聞かれ聞かれて1
俺がお嬢様の家に行った翌日。お嬢様は朝からどこか浮かない表情をしていた。理由は知らない。下手に聞いて、生理だった時が怖いからだ。
まあ、元気でないのなら、それはそれで良いのかもしれない。その分、俺が下僕として動く回数が減るかもしれないからだ。
にしても昼休みになった途端に教室から出て行って、どっか行くなんて下僕泣かせにも程がある。これで、なんでついて来なかったとか言われたら理不尽過ぎるからな。
そんなことを思いつつ、逢沢たちと昼飯を食おうとすると。
『二年一組、白石水穂さん。二年二組、春風美咲さん。二年四組、京橋龍太くん。生徒会、西宮美乃梨がお呼びです。今すぐ、生徒会室へ来てください』
という西宮の放送が学園中に流れ、それに気が付かないわけがない。
俺はため息を吐き出し、逢沢たちに悪いなと一言断ってからその場を駆けた。
生徒会からの呼び出し?なんか大きな問題でもやらかしたのか?あぁー!なんでこんなに嫌な予感しかしない呼び出しなんですか!?
そして辿り着く生徒会室。扉の前には白石と春風もいた。
「あら、タイミングがいいわね。じゃあ、行くわね」
白石はその合図とともに扉をノックしてから開けた。そして、彼女に連られて行くように、春風、俺と入っていった。
生徒会室は以前俺が来た時とあまり変わらない静かさで、西宮は相変わらず高そうな椅子に座っている。違う点があるとすれば、そんな彼女の隣の椅子に鮫島が座っているところぐらいだろうか。
「よくいらっしゃってくれました。ささ、立ち話もなんですし、適当に座ってください」
にこやかに鮫島は言った。
「そんな下にでるキャラだったけ?」
「いやー、今は一応生徒会室だし、生徒会と青春委員という立場での話し合いになりますから」
そう言って、少し気恥ずかしそうに染まった頬をかく。
なるほど、どこかの誰かさんとは大違いだ。
鮫島に促されるまま椅子に座る。すると、ようやく西宮は姿勢を整えて口を開けた。
「いやいやー、急な呼び掛けに迅速に応じてもらいありがとうございます。感謝感謝です。それで、呼び出した理由としては、昨日言っていた面倒くさい仕事。あなた達、二年青春委員にとってターニングポイントになるかもしれない依頼です」
「昨日から聞きたかったのだけれど、そのターニングポイントとはどういう意味を指しているのかしら」
「今から話すことを聞いていれば否が応でも知ることになりますから、一旦私に預けてもらっていいですか?」
「分かったわ」
白石がそう言うと、西宮は満足した様子で机に置いてある資料に目を通す。
「今回入った依頼は、外部からのものなのでくれぐれも秘密裏でお願いします。今この場にいる人間以外には口外しないようにお願いします」
そして、西宮はこの場にいる人間の顔を確認してから続けた。
「依頼内容は、花園ミーナ。あだ名で言えばランページプリンセスをとある三年生の男子生徒と恋人関係にさせること、至ってシンプルです」
「は?意味わかんねえ」
俺が突っ込みたいのはお嬢様の名前が花園ミーナだったということなんかじゃない。周りがいくらランページプリンセスと言っても、先生たちは本名で呼んでいたから名前を知る機会なんかいくらでもあった。俺が突っ込みたいのは。
「外部からの依頼で、お嬢様と三年のある男子生徒を恋人関係。その言い方だったら、この依頼を持ちかけたのはお嬢様でも、その男子生徒でもないっていう認識になるんだが間違いないよな?」
「ええ、何も間違ってなんかいません。ここからは、理解してもらうために、一気に話させてもらいますね。花園さんの家は、父親が有名企業の社長で超大金持ち。そして、この実験的要素の含む学園の運営に関わっていて、今も多額の支援をしているそうです。そして、恋人関係になるように選ばれた三年の男子生徒も、父親が有名企業の社長。だから他言無用。口外したら地獄のそこまで突き落とすってエンディングが用意されてるんです」
その依頼を受けないという拒否権はなかったのだろうか。
「ここで間違って欲しくないのは、会社の事だけを考えてこの依頼をされたのではないという事です。互いの家がそれぞれの娘と息子の将来の幸せを願ってのことだそうです。本当のところは知りませんけどね。口だけならいくらでも良いように言えますから」
微妙に悪態をつきながらも西宮の説明は続く。
