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私に友達はいなかった

 昨日と同じように夜ご飯を頂き、もうそろそろ帰る時間だろうかと考えているとお嬢様がひょこりと顔を出して。

「今から庭に行かない?」


 そうして連れられた庭は綺麗にライトアップしており。

「すげー。綺麗だ。こういうのって、なかなか見られるもんじゃないぞ」

 こういうのは入場料を払ってようやく見られるものだと思っていたが、いやはや恐るべし花園家。毎晩この庭はこんな状態なのか。電気代が少し気になる。

 地味な節約家と言われる京橋龍太こと俺にとって少し刺激が強かった。

 でもまあ、これが当たり前なら今目の前の光景も当然のことなんだろう。俺もこれぐらい出来るように稼ぎたいものだ。


 お嬢様は少し嬉しそうに頬を緩ませ。

「歩きながらお話ししましょう」


 綺麗なライトアップ。その光は庭の花々に当たるだけでなくお嬢様にも当たったりする。その度に彼女の知らない光と闇がチラついているような気がした。

「さっきはごめんなさいねぇ。取り乱しちゃってぇ」


「気にするな。思わずそうなってしまう時ぐらい誰にでもあるだろ」


「そうねぇ……。もうとっくに気がついていると思うのだけれどぉ。私には学園に友達と呼べる人は一人もいないのぉ」


「ああ、知ってる。下僕になった日ぐらいから薄々気がついてた」


「それは察しがいいわねぇ。今でこそランページプリンセスなんてあだ名を付けられているんだけどぉ、昔は私にもちゃんと友達と呼べる人がいたのよぉ」


「そうか。それは今の学園生活を見る限り意外だな」


「そう。小学校の時に二人だけぇ。あの頃が今まで生きてきた私の人生で一番楽しかった時間。毎日学校に行ってはその二人とずっと一緒にいた、暖かかった私の思い出。……そして、一気にどん底まで。冷たく凍りついた忘れたくても忘れられない思い出」

 するとお嬢様は途中で歩く足を止める。目の前には小さな噴水がある。

「ここから先はあなたは知る必要もないことになるわぁ。変に私に対して気を使うのかもしれない。それでも、あなたは私のこの醜い昔話に付き合ってくれるかしらぁ?」


 俺は口には出さず無言で首を縦に振る。

 対してお嬢様は胸に手を当て目を瞑ると小さく頷いた。覚悟が決まったのだろう。彼女は噴水の淵にちょこんと座る。それにつられ俺も隣に座る。

 後ろには噴水があるのだと背中を通じて分かる。そして座るにしては幅が狭くて心もとない淵。力を抜くとそのまま後ろに倒れて噴水にジャボンだろう。アンバランスで、自分の力をバランス良くコントロールし続けなければいけない。


 きっとお嬢様は、彼女は、花園ミーナは、こうやって生きてきたのだ。そして語り出す。

「小学生の時からね―――」



 私、花園ミーナには小学生の時に二人の友達がいた。学校にいる時はずーっと一緒だった。私の友達が少なかった理由は、名前と容姿。周りとは違うから小学生レベルではいとも簡単に異端者と扱われた結果なのだ。だから、低学年の時には友達なんて呼べる存在は一人もいなかった。

 それでも、五年生になった時にあの二人と同じクラスになった。二人とも積極的に誰かと話そうとするタイプではなかったためか、遠足のグループ作りの時に一緒のグループになったのだ。

 最初は、いつものように楽しくない無駄に時間を浪費するだけの遠足になると思っていた。だけど、どうでもいいようなくだらない話で私たち三人は打ち解け、産まれて初めて遠足を楽しいと思えた。


 それからの学校生活は言うまでもない。というかもう言っている。

 楽しかった。初めてできた友達。特に何かをしたり喋ったりする事がなくても一緒にいるだけで楽しかった。

 遠足同様、運動会も産まれて初めて楽しく思えた。きっと一位になったのだろう。クラスの皆は楽しそうに喜んだ。だけど私にとってクラスなんて関係ない。私達三人だけで盛り上がって楽しんだ。


 そして月日はあっという間に流れて六年生になった。学年が変わればクラス替えもある。三人一緒のクラスが良かったけれど、一人だけ違うクラスになってしまった。

 私は一人じゃなかったので、一安心。クラスが違うようになってからは三人で一緒にいる時間は減ってしまったが、それなりには楽しかった。

 一人じゃない遠足。一人じゃない修学旅行。一人じゃない運動会……。


 私は自分が楽しく過ごせていたせいで気付いてあげられなかった。別のクラスになった友達は、どうしているのかって。


 結果を最初に告げるなら、その友達はいつの間にか別れの言葉もなく転校していた。


 あとから聞いた話だけど、その友達は六年生になってクラスで再び一人ぼっちになったらしい。そしてそれに目をつけたクラスの人達が、ちょっとした嫌がらせを始めて日に日にエスカレートしていきクラス全体でイジメをしていたらしい。 


 気付いてあげられなかった。いや、気付こうとしなかったのだ。自分が良ければ全て良かったに違いない。私はこんなにも醜かったのか。ちょっとの喪失感。それでも時間というのは恐ろしいもので、いつの間にか私の中から忘却していた。


 やがて、あと一ヶ月で冬休みになろうかという時。そこから異変をクラスで感じた。私に残されたたった一人の友達が、今までクラスで関わってこなかったような人種と喋っていたのだ。最初は嫌そうだったが日に日に喋る回数は増えていく。

