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放課後の決闘3



「お前みたいなクソ野郎にお嬢様は渡せないなぁ!?」

 俺は倒れた御門に畳み掛けることなく様子を伺う。左の拳の感触からして、かなり良いのが測頭部に入ったのは間違いない。俺としてはここでギブアップを宣言してくれる方がありがたい。


 だが、苦しそうな声を出しながら御門晴哉は立ち上がった。

「チッ、簡単に諦めてはくれないか」

 再び構え直し、引いている右腕に力が入っているのを感じる。


 御門は右手で頭を押さえながらこちらを睨んでくる。目立った外傷は見られない。ということは、まだ、流血沙汰にはなっていないのだ。

 俺は少し安堵した。もし俺の攻撃で流血沙汰になんかなれば恐怖が湧いてくるからだろう。鼻血ぐらいなら大丈夫だが。

「ギブアップ、する気は?」


「そんなのするわけないだろ?あぁ、頭が痛ぇ」

 フッと息を吐き出し、御門は距離を詰めてくる。そして右足の上段蹴りを飛ばす。


「なんのッ!」

 俺は左腕で頭を撃ち抜かれるより先にガード。上体が揺らされ左腕がビリビリするが問題ない。前蹴りをして、御門の腹を蹴り飛ばす。そして再び距離ができる。

 今ので知りたい事は分かった。

 御門の右足に鉄板などが仕込まれているかもしれないと疑っていたが、今の攻撃でそれはないと確定。だから数発受けてガードした腕が使い物にならなくなるという線は消していいだろう。


 懲りずに攻めてくる御門。それをカウンターで返していく。攻撃側と守備側はハッキリしている。しかし、攻撃側の人間が攻められているというおかしなこの決闘。

 観客は少し気持ち悪く感じてくる頃だろう。表じゃ攻めているのは御門晴哉。だが、裏で攻めているのは俺だ。いや、裏が表を飲み込んでいるというべき。


 現に、御門は先に次々と攻撃を繰り出すが、それは俺に届くことなく、ましてや全てカウンターで返り討ちにあっている。

 御門の渾身の力を込めた右のストレートも。俺は狙われている頭を左に移動させることにより相手の右ストレートをかわす。そして、ほぼ同時に放たれていたこちらの右ストレートを御門の顔に叩き込む。

 相手の力を利用するカウンター。ガードが疎かな御門にはクリーンヒットだ。


 御門は倒れて動かない。

 俺の勝ちだろ。

「意識があるなら返事してくれ。もうギブアップでいいよな?」


「……まだ、」

 そう言って膝をつきなんとか立ち上がろうとする。


「チッ……なんだよこれ」

 何度やられても立ち上がろうとする。お前が主人公とかヒーローみたいじゃないか。実際、周りの観客たちは御門コールを上げている。

 完全アウェー。俺はヒール、ってところか。


 膝をついて顔を上げた御門は鼻から血を垂らしていた。おそらく、さっきの攻撃だろう。そして、よろけそうになる。

「って、おいおい」

 俺は御門に駆け寄り膝をついて体を掴んで支える。

「もう諦めろって。そんな体じゃ勝てないから。なっ?」


「……時間は」

 そう呟き御門は自分の腕時計で時間を確認した。


「時間?今は時間なんかどうでもいいだろ?ほら、肩貸すからさ、保健室行こうぜ?ていうわけだから、俺の勝ちでいいよな?」


「……ハッ!ハハハハハッ!」

 急に肩を震わせながら笑い声を上げる御門。


 俺は気味が悪く感じながらも。

「やられ過ぎて頭おかしくなったのか?なおさら保健室に……」

 御門の腕を肩に回し立ち上がろうとした時。

 立ち上がれない?俺が違和感を感じた時だった。


 大きな悲鳴が聞こえた。どこからか分からない悲鳴。


「……時間切れだよ。京橋龍太ァ」

 ネバついた声が耳元で囁かれた。そして俺を立ち上がらせまいと掴んでくる御門の手に腕に体に力が入る。


「ああん?なんだよ、何が時間切れだよ!」

 御門の腕をなんとか取っ払い胸ぐらを掴んで尋問してやろうかとした時だった。


 こっちに向かって勢い良く走ってくる音が聞こえる。


「逃げてええぇぇぇぇぇ!!」


 どこからか叫び声も聞こえる。


 俺は迫ってくる音の方へ目を向けると思わず顔が強張った。

 ヤバイ。

 それだけで全てが表現出来てしまった。


 すぐさま御門を突っぱねて逃げようとするも、左足が動かずにバランスを崩す。ニヤついた御門に掴まれていたのだ。


 ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ。

 もろに喰らったらヤバイ!


