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お嬢様と下僕3

 最悪の選択を鮫島から迫られた翌日。

 俺はお嬢様を待つべく正門が開く前から待機していた。理由は簡単、昨日のお嬢様は正門が開くと同時に登校したらしいのだ。そしてそのお出迎えをできていない下僕の俺はいきなり怒られた。反省を活かしての行動だ。

 俺は大きく欠伸をして壁にもたれた。いつも以上に早起きをしたのでかなり睡魔が襲ってきている。下僕は辛いものだ。


 時間も時間なので、学園は物静か。学園の外でも人気があるわけでなく、時折車が通ったり、朝からお疲れ様と言いたくなるようなサラリーマンぐらいしか目にしない。


 カツカツとこちらに向かって歩いてくる人はよっぽど珍しく、幸か不幸かこんな朝っぱらから出会うとは思っていなかった。

「あら、あなたが早起きなんて珍しいわね。今日は雪でも降るのかしら」


「残念ながら今日は快晴らしいぞ。そう言う白石はこんな朝早くからどうしたんだ?今日が楽しみで楽しみで仕方がなくて寝られなかったのか?可笑しいな。今日はいつも通りの授業で代わり映えの無い日常を送ることになるものだと思っていたんだけど」


 俺がそんなことを言うと彼女は少し可笑しそうに笑い。

「下僕になってから口数が増えたのかしら」


「これは元からだ。んで?今日はどうしたんだ?まさか毎日こんな時間に登校しているわけじゃないだろ?」


「今日はたまたまよ。昨日の夜に自宅でレポート課題をやっていたのだけどパソコンが急にフリーズして壊れちゃってね」


「それは災難だな。USBで保存していたらなんとかなるだろうけど」


「フフッ。私を甘く見ないで欲しいわ。しっかりUSBにちょくちょく保存していたから、途中までのデータは残ってるのよ。何をどう書くのかとかは決まっていたし、覚えているうちに済ませちゃおうと思ったわけよ。この時間帯ならパソコンルームに誰もいないだろうし」


「そういうことね。流石だな。俺はまだ序論しかできてない」

 そう言って、俺もUSBに保存しながらやるかと思う。手間は少しかかるかもしれないが、もしもの時に備えておくのは大事だからな。いきなりデータが全部ぶっ飛んだなんてなったら、やる気を無くして絶対諦めるだろうし。


 やがて校舎から先生がのんびりと出て来た。が、俺と白石の姿を発見するや否や駆け足気味になる。正門を開けに来た先生だろう。


 ふと、白石は言った。

「あなた、……大丈夫なの?」


「大丈夫ってなにが?」


「それは、……下僕にさせられて。今日だってこんなに朝早くから登校させられている。昼ご飯を買いにパシリに使われたり、放課後だってずっと付きっきりだったらしいじゃない。それに周りの目もあるだろうし。肉体的にも、精神的にも……」


「白石がこんなに俺の心配をしてくれるなんて、俺は今感動しているぞ」


「あなたねっ!」


「大丈夫だ。ぶっちゃけ昨日から本格的に始まったし、今から心配してたらもたないぞ?それに、……俺から言い出したことだから心配することねえって。なんなら、S気のあるお姉さん属性のあるやつの下僕になるなんて俺の悲願みたいなものだったからエンジョイしてるぞ」

 笑ってそう言ってみせる。彼女にはきっと強がっているようにしか見えてないだろう。それでも、俺のこの選択は間違ってなんかない。白石と春風。彼女たちを巻き込むわけにはいかない。

 まだ、俺一人で抱えきれる。


 白石が返事をするのに時間がかかった。

 その間に先生によって正門の施錠は解かれる。

 そして正門は開いた。


「そう。なら下僕として頑張ってちょうだい。京橋君」


「ああ。依頼は任せたぞ。白石」

 そして、白石は正門を通っていった。


 正門を開けた先生は俺がなかなか入らないのを見て不思議に思ったのか。

「入らないのかい?」


「まだですね。待ってる人がいるんで」

 そう言って、俺はお嬢様がやって来るのを待つ。

 時間はゆっくりと流れていき、次第に登校する生徒が増えていく。時折、変な目で見られたりもしたが気にせず下僕として待つ。


 結局、お嬢様がやって来たのはチャイムギリギリだった。


    ●     ●     ●     ●     ●     ●


 放課後、俺は黒崎先生とお嬢様がゴールデンウィーク課題について言い争っているのを見て見ぬふりして教室から出た。下僕にしては勝手な行動に見えるかもしれないが、お嬢様には朝伝えておいたから問題はないだろ。

