聞かれ聞かれて2
外部からの依頼。これは俺が単独で動くという事で決定した。下手に青春委員の白石と春風が関与するのはリスクが高いかもしれないという鮫島からの助言があり、俺たちはそれに納得した。
結局、昼休み全てを使って話し合ったので、昼ご飯抜きで五限と六限を時折腹を鳴らしながら乗り越えて今に至る。
朝から元気が無いように見られたお嬢様は、放課後にはいつもの調子に戻っていた。これから暫くは、いつものように下僕として扱われるのだろう。これに関しては不幸中の幸いの逆だ。
ゴールデンウィーク課題の残りにまた悪戦苦闘するであろう、お嬢様の席へといつものように足を運ぶ。放課後は始まったばかり。まだまだ時間がある。
だがお嬢様は机の上に開けていたゴールデンウィーク課題を力無く閉じると鞄に詰め込んだ。
「今日はやらなくていいのか?」
「ええ、なんかもう。どうでもよくなったからぁ」
一瞬、彼女の顔色が暗く見えたが俺の気のせいだろうか。次の瞬間には、ビシッと指を指してくると意地悪な笑みを向けて。
「今日も来てもらうわぁ。いいえ、これから暫くは私の家に通ってもらうわぁ」
「はぁ!?」
そうだ。こいつが暗い顔なんかするわけない。全て俺を騙すための罠だ。そう心得ておいて間違いない。
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昨日の今日だが、やはりお嬢様の家の規模には度肝を抜かれる。確かに、超お金持ちなんだろう。
そして、そんな俺を弄るためかあのメイドがやって来た。
「今日も私に会いに来てくれたのですか?」
「そんなわけあるか!今日も連れ去られてきたんだよ」
「あははっ!そんな言い方だとミーナ様が君を婿として連れてくる日も近いってことなんですかね?酷いよ、私を捨てるの?」
「そんな日はやって来ないし、あんたを捨てる以前に俺は何もしてねえ!」
そして、からかい終わったのか坂上奈央は、ケラケラと笑いながらどこかへ行った。
お嬢様はと言うと腕を組んで少し驚いている表情で。
「あなたたち、いつの間にか仲良くなったのかしらぁ。騙し騙されの関係だったはずよぉ」
「あっちが一方的に絡んでくるだけだ。それより、あのメイドをちゃんと教育し直した方がいいだろ。あくまで俺は客人だぞ」
「それなら心配ないわぁ。あなたは客人ではなく下僕だからぁ。メイドたちにも下に見るようにって言いつけてるしぃ。メイドからも下に見られるってなかなかない経験だと思うわぁ」
それなら、下僕という経験もなかなかないと思うのだが。それよかメイドさんにはチヤホヤされたい。男ならばご主人様と呼ばれたい願望を誰しもが持っているはず。いきなり下に見下されるのは、流石にちょっと嫌だ。もう少し経験を積んでからでなければ。
そして、お嬢様と別れた俺が通されたのは客室だった。
なんだ、結局は客人として扱われるじゃないか。ここで、夜ご飯までくつろぎ下さいってことなのか。
そう思いつつ、机の上に鞄を置き適当に椅子に座ると、ノックする音も無く扉が開かれた。
「来てそうそう、くつろいでるわねぇ」
お嬢様はそう呟くと、さも当然のように客室に侵入。そして俺のことを気にする事なく向かいの椅子に座る。俺の心の安らぎの空間。最終防衛ラインをいとも簡単に突破してしまうお嬢様には何も言えない。
「唖然としながら私を見てどうしたのかしらぁ」
「……いや、別になんでもないんだけどな」
俺のパーソナルスペースについて語り合いたいが、下僕だということを思い出せば何も言えないのだ。喉に引っかかった言葉をひたすら飲み込み続けるだけである。
「ところでお嬢様?」
「椅子に座ってから俺の足を力強く踏み続けているのはどうしてですか?」
くつろぐために足を伸ばしていた。そしてお嬢様はその足を躊躇なく踏みつけている。感覚でわかる。机の下の俺の足はお嬢様の踵に力の限り踏まれてる。
