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依頼者ー早川力也3

 俺が青春委員に入ってから三日目になる今日。今の時間は昼休み。本来ならば昼ご飯を食べる時間なのだが。

 さて、どうするかな。


 俺は右手に握られている財布の中をもう一度確認する。

 一〇〇円玉一枚と一円玉が三枚。カードタイプの学生証とスーパーなどのポイントカードが数枚。実質、現在の所持金は一〇三円。貧乏学生でも、もう少しマシな感じがするんだけどな。

「んー、何度見ても変わらないか」

 そう呟いて、何回吐き出したのかも分からないため息を再び吐き出した。


 食堂で一番安いのは素うどんだ。しかし、お値段は一三〇円なので今の俺には手が届かない。

 ということなので、購買に足を運び一番安いパンを買おうとしたのだ。確かに今の俺でも買える金額のパンは存在した。

 食パンの耳、一〇〇円。

 いや、これは違うだろ。というか、食パンの耳で一〇〇円というのは高いのではないかと考えさせられてしまう。


「でも、次に安いのがジャムパンシリーズで一ニ〇円」

 買えない。

 学校を抜け出して近くのコンビニとかで買った方がいいような気がしてくるんだよな。でもやらない。以前それをして、先生に捕まり反省文地獄の日々を送った友人が身近にいることを忘れてはいないのだ。

 

 さて、どうするかな。

 つまるとこ俺が悩んでいる理由はこうだ。昼ご飯抜きでいくか、なけなしの金で食パンの耳を買うかの二つに一つ。


 普段なら、昼ご飯を抜く選択をしていたのだが、四限目の体育でシャトルランに本気を出してしまったためお腹はさっきから鳴りっぱなしで限界なのだ。因みに、シャトルランの結果は一二二だ。

 しかし、いくらシャトルランを頑張ったところでタダ飯にありつけるわけではなく、所詮世の中は金で回っているのだ。残酷かなこの社会。


 そもそも、昨日にジーンズと夜ご飯として牛丼屋に行ってしまったのが運の尽きだったのだ。家に帰るときに銀行からお金を引き出さないとなと思ったのだが、面倒くさかったので明日の朝に学校の行きしなに寄ればいいかと考えた。しかし、完全に寝坊をした俺には銀行に寄る余裕はなく今に至るというわけである。


「食堂に戻るか」

 食堂には逢沢たちが今頃ラーメンをすすっていることだろう。あいつら金に関してはがめついので借りるという選択肢はなしにしても、頼めば少しは分けてくれるはずだ。四センチあるかないかの麺やメンマやスープ。あとは食堂の無料の水で乗り切ろう。

 無料って素晴らしい!


