お嬢様と下僕4
それから、お嬢様のゴールデンウィーク課題が予定していたところまで進み、ようやく帰宅できると思った時だった。
頃合いを見図ったように教室の扉が開かれ、一人の男子生徒が教室に入って来たのだ。
見かけない顔だなー。
そんなことを呑気に思っていると、その男子生徒はお嬢様の側まで来ると突然跪き。
「三年四組、河原投打です。あなたのことが好きです!」
「そう……」
お嬢様はつまらなさそうに呟く。
俺は両極端のお嬢様と男の様子を交互に見るだけだ。今の状況をいまいち理解できてない。
お嬢様はチラリと教室の時計で時間を確認する。
「今からでも大丈夫かしらぁ?」
「はい!準備は万端です!」
「分かったわぁ」
お嬢様はそう言って、スマホを取り出し誰かに連絡をする。
男の方は未だに状況を把握出来てない俺を目の端で睨みつけてくる。理由は分からないが、良いようには見られてないのは流石に分かる。
俺なにかやったか……?ていうか三年生と関わりなんか殆ど無いし。突然告白したと思ったら、お嬢様は電話するしわけが分からねえ。
俺は相変わらず睨みつけられていたので、気まずそうにお嬢様の方を見る。
お嬢様は電話相手と、つまらなさそうに喋っていたが最後に。
「ありがとう。セバスティアン」
そう言って電話を終えた。
「さてぇ、それじゃあ今から行くわよぉ。それで、河原……ホニャララさんは先にいつもの場所に行っておいてもらえるかしらぁ?鞄の準備をしなくちゃいけないしぃ」
お嬢様がそう言うと、河原ホニャララ先輩は力強く頷き教室を出て行った。
そして、何事も無かったように鞄に教科書などを詰め込んでいくお嬢様に質問せずにはいられなかった。
「ちょーっと待ってくれお嬢様。俺は全然この状況を掴めてないんだが!どういうことなんだ?」
「あなた、……。ホントに知らないのぉ?」
「本当に何も知らん。どういう状況か教えてくれよ」
するとお嬢様は呆れたようにため息を吐き出してから、鞄を肩にかけて言った。
「百聞は一見にしかずってね。聞くより見た方がすぐに分かるわぁ。行くわよぉ」
「は?どこにだよ」
「こう言われてるんじゃないかしらぁ。放課後の決闘てねぇ」
そう言われた俺は学園の正門付近から大きな歓声が突如として湧き上がったのに気がついた。
思わずお嬢様の後を追うように廊下に飛び出し、外を確認するように窓から顔を出す。すると、案の上歓声の原因となった存在が学園に入ってきたのを確認した。
セバスティアン。お嬢様からそう言われている男がピシッと背中を伸ばして歩いているのだ。
……マジでか。
「早く行くわよぉ」
お嬢様はそう言って先々と歩いていく。俺はそんな彼女の後を追いかけた。向かう場所は、これから始まるショータイム。
今まで沢山の男子生徒がボロボロにされてきた決闘場。噴水広場前だ。きっと騒ぎを聞きつけた生徒達が大きな円を作って群がり、コロシアムが自然と形成されているに違いない。現に、校舎の中へと走って入って来る生徒たちは、興奮気味にそれが窓から見える場所を探し求めている。
告白一つでここまでなるのだ。やはり、お嬢様はプリンセスなだけある。
校舎の外に出ると、予想通り人のコロシアムは出来ており、お嬢様を見つけた観客たちが口笛をバカみたいに吹き、待ちくたびれたように叫び声を上げる。
「邪魔よぉ。そしてあなたは付いて来なさぁい」
お嬢様がそう言うとコロシアムは形を変えて中央へと向かう道を作る。そして俺はお嬢様に連れてかれた。
コロシアムの決闘場へと入るとお嬢様は立ち止まり腕を組む。もちろん俺もつられてお嬢様の横で立ち止まるが、正直言って居心地が滅茶苦茶悪い。俺がお嬢様の下僕的な存在になったと把握していない他学年の生徒などは、アイツは誰だと口々に指をさして言うからだ。
そんな肩身の狭い思いをしていると、決闘場の中央で立っているセバスティアンに対峙するように一人の男子生徒が名乗りを上げた。
「河原投打だ!今ここであなたに決闘を申し込む!!」
その瞬間、周りの観客たちは大きく盛り上がった。
そしてセバスティアンは。
「お受け致しましょう」
そう言ってしまったのだ。
俺は横にいるお嬢様にだけ聞こえる声で話しかける。
「なあ、なにも告白一つでここまでする必要ないだろ?嫌ならお嬢様が嫌って断れば済むだけの話じゃないのか?」
「私が断れば、私がそういう人間だと思われるじゃなぁい。悪い風評被害とか、名前に汚れがつくのが嫌だからねぇ。だから、それを防ぐためにも告白されてもセバスティアンを倒してからねってことになるのよぉ」
「だからってなぁ、ボコボコにするだけだろ?よくこんなことを学園は黙認しているもんだよ」
「簡単な話よ。私の家が、学園の運営の一部に関わってて援助もしてるからよぉ」
「さらっと凄いこと言ったな。……だから、学園も黙認できるのか」
そんな話をしていると決闘者の河原はファイティングポーズを取る。迎え撃つセバスティアンはゆったりとしていてリラックスしているように見える。だがきっと、相対する河原から見ればそれだけで威圧されている気分なのだろう。
確かにセバスティアンが負ける気が全くしなかった。
