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ようこそ青春委員へ1


 閉じている瞼が重い。まだ眠っていたい。だがそれに反してもうこれ以上は眠れないと体が伝えてくれる。体を横にしているだけで辛い。


 ああ、もう起きるしかないか。

 ゆっくりと瞼を開けていくと光が差し込んでくる。


「あ、ようやく目覚めましたか。これで先生も一安心です」

 そう口にしたのは担任の黒崎優(くろさきゆう)。去年からこの学園の教師となった新米教師だ。そして、俺のクラスの担任にして男子からは年上天使と言われている。


 俺は寝ていた体をゆっくりと起こす。

「緊急学年集会で俺が新たな青春委員のメンバーに選ばれてしまうっていう夢を見ていたんですが」


「それは夢でなく現実ですよ」

 椅子に座ったまま真っ直ぐと俺を見る黒崎先生。

 ちょうどそこに木に隠れていた太陽が顔を出して、眩い日差しを黒崎先生は浴びた。

 まるでその姿は天界から舞い降りた天使のよう。


「なんだ目の前に天使がいるじゃないか。リアルに天使なんているわけないし、これは夢だな」

 俺は眠ろうと、めくれていた布団を掴んで就寝の体勢に移る。


「私は天使じゃないですうー」

 黒崎先生こと、年上天使様は叫びながら眠ろうとする俺を阻止してくる。

 おそらく天使と言われるのに反発しているのだろう。一年の時に男子たちが黒崎先生を見るや否や所かまわず天使だと野次を飛ばしていたからだ。そのおかげか、今ではもう恥じらう天使にグレードアップしていらっしゃる。

 俺は妙なエロスを感じると同時に、背徳感が押し寄せてきたので天使といじるのはここまでにすることにした。


 寝ていたベッドから降りて上履きを履く。


「倒れたわけですし、あまり無理をしない方が・・・・」


「大丈夫ですって。ていうか、さっきまで俺から布団を奪い取ろうとしてた先生に言われてもな」


「先生をバカにした京橋(きょうばし)君に問題があるんです」


「黒崎先生をバカにはしてませんよ。むしろ、ありのままに言っただけです。天使に天使と言うことのなにが間違いなんです?」


「職員会議で教員全員の前で天使と言われ過ぎですよと注意をされた身にもなってくださいよ」


「それはイタイですね」


「あの時は地獄でした・・・・」

 思い出したのか体をぶるっと震わせた黒崎先生。冷気で体が冷えたのだろうか。うん、違うだろうな。


 流石に可哀そうに思えたので俺はそそくさと保健室を後にした。

 体は別になんともなく。疲労がある感じではなかった。だが、気持ちは進まない。そのせいか、歩く足取りはいつもより遅く、上履きが重りのようにも感じた。


 保健室や職員室などがあるのは本館の一階で、前の廊下を歩く生徒たちはあまり見られなかった。五限と六限の間の休み時間だからであろう。この時間帯は大半の生徒が教室内で過ごす。

 

 黒崎先生と並んで階段を上っていく。


「ちなみになんですけど、俺が青春委員に入るのはいつからの予定ですか」


「緊急学年集会で生徒会の西宮(にしみや)さんが、京橋(きょうばし)龍太(りょうた)と発表した瞬間に青春委員に配属されましたよ」


「本当に本人の意思とか完全無視なんですね。ていうか、もうすでに女の子とお付き合いどうこうできる俺の青春は終了なのでは!?」


「終了なのではではなく、終了しちゃってますねー。京橋龍太はオワコンですね」

 あのー先生?俺に何か個人的な恨みとか持ってます?


「まあ青春委員として頑張ってください」


「ふざけやがって!部活もしてなくて成績も微妙な俺をピンポイントで青春委員に入れたとしか考えられないです。もはやこれは陰謀としか考えられません」


「もし本当に部活と勉強が原因だとしたら、京橋君の自業自得のような気がしますね・・・」


 そんなやり取りをしているうちに二年生の教室が並ぶ三階にたどり着いてしまった。

 廊下に出てお喋りをしている生徒たちは動かしていた口を止めて、視線を俺に向けてくる。それを何かの合図だと言わんばかりに、廊下に出ていた生徒の注目の的になってしまっていた。


