依頼と踊る下僕1
「はぁー」
俺は思わずため息を吐き、机の上に手を伸ばしながら頭を寝かせチラリと外を見る。天気は憎い程晴れていて嫌気がさす。
草木には悪いが今は、曇っていて欲しい気分だ。だが、実際曇っていると今より更に気分が落ちていくだろうから晴れていることに感謝するべきなのだろう。
絶対にありがとうなんて言わないけど。天候にツンデレを発揮する俺はなかなかのレベルなのかもしれない。これはもう、将来はビックな男になること間違いなしですな。
不気味な笑い声を上げてやろうかと思ったが、やはり引っ掛かっているモノはそうさせてくれない。きっと何かを解決するまで、彼女を見る度に呼び起こされてしまう。
だからと言って、俺がどうこうする話でもないのだから無性にたちが悪い。
昨日の夜にお嬢様から聞いた話。正直言って胸糞悪かった。もちろんお嬢様がってわけじゃない。本人たちは自覚が無いかもしれないがイジメを行ったガキ共だ。
だからと言って、俺がその時その場にいたとしても手を差し伸ばしていたのか。お嬢様を助けていたのかと聞かれたら答えに困るだろう。それだけ、集団というのは怖いものがある。
ズボンからスマホを取り出し時間を確認する。朝のホームルーム開始まであと一五分もある。
気まぐれに立ち上がり、席に座っているお嬢様の側まで行く。
「自販機でジュース買ってくるけど、お嬢様は欲しいのとかあるか?」
お嬢様は気だるそうに俺を確認して。
「そうねぇ。フルーツオレがあるなら欲しいわぁ」
「うたた寝のところ悪かったな」
それだけ言って教室から出た。
さて、ここから近い自販機はどこか。つっても階段を降りたいつものとこだよなー。
そしてそこに向かおうとした時、誰かに後から肩を掴まれた。掴んでくる力は強い。
朝からなんだよ。そう思いながら振り返ると、知らない男だった。いや、知らないと言っても、この学園の制服を着ているのでここの生徒であるのは間違いないのだ。だが、俺はこの男の顔に見覚えは無い。白い肌で身長は俺より高く、短い髪の毛を整髪料で立ち上げているサッパリした男。
ふと目線を下に下げると。上履きに入っている線の色が二年のものとは違った。この色は三年生か?
「……あのー、三年生が俺に何か用でしょうか?あと肩痛いんですけど」
正直言って、この人は俺の肩を破壊しようとしているぐらい掴まれてる。もしかして俺の肩ってそんなに凄い?野球で有望なライバルピッチャーをここで潰しておこう的な感じ。
「ああ、悪かったね。ちょっと力が入りすぎてしまったみたいだ」
そう言って俺の肩を掴むのをやめる。
「いやなに、用というかね。君、さっきあの金髪の女性と喋っていただろ?」
「ええ、まあ少しですけど」
「そうか。……ところで君は二年生の青春委員だよね?」
「そうですけど。何か青春委員に用があるなら放課後に青春室に行ってもらえれば話は聞いてもらえますよ。学年が違うので二年の青春委員が三年生のあなたに協力するかは別ですけど」
ファーストコンタクトが良くなかったので、少し俺は突き放すような言い方をわざとしてみた。まあ、三年生の青春を二年の青春委員が助けてやるメリットは何も無いのでこれぐらいが丁度いいだろう。無駄な仕事が増えるのは嬉しくない。
それに俺は今、お嬢様をこの学園の三年生の男子生徒と恋人にさせるという外部からの依頼を達成しなければならないんだ。
……三年の男子生徒。
その瞬間ハッとする。
「もしかして、あなたは花園ミーナと……」
「そうだね。外部からの依頼。僕が花園ミーナと恋人になりたがっている三年の男子生徒だよ」
俺は人通りの多いこの時間帯の廊下で、今目の前にいる彼と接触するのはよろしくないと思い。
「ここじゃなんですし場所を変えましょう。俺も用事がある場所があるんで」
そうしてその三年生を連れて自販機までやって来た。小銭を適当に入れてボタンを押してはもう一度同じ作業をして取り出す。
「おや、気を遣わせて悪いね。わざわざ僕の分まで買ってくれるだなんて」
そして手を伸ばしてくる三年生。
俺は二本のペットボトルのジュースを手に持っている。本当はこの人のために買ったわけじゃないのだが、ここで渡さなかったら不機嫌になるかもしれない。
ため息を吐きたがったが、ここは我慢してオレンジジュースを渡そうとすると。
「いや、僕はオレンジジュースよりそのフルーツオレの方がいいんだ」
