青春委員として3
さてどうしたものか。
無事帰宅した俺は着替えもせずに、ただ何をするわけでもなくベッドで横になっていた。
「腹減ったな」
ただそう思っても体は動かない。
あんなこと言われたら、もうどうしていいのか分からない。青春委員の今後の方針もぶれぶれになってしまったに違いない。今までのは何だったのだろうか。このままだったら水の泡になる。
そう考えると馬鹿らしくなってきた。
こんなにあっけないものなのか・・・。
「あいつら何してるかな・・・」
天井を見上げながら呟いた。
返事を返してくれる者はおらず、時計の針の音だけが聞こえる。無駄に時間が経過していくのを感じていた。
何か行動を起こそうとしても俺だけじゃ無理だ。それが分かっているから今の俺じゃどうしようもない。あの二人もどうにかしようと動いてくれたとしてもこればっかりはどうなるか。
「もう諦めた方がいいのか」
俺は今の時間を確認しようとポケットからスマホを取り出す。するとタイミングを見計らったかのように、電話の呼び出し音が鳴り響いたのだ。
電話をかけてきた相手は、春風美咲。
● ● ● ● ● ●
「はあ、はあ、はあ」
息が荒くなっている。当然だろう。電話を受けて急いで飛び出し、信号などに運よく引っ掛かることなく走り続けているのだから。
目的の店の看板を見つけ、ゆっくりと走る速度を落として歩くのに移行する。制服で走っていたこともあってか体が大分火照っていて、熱がこもっている。額に浮かび上がった汗が頬を伝い流れ落ちていく。
暑い~。
店の前まで歩いた俺は深呼吸をする。扉を開け入店すると微かに心地よい風が俺を掠めていく。やはり今は夏というわけではないので冷房がガンガン効いているわけではない。ブレザーを脱ぎ脇に抱える。
店内をぐるりと見渡すと奥の席で春風が手を振っており、白石もいることを確認する。
俺が二人のいる席に着くと、気を利かせたウエイトレスさんがお冷やを持ってきてくれた。
「ありがとうございます」
「ご注文などがあればお呼びください」
そう言って笑顔を見せたウエイトレスさんを俺は目で追いかけていた。大学生だろうか。とても大人びていて綺麗だ。
俺は大人びていて綺麗な大学生であろうウエイトレスさんが持ってきてくれたお冷やを飲み生き返った気持ちになる。
白石と春風は先に来ていたこともあって注文を済ませているようだ。その証拠に飲みかけの紅茶とメロンソーダが彼女たちの前に置いてある。
俺もなにか注文しようかと思ったが、ウエイトレスさんが忙しそうにしていたので止めた。
さて、本題に入ろう。
「んで、ここに呼び出してどうしたんだ?」
「いやいやー、まさかあの状況で帰るって選択肢はないよ」
そう言って春風は目を細くした。
「だから呼び出したってことか」
「そうだよー。因みに呼び出そうって言ったのは水穂だよ」
俺は春風の横で紅茶を飲んでいる白石水穂を見る。すると彼女は俺からのジト目の視線に気が付き。
「あら、どうしたのかしら」
そう言って軽く首を傾げてみせた。
「あのー白石さん?どうせ呼び出すなら、あの時に止めてくれてもよかったんじゃ」
「ごめんなさい。あの時はあなたの事を一切考えてなかったの。多分適当な返事をしたと思うわ。と言うかあなたいつ帰ったの?」
「そうですか」
白石にとって俺は空気のような存在だったらしい。
春風はまあまあ落ち込むなと俺を宥めるのだが。
「でも帰る時は挨拶してくれないと!」
「お前は俺のオカンか」
「お、オカン・・・」
春風はオカンと言われたことに打ちひしがれる。
軽いツッコミのつもりだったので、ここまで彼女に攻撃力があるとは思はなかった。オカンはパワーワードらしい、春風にとって。
俺はチラリと白石を見る。相変わらず落ち着いているようだが、俺が帰ってから事態がいい方向に転んだとは到底思えない。もしかして、諦めたのか。
「白石。今後どうしていくんだ?」
俺の問いかけに彼女は一呼吸開けてから言った。
「早川力也君の依頼を諦めるのか諦めずに続けるのか、今ここで決めましょう」
「えっ?」
