放課後の決闘2
人のコロッセオの中は蒸し暑く感じる。コロッセオの人たちが視線を向けるのは三人。俺と花園ミーナ、そして御門晴哉だ。
よくもまあ、こんなに注目を集めるイベントみたいになったものだと感心するしかない。
俺はどこかで見ているであろう人物を探そうかと、校舎に向けて視線を上げていくと、案の定彼女は窓から顔だけ出してこちらを眺めていた。高みの見物である。いや、心配であるがゆえか。
西宮美乃梨。この依頼が始まってからは何かと一緒にいた時間が長かった。おそらく、白石や春風よりもだ。
花園ミーナの行く末を彼女が心配していたのは感じていた。だから、見届けようということだろう。結末がどうなるのかを。
それに、視線を少し動かせば色んな生徒たち、先生たちが。いくら黙認されているとはいえ、先生に見られていると分かっていて、これをするのは少しばかり後ろめたさを感じてしまう。
だけど。
俺は自分の頬をバチバチと叩いて気合を入れる。
「しゃッ!」
やるべき事はハッキリしている。迷わずそれに向かって突っ走ってくだけだ。
短い髪を整髪料で立ち上げ気合十分で、俺よりも高い身長だからこそ上から見下ろしてくる正面にいる男子生徒。御門晴哉は俺をあたかも軽蔑している表情だ。まあ、もとから見下されていたし気にもすることは無いが、かなり機嫌が悪いんだなと分かる。
「おい、いつまで僕を待たせるつもりだよ。この裏切り者が」
「裏切り者だとか人聞き悪いですよ。まあ、捉え方次第ですけどね」
ニヤリと口角を上げてみせる。実際、御門が裏切り者と言うのも仕方がない。でも俺からしたらこっちの方が良い。そこまで、敵意を向けてくれるのならあっちもバチバチに戦う気である可能性の方が高い。それなら、俺も思い切っていける。
「気色の悪い笑みを見せてくれるな。……最後に問おう。負ける気はないか?負けてくれるのなら私からも何か報酬を与えてやるぞ。どうだ?」
「残念。俺には負ける気が無い。それにあんたからの報酬を欲しいだなんて思わない。宣戦布告だ。俺は勝つ気しかない。負けるのはあんただ、御門晴哉」
「はぁー。僕からの最後の慈悲を無駄にするだなんて、哀れで滑稽だな。そして醜い存在は最後まで醜いようだな。後悔しないでくれよ」
「後悔なんてしないよ。勝つのは俺だから」
互いに言いたいことをぶつけ合う。これまでの放課後の決闘には無かった事ゆえに観衆は盛り上がりの勢いを増す。
二人の男が一人の女の子を巡って戦うのだ。言葉一つでも熱くなるものがあるのだろう。
俺はブレザーを脱ぎ、シャツの袖を肘までまくった。
「悪いけどお嬢様。ちょっとばっかブレザー預かっといてくれ」
「ええ、分かったわぁ。……無理しないでねぇ」
「……なら勝つようにお祈りでもしといてくれ」
御門と対峙する。御門は特に何かを脱いだりするしなかった。俺相手にそこまでする必要がないということだろうか。だとしても、一つ懸念していた最悪の事態はこの時点で回避している。それは、御門も花園ミーナ同様に戦う代理を用意するということ。この代理の人間がいる時点で、相当腕に自信がある人物だと想像できる。まあ、そんな事すれば男が廃る。
光明が大きくなる。
やがて時は訪れる。
「御門晴哉だ。彼女を賭けて君に決闘を申し込む」
まさか俺がこんなやり取りをするだなんて思ってもいなかった。
「お受けします」
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花園は残された時間を使って俺に放課後の決闘について少しばかりレクチャーしておきたいようだ。それは行動に移され、放課後になった瞬間に、俺の前の席に座っていたクラスメートに一言かけてから、その席を陣取り椅子の向きを一八〇度動かして座る。
「さぁ、残された時間をフルで使うわよぉ」
「気合入ってるのな」
俺はそう言って頬杖をつくのを止めて、黒いパッケージのミントガムを口に放り込む。
「気合が入らないわけがないでしょぉう?私のこれからが賭かっているのだからぁ」
「そうだな。じゃあ、残された時間で放課後の決闘の決まり事みたいなの頼むわ」
「えぇ。まず初めに、放課後の決闘について学園は黙認しているわぁ。それはつまり、ちょっとの事では学園の人間が止めに入ったりしないってわけぇ」
「ちょっとの度合いが気になるよ」
「そうねぇ、流血?」
「流血沙汰でもちょっとの範囲なのか!?」
思わず身震いしてしまう。感覚おかしいんじゃねえの!?
