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青春委員として4

 下校時間を告げるチャイムが学園内に響き渡った。

 いつもなら俺も身支度を整えて帰宅するのだが、今日は違う。


 俺のブレザーと鞄は青春室に置きっぱなし。正門近くの噴水前で靴紐をしっかりと結び、ゆっくりとストレッチをして足の筋肉をほぐしていく。

 傍から見れば制服姿で何してるんだと思われているかもしれない。しかしそんなのは気にしない。


 すると、部活を終えた逢沢が俺の肩を叩いてきた。

「なにしてんだよ。今からランニングか?それとも部活入るって決めたか?(はやと)が喜ぶぜ?」


「入れねーよ。ていうか何で隼が喜ぶんだよ」


「だって隼は―――」


「はいはい。もういいだろ」

 俺はそう言って逢沢が言おうとしていた言葉を遮った。


 逢沢は肩をすくめてから再び俺の肩をたたく。

「青春委員。ガンバ」


「おう」

 逢沢は正門近くにいる同じ部の友人たちの元へ駆けていった。

 俺は大きく息を吐いて周りを見渡す。そろそろ来てもおかしくないよな。すると、ぞろぞろと日焼けした坊主頭の集団が姿を現す。


 目当ての人物である早川を見つけた。俺はその集団に合流するように歩くと。早川は俺に気が付き一人で早足になる。

「そんなに俺と接触したくねえか」

 もちろん、俺は逃さないように歩くスピードを上げた。そのうち追いつくように。


 だが、早川はそれを確認するとさらにスピードを上げる。すかさず俺もスピードを上げる。それの繰り返しだ。何度も何度も繰り返して、いつの間にか互いに走っていた。

「逃げんなよ早川!」


 ここのところずっとこうだ。早川は俺を見つけると姿をくらます。だから教室に行っても毎回いない。なんなら同じクラスの春風ですらほとんど接触出来なかったらしい。

 そんなこんなでもう木曜日。こっちもなりふり構ってられなくなった。


 この野郎!今日も逃げられると思うなよッ!!

 俺のブレザーと鞄は青春室に置いてある。それはつまり、走るのに邪魔だと判断したからだ。


「ああ!くそったれ!」

 俺は力を振り絞るように吐き捨て、早川を捕まえようと必死になって走っていた。

 流石は現役野球部といったところ。だけどその重い荷物が邪魔だよな。現に俺と早川の距離はみるみるうちに縮まっていた。こうなる展開を予想して準備していた俺の勝ちだ!

  

 早川は俺との距離を確認しようとチラリと振り向く。だが、俺の予想以上の追い上げのおかげか、早川は焦りを感じ無理矢理走るスピードを上げる。

 だが今の俺の敵ではない。

「もう止まれ!早川!!」


 だが逃走者こと早川力也は応じるつもりは無いらしい。走る足を止めようとしない。すると、肩にかけていた荷物を外して手で持つと、前方にいる同じ学園の生徒に無理やり押し付けた。

「取りに行くから預かっといてくれ!」

 早川はそう叫ぶと走るスピードを一気に上げた。


 荷物を押し付けられた生徒は固まったままで状況整理が出来ていない様子だ。

 

「こっの!」

 俺は走るスピードを一段階上げた。ここで振り切られたらもうおしまいだ。だが、荷物を持っていた時の早川と今のそれとじゃ全然違う。ぶっちゃけ、これ以上距離を離されないことで精一杯になっている。

