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依頼者ー早川力也1

誤字報告をしてくれる方、とてもありがたいです。

ありがとうございます。

それでは。




 俺が青春委員になった次の日。

 クラスの雰囲気は昨日よりも少しだがマシになったような気がしていた。いつも話したり馬鹿やっていた友人たちとも、今日は昨日とは違いいつものような会話ができていた。少し気を使っているのだろうと感じるときもあったが、これなら一週間もしないうちに元通りに戻るだろう。

 やはり時間が解決してくれるはずだ。


 そして今日の授業は全て消費され、今は放課後だ。皆、部活や帰宅を行うためにこの教室から出ていった。

 この静かな教室の中で俺は一人で何かをするわけでもなく、自分の席に座っていた。


 机の上には準備のできた鞄が置いてある。

 

 今の俺は青春委員だ。ならば今どこに行かなければいけないのかなんて明白だ。だけど体はなかなか動かない。

 昨日、青春委員になったんだってちゃんと理解して切り替えた。寝る前にだって明日から頑張るぞって気合を入れた。

 

 なのに、行くべき場所に行きたくない。理由は分かってる。


「しっかりしねーとな」

 ぽつりと呟く。

 好き勝手わがまま言うのはかまわない。でも、彼女たちに迷惑をかけるのは絶対にダメだ。


 俺はゆっくりと立ち上がり鞄を強く握りしめてこの教室を後にした。自分の新しい居場所へと歩みを止めなかった。


   ●     ●     ●     ●     ●     ●


 「さて、それではまずはあなたの簡単な自己紹介をお願いできるかしら」

 横の白石は淡々とそう言った。


 来客用のソファーに座っている坊主頭のよく焼けた肌をした男子生徒は緊張した面持ちでゆっくりと口を開けた。

「二年二組、早川(はやかわ)力也(りきや)。野球部に入ってます」


 なるほど、どおりで。俺はきりッとした眉毛をしている早川の顔や、ガタイの良い上半身を再確認するように見た。うん、これぞ野球部って感じだよな。


「早川力也君。あなたが青春委員に依頼したいことを教えてもらってもいいですか?」

 緊張している様子の早川を少しでも楽にしようと、白石は表情や声音を柔らかくして言った。


「は、はい!」

 相変わらず緊張しているのに変わりはないが、早川は深呼吸をして続けた。

「俺は、同じクラスの遠野(とおの)(ゆい)さんのことが好きです。だから、彼女とお付き合いをしたいです!」


 よっし、と俺は心の中でガッツポーズをした。早川力也は遠野唯との交際を望んでいる。それを実現させれば目的達成に繋がるのだ。

 

「そうですか。遠野唯さんを好きになった経緯などがあれば教えてもらえませんか?」


「一年の二学期ぐらいの頃から俺は彼女のことが気になってました。そして、ソフトボール部の彼女がひたむきに楽しそうに部活をしている姿を見つけてしまうと、いつのまにかずっと目で追っていました。クラスで話したりするときに時折見せる笑顔を見て、一緒にいるときにずっとこの時間が続いて欲しいと思ったりもして。好きだって気持ちに気づいたら、なんか気持ち悪いぐらいに胸が締め付けられて・・・」


 春風はわあぁと自分のことのように興奮気味になっていた。

 白石は相変わらず柔らかな表情で冷静さを失っている様子はない。


 話し終えた様子の早川に対して質問を投げることにした。

「まだ、告白はしてないのか?」


「まだしてない。なんか怖くて、その一歩が進めないんだ」


「そうか」

 よし。これで以前告白してフラれましたーとかだったら、一気に絶望するぐらいのハードモードになってたから一安心だ。そして、告白の一歩が怖くて進めないと言っているということは、告白をしようとする意思があると捉えて大丈夫だろう。


