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放課後の決闘1

 月曜日。

 運命の日だ。花園ミーナの下僕として放課後の決闘で戦う。負けは許されるはずない。


 そして今はもう放課後だというのに、教室の中はざわついていた。理由は察しがついている。それを裏付けるように皆の視線は俺たちに向けられていた。

 そんな俺はというと自分の席に座りながら刺激の強いミント味のガムを噛んでいた。辛味で、呼吸をすると入ってくる空気が冷たく頭がクリアになる感覚。


 机を挟んでこちらを向きながら話している花園ミーナの表情は真剣そのものだ。

「―――というわけだからぁ、勝敗は戦っている本人のどちらかの降伏宣言か、戦っているどちらかが意識を失ったように見えてからの一〇のカウントダウンだからぁ」


「あいよ。つまるところ、もし俺がボロクソにやられて花園が思わず降伏宣言をしたところで、俺がしたわけじゃないから負け扱いにならず決闘は続くという認識でいいんだよな?」


「そうだけどぉ。もしかしてぇ、ボロクソにやられる予定なわけぇ?」


「いいや、そんなつもりは全くない。痛いのやだし、早いところ勝ちに行くつもりだ」

 理想としてはの話だが。御門晴哉の実力は未知数なので苦戦するかもしれないし、ボロボロにされるかもしれない。しかし、その逆もまた然り。


 花園は少し心配そうな顔をするが。

「まあ、よっぽど腕に自信が無かったとしたら、放課後の決闘でセバスティアンの代わりをしようだなんて思わないわよねぇ」


「ちなみに、俺は格闘技とかを道場とかで教えてもらった事は一度たりともない人間だ」


「私の不安要素が増える要因をあなたから作り出すスタイルなのかしらぁ?」


「なるようになるさ。今日の朝、格闘技の構えとかパンチの仕方講座の動画を見てきたから安心しろ」


「まだ私の不安を煽り続けるのかしらぁ!?」

 みるみる花園の顔色が白く強張っていく。見ていて愉快だ。ちなみに今俺が言ったことに嘘偽りは一切ない。正直者だから全部言っちゃった、テヘペロ。敵に聞かれてたら相当余裕を見せつけてくるよね。


 俺は味が無くなったガムを包み紙に吐き出してゴミ箱に放り捨てる。宙を待ったゴミは無事にゴールイン。今日はコントロールが冴え渡っている日に違いない。

 花園がぶつくさ言っているが、そんな事気にするはずもなく椅子の背もたれにもたれた。


 にしても、注目され過ぎなんだよなー。

 周りに目を回すと思っていた以上に視線を向けられていた。普段授業が終わり次第すぐに帰るクラスメートも残っている。そして、俺と話をしたそうな友人もいる。

「ちょっといいか龍太?」

 逢沢が少し花園に目を向けて気にするように声をかけてきた。花園は特に気にする様子もない。


「なんだ?」


「今更なんだけど昨日のことは本当なんだな?」


「あぁ、本当さ。だからその時はよろしく頼むぞ」


「分かったよ。部活で応援に行けないけど頑張れよ!」


「任せろ」

 そして互いの拳をコツンとぶつけた。好きだよねこういうの。やってみたいと思う男子は絶対沢山いるはずだ。知らんけど。


 逢沢が部活に行ったのを確認してから花園はボソッと呟いた。

「良いわよねぇ、そういうの。互いを認め合ってるみたいでぇ」


「なんだよ拳コツンに憧れてんのかよ。今してやろうか」

 俺はそう言って拳を作ってスッと花園の前に出した。


 すると彼女はクスッと笑い、手の平で拳を俺に返す。

「それはまだ早いわぁ。片付いてからよぉ」


「…、だな。今日を笑って終えられたらだな」

 無事に彼女の青春を守り抜けた時、どうなるのか。

 

 花園は時間を確認すると立ち上がり。

「時間よぉ」


「ああ、行くか!」

 俺も席を立ち、最後にペットボトルの水を少し口に含む。口の中を潤すために最低限の量を。やるべき事はやった。あとは、戦うだけ。

 一昨日にした花園ミーナの望みを叶えるという約束のため。そして、それ以降のことも昨日を使って時間を許す限りした。負けれが全てが水の泡だ。だから、俺は勝つ。勝ちたいのだ。


 教室を出て廊下に出ると、他クラスの生徒たちが待ってましたと言わんばかりに声を上げる。花園はそれに肩をビクッとさせて驚いていた。

「セバスティアンが校門から来てるわけでもないしぃ、今日告白されたわけでもないのにぃ、なんか朝からめちゃくちゃ注目されてないかしらぁ?」


「そうだなあ。どっかから情報が流されたんじゃないか?」

 情報漏洩、怖っ!

 俺は昨日クラスの奴らにラインで、ある連絡事項を流しているので今日の放課後の決闘についての情報が少しくらい漏洩するのは覚悟していたが、ここまでとは。この調子だと三年生の方にも俺がセバスティアンの代理で戦うとバレているに違いない。


 階段を降りていく。一歩ずつ。下の階に行くにつれて湧き上がっている声量は次第に大きくなっていく。そしてその度に、自分の鼓動が大きく速まるのを感じていた。それを紛らわそうと関節を鳴らしたりするのだが全く紛れる気配はない。

 こんなに緊張してるの、久しぶりだな。


 下駄箱にたどり着けば、外で人のコロッセオが形成されているのが嫌でも視界に入る。思わずため息を吐いてしまう。靴を履き替えるのを思わず躊躇ってしまう程にだ。

 ぶっちゃけ、何度も問いかけるが、本当に俺の選択で良かったのか分からなくなる。今回の件は青春という域を飛び出て、将来を大きく左右してしまうであろう案件。それを青春委員なんて立場の俺がかき乱して良かったのか。そして、俺たち青春委員としては流されるままに成功報酬を受け取れる方向性で行くべきじゃなかったのか。

