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旅行と蜜2

 それからというもの、俺たちは温泉街を散策するように観光していた。温泉街ならではの独特な雰囲気を、俺は肌で感じているうちに体調不良のことなんか忘れることができた。見るもの全てが普段の生活ではなかなか見られないものなので心が踊る。

 楽しいのだ。


 お土産に目を光らせてとんでもない量を買おうとする春風を引き止めたり、気まぐれで買食いをして舌鼓を打ち、青春委員と生徒会の垣根を超えた他愛のない会話で盛り上がったり。

 俺はとても充実した時間を過ごした。


「さて、そろそろ旅館に戻りましょうか」


「そうね。これ以上観光していると美咲さんの財布の中が空っぽになる恐れがあるわ」


「酷いよ水穂。ていうかめちゃくちゃ購買欲をセーブしたんだからね!」


「それはお前が異常ってだけだ」

 俺はそう言って、握っている空のペットボトルの存在を思い出した。

「それじゃ、先に戻っといてくれ。俺は適当にゴミ箱見つけて捨ててくるから」


「あら、別に待ってるわよ」


「いやいいよ。気にするな」


「そう。分かったわ。じゃあ先に旅館に戻ってるわ」


「ういうい」

 俺はそう言って彼女たちと逆方向に向けて足を動かした。

 小さな欠伸をする。疲れてるんだということを思い出さされた。

 こりゃ旅館に戻ったら軽く昼寝でもするかな。


「自販機はどこかねー」

 そんな独り言を呟きながら自販機をのんびりと探す。自販機の横には大体ペットボトル用のゴミ箱があるからだ。


 辺りを見渡しながら歩いているとお目当ての物を見つけた。

 しかし、どういうわけか自販機のゴミ箱の前で茶髪の女性がしゃがみこんでいる。


「あのー、すみません」

 俺がそう言うと、その女性は顔を上げてどいてくれた。だが、ゴミ箱の横にちょこんと座っている。


 俺は後ろ髪を掻きながらペットボトルをゴミ箱に捨てる。

 どうしたもんかね。

 その女性が顔を上げた時に確認できたのだが、頬は涙で濡れており、目元は泣き過ぎたのか真っ赤に腫れていたのだ。何かあったということは容易に想像できるのだが、……。


 俺は財布から適当にお金を取り出して、自販機の中に入れてボタンを押した。ガランッと音をたてる。そして取り出した飲み物をその女性の視界に入るように差し出す。

 茶髪を僅かに揺らしながら女性は再び顔を上げた。


「オレンジジュース、嫌いですか?」


「貰っていいの?」


「どうぞ。そのために買ったんですから。貰ってくれないと俺のお金が勿体ないだけです」

 俺はそう言って横に座る。女性はオレンジジュースを受け取るとゆっくりと飲み始めた。

 少し落ち着いただろうか。涙は止まったと思う。


 すると女性はゆっくりと息を吐き出す。

「それにしても、普通こんなところで一人で泣いてる女に声をかける?もしかしてナンパ?弱ってるところにつけこもうとする感じの」


「いやいやいやいや!ナンパじゃないですって!なんかこのまま見て見ぬふりをするのは後味が悪いというか、」


「うんうん、いいよそういう事にしといてあげる」

 そう言って女性は笑った。


「はあー、もう元気になりましたね。んじゃそういうことで」


「えっ?あっ、ちょっと待ってお金返すから!」


「いらないですよ。勝手に俺がしたことなんで気にしないでください」

 俺はゆっくりと立ち上がる。そしてその場を何事も無かったように立ち去った。



   ●     ●     ●     ●     ●     ●



 俺が旅館に戻ってくると、小さな紅茶のペットボトルを持った西宮と出会った。

「遅かったですね。温泉街ということもあってゴミ箱があまり見つからなかった感じですかねー?」


「そんなとこかな」

 実際、ゴミ箱が横にない自販機もあったしな。なんなら旅館に戻った方が確実だったな。

 そんなことを思っていると、西宮についてくるように言われ俺はついていく。


 すると、休憩スペースで白石と春風が鮫島の話を聞いているところに案内された。

 俺に気がついた鮫島は話すのをやめて片手を上げる。

「お疲れさま。ゴミ箱少なかった感じですか?」


「そうそう。ここで捨てたら良かったよ」

 そう言いながら椅子に座りもたれる。


 西宮も座り、紅茶を一口飲んでから声を出した。

「さて、今回の旅行なんですけど全額無料の親睦旅行。なのでお金の心配がいらないので、学生にとって最高の旅行なんですけど、……」


「何か引っかかるところがあるのかしら?」


「そう。この話が出てきたのが唐突。しかも全額無料。生徒会の先輩に話を聞いてみても今までこんなことはなかったらしいの。そして、こんな旅行があるのは私たちの代だけ。何か変だとは思わない?」


「思っていたわ。生徒会が何か企んでるかもしれないと私は思っていたのだけれど」

 そう言った白石は、西宮に目を向ける。だが、西宮は肩をすくめると顔を横に振った。どうやら違うらしい。


「これに関して生徒会もさっぱり。知っているのは学園のお偉いさんぐらいじゃない?」


「そう」

 そう呟いて白石は俺をちらりと見る。


 俺が首を傾げてみせると白石はため息を吐き出す。

 俺、なにかしました?

