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お嬢様と下僕2

 やがて放課後は訪れる。いつもなら青春委員として青春室に行くのだが、今の俺は違う。

 お嬢様の下僕として逃げることなく、速攻で帰る用意を済ませる。そして、悠然と教科書などを鞄に詰め込んでいくお嬢様のもとへと歩いた。

「帰る準備はお済みでしょうか」


「えぇ、もう終わるわぁ」

 そう言うとお嬢様はゆっくりと立ち上がり。 

「行くわよぉ」


「はて、どこに」

 

「どこって、買い物しかないでしょぉ?」


「え、お嬢様は登下校は車って言ってませんでしたっけ?ていうかその買い物に行かなきゃいけないのですか?」

 心底面倒くさい。


「当たり前でしょ。あなたは私の下僕。私一人に沢山の重い荷物を持たせるつもり?というかぁ、私の買い物に同行できることを素直に喜んで見せたらぁ?」


「そんなー、素直に喜ぶだなんて。俺は心底面倒くさ―――。いえ凄く嬉しいです!素直に喜ぶことが照れくさかっただけですはい!ところでそれは俺の物!!」

 お嬢様がどこからともなくあの写真を出してきたので、俺は仕舞うように手で抑え込む。あわよくば写真を奪い取ろうとするも華麗にかわされた。そしてニヤリと口の端を上げられる。

 くそっ!この悪そうな笑みに支配されてるのかと思うと腹が立ってくる。警察の皆さん、ここに脅迫してくるお嬢様がいるんですけど!!


 そんな俺とお嬢様の様子を見て、教室に残っていたクラスメートたちはコソコソと話し始める。

 逢沢は呆れたように見てきてたが。

「龍太。また明日な!」


「ああ、またな」

 そう言うと満足したのか、逢沢は部活に向かったのだ。

 

 やっぱあいつは良い奴だわー。

 呑気にそんなことを思っていると、不服そうに唇を少し尖らしたお嬢様と目が合う。その瞬間、理不尽にも足を蹴られた。


「早くしなさい。置いていくわよぉ」


 俺は蹴られた部分を手で撫でる。

 急になんだよ。マジで意味が分からねー。ていうか俺的には置いて行ってもらって、勝手に一人で買い物に行ってもらいたい。

 そんなことを思っても、怖いので口にすることは無い。


 俺は大きくため息を吐き出す。クラスメートに見送られる中、教室を出て行ったお嬢様の残像を追いかけるように、ゆっくりと歩きだした。


 そして階段を降りていき、下駄箱に着くとお嬢様はもう外靴に履き替えており腰に手を当てて。

「遅い!」


「申し訳ございません、お嬢様ー」


 適当にそんなことを言いながら靴を履き替えていると、不意に首根っこを掴まれて後ろから囁かれた。

「舐めてるとここであなたの学園生活を潰すけどいいかしらぁ?」

 声の圧。俺は何も言い返せずに固まった。彼女の表情を確認することも躊躇った。

 冷や汗が浮き上がってきたところで解放され、お嬢様は何事もなかったように。

「早くしてくれるぅ?」


「……はい。」

 そして冷え切った体のままお嬢様と並びながら歩く。


 学園から近くのショッピングモールと言えば一つしかない。以前、遠野(とおの)(ゆい)の尾行で俺と春風が行った場所だ。歩いていくならそこしかないのだ。

 案の定、学園の正門付近にお嬢様が登下校で使う黒光りしている車の姿は無かった。ここから徒歩か。


 何も言うことなく歩幅を合わせながら歩く。すると静寂に耐えられなくなったのかお嬢様は俺をチラリと見て。

「何か面白い話とかないのぉ?」


「……一番困る質問でございます」


「あなたが使うと変な言葉遣いね」


「下僕ですから……」


「そう。なら私が話題を振るからそれについて話してちょうだい。例えばそうね、……友人の作り方、とかねぇ」


「友人の作り方でございますか。友人の作り方」

 俺は少し考える。そういえば今まで考えたことなんて無かったけど、どうやって作ってたんだ。


 逢沢祐一とは、この学園で知り合った。一年の時のクラスが同じで、最初はぎこちない会話でいつの間にか今のような関係性になっている。お嬢様が聞きたいのはそのぎこちない会話のきっかけだろうか。