 黒崎先生は心配するように俺の顔をちらりと見てきた。だが何も言い出せず口を閉じていた。


「いつの間に有名人になったんですかね?」


「緊急学年集会ですね」


 どこか安心したように黒崎先生は返事をした。

 こんな異常な状況にもかかわらず委縮する様子のない俺を見たからだろう。

 これ以上気にかけてもらうのは何か違うような気がする。俺がしっかりしていれば問題ないのだから。


 すれ違う生徒の中にはクラスメイトもいたのだが目が合うとすっと明後日の方向を見られていた。声をかけるにしてもかけにくいのだろう。


「ま、時間が解決するだろ」

 俺はそう呟いて自分のクラスの教室に入り込んだ。扉は開いたままだったのでポケットに手を突っ込んだままだ。


 すると何かを察知したのかクラスメイト達の話声は鳴りやみ視線は俺に向けられている。だが誰も近寄ってこようとする者はいない。


 なんだか悪いことをしたような気分になる。

 居心地悪いな。


 自分の席に着席するとため息を吐き出し、椅子に深くもたれかかろうとしたのだがどうしても視線が気になる。

 顔を机に伏せて寝たふりでもしようかと考えたのだが違うような気がしたので、頬杖をついて外の景色を眺めることにした。

 窓際の席で良かったとここまで思ったのは生まれて初めてだ。


 この雰囲気じゃ気にするなって言っても無理があるよな・・・・。

 

 六限目を開始するチャイムが鳴り響いた。皆各自の席に戻り号令係の起立、礼、につられるように授業開始の挨拶をする。

 いつもはもっとがやがやしているのだが、今日はやけに静かだった。


 六限目の授業は国語で黒崎先生の担当教科だ。


 俺は教科書とノートを開けて再び頬杖をついた。自然とため息を吐き出す。

 ため息には精神を落ち着かす効果があると誰かが言っていたような気がしたが、十分に落ち着いている。テンションは落ち込んでいくばかりだが。


「いやだなあ・・・・」


 すると窓の外に見えるグラウンドから大きな笑い声が聞こえてきた。

 俺はすっとそちらに目を向ける。


 笑い声の主は男子生徒たちで、彼らの中心には別の男子生徒二人が元気に楽しそうにじゃれあっていた。体育の授業中だろう。現に体育教師が見かねて怒鳴り声をあげていた。


 元気に楽しくか。多分それだけで周りの雰囲気を変えてしまうのだろう。


 クラスの雰囲気をどうやって元に戻せるのかを考えながら、気だるげに机に顔を伏せた。寝るわけではない、寝たふりをするのだ!



 周囲が騒がしくなっているのを感じゆっくりと顔を上げた。日当たりが良いせいか思わず欠伸をすると。

「京橋君?目覚めは最高ですか?」

 黒崎先生は額に怒りマークを浮かべてそうな引きつった笑顔で俺の机の前に立っていた。

 怒りながらも笑っている先生は器用だなと思ってしまう。


「先生、寝ていたわけじゃありません」


「へえー。授業終わってからの挨拶の時に一人だけ眠りこけていたのは誰ですか?」


「考え事をすると何も聞こえなくなる体質なんですよ」


「じゃあ、そのノートはなんですか?今日はいつもより書いたはずなんですけどねえ」


 俺はゆっくりと開けられている自分のノートに目を落とした。

「なるほど、これは盲点だ」

 ノートは白紙というだけでなく、なにやら透明な液体のようなものが染みついていた。俗にいう(よだれ)だ。


 黒崎先生はその一点だけを見つめていた。

 あらやだ恥ずかしい。


 俺はすぐさまそのページを破りくしゃくしゃに丸めた後、後ろにあるごみ箱に叩き込んだ。

 クラスメイトは涎について気が付いている様子はなかったので少し一安心だ。


 先生には頭を下げて、カバンの中に持って帰る物を詰め込む。

「先生さようなら」


 そういった瞬間黒崎先生は俺の左腕を力強く握りしめる。目つきはハンターで逃がさねーよと凄みを帯びている。まるで、婚期終了目前にして参加した合コンで獲物を見つけた者のよう。いや、合コンに参加したことないから分からないんだけどね。


「あの、先生この手は、」


「京橋君はこれから一緒に行く場所がありますよね?」


 披露宴かしら。プロポーズにしてはアグレッシブ過ぎませんか。


 黒崎先生は俺に抗うことも許さずに腕を引きながら廊下に飛び出した。

「助けてくれえええええ!」

 俺の叫び声を聞いたクラスメイトが助けに来るわけもなく、ただただ唖然としているだけだった。


 しばらくの間は、前しか見えていない黒崎先生に腕を掴まれて連れ去られていたのだが、周囲の視線がなんだか痛かったので自分で歩くとアピールをして見せる。

 黒崎先生はどこか満足げな表情をしてゆっくりと歩き直した。


「たっく、これからどこに行こうっていうんですか?」

 俺は制服の襟や袖を直しながら言った。ネクタイはゆるゆるなのだが通常運転なのでそのままにしておく。


「どこって、決まってるじゃないですか。青春委員の部屋ですよ。そう、生徒会室ならぬ、青春室!!」


「やっぱ青春委員絡みですよねー」


 渡り廊下を歩いていき別館へと移動していく。

 本館がデカくて図書室や実験室なども入り込んでいたので、別館には今まで用がなかった。だから俺としては初めての感覚だった。


 壁に貼り付けられている案内板を見ると、どうやら別館は委員会活動に使われるているようだ。その証拠として、図書委員室や美化委員室、生徒会室と案内板に明記されている。そして、青春室もあった。

