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依頼者ー早川力也4

「おっす、龍太。待たせたなー」

 そう言って片手を上げて挨拶したのは逢沢(あいざわ)祐一(ゆういち)だ。こいつはバスケ部に所属しており顔が良く性格もいい。そしてなにより、女子からモテる妬ましい奴だ。


「急に呼び出して悪かったな。ところで、俺は後ろの奴は呼んでないんだけど」


「まあそういうなよー!本当は俺に会いたかったくせに、恥ずかしがり屋だなあ」

 逢沢の後ろからそう言って飛び出してきたのは、福井(ふくい)(はやと)。中学の時に付き合っていた彼女に実は浮気をされまくり金だけとられて最後は捨てられたという過去の持ち主だ。


 まあいいかと呟き俺は、二人を座るように促す。

 逢沢は何も言わずに座ったのだが、福井は性格上かそういうわけにもいかず。

「龍太の頼みだし、しゃーなしで座ってやるか」


「なあ祐一。腹減ってるよな」


「そうだな。今は滅茶苦茶ハンバーガー食べたい気分だ」


「そいつは良かった。やっぱり隼、お前は座るな」


「え、なんで?」

 福井はそう言って椅子を引きかけたまま固まる。

 俺は財布から一〇〇〇円札を一枚取り出し、目をぱちぱちしている福井に渡しながら。

「これで、一〇〇円のハンバーガーを一〇個買ってこい。あと水も三つ貰って来いよな。ついでに満面のスマイルでも貰ってその心を浄化されてこい」


「はあ?なんで俺が」

 そう言って福井は逢沢を見るのだが申し訳なさそうな顔をして。

「まあ、本来は俺だけが呼ばれてたことだし。隼は無視して勝手についてきたからな。悪いな」


「ええー」

 そう声を漏らしながら福井はハンバーガーを買いに行くという旅に出かけた。果たして無事に帰って来られるのだろうか。帰って来なかったら、明日学校でボコボコにしてやる。

 

 二人でその背中を見送ってから俺は椅子に座り直した。

 逢沢は俺の財布を不思議そうに見ながら。

「確か、お金なかったんじゃないのか?」


「ここに来る前に銀行に寄ったんだよ」


「ああー。そういうことか」

 疑問が解決したようで納得した様子の逢沢は首を数回鳴らす。

「んで、今日はどうしたんだ」

 本題に入るように逢沢は促した。


「その前に、質問いいか?」


「答えられることにしてくれよ」


「任せろ。祐一は今まで何人の女子と付き合ってきた?」


「四人だけど」


「四人か。その中で祐一から告白したのは何人だ?」


「二人だ」

 なかなかバランスが取れてるな。


「なあ、結局なんだよ。早く本題に入ってくれよ」

 逢沢は恥ずかしくなってきたのか早く早くと急かしてくる。


「ああ。じゃあ、今回呼んだ理由を教えるよ。どういう過程があって告白したのか教えてくれ」


「んン?過程?」


「悪い、言葉足らずだったな。詳しく言うなら、そうだな。祐一は好きになった人にどういうことをして好感度を上げるなりしたんだ」


「ようはどうやって、振り向いてもらえるようにしたのか、というところか?」


「そんなところだな」

 俺はそう答えると、逢沢は少し考えるような様子を見せる。

「なあ、龍太。俺からも質問していいか?」


「ああ」


「なんでそんなことを急に聞いてきたんだ?」


「それは、だな」

 俺は答えに困る。正直に二年の青春委員が全員、異性と付き合った経験がないから今回の依頼で行き詰まり、どうすれば良いのか分からず困っていると答えれば青春委員の信頼が落ちていくことに繋がる。

 青春委員の信頼が無くなれば、依頼者が来ることが無くなっていく。生徒たちからすれば今まで助けてくれる存在が実は使えない存在と分かり、異性と付き合うことに億劫になるかもしれない。こうなってしまえば、目的達成ができなくなり待っているのはバッドエンドだ。  

 

