彼女は一人で苦悩する
京橋龍太が帰宅してから二時間が経過したぐらいの時間。
外の雨は小雨にようやくなったのが窓越しから分かる。明日は天気予報によると晴れるそうだ。明日は、庭園を少し案内してやろうかと考え、思わず鼻歌をする。少ない楽しみが一つ増えたような気がしたからだ。
考えてみれば彼を下僕にしてから私の日常が僅かながらに変化したのだ。
最初はゴールデンウィーク明けからの学園生活の暇潰しで下僕が欲しいと思ったのだ。だから、学園の情報から狙い目の生徒をピックアップして、最有力候補まで残ったのが京橋龍太だ。
だから彼を下僕にするために、脅しに使える仕込みをいくつかさせた。ゴールデンウィークに生徒会と青春委員は旅行に行ったはずだ。それはこちらが仕掛けた罠だと知らずに。
だけど、セバスティアンの連絡からことごとく失敗、または彼にスルーされていったと伝えられた。そして、一番可能性的には低いだろうと考えていた、坂上奈央の彼氏が浮気してて落ち込んでるよ大作戦に彼は引っ掛かった。
彼女の作戦には曖昧な要素が多々あり、京橋龍太の行動に左右され過ぎるものだったので、セバスティアンから引っ掛かったとの連絡を受けた時も期待はしていなかった。しかし、京橋龍太の気まぐれな行動が良い方向に転がり続け、結果的にあのツーショットが撮れたのだ。
思わず高笑いを上げていたのを覚えている。
あの時は、はしたなかったわねぇ。
そう思いつつも、少しクスクスと笑う。
思い返してみれば、下僕なんて一度も持ったことなかったわねぇ。だから、時折下僕にはなんて命令すべきなのか分からない時があるわぁ。……でもぉ、そろそろ彼を下僕から昇格させて上げなくもないけどぉ。
脅されて下僕になったから京橋龍太が私を恨むのは分かる。いや、それが普通。それなのに、彼は私を気にしてくれている。例えば、私が一人でいる時。周りからすれば見慣れた、または聞き慣れた光景。私自身も慣れたこと。それでも彼は鈍感なのか馬鹿なのか知らないが、私を気にかけて喋り相手になってくれる。
……彼から下僕というのを取っ払っても変わらずに私と接してくれるだろうか。友達になってくれるだろうか。淡い期待を少しは抱いてしまう。
しかし、そこまで考えて嫌なことを思い出す。
あれは昔の事。それでも思い出してしまうだなんてぇ。結構トラウマになってるのかもしれないわねぇ。
安易に都合の良いことを考えるのは止めよう。少なくとも、彼は私の下僕だ。これは間違いない。だけど判断を間違えれば、またあんな事になるのかもしれない。……もう、あんなのはごめんだ。
私の部屋には小学校や中学校の時の卒業アルバムはない。全て破り捨てた。クソみたいな日々を過ごし、思い出したくもないクソみたいな思い出。最悪だ。
ふと、窓越しに自分の醜い顔が映り我に返った。
いけない、いけないわぁ。私はあれぐらいじゃへこたれない強い子になったんだからぁ。一人でも私は大丈夫よぉ。
そう自分に言い聞かせ、再び窓に映る自分を見る。
皆とは違う、髪色。白い肌。
天然物の綺麗な金髪を指で触る。
昔はこれのせいにしてぇ、よくお母様に色々と言っちゃったわよねぇ。さて、そろそろ寝ようかしらぁ。
自室に戻るために廊下を一人で歩いていると、お父様とお母様の部屋から二人の声が聞こえてきた。
お父様、いつの間に帰ってきてたのかしらぁ。
そう思い、お休みの言葉を言おうとその部屋の前まで歩き、入ろうとドアノブに手をかけた時だった。
「それってぇ!あの子をその会社の息子さんに嫁がせるってことぉ!?」
息が詰まる。今のはお母様の声だ。
え?え?えぇ?嫁ぐ?あの子?
「あぁ、悪い話じゃないと思うのだがな。この家のためにも、あの子の将来の幸せのためにも」
次はお父様の声。
気づかぬうちにドアノブから手を離し、茫然自失と部屋の前で立っていた。
「確かにぃ、それはあなたの言うとおり悪い話じゃないと思うわぁ。えぇ、娘思いで良い話なのかもしれない。それでも、あの子には選択する権利があるはずよぉ」
「ああ、分かっているとも。だからこそのあの学園だろ?ちょうどその息子さんも同じ学園に通っているようだし何かと都合がいいだろう」
「かもしれないけどぉ……」
そこで聞いていられなくなった。耳を塞ぎ荒くなる呼吸のまま俯いた。そして、気付かれないように。逃げるように立ち去った。
今聞いた話の内容を理解したくなかった。それでも鼓膜を心を大きく揺らした言葉は彼女の中で再生され続ける。逃げても逃げても逃げられない。
自室に辿り着き、真っ暗な部屋で一人蹲る。
……私は、どうなるのぉ。
ランページプリンセス。本当の名を花園ミーナには重くのしかかった。