「遠野さんとの関係性について聞いてもいいかしら」


「あ、ああ。フツーに仲良く話したり遊びに行ったりできる友達って感じかな」


「どういうところに遊びに行ったりしているの?」


「スポーツショップに行くのが大半かな」

 自信なさげに早川は答えた。


 まあ確かに、ここで映画館とか遊園地とかカラオケなどと言えずにスポーツショップってなると不安にもなるわな。

 でも、嫌いなやつとは遊びに行ったりはしないだろうし、遠野唯にとって早川力也はいい位置にいるんじゃないのか。問題は、ごめん友達としか見れないというパターンだよな。


 白石は顎に手を当てて少し何か考えるような素振りをする。


 青春委員になる前だったら、告白には勢いが一番大事なんだよ!とか言って友達が告白するのを楽しく見ていたり、無責任なアドバイスをしていたかもしれない。

 けれど今は青春委員だ。告白失敗が自分たちの首を絞めていくのを理解しているからこそ安易なアドバイスはできない。もっと確実性を追求してしまう。だけど、告白する人間を不安にさせるのはあまりよくないよな。


「うん。まあ、二人の関係は悪くはないんじゃないかな。ていうかむしろ良好!」


「ちょっ、あなたね」

 白石に少し睨まれた気がしたが今はスルー。


「そもそも、嫌いな相手とは一緒に出掛けたりしないから。だよな、春風?」


「え!?あ、うん。そうだね」

 急に振られたこともあってか慌てた様子を見せたが、春風は首を縦に振ってくれた。


「というわけだ。嫌いな奴とは一緒に出掛けない。てか、一緒に出掛けるってことは遠野さんも少なからずお前のことを良いと思っている証拠になるだろ」


「そうなのか?」


「そうだ」

 俺は力強く言った。

 早川の表情から少しだが元気を取り戻していることを確認できた。


 俺に何か言いたげな表情の白石もため息をこぼし、そうねと同意するように呟いた。そして、真剣な表情に切り替えて早川を真っすぐ見ると。

「でも、まだ情報としては不十分なので今すぐ告白するというのはオススメしません」


「探りが必要ってことか?」


「ええ、そうよ。こちらが色々情報などを探ったりするので早川君、あなたは今までと同じように学校生活を過ごしてください。そして、早くて今週中にでもあなたをこの部屋に呼び出すことになるかもしれませんが問題ないですか?」


「はい。大丈夫です」


 芯のある返事を聞いた白石は小さく頷き。

「では依頼を正式にお受けします。今日のところはここまでにしましょう」


 早川はほっとした表情でゆっくりと立ち上がり、感謝の言葉を口にしてからこの部屋を出ていった。


 俺は深々とソファーに座り直して息を一つ吐くと、横から鋭い視線を送られていることに気が付いた。

「どうしました、白石さん?」


「アドバイスするにしてももう少し考えてからにしてもらえる?」

 白石は少し怒っているようだ。


「確かにあんな言い方だったら気楽に言ってると思われて仕方ないかもな」


「それだけじゃないわ。確実性に欠けている」


「でも確実性を求めすぎてこっちが考え込んで黙り込んじまったら、早川は確実にさらに自信を無くしていってたぞ」


 痛いところを突かれたのか白石の表情は少し曇った。

 

