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彼らのデート2

「ううー。楽しみだねー」

 暗くなった映画館で映像の光に反射して目を輝かせた遠野の笑顔が白く光って見える。 

 俺は相槌を打ちながらもそれどころではなかった。


 かわええー!!あかんこのままこのペースで舞い上がってたら命がもたん!

 俺は深呼吸を繰り返し、始まりを告げた映画の方に目を向ける。今回選択した映画は、ギャンブルで人生一発逆転をしようとするものだ。俺自身気になっていた映画であり、なおかつ春風さんからの情報によれば遠野も観たがっているとのことでのチョイスだ。

 事前に情報を手にしていたわけではあるが、彼女が楽しそうにしているのを確認できてホッとしていた。よかったよかった、一安心。


 映画は主人公が女に捨てられるところから始まる。

『―――行かないでくれ。お前を失ったら、もう何も残らない』

 それでもその女は見捨てるように言葉を吐き捨てていく。挙句の果てには、もう新しい男を捕まえたと言い、主人公を嘲笑うように姿を消した。


 この女嫌だわー。そう思いつつも女役の人はS気のある人気女優なのでハマってるなー、魅力的だなーと感じていた。

 隣に座っている遠野はその女を睨みつけ、酷いよと小さく呟いていた。

 安心しろ遠野、俺はお前を見捨てたりなんかしない!ていうか映画に集中できないんですけどー!!

 俺は気を紛らわそうと買ったジュースを飲む。一番大きいサイズを買っといてよかった。


 そんなこんなで俺こと早川力也は映画に集中しきれずにいたのだった。



   ●     ●     ●     ●     ●     ●



「京橋君はジュース買わなくてよかったの?今ならまだ売店いけるよ?」

 春風は中くらいのサイズのジュースを片手に呟いていた。


「俺は映画館で映画を観るときは飲食しない主義なんだ。映画だけに集中しちゃうから、始まったらエンドロールまで目が離せない。ああ別に俺のことは気にせずジュースを飲むなりポップコーンを頬張るなりしてくれていいからな。あんまり気にならないタイプだから」


「ほへー、そうなんだね。私はいつの間にかジュース飲んじゃうんだよねー。でも考えてみたら中盤以降は一切ジュース飲まなくなるんだよね」

 置いてあるソファーに座りながら和やかな会話をしつつ二人して売店の方に目を向ける。


「悩んでるねー」


「悩んでるな」

 視線の先には白石が腕を組みながら、ポップコーンの味を何にしようかとかれこれ十分悩み続けている。塩かキャラメルか、まさかこんなことにあの白石が答えを出せずにいるとは思わなかった。

 店員は目の前で悩み続ける彼女を見て愛想笑いを浮かべている。


 俺は思わずフッと笑みをこぼしてしまった。

「なあ、勝負しないか?」


「勝負?」


「そうそう。白石が何味のポップコーンを買ってくるか当てるんだよ」


「いいよ!やろう!勝負ってことだし負けた方は何かあるのかな?」


「なら、負けた方が買った方に昼飯を奢るでどうだ?」


「うん、いいよ!」

 互いに確認し合った俺と春風は白石の方に視線を戻す。相変わらず彼女は悩んでいるようだったのだが、店員に声をかけられ注文をやっとした。


 俺はすぐさま春風の方を見て。

「塩だ」


「私はキャラメル!」

 元気よく答える春風を尻目に俺は笑みを隠すので精一杯だった。

 よし、よし!俺の勝ちだろ。なんてったって白石が塩と言っているのを読唇術で知ったんだからな。そしてその瞬間に先手必勝と言わんばかりに塩と言う。これで春風はキャラメルと言うしかない。じゃないと強制引き分けで面白くない。

 仮に春風が読唇術をしたとしても塩と言ったことには間違いない。ていうかそもそも春風に読唇術が出来るとは思えない、その考えに辿り着くはずない!

 これで昼飯ゲットだぜ!!


