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彼らのデート3

 あれからウィンドウショッピングを楽しむ早川と遠野を、俺たちは三〇分ごとに交代しながら尾行をすることになった。交代の順番は白石、俺、春風の順で回すことになっている。

 

 最初は一人でショッピングモール内で尾行とか地獄の極みと思っていたが、あるタイミングさえ見逃さなければいいので案外好き放題にやれた。

 自由行動中の白石と春風は側にはいない。


 俺は白石から借りたサングラスをかけてベンチに座っていた。視線の先には雑貨屋で過ごす早川と遠野がいる。二人と俺との距離は離れているので、向こうから気付かれることはないはずだ。


「俺にも彼女ができたらあんな感じになるのかねー」

 独り言を呟いてみせたが、周りの音が有耶無耶に消し去ってしまう。少なくとも高校の間はありえない話だ。

 

 俺は時間をなんとなく確認する。

 あと五分ぐらいで交代か。もしかしたら春風はすぐ側まで来ているかもしれない。彼女には少し前にメッセージを送っておいたから、俺と早川と遠野の居場所は把握済みのはずだ。


 彼女はもうすぐここに来るだろう。

 そう思っていると、何かを気にするように明らかに不審な動きをする春風が近づいてきた。


「なにその動き。悪いことでもしたのか?」


「い、いやー、バレちゃいけないと思ってね」

 そういう彼女の視線は二人のいる雑貨屋さんに向けられている。


「そこまで不審な動きしてると逆に気が付かれるだろ。もっと堂々としてろよ」


「京橋君は堂々とし過ぎだよ。サングラスしてるからってバレないと思ってるんじゃないの」


「バレてないしな」

 俺はベンチから立ち上がる。

「んじゃ、交代よろしくな」


「うん、任せて!」

 元気な彼女の声を聞いて俺はその場を後にした。

 そろそろ頃合いなんだろうけどな。

 

 それから俺はフードコートに足を運び席を探す。すると一つだけ異質な雰囲気を漂わせている席があった。

 その席は一人で座っている少女に二人組の男が話しかけている。いわゆるナンパだ。だが、少女はつまらなさそうに無視をし続けている。

 断ればいいものを。

 口調からして男たちが少し苛つき始めているのが分かる。


 俺はため息を吐きだしてその席に向かって足を動かした。

「いやー、お待たせ。待たせて悪かったな」


 少女は顔を上げて俺を確認すると席を立った。

「全く、遅いじゃない」


「お前なあ・・・」

 俺は呆れつつも男たちに目を向ける。

「そういうことなんで」


「んだよ、彼氏持ちかよ。ねーわ」

「ていうかあの女、性格悪すぎ。悪女だわ」

 悪態をつきながら男たちは去っていった。


「はあー、なにしたんだよ。悪女白石さん?」


「人を不名誉なあだ名で呼ぶのは止めてもらえるかしら」

 そう言って彼女は歩き始めた。


「おい、フードコートから出るのか?」


「もちろんよ。あそこ、居心地悪いもの」


 だったらなんでフードコートにいたんだよ。

「にしても、ほんと人気だよな白石」


「下種な輩からの人気なんてあっても嬉しくないわよ」


「そーかい。俺は誰であってもカッコいいとか良いように評価してくれるのは嬉しいけどな」


「あんな下種なやからでも?」


「あーいや。下種な輩かもしれないけどさ、ナンパされるってことはそいつらのお眼鏡に適うってことことだろ?それは自分のことを良いように評価してくれてることだろうし自信が持てるんじゃないのか?」


