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青春劣等生

 月曜日の朝はよく分からない。

 日によってスッキリ目覚めて頑張るぞと意気込めば、今日からまた学校かと少し憂鬱になったりする。日によってバラバラだ。

 そして今日の俺はどちらにも当てはまらなかった。


 浮かれてハイテンションになっていても可笑しくないのに、落ち着いていてどこか冷めているような気さえした。


 昨日の彼らのデート。その事の顛末としては俺の予想通り、早川は遠野に告白してお願いしますの返事。つまり、晴れて二人はカップルとなった。 

 これにて依頼は達成。青春委員としての四月分の目標は無事に達成したわけだ。初陣にしては色々あったがなかなかの出来だっただろう。


 だからちょっと浮かれていても可笑しくないのだ。


 学校に着いて、授業を受けていてもいつもと違う。

 ちゃんとノートをとってはいるが、心はここにあらず。特に何かを考えるわけでもなく時間は過ぎていった。

 昼休みになってもそれは変わらず、昼食は素うどんだけで済ませた。

 午後からの授業は気持ちいい風に当たりながらゆっくりと動き続ける雲を眺めていた。自然とノートをとる手が止まるのは必然であり、大きな欠伸を度々するといつの間にか意識を失った。

 

 机をコンコンと指で叩く音で意識を取り戻した時には、もう教室にクラスメートたちは誰もいなかった。時計を見ると、もう部活が開始しているであろう時間帯。

 俺は日に当たりポカポカしている体を伸ばしながら呟いた。

「今日は優しいんですね」


「疲れが溜まっていたのかと思うとね、無理矢理起こすなんてできないよね」

 そう言って、黒崎先生は俺の隣の席に座る。そして優しく苦労を労うように続けた。

「とりあえず、四月分の目標達成おめでとう。君が青春委員入ったことによって新生青春委員となったわけだから、それ以前にできあがっていたカップルが別れたとしてもマイナスにはならないよと、言い忘れていたことを今言ったよ」


「それ、結構大事じゃないですか?」


「ごめんね」


「まあいいですけど。っていうことは、早川と遠野が別れでもしない限り今月はマイナスにはならないということでいいんですよね?」


「そうだよー。不安?」


「いいや、あの二人は大丈夫でしょ」

 机の上に広げられた教科書やノートをしまっていく。今回は涎が染み付いているということにはなっていなかった。一安心だ。


 俺は席を立ち鞄を肩にかける。

「青春室行きますけど、先生も来ます?」


 黒崎先生は驚いた顔を見せてから首を横に振った。

「これからゴールデンウイーク課題を作らなきゃいけないから、暫くはお邪魔しないかな」


「そっすか。じゃ、先生さいなら」


「うん。気をつけてねー」

 座ったままの先生を残して俺は教室から出て、のんびりと足を動かす。一歩ずついつものように歩く。

 

 あいつらのことだから、もういるんだろうな。そしていつも通り遅いと指摘される。


 いつの間にか俺にとって青春委員は違和感のないものに変わっていたようだ。まだ青春委員として長いとはいえず、短い。それでも、今考えてみると青春委員としての俺は案外ありなのかもしれない。


 やがて別館へと入り三階まで階段を上がっていく。俺だけの足音が聞こえ、いつも以上に静かなように感じる。今日はどこも使われていないのだろうか、そう感じさせられた。

 そして青春室の前に辿り着いた。


 依頼を達成して四月分の目標も達成できた。これから暫くは平穏で平和な日が送れるかもしれない。まあ、依頼がきていたとしても、それをこなしていくのも悪くない。


 俺は扉を開けて青春室へと入り。

「遅刻して悪い―――」


 俺の声に反応はない。部屋には誰もおらず静まり返っている。

 部屋には鞄が一つだけ置いてある。キーホルダーが一切ついてないので白石のだろう。そして、春風のはなかった。


 ああ、そっか。やっと分かった。

「春風はもう青春委員じゃないのか」

 彼女は今頃バレー部に戻っているに違いない。依頼を達成。それは一人の仲間を失うということだった。


 それに。

 俺は部屋を見渡して呟いた。

「ここに俺一人ってのは初めてだったな」

 