 少し後ろ髪を掻く。

「まあ俺も悪かったよ。経験値のなさだ。無理矢理押し切る感じになっちまって悪かったな」


「いいえ。私も悪かったわ。ごめんなさい」

 白石はぺこりと頭を下げてから冷静さを取り戻したような表情をしていた。


「もおー、急に喧嘩するから焦っちゃったよー」

 疲れ切ったように春風はよかったーと口にした。


「安心しなさい、美咲さん。彼とは常に冷戦中だから」


「笑顔で安心できないこと言われた!?」

 びっくり仰天の春風を見て白石は楽しそうにほくそ笑んだ。


「さて、そろそろ今後の方針を知りたいんだけど?」


 白石は、そうねと呟き壁に掛けてあるホワイトボードの前まで歩く。

「まず、遠野唯さんに関する情報があまりにもないから、何でもいいし情報集めかしらね」


「あ、それならね。今日の部活帰りに唯が同じ部の子とショッピングモールに遊びに行くって言ってたよ」

 春風は何も考えることなく言っただろうが、円滑に進められるかもしれない情報を言った。

 白石も気付いている様子だ。

「美咲さんは確か早川君、遠野さんと同じ二年二組だったわね?」


「うん、そうだよー」


「遠野さんとは仲の良い友達なのかしら」


「もちろん!お昼ご飯一緒に食べるし、先週も一緒に遊びに行ったし」

  

 そうかそうか、これは確実性のある良いことが聞けたな。


 白石は春風に向かってビシッと指をさして言った。

「明日から、遠野さんに探りを入れて早川君についてどう思うのか聞きだしてちょうだい」


 地味に難しい要求だよな。

「早川が遠野のことを、・・・っていう感じになったらアウトだぞ。バレないようにやるんだぞ?」

 白石とホワイトボードの方を向いているせいで視線の合う事のない春風に向けて言ったのだが、彼女からの返答はとても小さな声で。

「うん」

 そう呟かれたものだけだった。


 自分の中である程度の方針が固まってきたのか白石はうんうんと頷き。

「美咲さんに探ってもらうとして、遠野さんの情報は、美咲さんに聞けば大丈夫ね。よし!」


 白石は今度は俺に向けて指をさし。

「ソフトボール部の部活が終わるのを見計らって、遠野さんの尾行をしなさい!」


「は、はあぁぁぁ!?いやいや何言ってんの。俺が尾行?ただのストーカーじゃねえか!」


「あら、自覚あったのね」


「そんな自覚ないわ!」


「仕方がないわね。美咲さん、この後用事あるかしら?」


「え、ないよ」


「そう、良かったわね。それじゃあ、京橋君と一緒に調査にでも行ってきてもらえる?」


「え、あ、うん」

 戸惑った様子の返事だった。相変わらず視線が合いそうにない。


 白石は一安心したようにほっと胸を撫でおろす。

「それじゃあ、美咲さんは荷物も持って行って、一足先にソフトボール部を見に行ってもらえるかしら。部活が終わり次第連絡をちょうだい。京橋君を行かせるから」 


「うん。分かった」

 そう言って春風は荷物である鞄を握りしめて部屋を出て、パタパタと足音を鳴らしながら廊下を駆けていった。


 二人っきりになったことを確認して、俺は白石の方を見た。

「本気か?」


「何が?」


「春風、俺に対して苦手意識もってるぞ」


「あら、そうだったの?気付かなかったわ」


「お前なあ」

 苦手意識を持たれたままでの二人行動はきつい。ましてや今回は遠野唯という人物の調査と来た。

 春風が遠野と仲良く友達やってるなら情報は春風から聞けばいいはずだ。こんなことをしたとしても実入りはほとんどないように思える。


「大丈夫よ」

 白石ははっきりと言った。

「彼女にしては珍しいけど、何も知らない相手と話すのって難しいじゃない、それとおそらく同じよ。仲が良くなってしまえば自分からどんどん話しかけてくれるでしょうし、彼女は優しいわ」


「珍しいって、やっぱ俺嫌われてるのか?」


「なにか嫌われるようなことしたの?」


「記憶にない」


「そう、なら問題ないわ。あなたは美咲さんと仲良くなりなさい。そうなってもらわないと今後に支障が出るわ」

 白石はそう言い終えると、ホワイトボードとにらっめこをしてからペンでなにやら書き始めた。

 

 俺はゆっくりと天井を見上げた。

 春風と仲良くなるなら、俺のことを知ってもらった方がいいのかもしれないな。

 そんなことを考えているうちに白石のスマホから着信音が鳴り響いた。春風からだ。

 白石と目が合い互いに頷く。

 そして俺は鞄を肩にかけて部屋を出た。


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