旅行と蜜1
ゴールデンウィーク。やってきましたゴールデンウィーク!学生が喜ぶ日本の祝日。俺はそれを満喫するべく今年は実家に帰らないことにした。
親にはさっき連絡したし問題ない。
夜遅くまで起きて、昼頃になるまで惰眠をむさぼる。これが俺のゴールデンウィーク。最高かな。今日も起きたのは十二時前。朝昼兼用のスパゲッティを食べて、後は遊び散らかすだけ。最高です。
ここで勘違いをしてほしくないのは、青春委員のことだ。俺だけこんな怠惰な生活を送り、二人に青春委員の活動を丸投げなんてことは断じてしていない。なんなら青春委員の依頼もしっかりとこなして、消化しきっている。ゴールデンウィークに入るまで真面目に働いた俺を称賛してほしいぐらいだ。
本当かと尋ねられても胸を張って言える。四月頑張りましたと。結論を簡単に言うと、四月はカップルが二組成立した。ということは、その二組のどちらかが別れでもしない限り今月はカップルを作る必要もない。いや余裕。気持ちが超余裕。
心置きなくゴールデンウィークを満喫できるというわけだ。課題が出されているがなんとかなるだろ。
そう思って、昼間から逢沢祐一とFPSをオンラインでプレイしている。
だが、今日はほんとによく電話が鳴る。最初は親からのゴールデンウィークに帰ってくるのかの確認。俺がトイレに行ってる間に春風からの不在着信。そして今、妹からの電話に対応しているのである。
『ゴールデンウィークだよ!?なんで帰ってこないの!』
電話を耳に当てていたがあまりの声の大きさに遠ざけた。なんでこいつこんなに元気なんだよ。
俺はため息を吐き出してから落ち着いて言った。出来る大人は焦らない。
「さっきも言ったけど、ゴールデンウィーク課題が出されてるの。だから俺は忙しいから帰れない」
『うそ!去年はその課題を抱えて帰ってきたじゃん!どうせ面倒くさいだけなんじゃないの!?』
前言撤回。出来る大人は何が何でも自分の意思を貫き通す。
「話しても埒が明かねえな!用事が入ってるんだよ!察してくれよ」
『えっ?うそ!彼女!彼女ができたの!?』
「ハイハイそういうこってー」
一方的に電話を切り事なきを得た。俺は妹との戦いに勝ったのだ。敗北を知り成長するがいい妹よ。
俺はスマホを机の上に置き、マイク付きイヤホンを付け、コントローラーを手に取る。そしてボイスチャットの相手に向けて呟いた。
「またせたな」
『まったわー。誰からの電話?』
逢沢はのんびりとした口調で答えた。そして、すぐさま誰からの電話かを聞いてくるあたり、流石俺の彼女と言える。いや違うけどね。
「妹からだよ。何でゴールデンウィークに帰ってこないんだーってな」
『そういうことか。ま、今回は帰るのを躊躇っちゃうぐらいの課題だからな』
「マジで?まだ開けてもないから知らんかった。量がやばい感じ?」
『量っていうか質だよ。あの黒崎先生もえげつないの出してるぜ。人は見かけによらないってのはこの事だ』
「天使は堕天使になれるからな」
俺はそう言ってから課題の入っている鞄を見る。もう鞄を開けたくなくなってきた。
明日からやろう。明日から。今日はゲーム三昧って決まってたんだ。気持ちの切り替えなんてできるかよ!
というわけで、それから課題のことを忘れるようにゲームに没頭し時間が過ぎた。そしてプレイ中なのだが、ふと夜ご飯どうしよっかなと思ったときである。電話が鳴っていることに気がついた。
俺はすぐさまコントロールしているキャラを物陰でしゃがませ。
「悪い、また電話!」
そう言ってマイク付きイヤホンを外し、スマホに手を伸ばした。
「はいはい。誰ですか」
『いきなり誰とは失礼ね。これで三回目の電話をしている白石水穂よ。誰か分かったかしら?』
「御足労おかけしました。それでなんか用か?」
俺がそう言うと、呆れるため息が聞こえた。彼女が頭に手を当てている姿が目に見えてしまう。なんか俺やらかした?