だが万が一、河原がセバスティアンを倒しお嬢様とお付き合いするようになれば。他学年の恋人になるので青春委員の目標とは違うから、青春委員からしてみれば美味しくない。青春委員からしてみれば、河原投打とかいうポット出の先輩はとっとと負けて退散してもらいたい。
この決闘の開始の合図は、どちらかが先に攻撃を仕掛けた瞬間だ。誰にでも分かる暴力的な合図。
セバスティアンから仕掛ける気配は微塵もない。
そして緊張からか汗を流し始めた河原は、いても立ってもいられなくなったのか突然セバスティアンに向かって飛び出した。
これが始まりの合図。
河原は力一杯に握り締めたであろう拳をセバスティアンに振る。だが大振りのためかいとも簡単にかわされて、拳は空気を無駄に殴りつけただけ。
大きく体勢が前屈みになった河原の腹にはセバスティアンの拳が叩き込まれていた。そして、河原が悲痛の叫びを上げる前に、セバスティアンの蹴りが先輩の頭を捉えており雑に投げられた人形のように転がり倒れた。
やがてお嬢様は手を叩いて。
「はい、これで終わりよぉ。早く、この河ナントカさんを保健室に運んであげてねぇ」
その声を合図に、体格のいい男子生徒数人と保健室の先生が飛び出してきて河原を運んでいった。
やがて人のコロシアムは姿を失い、気づけばいつもの放課後。部活の声が聞こえてきた。それでも、いつもより興奮気味だった。
俺は息を吐き出し、変に入っていた肩の力を抜く。すると、襟を正したセバスティアンがこちらに歩いて来て。
「お帰りになりますか?」
「えぇ、帰って課題の続きをやらないとだしぃ。そういうことだから今日はお疲れぇ」
そう言ってお嬢様とセバスティアンは学園を出ていった。
再び俺は息を吐き出した。セバスティアン。お嬢様の前では穏やかな表情を崩さない男が、たった一瞬で別人のように切り替わるのだ。
「……帰るか」
帰宅するために、地面にくっついていた足を動かした。
それから、俺の日常はこのお嬢様の下僕であることが当たり前になりつつあった。そして、お嬢様の下僕になってから一週間が過ぎていったのだ。
● ● ● ● ● ●
トイレから連れションを終えた俺と福井は、一階の自販機の前までやって来ていた。こんな朝から流石に購買は開いてないのだ。
福井は自販機に小銭を入れると。
「何飲みたい?」
「スポドリの気分だよな」
俺がそう言うと福井はスポーツドリンクのボタンを押した。そしてそれを受け取り口から取り出すと俺に渡したのだ。
「え、なに?急にどうした?今までこんな事なかっただろ?気持ち悪いぞ」
「おいおい、奢っただけでその反応かよ。龍太にスポドリを奢るのに理由がいるとでも?」
「絶対に裏があるようにしか思えないんだけど。俺の知ってる隼はこんな事しないやつだ」
「同じ京都府民のよしみだろ?理由はいらねえよ」
「理由によるが、……。スポドリを俺に奢った理由が何か頼み事をしたいからとかなら聞いてやらんでもないぞ?」
「そうか龍太!そうかそうか!じゃ、今から言うぞ!」
そう言いながら福井は満面の笑みを浮かべる。
やっぱり裏あるじゃねえか。そう口には出さず心の中で思っておくだけにした。恋愛関連の頼み事なら青春委員としての目標達成に繋がるかもだからな。
そして福井は俺に頼みを打ち明ける。
「今からでもサッカー部に入らないか?」
「断るわ」
くだらない頼み事だった。
何故だと喚く福井をよそに俺は小さくため息を吐き出した。
そりゃあ、俺はスポーツ入試法でこの学園に入学したから、そのサッカー部に入ってて当然なのかもしれないけどさ。俺はサッカーを辞めた身、出来ない身だ。この学園のサッカー部には入らないと入学式が始まる前から伝えてある。
まあ、俺も汚い手を使ったとは思うが。
物思いにふけっていると視界の端っこで見覚えのある顔が見えた。河原投打とかいう人だったはずだ。
河原はどこか人目を気にするように校舎裏の方へと足を動かす。
そして、俺が河原を目で追いかけていたのに気がついたのか、福井は喚くのを止めて。
「あー、あの人。最近の放課後の決闘で瞬殺された先輩だろ?丁度部活の休憩中に保健室の方に運ばれてったところ見たぞ。いつも思うけど、あの白髪の男の人凄えよな」
「ああ、凄かったぞ」
「だよなー。つーか今回は龍太は特等席で見てたんだろ?どうだった?」
「凄かったぞ。……なあ、隼。もうすぐチャイムが鳴りそうな時間になると思うのだが、校舎裏に行くのって不自然じゃないか?」
「言われてみればそうだけどさ。あれじゃね?トイレがどこも埋まってて、我慢できなくなったから校舎裏でしちゃえって説」
「そうならいいんだけどさ」
結局、俺と福井は河原の後を追うことなくそれぞれの教室に戻った。
チャイムが鳴り、朝のホームルームが始まる。今日もこれからお嬢様と下僕の生活が本格的に始まる。
俺はチラリとお嬢様を見て、少し考えた。河原投打が何かお嬢様に対して悪い事をするのではないかと。そして下僕である俺がどんな形であれ巻き込まれないとは思えない。あれだけ睨まれてたもんな。そんな俺の無駄な考えが独り歩きする。
まあ、俺の考え過ぎならいいんだけどさ。なんか嫌な感じがするんだよな。
考え過ぎたとため息を吐き出して外を見る。
どうやら今日の天気予報は当たりのようだ。空には分厚く黒い雲が広がり、今にも雨をふらしそうだった。




