ようこそ青春委員へ2
十五人目の男の話を終えたところで白石水穂は満足げな表情を見せた。
「さて、十六人目は高校一年になったばかりの春のことね」
「っておいおい!何人の男の話を聞かされなきゃなんないんだよ!」
正確に言えば、今まで白石水穂に告白してフラれた男たちの姿を滑稽に表現された話だ。可哀そうにと思ってしまう。しかし、いちいち一人ずつのエピソードを覚えているのは凄いなと感じてしまう。
「うん?男の話では聞く人によれば誤解を生みそうなニュアンスね。私に、白石水穂に告白してきた男の話に変えなさい」
「ああもうそれでいいから!はい、結局のところ何が言いたいんだよ」
俺はやけくそになりながら言った。話が全く進まない点と、モテモテ自慢を聞かされているとで苛ついてくるのも無理ないだろう。
黒崎先生に関しては、もはや心ここにあらずといった表情でシミのない天井を眺めていた。
ため息を吐いてから白石は、つまりと前置きをして俺に向かってビシッと指をさしたのだ。
「今まで私に告白してきた男たちと同じような目をしていたのよ!」
「そうか。それじゃあ俺は、お前に告白して無残に玉砕していった男たちと違うぞ」
「へえ、どこが違うのかしら」
「俺は絶対にお前に惚れてなんかないし、告白なんて論外だッ!!」
俺は言い切って白石に向けて指をさし返す。まるでクロスカウンターのようだ。
「へえ、言い切ったわね」
白石が感心したように呟いた後、何も知らないのんきな声が青春室Ⅲから聞こえてきた。
「ねえ、さっきからずっと何してるの?」
ひょっこりと顔を覗かせた少女は茶髪のポニーテール。ぱっちりした目と可愛らしい口元が彼女の魅力を引き立てる。さらに、やわらかく薄いメイクが好印象を与える。身長は白石より四センチ程高く感じる。
白石水穂を美女代表というのなら、こちらの少女は天真爛漫な可愛い系代表なのだろう。
シミのない天井のシミを数え終えたのか、黒崎先生はその少女を見るやいなや元気を取り戻したような表情を浮かべた。
彼女の出現により白石の話に無理矢理ながらも一区切りつけられたからだろう。
「やっほー。春風美咲さん!」
「やっほー。てか、なんでフルネーム?」
春風とやらも白石と似たような反応をした。
黒崎先生は待っていましたと言わんばかりの表情でその質問に答えようとするも、白石が横目で俺という存在がいることを春風に教える。
「彼との自己紹介の面倒を省くためよ」
白石の言い方に毒があるような感じがしたが、俺は相手にするのをぐっと堪えた。
「今日からここの青春委員に入ることになった京橋龍太だ。よろしく」
そう言って、前に白石がやったように俺も右手を出して握手を求めてみる。
だが春風はぽーっと俺の顔を見てから、その握手に応じることはなく白石の背中に自分の体を隠した。
「よ、・・・よろしく」
警戒心を見せるのだが弱い小動物にしか見えない。警戒心なのかはよく分からないけど。
結局俺の右手は空気と握手する羽目になった。恥ずかしさのあまり気づかれないようにしれっと悲しい右手をズボンのポケットに隠すのだが、白石はその姿を見てフッと鼻で笑った。
この際、白石に馬鹿にされるのは腹が立つだけで済むのだが、春風に勝手に警戒されて拒絶されているのかもしれないという事実を受け入れる方が精神的にやられた。
恐るべし、春風美咲。自覚があるのかないのか分からないが、いきなり俺のメンタルを抉ろうとしてくるなんてやるじゃないか。かなりグサッときたぜ。
黒崎先生は春風を見て仕方ないと言いたげな顔をする。
「さて、自己紹介は終わったし続きは中で話そうか。まだ寒いからね」
春風と白石は黒崎先生に言われるがまま青春委員Ⅲの部屋に入っていく。
俺も堂々と入ればよかったのだろうが、なんだかそういう気持ちになれなかった。歓迎されていないかもしれないという小さな疎外感が俺の足枷になっていた。
一人で進めずに立ち止まっていた俺を不思議と不安が入り混じっていそうな表情で見てきた春風は小さく手招きをしながら言う。
「はやく、入りなって。・・・京橋君」
足枷が外れた。軽くなったように思えた。
「ああ。ありがとう」
「うん?」
春風はお礼を言われた意味を理解できなかったのか小さく首を傾げていた。
青春室に入った俺を暖房の風が優しく包み込み心地よかった。
