下ろそうとする拳を寸でのところでとどめた。
そしてギロチンとなるはずだったその拳の下にはもう既に、首を捧げる者はいない。
<未来へ渡航後 29分 が経過しました。――残り滞在時間 1分 です>
「…………ギィィィ?」
脳内で響く声は無視した。
第二撃が来ないうちに距離を取るべく、すぐさま立ち上がり、俺とオーガの直線上の先にいた聖川の元へ。
「っぶねぇぇ……」
「由衣ッ!! 火渡君!!」
胸を撫でおろす聖川に、勇実を託す。
勇実の体をそっと抱きとめた聖川は、勇実の無事を確かめてから、俺に顔を向けた。
「火渡君……」
何か言いたいことが沢山あって、でも、言えない。
それら全部が咽元までせりあがって、感情ばかりが先行して上手く言葉に出来ない――そんな表情だった。
俺は俺で、何とも言えず、チラッと背後を見やる。
一方のオーガは、乱入してきた俺そのものより、第三者を介入させることを許したゴブリンに関心を移した。
睨みつけられたゴブリンらは、必死になって身振り手振りで弁解らしいことを始めた。
どうやら数えきれない程いる癖してゴブリンらはオーガの使いっ走りのような関係らしい。
「火渡、君……」
そこで意識が無かったはずの勇実から、か細い声が漏れ出た。
聖川に支えられながらも、勇実は フニャりとした崩れるような笑みを浮かべる。
「火渡君、が、助けて、くれたんだ……“ありがとう”」
「…………お、おう」
俺は思わず返答に詰まってしまう。
こんなにもボロボロなくせして、どうしてそこまで純粋な笑顔を向けられるのか、不思議だった。
その“ありがとう”を聞いたとき、ただ守ることしか知らなかった風船が、少しだけ、ほんの少しだけ膨らみを見せた気がした。
記憶の棚の“たからもの”の箱は、いつも空っぽだった。
外観はボロボロで、埃をかぶり、長い長い間、ひょっとすると一度も開けられたことがないのではないか、そう思える酷さだ。
それでもその箱は棚の特別なところに添えつけていて。
それが存在すること自体が重要だ、中身なんていらない――そう言わんばかりに。
その箱が、今、ギギギッと音を言わせ、少しだけ、錆びついた口を開いた、そんな気がした。
…………開いただけかよ、おい。
風船見習えよ記憶の箱。
とまあ茶化すのは良いとして。
俺が勇実を知っているのはおかしくはないだろう。
だが、そもそも学校中で人気者の勇実が、一同学年の何の冴えも良いところもないような根暗ボッチの名前を知っている、という事実が、ただただ驚愕だった。
傷ついている勇実は、聖川に介抱されている。
「“慈悲なる光を持って、傷を癒やす”――“ヒール”!!」
彼女の手からあふれ出す光が、勇実の体へと注ぎ込む。
すると、見る見るうちに傷口が塞がって行く。
勇実は立ち上がり、体の感触を確かめるように屈伸したり、手をグーパーしたりする。
「うん……大丈夫。未由、ありがとう」
そして改めて俺に向き直り、朗らかに笑って見せた。
「火渡君、ありがとう。火渡君のおかげで、何とかなりそうかな」
その笑顔には、空元気でも痩せ我慢でもない、純粋にそう思っているという柔らかさがあった。
今の状況を覆せる、そう信じて疑わない、確信している、そんな力強さが。
――なんだろう、こういうのを、物語の主人公というのだろうか。
彼女を見ていると、本当にこんな絶望的な状況でも何とかなってしまいそうな気持ちになる。
「“何とか”って……」
だがそれ以上言葉を続ける前に、今度は聖川が俺の発言を遮った。
「火渡君……由衣を助けてくれて、ありがとう」
勇実に続くようにして、聖川も感謝の言葉を口にする。
そして数瞬、視線を落とし、顔を上げ、本当に心の底から、という微笑みを浮かべた。
「色々と言いたいこと、言わなきゃいけないことは有るけれど――火渡君だけでも、生きていてくれて良かった」
「えっ? 俺“だけでも”!? それって――」
しかし、次の言葉が俺の口から発せられることはなかった。
<未来へ渡航後 30分 が経過しました。―― 現実への帰還 を開始します>
なっ!?