 そして、このまま走り続けたら間違いなく俺が先にガス欠になる。最近まで帰宅部だった俺にはとても酷な話だ。


「はあはあはぁ―――」

 息が荒くなる。

 気付けば早川と俺は学園から離れた河川敷まで追いかけっこをしていたようだ。バックにある夕日が俺たちを照らす。


 くっそ。こういう展開ってだいたい物語の主人公が追いかけられる側なんだよな。ああもう、こんな時でも青春委員はサブキャラみたいな扱いなんだなちくしょう。


 ふと俺は、今走っている河川敷の斜面を見た。雑草が綺麗に刈られており芝生のようだ。そして斜面を降りきると芝生のような平地になっているということを。

 バランス崩してこっから転がり落ちても大怪我はしなさそうだな。痛いだろうけど。


 どうすれば逃げ続ける早川を止められるか。その解を思いついた。だが、それは少々危険だ。しかしこの河川敷は都合よく斜面が急というわけでなく、高低差があるわけでもない。


 俺は空気を吸い込み、地を蹴る足に残った体力全てを賭ける。


 一気に早川に迫る。それに気がついたとしても、もう遅い。

「恨みっこなしだぞ!」

 俺はそう吐き捨て早川の肩を掴むと、体重をかけて横になぎ払い。

「歯食いしばって受け身とれよな!」

 バランスを崩した早川と共に俺は河川敷の斜面を転がり落ちる。


 全身に地に打ち付けるような痛みを感じるが頭を守るので精一杯だ。やがて平地まで転がり落ち、勢いを失ったところで止まった。


「痛ってー・・・」

 俺は腰をさすりながら上体を起こすと、呆れた様子の早川が芝生の上を座りながら見てきた。

 そして、早川は疲れ果てたように大きく息を吐き出した。

「はぁー。なんでこんな危ない目にあわなきゃいけないんだ」


「お前が逃げるからだよ」


「だからってこれはないだろ」


「お互いに目立った傷はないからいいだろ?」

 俺はゆっくりと立ち上がろうとすると腰に痛みが走った。骨が折れてる程の大袈裟なものではないと思うので、ただの打撲だろう。

 痛みを感じさせないよう平静を装いつつ立ち上がった。


 早川も釣られるように立ち上がる。どこかを痛がる素振りを微塵も見せないので早川は大丈夫そうだ。

 もう観念したのか再び逃げ出そうという素振りを見せない。まあ、ぶっちゃけもう俺には追い駆ける余力は無いし、腰に響くだろうからありがたい展開だ。


 さて、ここから説得という名のラストチャンスだ。

「単刀直入言う。日曜の遠野とのデートどうするつもりだ?」


 早川は苦い顔をしながら俯く。

「デートは無しだ」


「そうか。なんでまたデートを無しにするんだ?」


「分かってんだろちくしょう」


「悪いが俺にはデートを無しにする理由に心当たりはないな」


「お前ッ!」

 早川は唇を噛み締め俺の胸ぐらを力任せに掴んだ。


 痛ッ―――。

 俺は思わず腰の痛みに相貌を歪める。だが、薄ら笑ってみせる。

「なに勝手にキレてんだよ。俺は言っただろ?早川、お前が遠野とのデートを無しにする理由がわからないって」


 早川は舌打ちをして俺の胸ぐらから手を放した。俺はほっと安堵する。

「まあ、俺もそこまで意地悪じゃないから知ってることは教えてやるよ」

 俺は早川から睨みつけられているのを感じながら続けた。

「確かにあの日、遠野唯は青春委員のもとに来た。そして、早川とのデートを無かったことにしたいと言ってきた。お前が知ってるのはこれぐらいだろ?」


「ああそうだ。もうそれで十分答えが出てるじゃないか!」


「答え?何が出てるんだ詳しく教えてくれよ」


「だから!遠野は俺とデートに行きたくないって!」

 悔しそうに早川は続けた。

「あの時、誘いに乗ってくれたのだって俺を傷つけないためだったんだ。だから断れなかった。そして青春委員を使ってでも俺を傷つけずに断るのに協力して欲しいって頼みに行ったんだろ!?違うのかよ!遠野は俺のことなんかちっとも好きじゃねえんだ!!どうなんだよ!?」