 バランスを崩しながらも迫りくる銀色のそれをなんとかかわそうと頭を反らすも。

 そこから先は、静止画を見ている気分だった。ゆっくりとだがシャッターを切られ続けて静止画はコマ送りの映像となり。


 カアァァァァン!!と乾いた金属音が鳴り響いたのだ。


   ●     ●     ●     ●     ●     ●


 目の前の光景を信じられなかった。私は力が抜けてその場で崩れ落ちていた。

 うそ、嘘。なによ、これぇ。


 私の視線の先には力無く倒れている彼がいる。私の側にいてくれて、私に希望を見せてくれて、私のために戦ってくれていた彼が。

「いやぁ、うそでしょ……。いやぁぁぁああああああ!!」

 悲鳴を上げて涙がどこからか止まることを知らずに流れ続ける。


「あー、なんかスッキリしたし色々どうでも良くなった」

 そう言うのは乱入者、河原(かわはら)投打(とうだ)。以前、私に告白してきて放課後の決闘で敗れた者。そんな彼の手には、銀色の金属バットが握り締められていた。彼を殴った金属バット。


「あなた……」

 私の掠れた声。それをかき消すようにコロッセオにいた観客たちが河原を力ずくで取り抑える。


 だが、河原は満足したように高笑いをして。

「どうだ見たか花園ミーナ!?お高くとまってんじゃねーよ!俺をコケにした罰だ!ザマァ見やがれぇ!!」

 そして、河原は続けて御門に目を向け。

「やったぞ俺は!あんたの要望通り完璧にやってやったぞ!!さあ、早く俺の望みを叶えろよぉ!!」


 立ち上がった御門は鼻血をハンカチで拭い、柔らかな表情で答えた。

「なんのことかな?」


「テメェふざけんじゃねーぞ!」


「下劣なやつは言葉遣いもなってみたいだね。早くその乱入者を追い出してくれ」

 そして河原投打は乱入者として怒号を上げながらも追い出された。そして、再びコロッセオは再構築され、中央には二人。


 動かない京橋龍太と、見下ろす御門晴哉。

「いやぁ、もうやめて」

 私の声は届かない。


 御門は右足を振り上げて、京橋の腹部を勢い良く蹴り飛ばした。転がった彼の体は空を見上げ、額から血を流している。

 いやよぉ。やめてよ。


 私は力の抜けた体で四つん這いになりながら彼の元へ寄る。 

 目は閉じられて、力の抜けた四肢。額は腫れと流血。

 もう、いやぁ。こんなのもういやぁぁぁ!!また、私の手から大切と思えたものが零れ落ちる。そしてまた何も無くなる。


「花園ミーナさん。そこを少しどいてくれませんか?まだ放課後の決闘は終わっていませんので」


「まだ、終わってない?ふざけないでぇ!汚い手を使って彼を痛めつけて―――」


「はて、汚い手とは先程の事かな。あれは単なる恨みによる乱入。それを僕が招いたとでも?なんの証拠も無いのにそれはどうなんですかねぇ!?」


「それは、……」


「困りますよ。そんな身勝手で自分の都合の良いように考える被害妄想とか。さ、彼はまだ意識があるかもしれない。完全完璧にトドメを刺しますからそこをどいて下さい」

 そして、京橋の顔に足を振り落とそうとする。


「やめてぇ!!」

 私は無我夢中に御門と京橋の間に割って入った。


「なんですか?あなたもまた、乱入者になるのですか?」

 御門の目は冷酷そのもので私を見下す。


 もう、何でもいいから止めなきゃ。

「お願いします。もう放課後の決闘を終わらせて下さい。私の負けですお願いします。彼をもう、傷つけないでぇ」


 御門は足を振り下ろすのを止めて、私の髪を掴んで見上げさせた。

「フハッ!たまんねえなあ、その顔。お嬢様が一気にそこに落ちきった顔。唆るなあ。最高だよ、お前。ああ、止めてやるよこれが終わったら観客全員でテンカウントで終わらせてやるよ。それから、お前の何もかもが俺のものだぁ!何もかもと切り離して、隅々まで味わい尽くしてやるよ!!」