 ポップコーンの入っているカップを抱えながらやって来た白石はこの戦いを知るはずもない。現に俺の顔を不審そうな目つきで見ている。


 哀れな春風は勢いよくその中身を確認しようと覗き込む。

 哀れ、実に哀れだ。自ら敗北を確認しようなんて実に哀れ。さーて、昼飯は何を奢ってもらうかな。


「やったー、キャラメルだ!!」


「はい?」

 春風の一声により俺の思考が凍って砕ける。


「私の勝ちだよ!」


「うそうそうそ、キャラメルなわけない」

 俺はすぐさま確認した。すると白いポップコーンがいっぱいに、―――というのは幻想で茶色く染まったポップコーンがそこにはあった。


 うそ、キャラメル?俺の読唇術なに?ポンコツなんちゃって読唇術?

「白石!なぜ塩じゃないんだ!」


「えーと、はい?塩?あなたは塩味が良かったのかしら?」


「そうだ!俺は塩が良かった。塩に違いなかった」


「ちょっとちょっとー。ダメだよそんなことして。京橋君の負けはもう確定したことなんだからっ。おっ昼楽しみだなー」

 そしてとびっきりの笑顔を見せる春風。


 くそっ!こいつはこんなにも人の金で食う飯が好きなのか!?


 入場時間になり元気よく先頭を歩くのは春風。そんな彼女をションボリとしながら追う俺の隣を歩く白石がフッと笑った。

「あなたたちの会話で大体察しがついたわ」


「そうか。答え合わせしようか」


「ええ。あなたたち二人は私がポップコーンの味で何を選ぶのか当てるという勝負をした。で、負けた方が買った方に何か奢る。どうかしら?」


「正解だ。はあー、塩だと思ったんだけどな」


「塩もあながち間違ってはないわよ」


「へ?」

 俺は思わず首を傾げる。

 

「だってこのポップコーン、塩キャラメル味だもの」


「え、マジでか!?よっし、これで引き分けにできるだろ!本当なんだな!?」

 元気を取り戻し、希望の光が見えた。

 よしよしよし、最悪は免れる。一人暮らしの男子学生にとって生か死かの瀬戸際なんだ。ああ、ありがたや聖母白石。


 そして聖母白石は慈愛に満ち溢れた笑みを浮かべて言ったのだ。

「ウソよ」

 

「悪魔だ」

 サタン白石は意地悪な笑みを浮かべてからスタスタと歩いていった。


 そんなこんなで俺こと京橋龍太は気落ちしてから映画を観る羽目になった。


   ●     ●     ●     ●     ●     ●


「やっぱりあの映画面白かったねー。っておーい、おーい。聞こえてないの?早川君?力也・・・?」


「ひゃっ、ひゃい!」


「何その返事ー」

 クスクスと遠野が笑う。


 笑うなよと呟きつつ、フォークでスパゲッティを絡めとり口に運ぶ。

 あー、いきなり下の名前で呼ばれたらキュンってしちゃうじゃないかよ。嬉しみのあまり、緩んでしまう口元をごまかすので精一杯だった。


 遠野も幸せそうにスパゲッティを頬張る。いや、もしかしたらそうあってほしいという俺の思いがフィルターをかけているのかもしれない。楽しんでもらえてるかな?ふと彼女の笑顔を見ると不安になる時がある。俺に無理して合わせてくれてるんじゃないかと。