 逢沢祐一という人間は、そんなこと知っても言いふらすような奴ではない。しかし、まだそこまでリスクを背負う可能性がある行為をするべきではない。


 俺は言葉を探し何とか答える。

「俺が困ってるんだ。今まで女子と付き合えた経験がないから、依頼者にアドバイスをしたくても言葉が出てこないんだ。だから、祐一の話を例として聞きたい。あの二人の足を引っ張らないためにも」


「そうかい。にしては妙に考えてる様子があったんだけど、気が付かなかったことにしてやるよ」


「助かる」


 逢沢は顎に手をやり、そうだなーと呟きながら考える。

「まずは、会話かな。互いのことを知るためには絶対必須だし、段々相手のガードも親しくなるにつれてなくなってくもんだからな」


「そうだな」

 早川と遠野はクリアしてるだろう。なんせ一緒に遊びに行く仲だ。


「会話とかを通して、相手に自分のことを少しでも知ってもらおうともしたな。自分が話せば相手も話してくれたし、互いに分かり合えるって感じ」


「なるほどな」


 逢沢は背もたれに深くもたれ一息吐いて口を再び開けた。

「ぶっちゃけ、恋愛に必勝法なんてないと思うんだよ。確かに金持ちはモテたりするけどあれは例外だ。俺たちはただの普通の学生だ。親がどっかの会社の社長だったり、莫大な資産を抱えているってわけじゃない。イケメンだったり美人だったりしても、性格が悪けりゃ付き合いたいとは思えない。嫌いな人とは絶対に付き合ってもいいかな、なんて思えない」

 

 俺は無言で頷く。何も呟かない。


 逢沢は天井を見つめながら独り言のように続ける。

「これは俺の考えだから絶対だとは思わないでほしいんだけど。相手に良いように見られるのは大事なんだろうけど、偽物というか演技している自分を好きになってもらうのは嫌だな。そうなるぐらいなら、本当の自分を見てもらって嫌われる方が絶対いい。相手の為にも、自分の為にもな」


「すげー、深いな」

 そんな単純な言葉しか出てこなかった。自分の浅はかさを実感する。そんなことを考えたことなんてなかった。


 それを聞いた逢沢は満足した表情を見せ、身を乗り出した。

「そこでだ。俺は相手に正直に好意を伝えるようにしている」


「それって告白じゃないのか」


「いや違うね。付き合ってくれって言ってるわけじゃない。例えを出すならそうだなー。ドジなとこが可愛いいな、とか。服のセンス好きだわー、とかだな。はっきりとじゃなくていい、大事なのは自分がその相手を好意的に思っているんだってことを伝える事なんだと思う」


「それは、直接伝えた方がいいのか?」


「そりゃあなあ。間接的に褒められるのと、直接褒められるの、どっちの方が嬉しい?」


「直接伝えてもらう方が重みが違うな」


「そういうことだ。だから、直接好意を伝えなきゃいけない。まあ、女たらしでもなきゃ恥ずかしくてなかなか言い出せないんだけどな」

 そう言って、逢沢は少し照れ臭そうに頬を掻く。


「安心しろ。もう四人の女子と付き合った経験があるお前は、その領域に入ってるよ」


「お、言うねー。一応勘違いしてほしくないから言っておくけどな、四人とも相手から別れようって言ってきたんだからな」


「つまり、祐一から別れ話を切り出してないってことか」


「そういうこと。俺は一途だから全然その気はなかったんだけど、向こうはそういうわけでもなかったらしい。なんか、思ってたのと違うみたいなこと言われて、さよならされたよ」


「酷な話だな」

 全くだ、と逢沢は相槌を打ち、外の景色を頬杖を突きながら眺めた。

 普段では見せない、もの寂しげな瞳はじわりと溶けていくようだった。

 