「ああ?勝手に被害妄想膨らませてんじゃねえよ!!悲劇のヒロイン気取りかお前はッ!!」

 今の早川に無性に腹が立って仕方がない。

「いいかこっから先はお前が知らないことだ。この際だ全部教えてやる」


 早川の反応を気にすることもなく俺は続ける。

「遠野がお前とのデートを無かったことにしようとしたのには理由がある。遠野はお前とのデートの約束をした後日、ある陰口みたいなものを聞いてしまった。それは、遠野と早川じゃ釣り合わない。付き合いでもしたら早川が可哀想だってな」


「は?なんだ、それ・・・」

 予想通りの反応を見せた。


「そうだ。言うならば、女の嫉妬みたいなもんだ。まあそのせいもあって見事に遠野の心は折れたみたいだけどな」


「だから、遠野は無かったことにしようとしたのか」


「そうだろうな。自分を守るために。そして早川、お前を守るため、いいや違うな。お前に迷惑をかけないためにデートを無かったことにしようとしたんだ」

 

 早川は俯き唇を噛み締めていた。

「だったら、なおさら、デートは無しにしなくちゃだろ・・・」


 俺は思わずため息をこぼす。そう考えてしまうのも分かる。でも、それじゃ駄目だ。

「一つ聞いていいか。早川、遠野と付き合うのを諦められるか?好きであることをずっと隠し続けられるのか?」


「それは・・・」


「今言ったのは大袈裟な表現だけどさ。ここで引き下がってしまったらこのままずっと遠野との仲はぎこちなくなるだろうな。それでもいいのか?遠野のこと好きじゃないのか?」


「好きだ!大好きだ!!・・・でも今は関係ないだろ!!」

 行き場の無い憤りを俺にぶつけるように早川は叫んだ。


 攻め方を変えてみるか。

「何度も言うが遠野はお前とのデートを無かったことにしようと動いた。だけど、肝心な事が行われていない。分かるか?」


「分からねーよ!」


「うちの青春委員の確かな情報によると、遠野はお前にデートを無かったことにしてくれという断りの連絡を一切してないだろ」

 

「だからどうしたんだよ。俺は聞いちまったんだ!」


 そろそろ限界だ。

「何を聞いたんだよ。なんにも遠野から聞いてないだろ!いい加減にしろよ!!」

 俺は早川に詰め寄り力の限り胸ぐらを掴んで続けた。

「お前は何も知らないんだよ。何も知らないくせして勝手に思い込んで勝手に自己完結しようとしやがって。最初の勘違いもそうだ。遠野がお前のことが好きじゃないからデートを断りたい?ふざけんなよ!お前は遠野から言われたのかよ。好きじゃないって!言われてねーだろ!もしかしたら遠野はお前のことが好きかもしれないだろうが!!好きでもない相手からデートを誘われて了承すると思うか!?遠野がするわけ無いだろ!遠野がお前に誘われて喜んだあの笑顔だって偽物だったんだって思ってんのか!!勝手に楽な方に逃げようとするんじゃねえぇぇ!!」


「・・・それでも無かったことにした方が―――」

 力無く早川は呟く。


「だから、お前とのデートを無しにしたかったら遠野はもう連絡してるはずだ。だけどまだしていない。なんでか分かるか?」


「分からない」


「遠野だって本当はお前とデートに行きたいんだよ。だから断りの連絡をしない。なんなら青春委員の俺だってデートを無かったことにしろってお前に言ってないだろ」


「ご都合主義の考えだろ」


「それで何が悪い。ご都合主義じゃないと恋愛なんかやってられっか」

 俺は早川の胸ぐらからゆっくりと手を放した。

「多分、遠野はお前とのデートに行きたい気持ちとそれは良くないって気持ちの瀬戸際だ。だからお前が連れ出してやれよ。遠野唯のことが大好きな早川力也が手を差し出すだけでいいんだ」