 そうして購買から出ていこうとすると、後ろから肩を叩かれた。

 俺は誰だろうと思いながら振り返ると。

「やっほー」

 春風が笑いながら片手を上げて挨拶をしていた。


「おう、やっほー」

 言いなれない挨拶をして少し気恥ずかしくなる。


 春風はそんなことを気にすることもなく何も買わずに購買から出ていこうとした俺を不思議そうな目で見てきた。

「何も買わないの?」


「買わないじゃなくて、買えないんだよな。いや、買えるのもあるんだけど」


「なにそれー」

 そう言って彼女は楽しそうに笑っていた。


 俺は笑えないんだけど、と思っていると春風の後ろに二人の女子がいることに気が付いた。あー、なるほど友達か。

 ならば俺はとっとと退散してしまおうか。

「つーわけだから、また放課後な」


「待って待ってよ」


「どうしたんだよ」

 春風に呼び止められた俺は首を傾げる。何か話でもあるのだろうか。まあ、青春委員絡みだろうしここで話すのはよした方がいいような気がする。


 ところが春風は財布を取り出してふふっと笑みを浮かべた。

「昼ご飯ないんでしょ。一個ぐらいなら私が奢ってあげるよ」


「え、まじで」

 思いもよらない言葉だった。春風の後ろにいる二人の友人たちも驚きを隠せないようだ。


「まじだから。ほらほら選んで。あ、あのカツサンドとかいいんじゃない?男の子だしガッツリ行きたいんじゃないの?」


「え、あ、いや、カツサンドは二八〇円だし。高いだろ?奢ってもらうとか悪いって」


「そんなの気にしないでいいよー。私が奢ろうとしてるんだから。それともカツサンド嫌い?」


「大好きです」


「じゃあ決まりだねー」

 そう言って春風はカツサンドとレタスチーズサンドの二つを手に取りレジへと直行していった。


 彼女の友人二人は驚いた様子のまま適当にパンを取り。

「美咲どうしたの」


「いやいや、私に聞かれても分かるわけないじゃない」

 そんな会話をしながらレジに並んでいった。


 俺は人の邪魔にならないように購買から出てレジから見えそうな位置に移動すると、何かいいことでもあったかのように春風はやってきた。

「いやー、レジに誰もいないときに行けて良かったよー。あれ、二人はどこに行ったのか分かる?」


「あの二人なら並んでるぞ」

 俺はそう言って列に並びながら何か話している二人の方へ目をやる。その跡を辿るように春風は目を動かして二人がいることを確認した。


「うわー、私運良かったんだね」


「みたいだな」


「ホントだよー」

 そう言いながら購買の袋からカツサンドを取り出して俺に渡す。


「本当にいいのか?」


「うん。ていうか最初からそう言ってるしー」

 そう言いながら彼女は再び笑う。


「ありがと。必ずお金返すからな」


「私が勝手に奢ったんだから返さなくていいよ」


「いや、でも」


「その気持ちだけ受け取っとくよ」

 春風は満足そうな表情を浮かべる。


 ほんと優しいよな。誰に対してもこんなに優しいのだろうか。

「それじゃあさ。お金は返さない」


「うん」


「だけど、一回だけ俺が春風のいうことを何でも聞くって権利を持つってのはどうだ?」


「なにそれ?ていうかカツサンド一個で大げさだなー」


「それぐらい嬉しかったんだよ。ま、この権利を使うか使わないかは春風次第だし何ら問題はないだろ?」


「口約束だけどね」

 そう言って春風は小さく頷き。

「うん。ありがたく受け取るよ」

 そう言って彼女ははにかんだ笑顔を見せた。


「おっけー。じゃ、またな」


「また放課後ねー」

 

 俺は左手にカツサンドを抱えて食堂に小走りで向かう。

 春風と大分仲良くなれたんじゃないかと思い、空いていた右手を力強く握り締めていた。


   ●     ●     ●     ●     ●     ●


 放課後。俺は青春委員の部屋。つまり、青春室の来客用のソファーに座りながらホワイトボードを眺めていた。

 向かいのソファーには春風が座っており、彼女も同じようにホワイトボードを見ている。


 ホワイトボードには遠野唯に関する情報が箇条書きで書き出されていた。主に情報源は春風である。

 そして、白石は腕を組みながらホワイトボードの前に立つ。

「さて、これを見てなにか分かる?」


「遠野は家計簿をこまめにする、とても良い女の子だということが分かったぞ」

 誰かに奢らせようとしない点も高ポイントです。男が奢るのが当たり前という考えをしている女子は個人的にあまり好きになれない。まあ、俺は女子に奢ってもらったばかりなのだが。