「……それでいいですから、はやくお願いします」


「あぁ、終わらせようか。じゃあ、頭を地面に擦りつけてお願いしてくれよ。土下座で負けを認めてお願いしてくれよ」

 ニヤついた気色の悪い顔。笑いを堪えるの必死に我慢しているのだろう。

 

 私は、こんな男の女になるのねぇ。本当に私の人生ってどうしょうもない、救いようのない運命なのかしらねぇ。

 最後に彼を一瞥する。血はまだ流れ続けている。

 最後に私にかまってくれてぇありがとう、最後に希望を見せてくれてぇありがとう、最後に側にいてくれてぇありがとう。最後に楽しい時間だったわぁ。

 あなたと、友達になりたかったわぁ……。


 さようなら。


 私は唇を噛み締める力を緩めて最後のひと仕事をする。下僕の彼を守るために。

 額を地面につけ土しか見えない。光は自分の影により無くなっていく。

「……放課後の決闘の終了をお願いします。私の負け―――」


「…てない。まだ、……俺は、負けてない」


 声が聞こえた。彼の声が後ろから。そして、肩を後ろ掴まれて土下座をするのを止めさせられる。

 うそ、でしょぉ……。

 私は振り返り顔を上げる。彼は立ち上がって、笑っていた。

「わる、いな。ちょっと、時間かかった」

 額から血を流し、右目は閉じたまま。その瞼の上には血が流れ頬を伝い零れ落ち続けている。


「うそ、ほんとに、あなたって人は、なんで立ち上がってくれたのぉ」

 震えた声。また、涙が流れる。先程とは違う涙。


 彼はよろけながらも私の前に立ち、御門晴哉の前に立ち塞がる。


 御門は思わず一歩下がるも、強気な姿勢を見せつける。そりゃそうだ、目の前に立ち塞がる男は満身創痍。立っているのですら満足といえないような状態。

「なんで、まだ立っていられる!お前も欲望のために醜くここにいるのか!?何が狙いだ!その女の顔か!?体か!?力か!?財力か!?」


「そんなもんじゃねーよ」


「はあ!?嘘だッ!そうでもないと、こんな女のどこに価値があるんだよ!?お前がここに立っている理由はなんだ!?」


 彼は倒れそうになる体を踏ん張り、右手を力強く握り締めて言ったのだ。

「俺は、花園ミーナっていう友達を守るために今ここに立ってんだよッ!!」


「ふざけた事を言うなあ!!」

 御門は気持ちに身を任せ京橋を捕まえようと手を伸ばして突っ込んでいく。


 京橋はそれを低姿勢で左手で払いのける。

「くたばれッ!」

 そして、腰を捻った勢いのまま彼は右の拳を御門の顎から脳天を貫くように振り抜いたのだ。


 今度こそ御門は力無く倒れる。

「テンカウントッ!!」

 私は無我夢中に叫んでいた。呆気にとられていた観客たちはまばらながらもテンカウントをしていく。

 一秒一秒が本当に長く感じた。その間彼は膝に手を付きながら立ち続け、御門は意識を失い倒れたまま。

 やがて、カウントは一〇に到達し観客たちの興奮の声の中、放課後の決闘に決着がつく。

 

「勝った、のねぇ」

 歓喜の渦の中、私は迷わず彼のもとへと駆け寄る。彼はというとエネルギーが切れたロボットのようにいきなり力が抜けて崩れ落ちていくところ。それを私は泣きながら抱きしめる。


「ありがとう。私を守ってくれてぇ、ありがとう。―――私を友達だと言ってくれてありがとう」


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