「気のせいじゃないのぉ?」
そして俺の足を踵でゴリゴリと踏みつけながら動かす。満面の笑みでもう一度言った。
「気のせいよぉ!」
「気のせいなわけあるか!なに?俺なんかしましたか?もしかして客室に案内されたと思って、安心したところで実は監禁室でしたーってオチか!?理不尽にも限度があるでしょ、えぇ!?」
「ふふっハハハッ!相変わらずあなたはあなたねぇ」
そして俺の足を踏むのをやめるお嬢様。
俺はため息を吐き出して答える。
「何がだよ」
「いいえ。別にぃ。あなたと一緒にいるとつまらなくないわぁ」
「それは俺のコミュ力が高いってことか。なんで俺モテないんだろ」
「コミュニケーション能力の高さは恋愛において重要なのかもしれないけどぉ、それがモテるかどうかに直結するとは思わないわぁ。人によっては好き嫌いが色々あるでしょうしぃ。ほんと、青春委員なんて難儀なものよねぇ」
「そうそう大変なんだよ。とっとと付き合っていってくれたら楽なんだけどな」
するとお嬢様は口を噤み、少しだけ暗い影が差したように見えた。だがその沈黙は長く続くことなくお嬢様はトーンがいつもより低い声で。
「昨日。……お昼休みに青春委員が生徒会に呼ばれたみたいじゃなぁい。どんな用件、だったのかしらぁ」
「え、えーとな……」
もしかしてあの依頼が入っていることを知っているのか?いやちょっと待て。西宮はあの時あそこにいた人間以外には口外するなと言っていた。ならば、お嬢様と恋人になることを望んでいる三年の男子生徒にはともかく、お嬢様はこの事は知らないはずだ。耳に入ってる時点で依頼達成がキツイだろ。
「青春委員ってな実は恋人作ってもいいらしいんだぜ。まあ、その分ハードル滅茶苦茶高いけど。ていう感じの、伝え忘れられていたルール説明、みたいな感じだな」
「そう。良かったわねぇ。……もう一つあなたに質問するわぁ。恋人がいるってそんなに良いものなのかしらぁ?」
「は?なんだその質問。良いもんに決まってるだろ?二人でいちゃいちゃラブラブするんだろ?あー、腹立たしい。俺だって彼女が欲しいお年頃だぞ。なのに青春委員て」
「良い、ものなのねぇ。でも、本当に信頼できるのぉ?裏切られた時はどうなるのぉ!また底まで落とされて誰も味方になってくれる人はいなくてぇ。助けが欲しくて周りを見るとその分だけ自分が惨めに見えてきてぇ!楽しいことなんか何にもない、ずっとずっと一人ぼっち―――」
そして我に返るようにハッとなるお嬢様。やってしまった。居心地が悪い。きっとそんな事を思っているのだろう。何も言わず俯き俺と視線を合わそうとしない。
「まあ、過去に何があったかとか知らないし。つーか俺からしたら写真で脅して下僕にしてきたお嬢様しか知らないんだけどさ。なにも、そこまで苦しむ必要はなかったんじゃないのか?気軽に相談できる相手に吐き出すだけでも背負ってた重荷が軽くなったりするもんだろ?」
「そうねぇ。そんな相手が、いたら良かったのかしらねぇ……」
そう言い残し、お嬢様は部屋から出ていった。
お嬢様の言っていたことがいつのことなのか分からない。それでも、彼女の悲痛な声。これだけは確かに俺の中に残った。
一息吐く。もしかしたら、今彼女がここで吐き出してくれたことが、ランページプリンセスと言われるようになった原因に繋がっているのかもしれない。そして、その闇をどうにかしないと今回の依頼は難しいのかもしれない。
すると、部屋をノックする音が聞こえた。
もしかして戻ってきたのかと思ったが、扉を開けた人物はお嬢様ではなかった。彼女の母親だ。
俺は思わずかしこまったように立ち上がってしまう。すると、手で口元を抑えながら微笑みを見せる。
「そんなにかしこまらないでー。私も、かしこまっちゃうからぁ」
