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お嬢様と下僕5

 雨は降り止むことなく、昼休み、放課後と時間が経つにつれてその激しさを増していた。

 最後にホームルームを終えて、教室の生徒たちは自由に話していた。会話の内容といったら大体がこの大雨についてになるのだが。


「うへー、これ帰る時には止んでいてほしいもんだわ」

 そう言って逢沢は外を眺めながら呟いていた。


「そうだなー」

 俺はそう言って窓側の席ということもあり、すぐ横にある窓の鍵を閉める。

 こりゃ、折りたたみ傘じゃキツいな。帰るにしても、もう少し頃合いを見計らってからの方が良いような気がする。


 なんとなくスマホでこれからの天気予報を確認する。

「あー、これは、やってるわ。ここで残念なお知らせです。この雨が降り止むのは俺たちが寝ている時間になると教えてやろう」

 時間ごとの天気予報ではずっと傘マークだし、大きな雨雲が覆っている。もう折りたたみ傘で帰宅するのは確定事項のようだ。


 俺のお知らせを聞いた逢沢は嫌そうな顔をしていると、他クラスの同じ部活の友人が廊下から顔を出し彼の名を呼ぶ。

「んじゃ、部活行ってくるわ」


「バスケ部は雨とか関係ないもんな」


「体育館が蒸し暑くなる。かなり地獄だぞ。巨大な換気扇でも付かないかなー」


「絶対無理だろ」


「だな。それじゃあまた明日なー」

 そう言い残し逢沢は待たせていた同じ部の仲間と教室を出て行った。

 

 まだ教室には部活に入っているたくさんの生徒が残っている。基本的には屋外でする部活の面々だ。筋トレ、体幹、階段ダッシュ、校内ダッシュなどなど聞くだけで憂鬱になってしまうメニューをすることになると分かっているので、ギリギリまで教室に残り粘っているのだろう。

 俺には関係のない話だ。


 ゴールデンウィーク課題に悪戦苦闘しているであろう、お嬢様の相手でもしようかと思ったのだが、姿がない。机の横には鞄も掛かっていないのだ。

 あれ、どこ行った?

「本当、仲がいいのねぇ」

 突然俺の横から声が聞こえてきたので思わず驚く。

「なに驚いているのよぉ。ほら、さっさと青春室に行ってきなさいよぉ」

 呆れた様子で俺を見てくる。そして明らかに見せつけるようにため息を吐き出した。


「お嬢様は青春委員に何か用があるのか?」


「あなたねぇ、私が今日の朝言ったこと忘れたのかしらぁ?今日の放課後は青春委員として働いてきなさいってことぉ!」


「あー、はいはい、覚えてますともー。それで、お嬢様はもう帰宅するのか?」

 

 すると、お嬢様は腕を組み不機嫌そうに俺を見る。そして口を尖らせながら言った。

「課題をやらなきゃ帰れないじゃなぁい?そんなことも分からないのかしらぁ?第一、下僕であるあなたが、もっと優秀ならもう終わってるようなものなのよぉ!それをあなたは、分からないところを仕方がなく聞いてあげてるのにぃ、フィーリングだとしか言わないしふざけてるのかしらぁ!?」


 どうやら相当お怒りらしい。ここは素直に謝っておくのが最善手。

「申し訳ございませんでした。お嬢様にはフィーリングという魔法の言葉一つで理解し問題を解き明かす能力が備わっているに違いないと思っていたので」


「へぇー、相変わらず私を馬鹿にする口は達者のようねぇ?……もういいわぁ。疲れるだけだしぃ」

 そう言ってお嬢様は手に持っていた鞄を面倒くさそうに肩にかけると。

「ということだから、私は自習室で課題をするわぁ。終わったら来るように」

 そして、廊下へと出ていき姿を消した。

 

「俺も行くか」

 そんな独り言を呟き、青春室へと向かったのだ。

 

 そしていざ青春室を前にすると、中々入りにくい。

 そもそもここに来るのだって一週間ぶりぐらいなもんだし、暫くは青春委員として働かなくていい的なことも言われてたはずだし、とにかく入りにくかった。

 え、なにこれ?こんな難易度高かったっけ。


 心を整えるためにも数回深呼吸をする。そして、扉に手をかけた。俺は青春委員。だからノックなんてしてやらない。いざ、オープン!

 イメージでは勢い良く扉を開けているのだが、実際は遠慮気味にチョロチョロとゆっくりと扉を開けたのだ。


 俺は中の様子を窺いながら入る。


「あら、来たのね」

 そう言って白石は意外そうな顔をしている。

 そしてその横にいる春風は目をパチパチしていた。

「ようやく下僕生活から解放されたんだね!」


「そうじゃねーよ。そして下僕生活は俺から望んだの!」

 俺はそう言って、二人の前に座っている生徒に目を向けた。相変わらず背中を向けているが長い脱色された長髪と蝶の髪飾りで誰か分かる。

「よう、鮫島は元気か?」


「彼は最近、三年の生徒会の皆さんや三年の青春委員との話し合いに行ったりしてて大変そうです」

 そう言って紅茶の入っているであろうカップに口を付ける。


「西宮はサボりかよ」

 俺はそう言って、春風と白石に詰めてもらいいつもの位置に座る。


「サボりのように見えますか?まあサボってるんですけどね」

 あっさりとサボりを認めた西宮はくつろぐように背もたれにもたれかかって目を閉じた。まさかここで昼寝でもするつもりだろうか。あまりにもくつろぎ過ぎているように見える。