「そうそう流血沙汰にはならないわぁ。当たり前だけど互いに武器とかの使用は禁止だものぉ」
「ボディチェックとかあるのか?」
「そんなのはないわ」
ということは、バレなければ良いということになるのか。周囲の人間が武器と認知しなければ。例えとして、靴に鉄板を仕込んでおくだけでも蹴りは必殺技になる。
俺はというとそんな小細工をする時間がないから出来ない。だが、御門はやっているかもしれない可能性があるので、戦う前から観察をしておく必要があるな。
「次に、たまにあるんだけどぉ、第三者の妨害行為ねぇ。関係のない人間が乱入してきたら人のコロッセオが捕まえて排除してくれるんだけどぉ。その乱入によって放課後の決闘で戦っている二人のどちらかが怪我をしたとしても、運が無かったとか実力不足だとかで済ませるのよねぇ」
「それは理不尽なことで。勝敗に左右するだろ」
「私からは何とも。そうそうないことだわぁ。まぁ、乱入者が排除されるまでは一時休戦だから安心してよねぇ。排除され次第、休戦解除なんだけど」
「あー、分かった分かった。そうそうないことだろうし、頭の片隅にでも入れてりゃ良いんだろ。ていうか気になっていたんだが、御門晴哉も戦う代理の人間を用意してもいいのか?」
「ええ、そこは問題ないわぁ。こっちが代理を用意しちゃってるのだしねぇ」
「うわー、不安要素増えたんだけど。今からお嬢様特権で放課後の決闘のお決まり事を変更できない?」
そうして、残された時間を過ごしたのだ。
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放課後の決闘は申し込んできた方が動き出してから、こっちも手出しが出来る。つまり始まりの合図は相手が握っている、
視線を動かし、御門の手には何も握られていない。正面だけになるが制服に変な膨らみは見当たらない。黒い靴も変なところはない。まあ、こればっかりは一回蹴りを受けないと分からないか。
体を動かしながら周囲を見渡す。特に怪しそうな人はいない。なら、乱入者の可能性はだいぶ薄いと考えて良いだろう。
俺は御門晴哉を見据え、指の関節を鳴らしゆつたりとしたファイテングポーズをする。イメージとしてはボクシングよりも空手の方。ボクシングや空手を教わったことなんかないんだけどね。
御門はしっかりと顔をガードするように腕を上げている。イメージはボクシング。そして、一気に距離を縮めて来た。
始まった!
そう思った時には、御門の左の拳が俺の顔に迫っていた。
誰もがいきなり顔に強烈なのが入ったと思うはずだ。
だが、御門の左手首辺りに右手を当てて体を僅かに動かす。たったこれだけだ。それだけで、御門は軌道を変えられ的を失う。空気を無駄に殴り、前がかりになった御門。
右腕のガードも案外緩くて、パンチを打ってくれと言われた気がした。
なら、やるしかないよな。ちょうど打ちやすい。
俺はギュッと左の拳に力を入れ、御門のガラ空きになった側頭部に勢い良く一発決めてやる。鈍い音。クリーンヒット。
御門は横に飛ばされるようにバランスを崩し、そのまま地面に崩れ落ちる。
今コロッセオで立っているのは俺だ。
コロッセオの人たちは誰もが驚いただろう。こんなにも呆気なく勝負がつくものなのかと。一撃で終わるのかと。
それはお嬢様も同じはずだ。ちゃんとした格闘技の経験はないとさっき聞かされたばかりだから。
ああ、そうさ。俺はちゃんとした格闘技なんか教わったことない。運動神経がちょっと良いぐらいだ。
うめき声を出しながら何とか立ち上がろうとする御門晴哉に指をさす。
「お前みたいなクソ野郎にお嬢様は渡せないなぁ!?」