 分からない。


 緩んでいた靴紐を結び直し顔を上げると、花園が一点に視線を向けていた。人のコロッセオにではない。視線の先を追うと、彼女たちが並んで立っていた。

「やっほー、京橋くん。元気してるー?」

 そして、元気よく右腕を天に突き上げる春風。


「元気してるよ」


「そうかしら?私にはそう見えないわよ」

 イジワルで楽しそうに微笑む白石。


 いつもの二人だ。思わず頬が緩んだ。

「どうしたよ、黄色い声援でも送ってくれんのか?」


「違うわよ」

 俺のボケを白石は一蹴。相変わらず、白石は白石水穂さんのようです。腕を組んで謎の余裕を見せてくる。


「実はね。もしかしたら京橋くんの中に引っかかってる事とかがあったら一〇〇%の力を出せないんじゃないかって話になってね」


「なんだそりゃ。俺はそんなキャラじゃないぞ」


「ふとした事で、躊躇ったり罪悪感を感じたりして欲しくないからよ。いい?私たちはあなたの決断に反対する理由は無いわ。尊重している。だから、二年青春委員の決断。あなたは一人じゃないわ」


「心配するな。俺は自分勝手だ。最初から俺一人の決断だと思ってなかった。勝手に無責任に俺一人で責任を背負うのは癪だからお前ら二人にも背負わせるつもりだった」


「呆れたわ。でも、安心したわ」

 腕を組む白石の表情が柔らかくなる。いや、この場にいる者の表情が柔らかくなったのだ。


 俺は花園に目を向ける。彼女の口は固く閉ざし頷いた。

 こんな今の俺にとって落ち着けて安心する空気とはもうおさらばしなければいけない。片手を上げて二人に別れを告げる。

「じゃ、行ってくるわ」


「ええ」

「行ってらっしゃい!」


 二人の声を背に前へ進むと。ふと、春風が声を上げた。そしてそれは俺に向けられたものではなく。

「花園ミーナさん!これが無事終わったら、青春室に遊びに来てよね!私たちはいつでも待ってるから!!」


 驚いた表情をしてから口元を緩ませ、どう返事を返せばいいのか戸惑っている様子を見て思わず笑ってしまう。

「可愛いとこあるんだな」


「んな!なにバカにしてくれてるのよぉ!忘れてないかしらぁ?あなたは今、私の下僕なのよぉ」


「はいはい、分かってます分かってますって。そんな事より、適当に返事しとけ。このままじゃ、春風が悲しい奴みたいになるから」


「だからその返事に困ってるんじゃなぁい」


「適当で良いんだよ。うん、とかな」


 花園はなにやらブツブツと文句を言っていたが、意を決して振り返り。

「う、うんッ」

 赤面して、どこか強張った表情の笑みの彼女を見て、俺は密かに笑った。そして、頬を朱色に染めたまま彼女は満足したように俺を見てきた。どうだ?言ってやったぞ?どうだこの野郎、とでも言いたげな表情だ。


「さて、行くぞお嬢様」


「ええ、行きましょう」


 ようやく俺たち二人は外に出て人のコロッセオへと足を伸ばしていく。一歩近づく度に観衆の湧き上がる声の大きさは大きさを増して、ボルテージを上げていく。良くも悪くも今はそのテンションに乗せていくべきなんだろう。

 気持ちを切り替えようとすると、一人の男子生徒が進路の前に立ち塞がった。俺はその男子生徒の顔を見て面倒くさく感じる。

「えーと、確か三年青春委員の新田先輩ですよね。なんですか?」


「なんですかだって?とぼけないでくれよ。話を聞いて失望したぞ」


「いや、勝手に失望されて困るんですけど」


「勝手?ふざけた言動は大概にしてくれよ?分かってるのか?君の身勝手な行動により大きな損失をするわけなんだぞ?君一人の、無責任な行動によってだッ!!」


 流石に観衆や人のコロッセオにも新田の声が耳に入ったようで、妙にざわめき始めている。そしてそれを嗅ぎつけた二人の新聞部の一人が俺と新田を写真に収めようとカメラのレンズを向け、もう一人がペンとメモ帳を用意して準備万端とでも言わんばかりの体勢だ。

 どうせ、三年と二年の青春委員の間には決裂があるのでは、なんて記事でも書くつもりなんだろう。

 花園はというと、俺の後ろに隠れていた。背中越しで怯えてるのだと分かる。ほんと、嫌なイベントだよなあ。


 相変わらず周りを気にすることなくベチャクチャと何か言ってる新田の肩に俺は手を乗せた。

「―――分かってくれたかい?」


「はい、新田先輩のお気持ちは凄く分かりました。そして、熱い熱弁ありがとうございます。とても自分のためになりました」


「そうか、なら―――」

 打って変わって希望を持った新田の目。


「だけど話は別だ。俺はあんたらがどうなろうが知ったこっちゃねえ。俺は青春委員として、一人の友達候補として彼女の青春を守るって決めたんだよ。今更どうこう言われようがもう揺るがねえ。だから先輩は邪魔だから、どけ」

 俺は彼の肩に乗せていた手を横に振るい、力づくで押しのけ道を作る。新田は尻もちをつき見上げることしか出来なくなっていた。


 新聞部はネタになると思い、何度もシャッターを切り、メモ帳にペンを走らせる。

 心配になったのか、花園は俺のブレザーを握ってきた。俺はそれに笑って答える。

「心配すんな、これはこっちの問題だからな。だからお嬢様は胸張って、元気に前だけ見てろ」


 そして、人のコロッセオに足を踏み入れた。


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