 白石はため息を吐き出し。 

「ここのとこ、いつもこんな感じなのよ。放課後になってフラフラとやって来ては紅茶を飲んで家のようにくつろぐ。生徒会としてどうなのかしら」


「失礼なこと言ってくれますねー。一応これでもやる事をやってからサボりに来てるんですよ。それに今は、待ってるんですよ。だからやることが無い。暇だ。そうだ、青春委員を冷やかしに行こうってなってるんですよ。こっちの気も知ってくださいよ」


「邪魔しに来てるようにしか見えないんだけど。ていうか、依頼者とかが来た時はどうしてるんだよ」


「その時はすかさず、この子を追い出してるわ」

 そう言って白石は西宮に指をさす。相変わらず西宮はくつろいでいる。今にも寝てしまいそうな程に。


 この様子だと特に急ぎの依頼などは無いのだろう。俺もくつろぐように足を伸ばして。天井を見た。

 相変わらず、ここは居心地が良いな。


「なんだか、三人でこう集まるのってなんだか久しぶりだね!」

 春風は嬉しそうにそう言って、白石と俺の顔を覗く。


「そうだな。久しぶりだよなー。ていうかそもそもここ一週間ぐらいは春風と会ってなかったよな」


「そうだよー。私と水穂、めっちゃ気を遣ったんだからね」


「何に気を遣うんだよ」


「逢沢くん?がわざわざ伝えに来てくれたんだよ。ランページプリンセスの前で京橋くんと話したり、どこかに連れて行こうとすると不機嫌そうになるから気をつけなって。だから依頼が入っても事の詳細を全然伝えてなかったでしょ。なんなら依頼が入った事すら伝えてないまであるね!」

 楽しそうにそう言って胸を張る。

 ただでさえ彼女の大きな胸が余計に強調される。これは犯罪だ。っていうのは今はどうでもよくて、今の春風の言ったことが本当ならばこの短期間の間に複数の依頼がこの青春委員に入ったという考えが出来る。負担がかかっていたのは俺よりも彼女たちだったのかもしれない。ほんの少し、申し訳なく思った。


「ところで、俺がいなかった間の青春委員は無事に依頼をこなせているのか?」


 すると、白石はなぜかフッと鼻で笑い。

「随分と自己評価が高いようね。いつの間にあなたはこの青春委員のキーマンになったのかしら。下僕君?」


「ほおー、言ってくれるじゃねーか。四月だ。前の月の依頼達成に俺は自分の体を痛めながらも分からず屋を説得してみせたぞ」


「でも、そのあとに来た依頼ではまさかのターゲットを間違えて危うくカップル成立出来なくなるところだったわね」

 そう言って白石は勝者の笑みを浮かべる。

 そして追い打ちをかけるように。

「確かにあの時は予想外だったよね。京橋くんが元気に飛び出して、全く関係ない人に話した時には終わったって思っちゃったもん」

 そう言って春風は悪意の無い純粋な笑顔で俺の傷口を一気に開く。


「……ケ、ケースバイケースでキーマンになるんだよ。俺は諸刃の剣」

 苦し紛れに言い、無駄に出しゃばるべきでは無いと理解した。


 すると、目を瞑って静かにしていた西宮のポケットから着信音が鳴り響く。面倒くさそうに彼女はそれに応答すると。

「あー、はい、そうですか。決まりですか。面倒くさいことしてくれますよねー。じゃあ詳しい事は後日で間違いないですね。……了解です。お疲れ様でしたー。では、生徒会室で」

 そして西宮は通話を終えると立ち上がった。


「あら、ようやく仕事を貰えたのかしら」


「とびっきりの嫌な仕事が決定しちゃいました。まあ、暫くはここに冷やかしに来れないことを考えると残念ですねー。ようやくいじり甲斐のありそうな京橋君が来たというのに」


「俺がここに来たのもお嬢様の気まぐれだ」


「そうですか。……お嬢様ね。さて、今回決まった仕事というのにはあなたがた青春委員も大きく関わることになるので身構えといてくださいね」

 それだけ言って彼女は出ていこうとするが。

「どういうことか、少しぐらい教えてくれてもいいんじゃないのかしら?」


 白石の呼び止めに西宮は足を止めてこちらを振り返る。

「ランページプリンセス。京橋君にとってはお嬢様の人生におけるターニングポイントになると同時に、選択によっては青春委員のターニングポイントになるかもしれない仕事ですよ」

 止めた足を動かし青春室から出ていったのだ。


「なんだか、大変そうな仕事だよね」

 ハハハッとから笑いをする春風。


「ええ、そうね。彼女が関わる上にターニングポイントだなんて言われると、嫌でも身構えてしまうわ」

 そう言ってカップに残っていた紅茶を飲み干す白石。


 お嬢様と俺たち青春委員にとってのターニングポイント。青春委員が関わることから恋愛関係だとは予想が出来る。が、お嬢様が関わっているのだ。もっと予想の上をいくような事なのではないかと思ってしまう。そして、ターニングポイントというのが、引っ掛かり続けて気持ちが悪い。

 恐らくまた、西宮からより詳しくなった事の詳細を受けるだろう。青春委員にしてお嬢様の下僕である俺の耳に入れないはずがない。

 

 そうして不穏な空気を残した西宮が出て行ってから後のしばらくの間、俺は久しぶりにこの空間で三人で過ごしたのだった。

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