そしてそれを寄越せとオレンジジュースを手で払いフルーツオレに手を伸ばす。どうやら俺が飲もうとしてたオレンジジュースは嫌らしい。
「え、えぇ。……分かりましたよ」
少しフルーツオレを渡すのを渋ったが、自分勝手な三年生に渡した。
「いただくよ」
そう言うと、フルーツオレの入ったペットボトルのキャップをあけて、その中身の液体を口に流し込む。
「う〜ん、これは……」
少し苦笑いを作って見せてから、ペットボトルのキャップを閉めて俺に押し付ける。
「どうやら僕の口に合わないようだ。飲みかけになるけど君に上げるよ」
「それは、どうも」
俺はフルーツオレを返してもらう。この短時間で嫌いになりそうだと感じながらも、顔に出さないように努め話を振ることにした。
「それで、今俺を訪ねてきた理由は何ですか?」
「それは少し違うよ。僕は君を訪ねに来たわけじゃない。花園ミーナの様子を少し見に来ただけさ。彼女はクラスで会話をする人間もいないそうじゃないか。だから、クラスでどう過ごしてるのかなってね。ところがどっこい、彼女に喋りかける人間がいるし、彼女もそれに無視することなく反応している」
「じゃあ、俺を訪ねてきたわけではなく、花園ミーナの様子を見に来た。それだけですね」
「そうだね。そうだったんだけど、君は花園ミーナと話せるの唯一の人間かい?」
「ええ、まあ、そうかと思いますけど。それが何か?」
「何か?だって。大問題じゃないか。花園ミーナはたった一人で誰かと会話する事もあってはならないんだよ。まあ、君が青春委員ということなら仕方がない。もし君が青春委員じゃなかったらと考えると僕は君に何かしていたかもしれないね」
そして不気味な笑みを見せてくる。
俺は寒気がした。なぜ、この人は花園ミーナが一人ぼっちでいることをこんなにも望んでいるのだろうと。
「ところでなんですけど、お互い自己紹介しませんか?俺は京橋龍太です」
「そうだね。これから短期間の間、僕は君と接触するだろうし損はないだろうし。僕は三年一組、御門晴哉。御門と呼びたまえ」
「では、御門さん。あなたはどのようにして花園ミーナを恋人にするつもりですか?」
「どうって、愛を告げるだけさ。それだけで十分なんだよ。早速、今日の放課後に伝えようと思うから青春委員として彼女が帰らないように仕事をしてくれよ?」
「花園ミーナにはこの依頼のことをまだ話していないんですけど……」
「それならそれで、上手くやってくれよ。僕が花園ミーナと恋人になれるようにさ。報酬もでかいんだろ?」
そして御門は俺の表情を窺いながら肩を叩いてくる。俺は何も言えなかった。言いたくなかった。
「ということでよろしくね。きょ、きょう?済まない名前なんて言うんだっけ」
「京橋龍太です」
「そうそうそれだ。では、僕のために上手くやりたまえ京橋?」
それだけ言い残しスッキリしたように立ち去る御門。
俺はようやくため息を吐き出し、自販機にもたれかかる。
あぁー。なんだかなー。
ふと、自分の手にある二本のペットボトルに視線を落とす。オレンジジュースと飲みかけのフルーツオレだ。傾けるとフルーツオレの方だけちゃぷんと音を鳴らすのだろう。
「嫌な奴」
俺はそれから教室に戻った。机に顔を伏せているお嬢様を確認して机を指でコンコンと鳴らす。相変わらず気だるそうに顔を上げるお嬢様の前にフルーツオレを置く。音は鳴らない。
「チャイムギリギリになって悪いな」
「気にすることはないわぁ。お金を返すわぁ。いくら?」
「……いいよ。ただの、俺の気まぐれだ。気にすることない」
「そう。じゃあ、ありがたく頂くわぁ」
お嬢様は俺が渡したフルーツオレのペットボトルのキャップを開ける。新しいのを開けた時に鳴る独特の音が小さく聞こえ、お嬢様はそれを飲んだ。
「やっぱり、ドロドロしたやつも捨てがたいけど、スッキリしてるこっちも良いわねぇ」
そしてチャイムは鳴る。いつもと変わらない退屈なホームルームだろう。
俺は自分の席に戻り、手にしていたオレンジジュースを一口飲む。果汁一〇〇パーセントなんてありえない味。
御門晴哉。これからの短期間、俺はその先輩のために動くことを考えると僅かながらに舌が苦く感じた。それでも自分たちのことを考えると見返りが大きくそれがベスト。お嬢様からの下僕生活もきっと終わるはずだ。
だとしても、ゴミ箱にあのフルーツオレを投げ捨てた時の気持ちは俺の中で燻り続けている。良くない。
それでも。自分たちのことを考えるべきだとしても。あの男が恋人というのは吐き気がした。