間抜けな声を出したのは春風だ。こういう話し合いになるとは彼女は思っていなかったのだろう。多分春風のことだから、この状況をどうにかして二人をくっつけようなどといった話し合いの展開を予想していたに違いない。
でもそうはならなかった。
「ここで引いてしまうのもありだと思うのだけど、二人の意見を聞いてから決めるべきと判断したの」
そう言った白石は春風と俺を一瞥する。
ぶっちゃけ、ここが最後の引き際だと思う。ここで引かなかったら底なし沼のようにずるずるとはまってしまい抜け出せなくなるだろう。挙げ句の果には今月の青春委員としての目標を達成出来ずに、この中から退学者が出るというバッドエンドに辿り着くかもしれない。
ここは諦めて新しい依頼をこなすという選択が賢いと思う。
だが。
「私は一人でも続けるよ!こんな酷いすれ違いの終わり方なんてあんまりだからね」
春風は胸を張って力強く言った。俺と白石はこの依頼から引いてくれていいと伝えるように。
俺はため息を吐く。このお人好しは。
「俺も続ける。春風一人がどうこうしたって無理だろ?」
舞台から降りてしまった二人をまたそこに上げるには、こうする他ない。
すると、白石は肩を揺らしながら笑っていた。
「ふふっ、まったく。本当に予想通りの展開ね。ええ、いいでしょう、そうしましょう。早川君と遠野さんをくっつけましょう。青春劣等生として抗ってみせましょう!」
心底楽しそうに宣言する彼女を見て、俺と春風は思わず笑ってしまった。
だってそうだろ?リスクが高い選択をしたんだ。失敗すれば退学してさよならだ。誰かの青春を助けるために自分の学生生活を賭けるだなんて聞いたことがない。やっぱり馬鹿げてる。だけど、そんなことに本気で挑むんだ。
だから、心の底から笑える。
三人で笑いあい、落ち着いたところで白石はわざとらしく咳払いをした。
「ではこれからどうするか大まかに決めましょうか。あの二人をカップルにするために」
彼女の宣言を皮切りにこのメンバーで最後になるかもしれない、青春委員の作戦会議が始まった。
俺から言わせてもらおう。
「まず自信を失った遠野と勝手な思い違いで自暴自棄の早川をどうにかしなくちゃいけない」
おそらくこれが最初にして最後の難所だろう。
「唯なら任せてよ!私が何が何でも立ち直らせてデートに行かせるから」
「そうね。遠野さんは美咲さんに任せて問題ないでしょう。そして早川君の担当はもちろん京橋君になるわね」
「だな。明日から早速当たっていくことにする」
「大方決まったわね」
「だな。白石はどうするんだ?」
「私は私で調べたいことができたから、それが終わり次第美咲さんに合流するわ」
白石はそう言うと残っていた紅茶を飲み干し席を立つ。
「それじゃあ私はもう行くわ」
俺は軽く返事をして彼女を見送った。
残った俺と春風は互いに目が合うと不安な表情を思わず浮かべていた。
「遠野はなんとかなりそうか?」
「さっきは勢いで言っちゃったけど、ほんとは不安。一応まだ早川君に断りの連絡はさせてないんだけど、日曜日までに間に合うか・・・」
「そっか」
断りの連絡をさせてないと聞けて少し俺はホッとした。まだ抗う余地はある。
春風は残っていたメロンソーダを飲み干し、自信無さげに言った。
「上手くいくかな」
「さあな。こればっかりはもう分からねーよ。ただ、ここまで来たんだ、なら最後まで面倒見てやろうぜ」
「そうだね」
春風のグラスが空になり話も一段落したので、会計を済ませてここで別れた。
俺は今後の青春委員としての方針が知れたので内心ホッとしていた。多分、安心している余裕なんて無いのだろうが。
明日から俺は早川をデートに行かせられる状態にしなければいけない。もちろん精神的な面でだ。今日の状態からして、勝手に悪い方に捉え続けているかもしれない。
本当はそんなに思い悩む必要なんかないのに。ああ、面倒くさい。手がかかるしょうがねえ奴だ。
「明日から頑張るか」
呟きながらギュッと手を握り締めた。
それから、三日後の木曜日。
俺は未だに早川力也を説得しきれずにいた。