 俺は肩にかけていた鞄をソファーの上に置き、財布を取り出してポケットにねじ込んだ。

 そして、この部屋から出ていった。



 時を同じくして、白石水穂は生徒会室を訪ねていた。運良く今は西宮美乃梨だけが生徒会室にいる。彼女によると他の生徒会の役員は今はそれぞれの私用で出かけているそうだ。


 西宮は手元にある資料に判子を押して言った。

「おめでとう。なんとか四月は乗り越えた感じ?」


「そうね。異論はないわ」


「あら珍し。反発するのかなって期待したのに」

 そう言って、つまらなさそうに口を尖らせた。

 西宮は白石の反応を伺う。だが、白石は興味を見せなかったので白けた。

「それで、どういった用件でわざわざ来たの?」


 西宮の言葉に反応するように白石は一歩踏み込んだ。そして、座っている彼女を上から威圧する。

「今回の依頼で、遠野さんの陰口みたいなことを言うように仕向けたのはあなたでしょ?」


「へ?何言ってるの?そんなことして生徒会になんの特があるの?」


 あくまでとぼけるつもりだろうか。

 白石は遠野が心を折られかけた言葉の数々を思い返す。 

「まず、今回の依頼がくる前から早川君と遠野さんの仲は良かった。二人で部活の買い物に行く程に。だから彼女の陰口は以前から言われていても可笑しくなかったのよ。遠野さんは早川君と不釣り合いとね」

 

 西宮の反応を一旦確認するが微動だにせずただ見てくるだけ。白石は一方的に話すことにした。

「でもそんな陰口が言われるようになったのは、早川君からの依頼を受け、遠野さんが彼とのデートを了承した後。タイミングが良すぎないかしら。今回のこの依頼を知っているのは、私含めた青春委員の三人。依頼者の早川君。そして、あなただけよ」


「ふーん。そう。でもなんで私なの?たまたま偶然タイミング良く遠野さんが聞いてしまっただけって可能性もあるよね?」


「生徒会は犬を飼っているそうね。捕まえて洗いざらい聞き出したわ」


「忠誠心の低い犬めッ!」

 西宮は吐き捨てるように言った。

 そして、彼女は深々と背もたれにもたれる。

「はあー、正解正解大正解!。遠野唯に聞こえるように陰口を言わせるように仕向けたのは私よ」


「なんでそんなことをしたのかしら。生徒会に何かメリットでも?」


「いやいや生徒会にメリットなんてあるわけないし」


「だったら!」


「この学園のこと知ってるよね。最高の青春を送れることを売りにした、国も運営に関わる実験的要素を含む学園。この学園に入るには、何か武器が必要。圧倒的な学力。スポーツ能力。はたまたモデル並みの顔の良さ。それぞれに合わせて多種多様な入学試験方法があるわ」

 そして、西宮は一呼吸入れてから続ける。

「ある男子生徒がいます。彼はスポーツ入試法で入学しました。けれども彼はその部に所属していません。さらには、特別頭が良いわけでもなく、成績は真ん中かそれより下。そしてこの学園にいるというのに彼女を作ろうとしません。というか興味がない、無気力に見えてしまいます。なので、学園は彼を何も生み出すことのない価値の無い存在とみなしました」


「それって、」

 白石は言葉に詰まった。


「価値のない存在はいりません。でも何か理由がないと学園から追い出せない。そんな時、ちょうどいいのがありました。青春委員です。そこに入れて無事に目標を達成して貢献しているのなら、彼にはそういう方面で価値のある存在なのかもしれない。失敗して目標を達成できなくても、彼を退学させることができる。まさに青春の敗者。青春劣等生になるように仕向けられたのでした。おしまい」


「そんなことが許されるわけないわ!!」


「でも、学園のお偉いさんが決めちゃったんだよねー。それで、今回の遠野唯への陰口は、目標達成をしにくくするための試練みたいなもの?上から言われたら私は嫌ですなんて言えないからね。ま、目標達成できたわけだし良かったじゃん。お偉いさんも考えが変わるかもよ」


「そう。今後も学園は彼の妨害をしてくる可能性があるというわけかしら?」


「さあねー。それは私からはなんとも。まあ暫くは静観するんじゃない?無事に目的は達成してるからね」


 白石は唇を噛み締めながら、ここにいない存在を睨んだ。


 それとは対照的に西宮はそんな彼女の様子を嘲笑うように続けた。

「それにしても、青春劣等生に青春の手助けとか斬新なこと考えたよねー。絶対、青春を謳歌してる勝者にさせる方がいいと思うのに。青春劣等生に手助けなんて無理な話」


 白石はギロリと西宮を睨みつける。すると西宮の心が萎縮した。そして威圧をかけるように白石は言った。

「青春劣等生が誰かの青春を助けるのはいけないことなのかしら?」


「い、いやー。ごめん。言い過ぎた感じ」


「そう」

 そう言って、白石は踵を返して生徒会室から出ていった。

 残された西宮は緊張を解くように大きく息を吐き出した。


   ●     ●     ●     ●     ●     ●


 廊下の窓を開けそこから外の様子を眺める。右手には購買で買った紙パックのフルーツオレを持ち、時折ストローをくわえて飲んでいた。

 吹く風は俺の頬を撫でる。

 