 私は、あまり快く思わなかったが特に指摘するなんて事はしなかった。私が逆の立場だったらと考えるとすぐに答えが出たからだ。


 そして、全ての幕が上がる。

「ちょっと、花園さん。それ私の鉛筆なんだけど。取らないでよ」

 

「はあ。何を言ってるのかしらぁ。これは私の鉛筆で間違いないんだけどぉ」


「なにそれ、マジでうっざ。それに喋り方気持ち悪ーい。変な髪の色だし。前から思ってたんだけど宇宙人?」


 思わず私はため息を吐き出す。露骨なのよねぇー。

 クラスの他の生徒は面白いものを見るように目を向けてくる。

「それでぇ?私をイジメて楽しいのかしらぁ?」


「キッモ。宇宙人が喋ったー!」

 外野のクラスの男子がはしゃぎ始めた。そして笑いものにいつの間にかされる。


 思わず舌打ちをした。すると、机の上に置いていたお気に入りの筆箱に手を伸ばされ。

「宇宙人には筆箱なんていらないよね!」

 そしてキャッチボールをするように放り投げられる。


 思わず席を立ち。

「返しなさいよぉ!!」

 放り投げられる筆箱を取り返そうとやけになる。目の前に椅子や机があろうが無かろうが関係ない。邪魔だと力の限りどかして追いかけ続ける。

 気付いていた。私は今、こいつらに遊ばれているのだと。おもちゃなんだ。そうだったとしても……。


 必死に追いかけ続けた結果か、パスミスが生じる。放り投げられた筆箱が誰の手に渡るわけでもなく地面に落ちたのだ。

 もらったわぁ!


 邪魔する生徒を突き飛ばし、必死に走って手を伸ばす。

 それでも、ある生徒に先に拾われた。

 私は血眼になって相手を確認したはずだ。

「……よしのちゃん」

 たった一人の私の友達。


「ミーナちゃん……」

 目の前にいる友達の声は震えていた。表情も少し強張っている。何に怯えているの?私?いや違う!私とよしのちゃんは友達なんだから。


 震える手を伸ばす。

「拾ってくれてありがとうよしのちゃん。私のために。か、返してぇ?」


 それでも、よしのちゃんからは返事は返ってこない。どうかしたのだろうか。不安になってくる。

「どうしたのぉ?よしのちゃ―――」


「は、花園さん。もとはと言えば花園さんが、かこちゃんの鉛筆を盗んだのが悪いんだよ。だから、返して上げない」

 その瞬間。私の友達だった人はどこかに私の筆箱を放り投げた。


 え?は?なに?え?

 体全身から力が抜けていく。

 聞き間違いだ。何かの幻想だ。そう思いたくてなんとか顔を上げる。けれど目の前にいた人はもういなく、かこちゃんと呼ばれた人の側で笑っていた。


 ほんと、なに?

 思考が追いつかず、顔が熱くなるのを感じる。そして膝から崩れ落ち、目の前が何もかもぼやけて揺れて見える。

「あ、ああああぁぁぁ―――!」

 

 クラスの人間が私を遠巻きに見るように歪な大きな円を作り、椅子や机が滅茶苦茶にされた教室の中心で声を出して泣いた。



 その出来事から私は学校を休むようになった。このまま何もしなければ中学校もあいつらと一緒だ。それが嫌で、私は急遽中学受験をすることにした。もともと学校の成績は全教科良かった。だから、短い期間だったかもしれないが必死に勉強をして有名中学校に無事合格。


 私のことを誰も知らない。そんな学校に行ける。そのことだけで心が踊った。 

 だが、一年の時点で私の中学生活は崩壊していた。

 初めは目を疑ったのだ。それでも、同じクラスにいた。小学六年生の時に私をいじめていた人が。 

 それでも最初はなんとか友達を作ろうと頑張った。仲良くお喋りが少しできる人もできた。でも、あいつがあっという間にクラスのスクールカースト上位に立ち。

「花園ミーナさんは、小学校六年生の時に教室を滅茶苦茶にしたんだよ!!」


 ああ、終わってしまうのねぇ。

 それからというもの、私はイジメのターゲットにされた。トイレ中に水をぶっかけられるだなんて事はなかったけど、イジメに大小もない。

 耐えて耐えて耐えてきても私の心は崩れる。何度も一人で泣いた。けれども、学校を休むのだけはしなかった。負けたと思われたくなかったからだ。

 私は、大丈夫。


 だけど、中学二年生の冬。やってしまった。

 掃除中にイジメられる。それだけならまだ耐えれた。だが、大切にしていたセバスティアンから貰ったキーホルダーを目の前で壊された。その時、私の手には箒が握りしめられていた。

 そこからはよく覚えていない。

 力の限り滅茶苦茶に振り回した。窓ガラスが割れようと関係ない。何人もの人をぶった感触を感じても止まらなかった。

 やがて騒ぎを聞きつけた先生に無理矢理抑えつけられた。

 

 最初は私の暴行として片付けられそうになったが、学校がイジメから目を逸らし続けていたと認め私への罰は軽くなる。それでも、もう学校には行けなかった。


 そして、今。私は親のつてもありこの学園に通っている。

 友達の作り方が分からない、たった一人ぼっちのランページプリンセスとして。


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