「例えば、席が隣だから声をかけてみて話す。これから隣同士よろしくとか、次の授業なんだったかとか、遅刻して来て寝坊だとか。面白くてもくだらなくても、言葉を交わしていくことで段々と壁がなくなっていって、友人だとか親友だとかになれるんじゃねえの?……間違えました。なれるのだと思います」

 言い直してから考えてみると、今言ったことは恋愛にも当てはまるような気がした。


 お嬢様は特に反応することなく、ただ無言を貫いていた。何を今考えているのか分からない。つまらなかったのか、はたまた面白いと感じてもらえたのか。まあ、今の話からして前者はあったとしても後者はないよな。


 俺は反応してもらえず不安になってきたので。

「何事も積み重ねだと思います」

 と付け足すと、「そう」とだけお嬢様は呟いた。


 そうして、歩く足を止めることなく時間は流れていくとショッピングモールに辿り着いた。

「ついたわよぉ」


「そうでございますね」


「……あなた、私の下僕なのよね?だからそういう言葉遣いをしてるのよねぇ」


「その通りでございます。なにか気に触ることを言ってしまいましたでしょうか?」


「そういうわけじゃないのだけどぉ。ハッキリ言って気持ち悪いからタメ口で言いわぁ」


「タメ口でございますか?お嬢様にタメ口なんか使うと何されるか分かったもんじゃないでございます」


「変な言葉遣いと一緒に私を悪者扱いするのはやめてほしいものねぇ?」

 足を踏もうとしてくるお嬢様の攻撃を俺は華麗にかわす。


 そして、嘲笑うような目でお嬢様を見下ろし。

「タメ口を許すとこういうことも許されると言うことになりますが、いかがでしょうか?」

 挑発的な態度だ。お嬢様は気づいていないと思うが、冷や汗で寒気がしてる。だが、そうなるのは分かっていた。いつでも俺を潰せるお嬢様にチャンスと見てあえてこんな態度を取る。俺は、試しているのだ。

 幸と出るか吉と出るか。

 

 お嬢様はフッと笑い。

「いいわねぇ、その態度。さっきの話の何十倍も面白いわぁ。これから私と話すときはタメ口、そしてその態度も許すわぁ」


「え、マジで?」


「でも、常に弱みを握られている下僕であるということは忘れないように。いいわねぇ?」


「ああ!任せろ!」

 お嬢様に弱みを握られていることに変わりはないが、それでも俺の精神的負担が軽くなった。その反動か思わず笑っていたと思う。

 その時のお嬢様はというと、素早くそっぽを向いてショッピングモールへと歩き始めていた。だから彼女の表情は分からなかった。が、わずかながらに微笑んでくれているように思えた。


   ●     ●     ●     ●     ●     ●


 それからというもの、お嬢様の買い物に付き合わされた俺は色んなお店の買い物袋を手で持ち肩にかけ、荷物持ちとしての仕事を全うしていたのだった。

 疲弊していく俺をよそに、お嬢様は機嫌が良いのか鼻歌を歌いながら次の店へと入っていく。


 ちょっと、休憩、しよう。

 流石に何も言わずに休憩していると、あとから言われそうなので一声はかけておく。

「お嬢様。ちょっと、休憩したいんで、あそこに座ってるぞ」


「あらそう。分かったわぁ」

 そう言ったお嬢様はお店の店員さんと楽しそうに会話を始めた。


 俺はというと、お店の前にあったソファーに座り込む。

 あー、疲れた。……あいつ、あんな風に笑えるんだな。

 お嬢様は店員さんとの会話で度々、楽しそうに笑っている姿を俺は目にした。もちろん、今も目にしている。


 その光景を見つつ、ふとポケットからメッセージを確認しようとスマホを取り出した。

 メッセージは確かに来ていた。青春委員のグループからだ。内容を確認しようと開けると共有事項のように記載されており、大雑把に把握するために要点だけ目を通してスクロールしていく。

「ようするに、今日のさっきまで新しい依頼者がやって来て依頼を受けることになったということか……」

 そう一人で呟き、特に反応を返すことなく閉じた。

 