「そう」

 白石は納得したように頷き、ホワイトボードを静かに叩いた。

「これが現実よ。三人寄れば文殊の知恵というけれども年齢イコール恋人いない歴の三人が集まったところで、何にも分からないのよ」


「おいおい、別にそんな言い方しなくても・・・」


「なら、あなたは過去に恋人がいたと言えるの?」


「・・・言えません」


「そう」

 ほらねとでも言いたげな表情を白石は見せる。

 俺はごっそりとライフゲージが削られていくのを実感していた。


「そういうお前も同じだって認識で間違いないんだよな!」


「もちろんよ」

 白石は胸を張り前に来た髪を払いのけて言った。

 そんな自信満々に言うなよ・・・。


 俺はゆっくりと春風の方に目をやり。

「お前もか?」


 春風は少し頬を朱色に染めて伏し目がちに答えた。

「うん」


「そうか」

 俺は今やっと理解した。これはなかなかやばい状態なのかもしれない。

 この青春委員は異性とのお付き合いの経験がないのにもかかわらず、アドバイスなり手助けをしようとしているのだ。

 なんて無謀で憐れなことか。いや、ちょっと待てよ。

「そういえば、俺が青春委員にいなかった時の一月から三月の間の目的はどうやって達成してきたんだ?」


 少なからず過去の実績があるのなら、その経験を活かすことができるはずだ。しかし、今の白石の発言から予測すると、どうすればいいのか分からないといったところではないだろうか。


 白石は腕を組みなおし嫌そうな顔を一瞬見せた。

「その三か月間は、なんとかなったわ」


「なんだ、その意味深な言い方」

 

 春風も複雑そうな表情を見せた。今まで見たことのない、彼女から想像もできないような表情だ。

「あの人が全部勝手に解決してたから、私たちは関わることがなかったんだよね・・・」


「なんだそれ」

 まるで、彼女たちを邪魔者と見なしたかのような行動だな。

 とりあえず俺は、この部屋の空気が重くなった気がしたので話を切り替えることにした。

「まあ、今はそんなことどうでもいいわ。今日の議題はどうすれば遠野唯が早川力也に振り向くかってことだな。とりあえずもう一度情報を整理しよう」


「そうね」

 白石はそう言ってから、ホワイトボードのペンを取った。


「はいはーい。私から情報がありまーす」

 春風は手を挙げながらそう言った。


「情報となると、探りからえた情報ってことか?」


「もちろん!」


「すげえな、昨日の今日だぞ!」


「私を舐めないでほしいね」

 春風はそう言って腰に手を当て胸を張る。実った胸が強調される。


 俺は驚いた顔をしていた。べ、べつに胸を見ての反応じゃないいんだからな。

 白石も俺と同様の反応を見せていた。彼女に関しては決して胸を見ての驚きではないだろう。

 しかし、コホンとわざと咳払いをする。まだどんな内容か分からないので驚くのは早いと判断したのだろう。


「では、聞かせてもらえるかしら、美咲さん」


「うん。唯は早川君のことを悪いとは思ってないみたいだよ。ていうか好感度は高めだと思う」


「ほーう。因みに遠野は好きな人がいたりするのか?」


「そこまでは分からなかったよ。でも誠実で守ってくれるような人が良いって言ってたよ」


「なら、早川と遠野をデートさせて、その最中に不良たちが現れる。んで、早川がその不良たちから遠野を守り抜いて告白をすればいけるかもしれないな」

 俺は適当にそんなことを言うと、白石は真に受けたらしく。

「そんなに単純な話かしら。それに、そんなに都合よくちょうどいい感じの不良たちが現れるかしら」


「え、そーだな。こっちで用意したらいいんじゃないのか。早川にはあらかじめ伝えておいたら完璧かな」


「それは駄目だよ!」

 珍しく春風が声を上げていた。

「そんなことまでして付き合えたとしても、きっとどこかで罪悪感とかが引っ掛かるよ。それに、その方法は人を騙してるのと一緒だよ」


「真に受けるなよ。こういう方法もあるかもなって話だ。誰かを騙してまで付き合わせたいなんか思ってないしな」


「そっか。そうだよね。ごめんね、勝手に真に受けちゃって」


 俺と春風のやり取りを見て呆れたのか、白石は取ったペンを置いた。

「このままじゃ進みそうにないわね。明日、早川君をここに呼びましょう」


「それでいいんじゃないか」

 俺に続くように春風も頷いたので、満場一致で賛成だ。


 このままじゃ危ないという危機感は感じていたが、現状俺たちでは打開できそうにない。思い切って行動していく方がいいのだろうかとも思ったが、青春委員という役職がどうも邪魔だと感じざるを得ない。

 

 あいつに聞いてみるか。

 俺はそう思い、部活が終わるのはいつぐらいだろうかと考えた。


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