部屋はあまり大きくはなかったが、革張りのソファーが対面するように配置されており間のスペースには木製の机がある。部屋の奥には理事長室などに置いてありそうな机と椅子がある。
白石と春風は一緒のソファーにくつろぐように座った。
黒崎先生と俺は二人に向かい合うように対面しているソファーに座った。
始めてこの部屋に入ったこともあって部屋の中をまじまじと眺めていると白石の呼び声が聞こえてきた。
「ああ、なんだよ白石?」
「普段は気にせず使うけれど、来客が来た時はそのソファーは来客用として使うのよ」
「へー、そうなのか」
「そうなのよ。って、納得しただけで終わらないでくれると助かるのだけど」
「何が言いたいんだ?」
俺は首を傾げる。本当に何が言いたいのだろうか。
白石は何かを言いたげな表情をするも赤く染めていく頬を膨らませていた。
隣でそれを見ていた春風はあははと笑い。
「た、多分だけどね。水穂はもう同じ仲間の京橋君がこっちのソファーに座っていないことに憤りを感じているんだよ。ここでの憤りは、そのことを恥ずかしくて言えない自分に対してのだから安心して」
「美咲さん!!私は別に恥ずかしがってなどないし、まだこの男を仲間だと認めたわけじゃないから」
白石は必死に反論していたが、春風に華麗にあしらわれていた。
俺はゆっくりと立ち上がり二人のいるソファーに座った。まだ慣れていないこともあり間隔は空いている。
隣の白石が俺が座ったのを確認して呟く。
「やっと、進められる」
「まあ、白石が分かりにくいツンデレ予備軍って分かっただけでも十分な収穫だろ」
「あなたねえ!」
白石は赤く染めた頬を膨らませていた。
クールビューティーかと思っていたのだが、案外白石水穂はそうでもないらしい。
ぶっちゃけると、俺は白石水穂という人を今日のさっきまで知らなかったというわけではない。かねてより噂を聞いていたこともあったので、クールビューティ、勉学に関してはこの学園で上位争いに食い込むほどの実力者ということも知っていた。おまけに溢れんばかりの美しさでクラスの男どもを虜にしてしまうことも。
俺はソファーに深くもたれかかる。
「なんだかんだ言って俺と白石、一年の時同じクラスだったけれどまともに話すのは初めてだよな」
「あら、そうだったの」
白石はすっと俺の方を見る。
「だってそうだろ?俺と話した記憶あるか?」
「あ、いいえ、そのことではなくてね。そもそも私とあなた、同じクラスだったの?」
「あ、ああ、そうですか」
地味に傷ついた。クリティカルヒット、もしくは急所に入った。
白石は何故か勝ち誇ったような笑みを浮かべている。勝者の笑みである。いつから勝負していたのか彼女に問いたい。そして俺を癒してほしい。
春風はこの空気を変えようと手をパンッと叩き身を乗り出す。
「さ、さーて。黒崎先生が空気になりかけてるから早くお話しさせてあげよっ。ねっ!」
「ありがとう、美咲さん。でも、あれだね、少し傷ついたかな」
「ごめんなさい先生!?」
春風は必死になって謝っていた。
黒崎先生は、大丈夫大丈夫私は大丈夫と小さく呟いてから、顔を元気よく上げた。
「さて、京橋君には青春委員に入って一日でも早く本格的に動き出してほしいから、ちゃっちゃと説明始めようか。因みに、京橋君はこの青春委員についてどれぐらい知ってるのかな?」
「知ってるも何も、こうして関わるのが今日で初めてなんで」
「あー、なるほどー、そうかー。・・・おうけいおうけい。状況は把握したよ」
「はあ、そうですか」
俺の相槌に勢い良く反応するように黒崎先生の目は輝いて見えた。いや、輝いて見えてしまった。
隣で白石が小さくため息を吐きだしスッと俺の方を見て呟く。
「説明好きなのよ」
「そういうことね」
俺はそう呟いて、これから始まる説明が結構長びくんだろうなと覚悟した。
案の定、黒崎先生はコホンとわざとらしい咳ばらいをしてから、背筋をゆっくりピンっと伸ばしてから俺の方を真っすぐと見てきた。
「さて、これは今日のことでもう知っていると思うけどおさらいね。青春委員は学年ごとにあってそれぞれがそれぞれの学年の相手をするんだよ」
「けれども、決して他学年の相手をしてはいけないというわけではないから。まあ、実入りもおそらくないだろうし、どの青春委員も進んで他学年の青春を助けようとはしないわ」