 最後の一文に、『今回の依頼は容易そうなので京橋君は基本別行動でよい』と書かれていた。メッセージの送り主は白石だ。


 要するに、とっととお嬢様との下僕関係をどうにかしろってことだよな。まあ、もしかしたら、ほんとに俺がなりたくて下僕になったと思われている可能性が無いわけではない。そう思われてるのは嫌だなあ。

 

 そう思っていると、お嬢様が驚いた顔をしている店員さんの横で俺の名前を呼んでいる。また爆買いしたのだろうか。

 

 俺は立ち上がり荷物を肩にかけ手に持つ。五分後には俺の持つ荷物が増えている。店のレジが潤っても俺の体力が潤うことのない不条理。下僕というのは体力的にも大変なものだ。


   ●     ●     ●     ●     ●     ●


 ショッピングモールを出ると、夕日は殆ど沈んでいた。


「お嬢様。そ、そろそろ。限、界」


「あと少しよぉ」

 お嬢様はそう言って前を歩く。

 

 俺は最後の力を振り絞り、今にも崩れ落ちそうな体で一歩一歩進んでいた。最早前を見る余裕などない。荷物と共に進んでいくことで精一杯なのだ。

 あかん、そろそろ、やばい……。


 そして、ついに体が崩れ落ちそうになった時に。

「ゴール。お疲れさまぁ」

 そう言ってお嬢様は俺を見下ろしながら拍手していた。


「ああ?ゴール?」

 俺が顔を上げると目の前に黒光りしている車が停まっていた。


「ご苦労さまです」

 そう言って白髪の男は軽く一礼をしてから、俺から荷物を預かり次から次へと車の中に積み込んでいく。最早プロの領域。一分もかかることなく、俺が持っている荷物は肩にかけている自分の鞄だけになっていた。


「ああー!体が軽いぞ!」

 俺はそう言って伸びをする。


 すると、白髪の男に見られているような気がしたのでそちらを見ると。

「セバスティアン。買い物は終わりよぉ。帰りましょう」


「かしこまりました。ところでお嬢様、そちらの彼は?」


「ああ、私の下僕になった京橋龍太よぉ。なかなか面白いからイジメちゃだめよぉ」


「イジメたりしませんよ。……そうか、君ですか」

 白髪の男。セバスティアンは、俺を見て数回頷く。何でそんな反応をされているのか理由が分からないから気持ち悪い。俺は首を傾げる事しか出来なかった。


「そーれーよーりぃ!」

 お嬢様は後ろの席の車のドアを開けて飛び乗る。

「どこに住んでるのか教えてくれるなら家まで送らせるけどぉ?」


「ああ、いいよ。スーパーとかにおつとめ品とか見に行きたいし、歩いて帰るわ」


「あら、そう」


「つーことだし、お疲れ。お嬢様」


「お疲れぇー」

 最後の最後にお嬢様はつまらなさそうな顔をして車のドアを閉めた。


 そして俺も行こうかと思ったところでセバスティアンに声をかけられる。

「京橋様、貴方は、お嬢様のご友人でありますか?」


「いいえ。俺は、下僕ですね」

 そう言って笑って返すと、セバスティアンは「そうでしたね」と呟き一礼してから、お嬢様の待っている車に乗り込んだ。

 そして車は発進し、いつの間にか見えなくなっていた。


 さて、帰るか。

 俺は欠伸をしてから財布の残金を確認しようとすると、不意にポケットに入れていたスマホから着信音がなる。

 電話をかけてきたのは、鮫島雅也。

「おーう、どうしたー?」


 そう言うと、電話の相手は歯に物が挟まったような言い方で言った。

『い、いやー。ちょっとねー。……明日の放課後、生徒会室に来てくれない?ていうか絶対来た方が身のためになると思うんだよね』


「なんだよそれ」


『じゃあさ、どっちか選んでよ。僕もこの役割押し付けられて滅茶苦茶嫌なんだけどさ……』


「それは御愁傷様。で、選択肢は?」


『生徒会室で西宮と二人っきりでお喋りか、西宮が教室に乗り込んで来て二人でトークショーをするのか』


 どちらも最悪の選択肢だった。

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