「ああいうのは、誰でもいいのよ。誰彼構わず声をかけるのよ」


「そういうもんなのか?ナンパしたことないから分かんねーな」


「ナンパしたことあるって言ったら少し引いてたわ」


「だろーな!」


 それから少し離れたところにあったベンチに腰を掛けた。

 白石は心ここにあらずといった表情をしている。

「で、話ってなんだ?」


「え、ええそうね。今後の青春委員のことについてでね」


「そうか。春風がいなくなると二人になるな」


「そうね、また人数集めで抽選でもやるのかしら」


「最低でも三人だからな。俺のときみたいに誰かが選ばれるんじゃないか」

 そうなれば、誰かが犠牲になるというわけだ。己の青春を他者の青春に捧げる。この青春委員に一人補充されるのだろう。


「寂しくなるわね」

 ポツリと呟いた。こんな白石を見るのは初めてだ。


「お前ら二人はずっと青春委員だったからな」


「青春委員として始動してからの付き合いで長いわけじゃないわ。むしろ短い。それでもいざ彼女が辞めるという現実は、すっぽり穴が空いた感じがするわね」


「そっか。でも、引き止めないんだろ?バレー部を辞めてでもこっちに残って欲しいって」


「そんなこと言えるわけないじゃない。彼女の本来いるべき場所はここじゃないのよ」


「・・・同意見だな」

 春風は青春委員を辞めても学校を辞めるわけじゃない。彼女のことだからクラスが違えど顔を合わせれば声をかけてくれるだろう。だからもう会えないという問題にはならない。


 だけど違うのだ。そういうことじゃない。

 一緒に頑張ってきた仲間がある日を境にいなくなる。いつもいた場所に、同じ空間に、隣を見ても彼女はもういない。

 今はそんなことない。それでも近い未来そうなる。春風美咲という存在は大きかったのだ。


 白石はゆっくり首を動かし俺を見た。

「抽選であなたが青春委員に選ばれて良かったわ」


「なんだよそれ」


「さあ、ふと思っただけだから気にしないで」

 白石はそう言ってゆっくりと立ち上がる。

 それを合図と言わんばかりのタイミングで二人のスマホの通知音が鳴った。


 送られてきた内容を確認して互いに目が合う。

「動き出したな。ていうか変な連絡だな」


「そうね。行きましょう」


   ●     ●     ●     ●     ●     ●


「うぅー、どうしよう」

 春風は一人で物陰から様子を窺っていた。

 助けに行きたくても足が動かない。震えている。怖いのだ。


 彼女の視線の先にはナンパされている遠野がいる。

 どういうわけか、今は早川がいない。

 遠野をナンパしている男は三人組で、壁際まで追い込んで彼女が逃げられないようにと取り囲んでいる。本来ならば春風は飛び出して助け出しに行っている。でもそれが出来ないでいたのだ。


「まさか、あの人なんて・・・」

 震えが止まらない。

 三人組の男のうちの一人。金髪の男は春風の顔見知りなのだ。悪い意味での。そしてその男の顔を見ると、あの先輩の顔が嫌でもよぎる。

 春風をイジメて今は停学中の部活の先輩。当時その先輩の彼氏にして一緒になってイジメをしてきた男。

 むこうは忘れているかもしれない。けれども植え付けられた恐怖心が、震えを煽り体を動かさない。


 京橋君、早く来て・・・。だが今は彼がどこにいるのか分からない。連絡はしたが来てくれるのはいつになるか。


 ナンパをする男たちは遠野が嫌がっても引こうとしない。じりじりとにじみ寄り遠野を圧迫していく。


「こっの!」

 友だちを助けられずして友だちと言えようか。いや違う。

 春風は震える足で真っすぐと立ち、物陰から出る。そこから重い一歩を踏み出し。

「やめ―――」


「お前らやめろよ!」

 そう言った少年は春風を颯爽と追い抜かし、遠野を守るように男たちの前に立つ。遠野はその少年の服をぎゅっと握りしめた。

「早川君・・・」

 

「おいおいなんだよ彼氏の登場か?」

「ったくやってらんねーな」

「つーか、彼女おいといて彼氏はナニやってたんだって話だろ」

 男たちは口々に言葉を続ける。正真正銘の真の下種の輩はこんなことでは動じない。こんな時でも、諦めるのではなく威圧し優位を取ろうとする。


「えーと、彼氏くん?俺たちはこの子と楽しくお喋りしてただけ、分かる?勝手に悪者扱いにしてほしくないなー」


「嫌がってただろうが」


「それは君の勝手な解釈。これからこの子と俺たちは楽しいところに行くから、お子ちゃまは指咥えてお家に帰ってくれない?」

 そう言うと男の一人が早川を押して遠野の腕を無理やり掴もうとする。だがその下種の手は遠野を掴めなかった。

 早川に腕を掴まれたからだ。力強く振り解こうとしてもできない。


「そんな汚え手で触ろうとすんじゃねえ!」

 早川の怒号がモール内に響き渡り、気づかないフリをしていた周りの客たちも何事かと足を止めた。集まる視線が男たちに突き刺さる。


 そんな中、呑気な話し声と共に二人の男女が現れたことに春風は安堵する。

「だからな、白石よく聞け。付き合えるかどうか分からないじゃないんだよ。今回は俺の見立てによると絶対いける」


「その根拠を説得力のある言葉でして欲しいのよ」


「だからなあ、」

 ため息を吐き出し、次の言葉を探そうとしている彼がこちらに気がついた。それにつられ、隣を歩いていた彼女も気がつく。


 すると、金髪の男は舌打ちをした。

「くそっ、ついてねえ。お前ら行くぞ」

 それを合図に遠野に対するナンパ包囲網は解かれる。男たちは逃げるように立ち去り、そこだけ異質だった雰囲気がなくなった。


 春風は一安心とその場でへたりこみそうになったところで。

「美咲?」


 遠野の声に苦笑いを返すしかなかった。


   ●     ●     ●     ●     ●     ●


 俺と白石は何があったのか春風から聞いて、とりあえず理解した。なので問題解決というわけでもなく、新たなる問題にぶち当たってしまったのだがなんとかした。

「たっく、春風がバレたら自然と近くにいた俺たちの存在も確かめられるよな」

 早川と遠野にバレたのだ。


 春風はバツが悪そうに呟く。

「ごめん・・・」

 これから映画を見に行くのだと、少々無理がある言い訳を言ってその場は収まった。

 でも、無理矢理すぎなんだよなあ。


 遠野には少し怪しまれただろうし、早川に関しては任せろとでも言いたげな表情を見せてくれた。

 もう変装の意味ないよね。

 なので俺はサングラスをかけるのをやめていた。もとは白石のだったのだが、いつの間にか俺の私物と化していた。指摘される前に返すべきだよな。

「サングラスありがと」


「あげるわよそれ」


「そうか。ありがと」

 というわけでサングラスは俺の物となった。


 おそらくこれから目にする光景は眩しすぎる。だがしっかりと見届けるためにサングラスをかけない。


 いつの間にかもう夕方だ。オレンジ色の夕日に街が溶けていく。

 今日のこの時まで色々あったがもうおしまい。これから始まる一幕が全ての集大成。ハッピーエンドで終わらせるために一人の男が勇気を出さなければいけない。


 俺はその男の姿を目を細めて確認した。

 頑張れよ、早川。

 そよ風が吹く。最後のエールをのせて。


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