 そう、生徒会に俺が呼び出されたのだ。詳しく言うなら西宮に呼び出された。


 そしてノックをしてから生徒会室に俺は入る。

 中には鮫島の言っていた通り西宮だけが外の景色を眺めながらいた。

 俺は西宮に座るように促され、良い値のしそうな椅子に腰掛けた。


「最近調子はどうですか?何か良いことでもありました?または、悪いことでも」


「調子はいつも通り。そうそう良いことなんかありませんよ。そして今まさに悪いことが起きそうな気がしてますよ」 


「そうですかー。可哀想に。その起きそうな悪いことを教えてくれるのなら、私も最大限協力しますよ」


「なら今すぐここを出て行ってもいいですか?」


「駄目です」


「嘘じゃん」

 俺はそう言ってからため息を吐き出して背もたれに持たれる。大方、呼び出された理由としてはお嬢様関連しかないと考える。するとやはり、青春委員が下僕になってどうしたのかと突っ込まれるのだろうか。


「今日ここに来てもらった理由としては、なぜあなたがランページプリンセスの下僕になっているのかということです」


 うん。まさに予想通り。しかし予想が出来ていたとしても対処するのは簡単だというわけではない。下手にでまかせを言っても裏付けをされたりしたら終わる。ここは無難に白石や春風に言ったことと同じようなことを言うに限る。

 俺はゆっくりと言葉を探して。

「俺から頼んだんだよ。下僕にしてくれって」


 西宮は特に反応することなく。

「なぜそのようなことを?」


「ほら、お嬢様ってば見るからにSだろ?俺の願望がお嬢様のような人の下僕になりたいだから頼んだんだよ。もしかして、青春委員になったらこんなことまで禁止されるのか!?」

 わざとらしく大袈裟に言った。西宮の反応を窺うためだ。という建前を出してみたが本当は特にこれといって理由はない。気づいた時には言っていた。


 西宮はそんな俺を気にすることなく静観する。まじまじと見られている俺としては段々辛くなってきた。少しは言ったことへの反応ぐらいして欲しい。


 西宮は自分の手元にある紙を見るためかチラリと視線を下に落とした。無論、座っている位置が離れているため俺からはそれに何が書いてあるのか分からない。

 やがて西宮は再び俺に視線を戻す。

「本当の事を言えば今すぐその裏にある真相について白状させたいのですが、……。今はいいですよ、下僕で。むしろ学園としては下僕でいてください。彼女に頼られる下僕に」


「すまん西宮。それは俺がお嬢様の下僕のままでいいというわけか?」


「ええ、そうですよ。その代わり、彼女に頼られる仲の良い下僕になってください。これが条件です」


「頼られて仲のいい存在なら下僕は違うだろ」


「学園としては下僕かどうかなんてどうでもいいんですよ。ただ、彼女に、ランページプリンセスにとって重要な存在になってもらいたいんです。そして今その存在になれるかもしれない可能性があるのはあなただけですし」


「いまいちよく分からないな。ていうか、それを伝えるために今日ここに呼び出したのか?」


「いえ、もう一つ伝えようかと思っていたこともありましたけど今はいいです。時期尚早というやつですね」


「そうですかい。なら俺はもう出ていくぞ」

 俺はそう言って立ち上がる。これ以上余計なことを言われる前に退散するのだ。


 すると、西宮は追加するように言う。

「彼女には恐らくバカの言い合える、一緒にいて気楽で相談や頼ることのできる存在がこの学園にいないと思います」


 俺は西宮を見て聞くだけ。

 そして彼女は続ける。

「生徒会としてはそんな彼女を手助けしてあげるのも青春委員の役割かと思います。何も無い青春。そもそも青春という概念が無く大人になってしまうだなんて、あまりにも残酷とは思いませんか?」


「……気が向いたらな」

 俺はそう言って生徒会室を出た。


 西宮が最後に俺に伝えたかったことは分かった。回りくどくハッキリと明言するのを避けるような言い方だったが、俺はお嬢様の下僕だ。昨日と今日で薄々気がついていた。

 だからといって下僕の俺がそんな存在になれるとは思っていないし、なろうとも思わない。お嬢様は俺の弱みを握り脅して下僕にした。そんな相手を信用できるわけ無い。所詮、お嬢様はランページプリンセスなのだ。

 だから俺からすれば西宮の言葉に聞く耳を持とうとは思わない。どうでもいい。


 ふと、話し相手ぐらいにはなってやろうかと思うが、それ以上は違う。騙すような形になればそっちの方が残酷だ。

 だから俺の気が向くことなどないだろう。


 そして教室に戻ると、一人でゴールデンウィーク課題に悪戦苦闘しているお嬢様がいた。俺はそんな彼女の席の前まで行く。するとようやく気がついたのか、お嬢様は顔を上げて俺の姿を確認した。


 ある程度許されている。ならこれも大丈夫だ。


 俺は挑発するように、はたまた馬鹿にするように。

「宿題の調子はどうだぁー?」

 友達のいない一人ぼっちの彼女に言った。

 

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