 俺と逢沢がそれぞれ物思いにふけっていると、ハンバーガー獲得の旅に出かけた福井が不服そうな声を上げながら戻ってきた。

「たっく。なんで俺がこんな役目なんだよ。水下さいって言うのマジで恥ずかしかったんだからなー」


 ハンバーガーの山を乗せたお盆を勢いよく机の上に置き、後ろからついてきていた店員さんから三つの紙コップを受け取る。そして、福井は疲れ切ったように椅子に座った。

「なあなあー、龍太ー。ハンバーガー食っていいか?いいよな!?いいな!?よし、おっけー、ハンバーガーいただきー!!」


「おいこら、勝手に進めるな。祐一は何個食いたい?」


「えっ、あー。腹ぺこだからなー、四個貰っていいか?」


「おっけー。祐一四個で、俺四個の隼が二個な」


「ええー、少ねー。まあ、龍太の奢りだから文句は言わねーけどな」


「今お前文句言ったからな?」

 そんなやり取りをしつつ、三人の男子高校生がハンバーガーの山に手を伸ばし食し始めた。


 福井はそういえばっと言いたげな表情をし、口を動かしながら言った。

「そーいやーなんだけどさ。なんで、龍太は俺を呼び出したんだ?」


「いや、呼んだのは祐一で、隼は呼んでないから」


「んじゃー、そう言う事で良いから、なんで呼び出したんだよ」


「お前な。いやもういいわ。今日呼び出した理由はな、青春委員にして異性との交際経験ゼロの俺にどうやったら恋人ができるのか、というアドバイスを求めたんだよ」


「何言ってんの。青春委員は付き合っちゃ駄目だろ」

 福井はこいつ馬鹿だろと顔に書きながらハンバーガーを食べる手を止める。


 それを横目で見て逢沢は笑い声を上げた。

「そうだな、そうなんだよ。まあ、あれだな、もう少し考えたら違う答えが出るから、もっかい考えてみろって」

 逢沢はいつも通りの瞳に戻り、楽しそうに笑みを浮かべている。


 目の前で考えている福井を見てから俺はハンバーガーの包み紙をくしゃくしゃにして、新たなハンバーガーに手を伸ばす。

 ピクルス多めって言うべきだったな。


 水を飲んでいる逢沢は俺をちらりと見てからニヤッと白い歯を見せた。

 どうやら、福井をいじるのが楽しいようだ。

 

 福井はハッとして顔を上げる。理解したようだ。

「ふふふっ。龍太、お主は悪よのー」


「ん?なんで俺が悪いんだ?」

 予想外の反応に俺は思わずきょとんとしてしまう。

 福井は俺を見ると顔を手で隠し、肩を震わせながら笑う。理由は分からないがむかつく。


「龍太、お前は悪い!青春委員でありながらそんなことをッ!」


「何言ってんだ、隼?」

 逢沢は先程から奇妙なことを言っている福井を見て、頭大丈夫かこいつと思っていそうな表情をする。


 福井は大きく息を吐き、落ち着きを取り戻す。そして、俺と逢沢を一瞥してから言った。

「青春委員は恋人を作ることを禁止されている。にもかかわらず!京橋龍太という男は異性に恋をしてしまった。青春委員なのにだッ!」


「はっ?何言っ―――」

 逢沢は、まあまあと言って俺を止める。実に楽しそうだ。

 福井はべらべらと饒舌に続ける。

「龍太は抱いた気持ちに気づいてしまった。でも青春委員という立場が龍太を縛り付ける。一度はこの気持ちに目を背けようとしたはずだ。でも、龍太はそれができなかった。この気持ちを意中の女子に伝えたい、いや付き合いたい!!でもそんなことをしてしまえば龍太は・・・。そこでだ!頼れる祐一とこの俺様、福井隼にどうすればいいのかアドバイスや助けを求めてきたってわけだっ!!」


「アホか。何言ってんだ」

 駄目だったか。いや、理解してくれると期待した俺が馬鹿だった。そうだな俺が悪いんだな。

 

