下僕への契約2
ランページプリンセスと契約をしてからというもの。
「あー、喉が渇いたわぁ。これで紅茶買ってきてえ」
「なんで俺が行かなきゃいけないんだよ」
「しゃ・し・ん」
「ハイ喜んでー!」
俺はそう言って彼女から渡されたお金を受け取り、購買へと走っていった。
くそ、なんでこんな目に遭わなきゃいけないんだよ。最悪だ。
購買に辿り着くと、適当に紅茶を選ぶ。
ミルクティーとかピーチティーとかあるけど何が正解なんだ。
そんなことを考える。五限と六限の間の休み時間ということもあり、購買に来ている生徒は俺だけなので周りを気にする必要がなかった。
ミルクティーでいいよな。
「あれ、やっほー!」
そうやって声をかけてきたのは春風だ。そして彼女は俺の手にしてる物を見て続けた。
「紅茶なんて珍しいね。いつもはジュースかエナジードリンクなのに」
「今日はたまたま紅茶の気分でな。それより買うなら早くしろよ、もうすぐチャイムが鳴るぞ」
「そうだね!」
そう言って春風は何を買うのか選び始めた。
俺はミルクティーの会計をする。ランページプリンセスから渡されたお金を使ってだ。今更ながら、奢れと言われていないことに気がつき安堵した。案外、契約と言って脅されたが、パシリ程度で済むのかもしれない。
マシかもな。
会計を終えて購買をあとにしようとすると、後ろから会計中の春風に声をかけられる。
「京橋君。気をつけてね」
「ああ。まかせろ」
ランページプリンセスのことだろう。俺は力強くそう言った。
「―――と、言ったは良いものの」
「早くしなさいよ。私をいつまで待たせるつもりなのぉ?」
「うるせえー!俺は課題をやってるの!土下座をして天使から猶予を今日中までに伸ばしてもらったんだから文句言うなー!」
そう、今は放課後。結局、契約とか色々あったせいで昼休み中にゴールデンウィーク課題を提出することは出来なかった。なので六限が終了とともに教室を飛び出して、他のクラスで授業を終えたばかりの黒崎先生に土下座をして頼み込んだのだ。
ランページプリンセスは俺の隣の席で足を組んで座っている。帰ればいいものを。青春委員に用事があるらしいので俺を待っているらしいのだが、先に行っててくれて全然問題ない。なんなら今すぐにでもどこかに行ってほしい。
「はあー、分っかんねえなー」
俺はそう呟き、最後のページの数学の証明問題を諦めることにした。もちろん白紙では出さない。
『証明問題として出題出来ている時点で証明は完了されている』と、書いてゴールデンウィーク課題を閉じる。なんとか終えることが出来た。
六限目が終わってから一時間半は経過している。
「やっと終わったのねぇ」
「終わったな。ほらほら、俺は今から提出してくるし先に青春室に行ってこいよ。どうせ俺もその後行くし」
「下僕の分際でなに指図してるのかしらぁ。青春委員なのに異性に抱きつかれて満更でもない顔をしてぇ。青春劣等生の神様が見ていたらどう思うのかしらぁ」
「あーあー!ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃ!!」
声を上げて他の生徒には聞こえないようにする。ほんと、油断も隙もありゃしない。
教室に残っていた生徒は何事かとこちらを見てくるが目を合わせないようにした。
「もういいからぁ。先に行ってるわぁ」
そう言ってランページプリンセスは教室を出ていった。彼女がいなくなり大きくため息を吐き出した。
なんだかんだいって物分りはいいのかもしれない。
すると突然、彼女は顔だけ再び見せて笑顔で言った。
「五分以内に来ないと許さないからぁ」
「かしこまりました!」
鞄と課題を乱暴に掴んで教室を飛び出した。
もうこれ、契約じゃなくて脅迫だろ。ぐああぁー!退学の可能性が隣り合わせの生活なんてやってらんねえ!!ストレスでハゲるわ!!
そして職員室に入り、黒崎先生にゴールデンウィーク課題を提出する。
「ギリギリセーフということでお願いします。天使さん」
「アウトにしますねー」
「もう俺の神は死んだんです。お願いします悪気はないんです」
「……本当はアウトなんですけどね。まあ、事情が事情ですからセーフにしますけど。今回だけですからね!これ以上、例外を認めると不公平になるんで」
「それは分かってますよ」
黒崎先生はクラスの名簿の俺の名前のところに丸を書いた。おそらく、課題を提出しているかどうかのチェックだろう。何気なくそれを見ると、うちのクラスでまだ課題を提出していないのは一人だけらしい。誰なのか名前を確認しようとしたところで、その名簿帳をパタンと閉じられた。
俺が舌打ちすると黒崎先生は首を傾げてみせた。
「提出はできたということで、もう行きますね」
「行ってらっしゃーい」
俺は静かに職員室をでる。
「……さてと」
そう呟いたのを合図に全力ダッシュ。もう一分も残されていないはずだ。ランページプリンセスが五分以内に来ないと許さないと言ったのだ。許さないってもうあれでしょ?何かしらの罰を受けることになるんですよね!