 正しく言えば、一階には青春室Ⅰ、二階には青春室Ⅱ、三階には青春室Ⅲと青春委員の部屋が三つあった。


 これはこの学園特有の決まりで、青春委員は学年ごとに一つ存在してそれぞれがそれぞれの学年の相手をするのだ。分かりやすく例えると、二年生の青春委員は同学年である二年生だけの青春を助けるのだ。つまり、二年生の青春委員は、一年生や三年生のために活動を基本しないという事だ。


「えーとねー。京橋君は第二十五期生だから三階の青春室Ⅲだね。ちなみに、先輩の二十四期生は一階で、後輩の二十六期生は二階だからね」


「そーなんですか」

 俺は適当に相槌を打ちながら窓の外をちらりと見ると、第二グランドとテニスコートが良く見えることが分かった。

 第二グランドは芝生で、テニスコートはハードとオムニコートが四面ずつあるので流石この学園と思ってしまった。


 「さて、到着です」

 黒崎先生はそう言ってとある部屋の扉の前に立つ。


 俺も並ぶように立ち止まり、この部屋は青春室Ⅲだということに気がつく。

 ここが俺の新しい居場所になるのか。


 現在、第二十五期の青春委員は俺以外に二人いることが分かっている。しかし、今まで青春委員とは縁のない生活を送ってきていたため、誰がその二人なのか知らない。性別すらも分かっていないのだ。

 いきなりそんな環境に一人で放り込まれたらホームシックになるかもしれない。ていうか、本当に委員内でホームシックになったとしたら結構恥ずかしいよな。大丈夫、言葉は通じるはずだから。あとはメンタル。


 黒崎先生は扉に手をかけようとすると、いきなり目の前の扉が開いた。

 え、なに?センサーが感知すると自動で開くタイプなの?と思っていると、どうやら違ったようだ。


「あら、黒崎先生と・・・・誰?」

 内側から青春室Ⅲの扉を開けた黒髪の少女はそう呟いて、俺を見ながらかくっと首を傾げた。


 黒崎先生は腰に手を当てて、もうっと言いたげな顔をする。

白石(しらいし)水穂(みずほ)さん、いきなり誰とは可哀そうじゃない?」


「なんでフルネームで私の名前を呼ぶんですか」


「だって、そうしないと京橋君はこの黒髪美人は誰なんだって考え込むよ」


「京橋・・・、なるほど。理解しました」

 白石さんとやらは何かを勝手に理解したようだ。


「私は第二十五期青春委員の代表をしています、白石水穂といいます。よろしく」


「あ、俺は今日からこの青春委員に入ることになった京橋龍太です」


 友好の証だろうか。白石さんからさし伸ばされた手をおずおずと掴んで握手をした。

 黒崎先生はうんうんと嬉しそうに頷いていた。


 切れ長で涼し気な瞳で顔を眺めてくる白石さんと目が合った俺は思わずドキッとしてしまった。

 長い黒髪はきめ細やかで天使の輪がはっきりとしている。まつ毛もはっきりとしており、凛とした顔立ちからどこか大人っぽい色気を漂わせている。体型が少し小柄ながらも、こういう人のことを清純派日本美人と表現するんだろうなと感服せざるを得ない。


 思わず見惚れていると、白石さんはフッと大人びた笑みを見せた。

「あなた、今私に惚れたでしょ?」

 白石さんは初対面の俺にいきなりとんでもない質問を吹っかけてきた。


「は、はあ!?いきなり何言ってんだよ」


「あなたがそういう目をしていたから」

 白石さんはきっぱりと言い切って、俺に詰め寄るように指先を向けてくる。威圧が凄い。


「そういう目ってどんな目だよ。自意識過剰じゃないんですか!?」


「残念ながら自意識過剰ではないわ。これは、事実だもの」


「面白いこと言いますね。俺はお前のことを好きだなんて一回も言ったことないし、思ったこともない!」


「惚れると好きでは捉え方が変わってくるのだけど?」

 そして余裕の笑みを見せつけてくる白石水穂。

 

 くあー、こいつはぜってえ、面倒くさいタイプの奴だ!


 俺は一旦自分を落ち着かせるために深呼吸を挟んだ。

「そもそも、目を見て惚れたかどうか分かるものじゃないだろ」


 白石は右手で自分の長髪をなびかせる。

「私、モテるのよ」


「は?」

 自分から自分のことをモテるって言うやつテレビ以外で初めて見たのだが。

 俺は呆気に取られる。変にぶりっ子ぶられるよりはいっその事清々しいまである。


 白石は何か昔のことを思い出すように遠くを見ながら言った。

「あれは、幼稚園の時。・・・一人目は当時、鼻水垂れのガキ大将ことタイキ君だったわね」


 こいつはダメだ。俺はそう思い死んだ魚のような目で白石水穂こと第二十五期青春委員の代表の長話に付き合わされたのだった。


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