 どれぐらい経ったのだろうか。あそこに一人でいられなくなってから。

 あの二人がいたから、俺はあそこの空間を少し気に入っていたということを思い知らされた。だから、俺一人だけだと居心地が悪かったのだ。まだ慣れてないだけかもしれない。時間というものは怖く、きっといつの間にか慣れる。春風がいないことにも慣れる。


 俺の視界に映るのは部活動に勤しむ生徒たち。真面目に取り組む姿、サボっているであろう姿。多種多様で千差万別だが、そのどれもが眩しく見える。

「なんだかなー」

 そう呟いてストローを口に咥えて吸う。だが、もうフルーツオレは口の中に流れることはなかった。

 

 俺は右手でグシャッと握り潰し、近くにあるゴミ箱に投げ捨てた。


 もうそろそろ戻ろうか。そう思い、開けた窓を締めて鍵をかけた。

 外の景色を眺めながら歩き続けると、気づけば青春室の前に立っていた。さっきと変わらず物静か。それでも中からは少し物音が聞こえる。

 きっと白石が戻っているのだろう。十分にありがたく感じる。


 俺は扉を開ける。

 するとその瞬間。

「おっそーい!!何してたの!?」


「え?あ、うん?」


「その遅刻癖。なんとかしないと社会に出た時に痛い目を見るわよ?」


 俺には何が何かさっぱり分からず、ただただ驚くだけだった。

 なんで?

 その疑問を口にするよりも先に彼女は意地悪な笑みを浮かべて言った。

「驚いてるよね!はいその疑問に答えてあげましょう。バレー部のはずの私、春風美咲が何故ここにいるのかを」

 

 そう、春風がいるのだ。バレー部に戻って青春委員を辞めたはずの春風がだ。


 俺の困惑を気に留めない春風は楽しそうに続けた。

「依頼を終えたので約束通り青春委員を辞めてバレー部に戻る予定だったよ。でもね、バレー部を辞めて青春委員を続けることにしたんだよ。つまり、今後ともよろしくお願いしますってこと!」


「は、はあ?お前、バレーはいいのかよ」


「そうだね。バレーを続けたい気持ちもあったけどね、それ以上にここの青春委員でありたいって思ったの!」


「後悔しないのか?」


「すると言ったらするし、しないと言ったらしない。でも私が考えて選んだ道なんだもん。誰かに選択されたわけじゃない。私の決断。だから、後悔はあまりないよ。それに―――。いや、なんでもない。とにかく、これからもよろしくね!」


「ああ、そう。めちゃくちゃだな」

 呆れながら俺は、悠然とソファーに座り紅茶を味わう白石を見る。すると、彼女は目を合わせ微笑んだ。

「呆れた様子だけど、なんだか嬉しそうな顔ね」


「それは白石の方だろ」


「ふふっ、そうかもしれないわね」

 彼女はそう言って非常に楽しそうに笑う。それに感化された春風は満面の笑みで白石に抱きついた。女子特有の謎のスキンシップだ。


 俺はその様子を見てため息を吐き出した。しかし、頬が緩んでいるように感じるのに時間はかからなかった。

 予想外の展開にして、最高の展開と言えるだろう。ここが俺の新たな居場所になるのかもしれない。


 そんなことを考えていると、不意に扉がノックされた。

 白石はいつものように、どうぞーと言う。


 それに反応するように入って来た人を見て、三人の目が思わず合った。この青春委員への新たな依頼だ。

 俺は定位置に座り、代表である白石を見る。


「さて、今回は青春委員にどういった用件で?」


 青春委員がなかったら交わることのなかったであろう三人。青春の敗者とされ、青春劣等生と言われているが、時間は有限であるようにこの時間を大切にしていきたいと思った。

 青春劣等生とされた青春委員としての俺。

 それがきっと俺の青春なんだろうから。



ここまで読んでいただきありがとうございます。

これにて四月編終了となります。

次回から五月編になり、不定期連載なりますが応援していただけると幸いです。


それでは。

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