「それでも、三年の男子生徒の方は乗り気、なんなら花園ミーナと恋人関係になることを切望していたらしいです。それでも恐らくは、花園ミーナの方は拒否するだろうと大方予想出来ます。放課後の決闘の件もありますし。放課後の決闘で花園さんのお付きの男性を倒すのは無理。ならば、放課後の決闘に持ち込まないでいいようにするには花園さんがその男子生徒のことを好きになるしかない。よって、この依頼の難易度は高すぎる」
そして、西宮は間をとってから手をパンと叩いた。
「話は変わりますが京橋くん、あなたは青春委員になると異性と付き合えないとの決まりを知ってますよね」
「ああ、もちろんだ。青春委員になると学園を卒業するまで異性と付き合ってはならないだろ?」
「はい、それでいいんですけど……。実は、そんな青春委員にも救済措置があるんですよ。それは、七〇組のカップルを作ればいいんです。つまり、現在の二年青春委員になってから誕生し、今も別れていないカップルは二組。あと、六八組のカップルを作れば、京橋くんも恋人作りをすることを許されますよ。まあ当然、カップルが別れたり、不祥事などで罰を受ければその分遠ざかっていきますけどねー。例を上げるなら、その二組のどちらか一組が別れれば、六九組といったように遠ざかります」
「え、ごめん、ついて行けない。青春委員て恋人作っても良かったの?」
「はい、今私が言った目標を達成出来ればの話ですけど。ねー、水穂?」
西宮から振られた白石は驚く様子もなく。
「そうね」
「そんなとんでもない事知ってたのかよ!?春風は?」
「私も、前に水穂からそれっぽい話は聞いたことがあったけど。ホントだったんだ!」
春風は半信半疑だったらしい。なぜ今まで俺には話してくれなかったのだろうか。酷くない?
突然、西宮から話された衝撃の事実。青春委員でも七〇組のカップル作れば恋人作ってもいいとの爆弾発言。
俺の頭の中はてんやわんやしているが、何故今このタイミングでと思った。
「青春委員でも難易度高いけど、恋人を作ってもいいようになるんだってことは分かった。だけど、それがお嬢様の話と何の関係があるんだよ」
すると西宮は面白そうにほくそ笑む。
「花園ミーナと三年の男子生徒。付き合っても、普通の青春委員のルールなら他学年のカップルですので一組と加算しません。しかし、今回は学園からの特別報酬があるそうです。それは、今回のこの依頼。成功させられたのなら、青春委員にカップル成立三〇組として加算されるそうです。つまり、この依頼を達成させれば、あなたたちは三二組のカップルを成立したことになるそうです」
「ぶっ、ぶっ飛んでること言われて、私ついていけない……」
春風は理解する事を諦めたようだ。
流石の白石も額に手を当てている。理解しようとするので精一杯だろう。
「西宮さん。あなたが言いたいのは、花園ミーナと三年の男子生徒。この二人をカップルにすれば、三〇組のカップル成立とみなすというとんでもないことを言っているのかしら?」
「はい、そうです」
ああ、大体分かったぞ。この依頼を達成させる、それはつまり、青春委員でも恋人を作ってもいい目標に一気に近づく。もしくは、下手なことをしない限りもうカップルを成立させなければ退学になってしまうという恐怖との別れを告げられる。
月一回に納めなければいけないカップル成立数は一組。そして余ったカップル成立数は次の月へと繰り越していける。カップル成立数が三〇もありゃそんなの余裕だ。
だから、これは本気で付き合わせろという命令のように受け取れる。報酬はやる。だからそれに応えろと。
「でもなんでまた、こんなに馬鹿げた報酬を学園は与えようと思ったんだ?」
「さあ、そればっかりは私も聞いてはいないですけど……。今までの支援金を遥かに超える金額が貰えるからじゃないですかね。結局はお金。いい大人に私たちは踊らさらているような気分です」
最後は嘲笑するように背もたれに深くもたれかかって言い、白石、春風、俺の顔色を窺うように目を動かす。
春風は相変わらずこんがらがっているようだが、白石は顎に手を当て納得したように数回頷いた。
「それでは、最後に私から聞くことは一つ。今回の依頼で彼女の心を動かせるのはあなただけでしょう。京橋くん。あなたは、この依頼で花園ミーナを付き合わせるように動きますか?」
西宮から試されているような気がした。それでも無粋な質問だと感じた。そんなの答えは最初から決まっている
「ああ、お嬢様をその三年の男子生徒と付き合わせる」
彼女が嫌がろうと、俺は、自分、自分たちの為に動き決断する。




