窓から見守る一人の少女
開始早々の京橋の見事過ぎるカウンターから始まり、放課後の決闘は一方的な展開を見せていた。基本的には京橋から仕掛けることはない。御門が立ち上がって反撃するも、いとも簡単に返り討ちにしてしまう京橋。
見る人によれば、何度も立ち上がる御門晴哉の姿が泥臭くても諦めない主人公の様にすら映ってしまうかもしれない。
なら、ただの観客が応援するようになってもおかしくないですよね。
事実として、御門晴哉を応援する声が次第に大きくなっているは間違いない。そして、京橋龍太を応援する声は一切聞こえなくなる。
何も知らないから、そんな身勝手な応援もできるんでしょうね。今の京橋龍太と御門晴哉の対戦を見ていて、どちらが強くてどちらが弱いのか明白。だからこそ、御門晴哉が京橋龍太を打ち負かすという胸熱展開を望んでいる人の方が多そうだ。
「でも、まあ、万が一にもそんな展開は起こらないような気がしますけどねー」
見ている限りそう思えたとしても、私は最後まで見届けなければならない。今さら、こんな罪悪感と向き合うことになるなんて。いや、今だからこそか。彼女が戻ってきたから。
思わずため息を吐き出した。こんな事で罪滅ぼしにもならないんですけどね。
ふと、気が付いたことがある。
なんだか、今日の放課後の決闘。いつもと比べて見ている人が少ないような。いや、生徒数はいつもと変わらないと、思う。ではなぜか。見ている教員数が少ない。
ああ、そういえば、もうすぐ会議の時間とかでしたっけ。
納得してしまう。放課後の決闘は元々、黙認されていた。そして、異常なことに慣れてきているから学園側も監視の目が緩んできている。そうでなきゃ、放課後の決闘と会議を被らせたりしないはず。
「やっぱり、この学園は異常ですね」
そして、今一番この学園に踊らされている人物が戦っている。私としては勝ってもらわないと困る。罪滅ぼしにならないかもしれないけど、罪滅ぼしだと僅かに思うことすら出来なくなるから。
話を少し戻す。私は彼女に罪悪感を抱いている。だから少しでも罪滅ぼしがしたい。だから、私はこの依頼に必要以上に首を突っ込んだ。
彼女を見ると嫌でも思い出す。私の汚さを。
あれは一年前ぐらいだっただろうか。私がまだ一年で生徒会に入る前の話。
入学早々、成績優秀にして生徒会候補にまで昇り詰めていた。だからこそ、支持されることは重要。
そんな時だった。あんな噂が流れるだなんて。
花園ミーナは暴力を振るいクラスメートに怪我を負わせ、学級崩壊までさせたと。
根も葉もない噂。どこから流されたのかも分からない噂。だけどそれはいつしか真実であるかのように語られた。彼女に話しかける人もいなくなり、誰もが近寄らなくなった。そして、あのクラスは彼女をいない存在として扱うようになった。そうする方が都合が良かったから。
でも、放課後の決闘の時だけは彼女を存在する者として扱う。見ていて面白いショーだったからだ。ほんと身勝手。
そして時は流れ季節は冬だっただろうか。相変わらず彼女はいない存在。私は生徒会に入ったばかりの時。
ある日の放課後、私が忘れ物を取りに教室に戻った時だ。彼女を良く思わなかったクラスメートの女の子が手を出した。嫌がる彼女。抵抗を見せるも、彼女は手を出そうとしない。それが余計にその女の子を苛立たせ、彼女の物の何かを壊したのだ。
それからだった、彼女は怒り狂ったように女の子に手を出し暴力を振るった。何度も何度も、何度も。
私は動くことが出来なかった。教室の扉に隠れて座り込むことだけ。
やがて騒ぎを聞きつけた先生たちが止めに入り、それに気付いた生徒たちがその光景を目にする、一方的な有様。
私は真実を知っていた。彼女から手を出したわけじゃない。それでも言い出せなかった。彼女が悪いのだとクラス中に充満する空気。いつしか噂が真実だった事の証明に使われるようになる。
彼女は悪くないのに。むしろ、悪いのは彼女以外なのに。私は悪者なんだ。支持されなくなるのではないかという保身。私は私を守るために彼女に手を伸ばすことができなかった。最低だ。
そう思っているうちに、誰かがこんなことを言ったんだ。
『ランページプリンセス』
「はぁー、相変わらず嫌な思い出ですねー。罪悪感で押し潰されそうになります」
だからこそ、私はせめてもの罪滅ぼしで今回のこの依頼に首を突っ込んだんだ。彼女を守るために。
前々から御門晴哉の良くない噂は耳にしていた。だけど、噂を信じるわけにもいかず、生徒会は独自のルートを使って調査をすることになった。そして、噂は真実であると証明された。
だけど、御門晴哉を罰することになかなか動き出せないでいた。理由は簡単。御門家は大企業であり、学園にも力を働かせる事ができたから。
だから、生徒会としても学園としてもなかなか動けない。
そんな男の手に彼女が渡るのは私は苦痛でしかなかった。だから、京橋君に協力を求めた。だけど彼は青春委員。青春委員の特を考えるのなら、あの男と彼女を付き合わせるように動くに決まっている。結局、私ができることなんて限られているのだ。
そして昨日の日曜日。私は個人的に彼を学園に呼び出した。彼は突然どうしたと言いたげな表情を浮かべ。
「なんだいきなり呼び出して」
「いやー、あなたが今日の朝から何かクラスメートに働きかけているというのを耳にしたもので、つい」
詳しい詳細は分からない。だから、彼女にとって害をもたらすのなら、今ここで私が潰す。
「なんだよ、西宮にはもうバレてんのかよ」
「生徒会は犬を飼っていますから」
「それ、うちのクラスにもいるってことだろ?うわー、恐怖しかないんだが」
「それで、内容は?」
「まあ、焦るなって。今ここで話しても俺が明日勝たないと意味がなくなるからさ」
私は重りが軽くなった気がした。彼は、明日の放課後の決闘で勝つ気でいるのだと。彼は、京橋龍太は彼女の側に立ってくれるのだと。
力の抜けた私は思わず椅子に座った。でも、裏切られたらどうしよう。そう思えたから、醜くも用意していた資料を彼に渡す。
それに目を通した彼はどこか呆れたように私を見てきた。
「西宮。お前さ、ずっと思ってたんだけどこの依頼を失敗させようと動いてるよな。ていうかこれで、確信になったけど。どうしてそこまでするんだ?御門晴哉がクソ野郎だからか?」
「いいえ、私は私の罪滅ぼしのためですよ」
「ほーん。まあ深くは聞かないけどさ、要らぬ心配だってことだけは言ってやるよ。勝つのは俺だからな。そして、依頼は失敗。花園ミーナは新たな青春を歩むのでしたパチパチパチ。……これで安心したか?」
「ええ、あなたにそんなことを言われるのは癪ですけど、彼女の青春が守られるのなら満足ですよ」
「そうかい」
彼との会話を終えた後、同時に私は彼にも少しばかり罪悪感を感じてしまった。だって本来、彼ではなく私がそこにいないといけなかったから。
終わることの無い罪悪感の連鎖。それはきっと無くなることなんかないのだろう。だから私はそれを忘れることなく青春を生きていこう。
放課後の決闘を見守る私が、思わず身を乗り出して叫び声を上げるのは数秒先になるのだと、まだ知らなかった。