 早川の表情に落ち着きが見えてきた。

「俺は・・・」


「こっから先は早川、お前がどうしたいのか。自分で決めろ」

 そう言って俺はズボンのポケットからスマホを取り出して春風に電話をかける。

 ワンコールで春風の反応があった。

『もしもし京橋君!どうなったの!』


「おう、まあ、一旦落ち着けよ。用があるのは遠野なんだから」


『りょーかーい』

 春風がそういった後ガサゴソと音が聞こえる。春風が遠野に代わろうとしているのだろう。

 俺はスピーカーにしてからスマホを早川に渡した。


 受け取った早川は呆然としていたが。

『もしもし』

 遠野の声が聞こえた瞬間、慌てたようにスマホを耳に当てた。

 スピーカーをオンにしているのに。俺は力を抜き今目の前の様子を見守る。


 早川は喉になにかつっかえている様子だったがなんとか口にする。

「・・・と、とっ、遠野!」


『はいっ!』

 スマホの向こうの遠野は驚いた声を上げる。その様子が目に浮かぶ。


「青春委員から聞いた。無かったことにしたいということ、その理由」


『うん』


「俺は遠野の考えを尊重するべきだと思う」


『ッ―――』

 それから少し二人の間に沈黙が流れた。嫌な沈黙だった。

 

 そして沈黙を破ったのは弱々しい声。

『そう、だよね。うん、なら決まりだね』


「だけど!!」

 早川は何か決意したように声を上げた。迷いのない力強い目。

「俺は遠野とデートがしたい。周りがどうこう関係ない!俺は遠野がいいんだ!もしそれでまたなんか言われたとしても守るから!だから―――」

 力一杯の誠心誠意で頼んだ。


「俺とデートしてください」


 スマホからは涙をすするような音が聞こえ、落ち着くのを待たずして彼女は言った。

『はい!』



   ●     ●     ●     ●     ●     ●



 夜の七時過ぎ頃に俺は青春室に戻ってきた。

「まったく、何をしたらこんなにボロボロになって帰ってくるのかしら」

 白石は呆れた様子で俺をまじまじと見る。そして俺の後ろに回ると。

「えいっ」

 可愛らしい掛け声と共に、軽く背中を叩いた。  


「痛ッー!?」

 俺は思わず叫んで背中を抑える。

「なんだよなにすんだよ!人の弱点につけ込むとか良くないぞ!」


「フフッ。まさかそんな反応をするとは思ってなかったわ」


「いやいや予想通りなんだろ。背中の痛めてる部分をピンポイントで攻撃するなんて普通じゃできないって。あれか、白石は天性のドSなんだな!」

 

「あら、あなたの背中を見れば簡単よ。一箇所だけカッターシャツに穴が開いているし、その下に着ているシャツもその部分が傷んでいる。そして周りは明らかに新しそうな汚れ」


「すげえな。探偵白石水穂の誕生だ」


「ほらほら、馬鹿なこと言ってないで、カッターシャツ脱ぎなさいよ」

 白石は棚から何かを取り出すとソファーに座った。

 俺は素直にしたがうことにした。ここでまた馬鹿なことを言ったら本当に相手にされなくなりそうだと思ったからだ。


 俺は脱いだカッターシャツの背中の部分をまじまじと見つめながら呟く。

「もしかして縫ってくれるのか?」

 いま自分の目で確認したが確かにカッターシャツには穴が開いていた。おそらく、河川敷の斜面を転がり落ちている時に、出っ張った大きめの石か何かの上を通ったのだろう。これが頭に当たっていたらと考えると寒気がする。 

 次からは絶対にあんな事はしないと心に誓った。


 白石は俺からカッターシャツをスッと取ると、器用な手付きで縫い始めた。

「これぐらい簡単なものよ」


「そっか。ありがとな」


「青春委員として働いてくれたのだからこれぐらいは当然よ」


「素直じゃねーの」

 俺はそう言ってソファーに座り、黙々と縫ってくれる白石を見ていた。

 

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