ちょ、待っ――
意識すらも、全て紡がれることは無かった。
音が脳に響いた直後、テレビやPCの電源が落ちるかのように、プツりと俺の意識はそこで途絶えた。
□ □ □ □
「――ってくれ!! ……え?」
目を覚ました俺の視界に飛び込んできたのは、圧倒的な存在感を放つオーガなどではなく、室内を照らす蛍光灯の明かりだった。
消毒液の独特な臭いが起き抜けの鼻に漂って来る。
「ここは――」
体を起こし、首を巡らす。
引かれたカーテンレール、無人の隣のベッド、キャビネットの上に飾られた花瓶と名の知らぬ花。
――そうか、保健室か!!
「今、何時――ッ!! つぅぅぅ……」
慌てて首を上下させた際、激しい頭痛に襲われる。
それと同時に多少の眩暈も感じた。
腕時計は『10月11日 (木) PM 4:57』を示している。
それを見て、一瞬ホッと息を吐く。
よかった……元の時間に戻ってる。
いや、良かったのだろうか、戻って来て。
結局、勇実が殺されそうになった時に駆けつけて、その一撃を回避しただけだ。
あの後、仮に俺が残っていたとしてもできることは殆どなかっただろう。
ただ全滅する時間をほんのちょっと、先延ばしにできただけ。
――だと思っていたが、最後に見た、あの勇実の雰囲気が、どうにもその俺の考えに疑問を差し挟む。
むしろ、俺がいなくても、案外勇実ならあの状況を覆したのでは?
“物語の主人公”との感想を抱いたが、そういった主要なポジションの人物がピンチに陥り、だが最後には逆転を納める、というのはよくある話だ。
それに、あれは未来の話。
未だ実現されていない、到来していないことなのだ。
なら全滅するにしろ、逆転を納めるにしろ、どちらにしても俺の出番はないと言える。
……本当に、意味などあったのだろうか。
俺……。
――合流した後、『お、おう……』しか言ってない気がする。
何か助けに入ったっぽい恰好になったが、会話らしい会話は一切無いと言う酷さ。
どこで人見知り出してんだよ……。
ほんとに、俺使えねぇ。
そんなアホな自問自答を繰り返す内に、頭の痛みも少しずつ治まって来た。
頭の中が一瞬クラっとするのも大部マシだ。
さて……。
――そこで、大きな違和感が俺を襲う。
なんだ、何か、忘れて……。
俺は再び時計に視線を落とす。
『10月11日 (木) PM 4:58』。
――ちょっと待て。
今……4時58分!?
記憶が確かなら、俺は一回目に――“オリジナル”と呼称するが――あの古本屋を出た後に、世界がおかしくなる始まりを見ている。
『――えっ?』
そうだ、空が突然、目も開けられないくらいに光って。
『ッつ、何だ!?』
それで、恐る恐る目を開けたら。
『…………は? え? んな!!』
真紫の魔界のような空に変わってたんだ。
そしてあの変わる直前、俺は腕時計を見て、古本屋に長居していたことを考えていたじゃないか。
その時間は――『10月11日 (木) PM 4:59』。
『……とすると少なくとも40分以上は店内にいたのか』
なら、世界が変わるのは『10月11日 (木) PM 5:00』だ!!
もうそれまでに時間がない!!
俺は直ぐ様ベッドから飛び起き、保健室を後にする。
寝る前であれば、この後「世界が大変なことになるかも!!」なんて、妄想の世界での話だと片づけたであろう。
だが今は、あの未来での経験が、それを想像の世界ではない、と俺に切実に訴えかける。
――あの目にした勇実や聖川、オーガは現実にありうる世界だ。
単に自分に都合の良い夢を見ていただけだ、と言えればいいのだが。
それを、脳が、体が、違うのだと、実際にあったのだと、実感としてあるのだ。
教室に置きっぱなしにしている自分の鞄などは気にしていられなかった。
戻っている時間すら惜しい。
俺は急いで靴箱まで駆け、自分の靴と履き替える事もしない。
そして、玄関入口まで来たところで、誰のものかは分らない、呟くような声が漏れ聞こえた。
ブックマークや評価はしていただけると作者の励みになるだけでなく、作品をより多くの方に読んでいただける推進力にもなります。是非ご一考を!!
勿論単に楽しんで読んでいただくだけても全く問題ありません。
徐々に読んでいただけている方が増えてきているので、それに作者ができる更なる後押しを、という作者のわがままですので。