『今、ゴールデンウィークよね?』
「ああ、満喫してるぞ」
『ゴールデンウィークに入る前に言ったこと忘れてるのかしら』
「え、入る前……」
『はあ。明日と明後日、何も用事入れてないでしょうね?』
俺は空欄だらけの綺麗なカレンダーを見て返事する。
「なんもない」
『なら良かったわ』
「あのー、白石さん?そろそろ何があるのか教えてもらってもよろしくて?」
俺はなにか嫌な予感がしてならない。なにか大事なことをゴールデンウィークに入る前に言われたような。
そのことを思い出せそうになったところで白石は言った。
『明日から一泊二日で二年の生徒会と青春委員の合同旅行よ』
「へ?」
拍子抜けた声と同時に、テレビ画面に映っている俺のキャラクターがヘッドショットをされて死んだ。
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空には僅かな白い雲と青くどこまでも広がる空。どこかに出かけるには最高の天気だろう。
太陽は今日も元気よく光を送り届けてくれている。その光のせいで眠りを阻害されている人がいるとを知ることはない。
バスからぞろぞろと旅行客が降りていく。その列が一瞬途切れると、春風が元気よく飛び降りる。
「とうちゃーく!」
その後ろから、随分と落ち着いた様子の白石が。そして、最後に今にも死にそうな顔で俺がバスから降りた。
荷物を受け取り、日陰のベンチで大きく息を吐き出す。そして新しい空気を吸い込んだ。うあ、やっぱり徹夜なんてするんじゃなかった。
今の俺は寝不足と軽い車酔いが合わさって、とても気分が悪い。いわゆる絶不調というやつだ。
そんな俺を気にしてか、春風は俺の背中をさすり始めた。そして俺にビニール袋を渡す。
「大丈夫?吐いてしまえば楽になると思うんだけど」
「今ここで吐かせようとしてるのか?それなら背中をさするのは今すぐ止めたまえ」
そんなやり取りをしていると、冷えたペットボトルを差し出された。
「水か。ベストチョイスだな」
俺はそれを受け取り首筋に当てる。冷えていて気持ちがいい。そして、俺は顔を上げて言った。
「ありがとな白石。あとでお金返すよ」
「あなたはしばらくここで休んでいなさい。美咲さん、旅館に荷物を置きに行きましょ」
「うん!じゃあ京橋君の貰うね!」
「え?ああ。ありがと」
悪いとは思ったが、素直に従うことにした。二人の姿を見送り、貰った水をチビチビと飲む。一時的なものかもしれないが、かなり楽になった気がする。
ほんと、せっかくの旅行なんだから体調不良のままは嫌だしな。あいつらにも迷惑をかける。ま、もうかけてるんだけどな。
俺は再び水に口をつけると誰かが隣に座った。そしてその誰かは知り合いかのように口を聞いてきた。
「体調、悪いんですか?」
「え、ああ、はい。そうなんですよ。今日が早起きって分かってながら、友だちと遅くまでゲームしちゃって。そしてここに来るまでに車酔いも、って感じで体調不良ですね」
「それは大変ですね」
隣に座った少年はそう言ってこちらを見てくる。笑顔でだ。俺も視線を嫌というほど感じていたわけなので、横を向き顔を合わせた。
あれ、こいつ、見たことあるような……。
「自己紹介が遅れましたね。僕は二年生徒会の鮫島雅也と言います。仲良くしてくださいね」
そう言って、白い歯を見せたのだ。
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生徒会の二人と無事合流した俺たち青春委員は、一緒になって少し遅めの昼食をとった。それからというもの、白石、春風、西宮の三人にお土産屋さん巡りに付き合わされた。そして、温泉街ということもあってか足湯を見つけ、俺と鮫島の男子二人はそこでくつろぐことにしたのだ。