 憐れな饒舌を繰り広げた福井隼はきょとんとしている。

 逢沢はお腹を抱えながら笑い声を上げている。


 俺は大きくため息を吐きだしてから顔を上げた。相変わらず福井は目をぱちぱちしている。

「俺こと京橋龍太は青春委員である。青春委員は最高だと思える青春をお届けするために頑張り、恋愛成就の応援や手助けもする」


「は、はあ」

 福井はあいまいな返事を返す。


「さて、異性との交際経験なしの京橋龍太は恋愛成就のお助けをしたくても出来ません。経験がないからです。そこで、その経験の穴をどうにかして埋めるために、逢沢祐一を呼びました。なぜでしょう」

 俺はそう言って、残りのハンバーガーに手を伸ばす。


「宿題だな」

 同調するように逢沢も言って笑みを浮かべる。

 福井は再び頭を悩ませることになった。


   ●     ●     ●     ●     ●     ●


 白石水穂は一人で青春室に残ったまま、部屋の奥にある立派な机で溜まった書類を片付けていた。

 すでに日は沈んでおり下校時間は過ぎている。校内に残っている生徒は殆どいないだろう。残っていたとしても、熱心な勉強家か委員会などの仕事に追われているかの二つに一つぐらいだ。


「ふぅ・・・」

 やるべきことの八割程度は終わったので、ペンを机の上に置き伸びをする。体が伸ばされていき気持ちが良いのだ。

 春風や京橋がいる時にこの書類を片付けないのには彼女なりの理由がある。そのことに二人を巻き込みたくないと思っているのだ。


「彼が退学してからまだ二週間なのね」

 ふと白石はそう呟いた。今机の上に広がっている書類もそれが大方関連している。


 嫌なことを思い出したとフッと自らを嘲るように笑った。

「彼はどうやってきたのかしら」

 椅子に深くもたれかかり、ホワイトボードに目を向けた。

 結局、情報があったとしてもどうしていいのか分からなかった。状況を変えたくて早川を呼ぼうとなったのだが、どうなるのか分からない。

「私には、分からない」


 すると、この青春室のドアがノックされた。

 誰かしらと思いながらも白石はいつものように答える。

「どうぞー」


 こんな時に現れた来客は、脱色された長い髪を持ち、蝶の髪飾りを着けている人物だった。二年の生徒会の西宮美乃梨だ。

 彼女は室内を見渡しながら入ってくる。

「もう、あの二人は帰ったのね」


「よく言うわ。そのタイミングを見計らって来たんでしょ」


「見方を変えればそうかもね」

 そう言って、西宮は来客用のソファーにゆったりと座った。ふと彼女の目に色々書かれたホワイトボードが入る。

「へー。依頼、入ったんだ。そして、野球部の男子がソフトボール部の子をね」


 白石は顔を上げ西宮がホワイトボードを眺めていることに気づく。

 ホワイトボードには分かりやすくするために、早川力也と遠野唯の名前が書かれたままになっていた。うかつだった。これが生徒会以外の生徒に見られていたら面倒くさいことになっていたかもしれない。


 もう帰ろうと白石は机の上の書類を整理し始める。

「青春委員だもの。依頼が来て当然でしょ?」


「まあねー」

 つまらなさそうに呟いた西宮は立ち上がり、白石のいる机に向かってのんびりと歩きながら続けた。

「でも、その依頼は果たして上手くいくのかどうなのか」


「何が言いたいのかしら」


「だから、今まで散々役に立てずにお荷物扱いされていたあなたに、出来るの?って言ってるの」

 白石のいる机に辿り着いた西宮は彼女の横顔を眺める。どういう反応を返してくるのかを心待ちにしているのだろう。


「私は、一人じゃないわ」

 西宮と目を合わさずに彼女は返答した。言葉に普段は見せない弱さが含まれている。


「そんな甘い答えはいらないんですよね。そんなんだから青春劣等生って烙印を押されるんですよ。あなたも、京橋龍太も!」

 西宮はそう言い捨て青春室から出て行った。


 青春室は再び静かさを取り戻す。

 ただその部屋で白石水穂は、一人で資料を握り締めたまま力無く呆然としていた。

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