 そんなことを思っていると、西宮からも鋭い視線が送られているのをズキズキと感じた。怖いので西宮とは目を合わせないようにする。


 すると、鮫島はポンと手を叩いて。

「ということで、生徒会としてはこの旅行を楽しもうとの方針になったわけですよ。どういう理由があって全額無料の旅行をできているのか分かりませんけど、楽しまないと損ですから」


「そういうこと。これを機に生徒会と青春委員が仲良くなるのはいいことだと思うし、この先助け合いが必要になるかもしれないしね」

 そう言って様子を窺う西宮と、特に何も反応しない白石。この二人は仲が良いのか悪いのか全くわからない。少なくとも、お土産屋巡りなどの時は普通に会話をしていたというのに。というか冗談を言い合ったりもしていた。


 喧嘩するほど仲がいいともいうけど。この二人は喧嘩してるわけでもないし。ほんと、よく分かんねーな。

 

 俺は横の白石に耳打ちするように。

「なんでそんなに険悪の仲みたいな感じになるんだよ」


「あら、私は別にそういうつもりはないのだけれど」


「嘘だろ。見ているこっちからしたら、突然互いに牽制しあってるようにしか見えないんだけど。仲悪いのか?」


 すると、最後に付けた俺の質問に答えたのは白石ではなく、西宮美乃梨だった。

「いえいえ、私と白石は仲が悪くないですよ。むしろ良好。大親友です」


 白石は眉をピクリと動かして反応する。

「誰と誰が大親友ですって?」


「私とあなたですけど。幼稚園からずっと一緒に遊んでたじゃないですかー。あ、でも、幼馴染という表現の方が良いのかな」

 そう言って、西宮はニヤリと口角を上げる。


「え?そうなのか?初耳なんだけど」


「そんなこともあったわね。過去の話よ」

 

 意外な白石と西宮の関係を知り、俺と春風は揃って二人を見る。鮫島はその様子を見てクスクスと笑うのだった。



   ●     ●     ●     ●     ●     ●



 そんなこんながありながらも時間は流れ、旅館の部屋で昼寝をした俺は体力完全回復。

 夜は豪華な料理を堪能して、部屋の布団の上で再び寝転んでいたのだ。よきかなよきかな。こんなに良い思いができてるのはとても久しぶりだ。学園生活を忘れられるこの時間。俺にとっての夢の国はきっと温泉街だったに違いない。

「さいこーだわ。ずっとこんな生活送ってたい」


 そう言うと、ようやく旅館の浴衣に着替えることのできた鮫島が笑いかける。

「どこかのお屋敷のお坊ちゃんみたいですね」


「そのお坊ちゃんが毎日こんな生活をしているのなら羨ましいな。可愛いい女中さんやメイドさんとかがいれば最高この上ない」


「それを言うなら妹がいるだけで京橋は最高じゃないですか。ああ、羨ましい」

 そう言ってキラキラとした眼差しを俺に向けてくる。

 

「おいおーい。鮫島。この流れでなんでそのスイッチ入ったのか分からんが、今すぐオフにしろ」

 こいつが社会に放たれる前に色々と正さなければいけないような気がする。そしてその責任が俺にあるような気がしてならない。こいつが妹属性のキャッチに捕まる前になんとかしなければ。


 口を尖らせながら何か言いたげな鮫島は棚から何かを取り出しながら呟いた。

「つれないですねー」


「つられてたまるか。っていうか、妹がいるこっちの身からすれば何がいいんだか」


「何言ってるんですか!妹から帰ってきてほしいとのラブコールを受けたんでしょ!?」


「あれのどこをラブコールと考えらるんだ。ゴールデンウィークなのに帰ってこないとかありえないと言われてんだぞ。キレ気味に」


「それは愛情の裏返しですよ」


「墓参りしに帰ってこいって意味だと思うんだけどな。あとは、暇つぶし相手?」


「ほんと羨ましいですよ」

 そう言って鮫島は寝転んでいる俺を見下ろすように立つ。すると、俺の顔にふわふわのタオルを落として続けた。

「そろそろ温泉行きませんか。裸の付き合いって大事だと思うんですよ」


「お前が言うと、色々怖いんだよな」


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