減速することなく別館に入り込み、運動部が驚く勢いで階段を駆け上がる。そして、ノックもせずに勢いに乗ったまま青春室の扉を開けた。
「着いたぞ」
そう言って中に入ると、眉間にシワを寄せている白石と、驚いたせいか肩をビクッと上げた春風が俺に目を向けている。
そして、金髪の少女は俺に背を向けたままで来客用ソファーに座っている。
「一分遅刻」
冷たくそう言った。
「遅刻ですかそうですか」
そう言いながら俺はいつもの位置に座ろうとすると、ランページプリンセスは前屈みになって俺のネクタイを掴んだ。
「君ー、そっちじゃないんじゃないのぉ。あと自分の立場をわきまえたらぁ?」
「え?は?」
「だーかーらぁ、私の隣に座りなさぁい」
「え、でも青春委員だし。こっち側、―――」
「下僕は黙って従え」
ギラついた眼光で言われ、俺は渋々ランページプリンセスの隣に座る。つまり、来客用ソファーにだ。
異常な光景に白石と春風は呆然としていた。だが、白石はわざとらしく咳払いをして。
「これは、どういうことかしら」
「俺もなにがなにやらで」
「私が話すから黙ってなさぁい。今日は挨拶に来たのよ」
「挨拶?わざわざランページプリンセスが?京橋君と何か関係が?」
「そうよぉ。まずは今日から復学だからよろしくねぇ。そして。彼、これから私の下僕だからぁ。好き勝手に使わせてもらうわぁ。まあ、空いている時間なら青春委員として過ごしていいからぁ」
「はあ!?」
白石や春風が反応するよりも先に俺が声を上げていた。
そんなこと宣言したら、理由を聞かれないわけがないだろ!こいつ、ここで俺を潰す気か!?
案の定白石は俺と目を合わせ。
「どういうことかしら?」
「い、いやー、俺もなにがなにやらで……」
「彼が私に言ってきたのよ。下僕になりたいって。だから契約してあげたのよぉ。京橋龍太が私の下僕になるということぉ。それを聞いた彼は嬉しさのあまり膝から崩れ落ちていたわぁ」
こいつ!好き勝手に言いやがって!!
白石はため息を吐いてランページプリンセスを真っ直ぐと射貫く。
「もしかしたら、京橋君はS気のある女性の下僕になりたいという願望なり性欲があるのかもしれない」
「そんなもんねーよ!!」
「そうだとしても彼は、青春委員を疎かにしてまでも下僕になろうとはしないわ。ああ見えて責任感はあるから。それに、私にはあなたが京橋君を脅迫して下僕にさせたようにしか見えないわ」
「へえー。信頼しているようねぇ。あなたもそう思うのかしらぁ?」
ランページプリンセスは足を組み、春風を見るように首を傾げる。
今まで余計なことで口を挟むまいとしていたのだろう。だからここで止めていたネジが外れたように勢いよく春風は言う。
「私も、京橋君があなたに脅迫されているようにしか思えない!強い人なんだから!」
「強い?彼のどう強いのかしらぁ?」
「それはっ、……私のヒーローだから!」
春風は力強くそう言って、顔を真っ赤にして俯いた。
俺がなぜ春風のヒーローになっているのかは分からんが良く言ったぞ。俺はグッと拳を握りしめた。おそらく説得力を少しでも上げようと、ヒーローなんて言葉を使ったところだろう。
そしてランページプリンセスはというと、ため息を吐き出し俺だけに聞こえるように耳元で囁く。
「あなたから言ってもらえないかしらぁ。下僕になりたくてなったって」
「はあ!?そんなこと、」
「さもなければ写真を今ここで公開するわぁ。そして、そのまま生徒会にも突き出す。これがどういう意味か分かるかしらぁ?」
「俺の首チョンパだろ?」
「それだけで済めば優しいものよぉ。知らないのかしらぁ?青春委員の一人がこんなことをする。それはつまり、彼女たちにも罰が与えられたりするんじゃなぁい?」
「―――ッ!」
そう言われ俺は言葉を返せなかった。そうか、あの写真は俺だけでなく白石や春風、この青春委員を潰すこともできる利用価値があるというわけだ。そして、どうなるかはランページプリンセスの掌の上にいる俺の選択次第。
そんなこと知ったら、選択肢は一つしかない。
「なにコソコソ話していたのかしら?」
怪訝な顔で見てくる白石。
俺はそれに応えるように、精一杯の作り笑いをした。
「じ、実はだな。今ここで隣にいるお嬢様が言ったことは本当なんだよ……」
「はい?何を言ってるのか分からないわ」
「だから!俺は下僕になったんだよ。下僕になりたいと言ったのも俺。契約を持ちかけたのも俺。全部全部、俺がやったんだ!」
「うそ、嘘だよ」
春風はそう言う。最後まで俺が脅されていると思っているらしい。
それでも俺は。
「嘘じゃない。これが、真実だ」
「そう。分かったわ。疑い続けてごめんなさいね。それでも彼は青春委員。彼の身のためにも青春委員として活動してもらいたいのだけれど、どうなのかしら?」
「そうねぇー。私の下僕だからぁ、多くても週三回ぐらいでどうかしらぁ?」
「分かったわ。それで手を打ちましょう」
白石とランページプリンセスのやり取りが流れていく。
俺は彼女たちの会話に加わることも、顔を上げることもできなかった。目の前で下僕への契約の手続きが行われているというのに。
俺は望んで下僕になるわけじゃない。それでも、望んで下僕になるしかなかったのだ。
「さてと。終わりねぇ。行くわよぉ」
そう言って主人は立ち上がり出て行く。
俺は無言でついていく。彼女たちが俺を今どう見ているのか分からない。それでも、背中に十分過ぎるほど突き刺さり。言葉にならない痛みがあった。