俺は足の指を動かしながらほのぼのとしていた。
「いやー、極楽だわー。足湯ってのもいいもんだな」
「そうですね。足湯にはお手軽さも感じますよね」
「だなー。温泉に浸かるとなると全身だけど、足湯は足だけだからなー。拭くのも楽でいいな。なんなら自然乾燥でもいける」
「ですねー」
鮫島のほのぼのとした返事を聞いていると、時折本当にこいつ生徒会かと不思議に思ってしまう。だが考えてみると俺の中で生徒会イコール西宮美乃梨の悪いイメージが強すぎるがための偏見があるのかもしれないと感じた。
もしかしたら、こいつも裏の顔があるのではと一瞬よぎったが偏見は良くないと思い、鮫島のことについてもう少し知ろうと思った。
「そういえば鮫島って中学の時は何か部活やってたのか?」
「ええ。僕はサッカー部でしたよ。まあ、なかなか上達しなかったので、ポジションは右サイドベンチでしたけど」
「ははっ。懐かしな。右サイドベンチとかあったな」
「京橋は中学の時、サッカー部でしたよね。ポジションはどこをやっていたんですか?」
「そうだな。先輩が引退するまではボランチで、その後はトップ下だったな」
「その言い方からして、二年のときからレギュラーって感じがしますね。いや、もしかしたら一年のときからレギュラーだったともとれますね」
そう言った鮫島は愉快そうに笑った。それにつられて俺も笑う。こいつとは仲良くなれる気がする。西宮と仲良くする未来は全然見えないけど。
さて、それとは別で聞くべきことが出てきた。
「なあ。俺は中学の時、サッカー部って鮫島に言ったことがないと思うんだが、なんで知ってるんだ?」
このことはごく少数の人間しか知らないはずだ。だから不審にも思う。
鮫島は特に変な反応をすることもなく笑顔で。
「僕は西宮から聞いたんですよ。一緒に旅行に行くんだからそれぐらいは知っといて損はないだろうと。会話のきっかけにすぎませんけどね」
「そっか。悪いな変に疑って」
「いえいえ」
西宮ねえ。俺は変な違和感を感じながらも、今はその違和感を後回しにする事にした。なんてったって今はせっかくの旅行なんだ。しかもこの旅行の旅費を一切払っていない。つまりタダで俺はこの旅行に来ている。満喫しなきゃもったいないよな。
そう考えていると鮫島はそういえばと呟いた。
「ゴールデンウィークですけど、実家に帰省しなくても良かったんですか?」
「ああ、それなら大丈夫。親にはちゃんと言ってるし、まあ妹の方がうるさかったんだけどな」
「妹さんがいるんですか?」
「いるぞ。妹が一人だな。なんで帰ってこないんだって駄々こねるから無理矢理電話を切ったよ」
そう言うと、鮫島が急に鼻息を荒くする。
「えーと。鮫島?どうした?気分が悪いのなら水やるぞ」
「いえいえ結構です。すみません少し興奮してしまって。僕はシスコンでして」
ん?んン?今こいつなんて言った?シスコン?シスコン?鮫島が?
突拍子もなく鮫島から発せられた大胆発言により俺の頭は混乱していた。聞き直そうかと思ったが、そんな勇気がなかったので出来ずにいると後ろから声が聞こえてきた。
「随分と仲良くなれた感じ?」
「西宮ですか。仲良くなれましたよ。京橋と僕は分かり合える仲だって知れてこの旅行に来たかいがありました」
「そ、そう。それは、良かったと言えるのかな……」
西宮は俺の方を見ると引きつった笑顔を見せた。
「誰が好きであるかは人それぞれ。大丈夫よ、生徒会の私はそんなシスコンぐらいであなたを変な目で見ないわ。ええ、見ないわ。でもね、いくら青春委員で恋愛が禁止されているからと言って身内に手を出すのは止めなさい」
「絶対変な誤解受けてるし!?それと分かり合える仲ってなんだよ鮫島あぁぁ!!」