そう言うと、先程までお嬢様が座っていた席に座る。そして俺が座り直したのを確認したところで。
「そういえばぁ、自己紹介がまだだったよねー。私はあの子の母親やらせてもらってます。花園クラーラ。よろしくねぇ」
「あっ、はい!俺は、じゃなくて僕は京橋龍太です」
「うん知ってるー。それに、そんなにかしこまらなくていいわよぉ。いつものように僕じゃなくて俺って言ってくれて構わないから」
「そうですか。ところで花園さんは、」
「ノーノー。苗字で言われても分からないわー。この家に花園と付く人は他にもいるんだものぉ。だからクラーラ。下の名前で呼んでちょうだい」
「じゃあ、クラーラさん。何か俺に話しておきたい事でもあるんですか?」
今回の依頼についてこの人が知らないはずがない。単なるカマかけだが恐らく反応してくれるだろう。
「京橋君。君は青春委員だからもう耳にしているとは思うんだけどぉ、あの子を嫁がせるって話」
「はい、知ってます。学園は何が何でも難易度の高いこの依頼を達成させたがっている。だから、モチベーションを上げるためなのか、こっちからしたら破格の成功報酬を出してきましたよ」
「でしょうねぇ。あの子が嫁げば、学園への支援金が増大する話らしいし」
「俺から聞いておきたいことがあるんですけど、いいですか?」
「えぇ、答えられることなら何でも」
「お嬢様。花園ミーナさんをその三年の男子生徒と恋人に、もしくは嫁がせるというのは、家のための事を考えた結果。いや、彼女の幸せよりも家のことを優先的に考えた選択ですか?」
「答えはノーでありイエスでもあるかしらねぇ。最優先はあの子の将来の幸せよ。何不自由なく暮らしていけるように。家のためというのは二番目ねぇ。第一、娘バカの主人が家のためだけにあの子を嫁がせようだなんてしないわ」
最優先は、娘の幸せか。そして二番目に家のため。男の方の家がどれ程か知らないが、とんでもない家同士の板挟みをさせられているのだろう。容易に予想できる。
そしてクラーラは少し複雑そうな顔をして。
「多分、主人の言うとおりあの子にとって嫁ぎに行くというのが一番幸せになれることなのかもしれない。それでも分からないのよぉ。このままじゃ、あの子はきっと嫌だったとしても自分を押し殺して最終的には嫁ぎに行くに決まってる。でもそれは本当にあの子の望んだことなの?きっと私たちは、あの子を苦しませる事になるのかもしれない」
「要するに、花園ミーナさんにとってこれは最高なのか最悪なのか分からないということですよね」
「そうなるわねぇ。もしあの子があなたを頼った時、あなたはどうするの?あの子の友達、いや下僕だったわねぇ。下僕としてなのか、青春委員としてなのか。あなたはどっちの顔であの子の話を聞いてあげるのかしらぁ?」
「俺は、……」
答えに詰まる。ここで馬鹿正直に青春委員とは言えない。ここは、下僕と答えるべきなのか……。
「ごめんなさいね、答えるのが困る質問だったわねぇ」
そう言って口を抑えながら上品に微笑まれる。そして、柔らかな表情で。
「ただ、あの子があなたを頼った時は少しでもいいから力になってあげてくれない?今、あの子の母親として出来るのは恥ずかしながらこんな事ぐらいしかないんだけどぉ。あなたが側にいてくれるだけで、あの子は大丈夫だわ」
どんな確証があってそんなことを言うのだろう。俺は所詮、青春委員だと言うのに。それでも、俺が言うことは決まっている。
「その時は、下僕なりに」
どんな表情をして言ったのか分からない。
それでも、花園クラーラが満足そうな表情をして出ていったので、それなりには良かったのだろう。
自分の醜さを感じると同時に、気が重くなったような気がした。
思ってた以上に5月編が長いぞと思ってきました。もう少しスマートに出来たらいいのにな……。