白石は付け足すように言った。
黒崎先生は何故か悔しそうな表情をしている。
「ま、まだおさらいは続くよ。青春委員の人員は原則三人以上で、それを下回った場合は、補充をするために学年集会の抽選で選ばれるんだよ!」
俺は下あごに手を当てて理解を示すように頷く。
「なるほど。俺が良い例ってわけですね」
「そうゆうことね」
白石は別に悪びれる様子なく悠然と相槌を打った。
春風に関しては机に置いてある茶菓子を美味しそうに頬張っている始末だ。
この二人がもっとしっかりしていたら俺が青春委員になんて入らなくてよかったのに。誰のせいでこうなったっていう事をちゃんと自覚しているのだろうか。
思わずため息を吐きだしそうになったが、今吐けば黒崎先生に失礼なんじゃないだろうかと思い無理矢理飲み込んだ。
ひと段落したのか黒崎先生は息を吐き区切りを打つ。
「さて、これからが本題になりますね」
「ここから大事な説明になるだろうからしっかり聞くのよ」
白石は力強く俺を見た。脅されているように思えた。
「うんうん!!」
春風は茶菓子片手に力強く何度も頷いた。主食はお菓子なのかと思った。
「へーへー。りょうかい。りょうかい」
適当に返事をして黒崎先生に向き直る。
三人を見てフフッと愛らしそうに笑みを浮かべていた黒崎先生は真剣な顔つきに変わる。
「青春委員の目的は、毎月必ず男女のカップルを一組以上作り、生徒会に承認してもらわなければいけません。だからと言って毎月必ずというわけでもなく、ある月にカップルが二組以上出来た場合は、次の月に余った分をあてることができるのです。まあ繰り越しに似てるかな」
「えーと例えばですけど、四月にカップルが二組できて生徒会に承認してもらえたとします。それで、四月分の目標であるカップル一組を納入しないといけないので、できたカップル数である二組引く目的達成のための一組をしたら一組残りますよね。その残った一組分を来月の五月の目的達成のための分として納入できるということですか?」
「そんな感じです!」
理解の齟齬が起きていないことに少し一安心する。
「ただーし、小さな落とし穴があります。他学年や他の学校の生徒とカップルになったとしても、それはノーカウントなので注意してくださいね」
白石は黒崎先生の言った落とし穴に関して分かりやすく噛み砕く。
「私たちが担当するのはこの学園で同学年の二年生ね。その生徒がこの学園の一年生や三年生、もしくは他の学校の生徒などとカップルになった場合は承認されないの。承認させるためには、この学園の二年生同士でカップルになってもらうしかほかないの」
「なるほど。分かりやすい」
「当然よ」
白石の説明が分かりやすいこともあってか吸収しやすいと感じていた。黒崎先生は悔しそうな表情をしているのに変わりないが。
「続きいきますよ!承認されていたカップルが別れたらその数だけ目的達成のための作らなければいけないカップル数が加算されていきます。ということは、その月はその分カップルを作らなければいけない数が増えていくんですね。例えば、四月にカップルが一組別れました。するとプラス一組になるんです。四月の目的達成のための作らなければいけないカップル数一組足す四月に分かれたカップル数一組になりまして、四月は目的達成のためには二組カップルを作らなければいけないという事になるんです」
ということは、カップルがある月に三組別れでもしたら、その月は四組カップルを作らなければいけないのか。・・・ハードじゃね?付き合って別れる別れないなんか知ったことじゃないし、唐突に目的達成のハードルが上がる可能性が常にまとわり続けるということだ。
承認させたカップルが別れるだなんてしたら、呪ってやるどころじゃ済まないと思う。
黒崎先生は横槍が入らなかったことに満足していそうな顔をして言う。
「最後になります。これが一番大事になると思います」
俺は適当に相槌を打つ。今まで以上に大事なことってなんだよ。
黒崎先生は面と向かって座っている三人をしっかりと見る。
そして、今までの笑みや真剣な表情などの黒崎優という人物を、一気に跡形もなく忘れさせてしまう凍り付いた真っ黒な表情で声を出した。
「青春委員としての目的が達成できなければ、その青春委員の中から一人退学者が出ます」