『ご都合主義じゃないと恋愛なんかやってられっか』

 ふと、あいつの言葉が脳裏によぎった。

 ああそうだな。今、遠野は俺とのデートを最高に楽しんでいる。そして俺もだ。ならきっと上手くいくに決まってる。


 雑音は消え、店内のお洒落な音楽が聞こえるようになった。


   ●     ●     ●     ●     ●     ●


 春風が美味しそうに焼きたてのクロワッサンを音を立てながら食べているのを目の前で見て唇を噛んだ。

「ああ、俺の財布が軽くなる」


「もとから重くないでしょ。あ、ついでに私の分も奢ってくれていいのよ?」


「うるせー!俺はついでに奢ってやれる程裕福じゃないんだよ!」

 俺はそう言い捨てて、取ってきたメロンパンに噛じりついた。


 只今、我らが二年青春委員は映画を観終え、モール内に入っているお店で昼食をとっていた。

 焼きたてのパン食べ放題ということもあり、お客はそれぞれ好きな種類を好きなだけ食べている。もちろんそれは俺たちもである。

 ちなみに、春風を除いて俺と白石は自腹。春風は俺との勝負に勝ったため俺の奢りとなっている。あの時調子乗るんじゃなかったー。


 俺はため息を吐き出してから、乾いた口をコップの水で潤す。スマホで時間に余裕があることを確認すると俺は話を切り出した。

「春風からはもう聞いた話なんだけどさ、白石はなんで青春委員に入ったんだ?」


 白石は一瞬止まったが何事も無かったように反応する。

「突然どうしたのかしら」


「いやなに、こういう機会でもなきゃこういう話しないだろ。だから気になった俺の興味本位だよ」


「そう。・・・私は自分から青春委員に入ったわ」


「自分から?マジでか」


「マジよ。ここで嘘つく必要ないでしょ」

 白石はなんともないように答えるが、俺は思わず固まってしまう。春風も初耳だったのだろうか、食べる手を止め白石を見ながら目をパチパチしていた。

 

 だって、それは自分から青春の一つを捨ててるようなものだから。

 この学園の売りは高い恋愛成就率だろ。それを知らずして入学するやつなんていない。むしろそれを目的で入学するやつが大半だ。それなのに、白石は自分から捨てた。

 自分から青春劣等生へと進んだ。


 理解し難い。退学するかもしれないというリスクがつきまとうのに。

 俺も春風も、そうなんだと一言で理解したかのように見せることができなかった。


 そんな反応を白石は気にする様子もなく続けた。

「私、モテるのよ。でも私は好きになれなかった。正確に言うなら好きになるということが分からなかったと言うべきかしらね。男の人を見てカッコイイとかそういう感情を思ったりしたことは何度もあるわ。でもそれで終わりなのよ。そこから先はないの。だから、好きな人が今までできたことがないのよ」


「そうか」

 相槌を打つ。それで終わりだ。


「そうよ。だから私はこの学園に入学したの。入学したのは青春委員に入るため。その構造をある程度知っていたこともあるけど。とにかく、私は青春委員として色んな人の恋愛に関わることによって、人を好きになるという感情が分かるかもしれない。だから私は青春委員に入ったの」

 白石は語り終え、コップの水に口をつけた。


 俺はチラリと春風の様子をうかがった。きっと俺は彼女と同じ表情をしているのだろう。


 白石は腕時計で時間を確認して。

「まだ時間に余裕があるわね。春風さん、京橋君に伝えておくべきことあるでしょ?」


「えっ」


「いずれ言わなきゃいけないことだったし、もう期限になるわ」

 

 俺はなんの話か分からなかった。だが白石と春風の表情を見るに真面目な話なのは確かだ。

 春風を見ると目が合う。

「別に隠してたわけじゃなくてね、話す機会がなかなか無かっただけなんだけど」


「そうか」


「うん。・・・単刀直入に言うよ。私、この案件が終われば青春委員を辞めるの」


「・・・そうか。バレー部に戻るのか?」


「そうだね。意外だね、驚いたりしないの?」


「驚いてるさ。でも、今月中には青春委員を辞めるかもしれないって思っていたからな」


「ああ、あの時だね」

 俺は頷く。春風と二人で遠野の尾行を行った時に聞いた。

 一応いつその話をされたとしても動揺を表に出さないようにと気をつけていたのだ。

 引き止めもしない。彼女は実力のあるバレー選手なのだ。なら、春風はここにいるべきじゃない。青春劣等生なんて言われるべきじゃない。


 白石は再び時間を確認する。

「さて、そろそろ行きましょうか」

 俺たちは店を出て本格的に早川と遠野を尾行することにした。

 

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