青春委員として2
「え、ちょっ。ちょっと待ってよ唯」
一番早く声を出して反応したのは春風だった。しかし、そんな彼女ですら困惑しきっていて今の状況を把握できていないという様子だ。
「どうしたの美咲?今言った通りだよ」
遠野は淡々と言う。
「私は早川君からの誘いを断りたいの」
「だからそのことだよ!」
春風は机を叩いて身を乗り出す。机に置いてあったティーカップが音を立てたこともあり、春風はハッと我に返った。冷静さを完全に失っていたようだ。
白石は息を吐き、新しい空気を吸い込んだ。頭よ働け、そう命じるように。
「遠野さん。あなたは何故、早川君からの誘いを断りたいの?」
「そうだよ!唯、あんなに喜んでたじゃん!」
春風はすかさず援護射撃をした。
しかし、今の遠野には効いている様子はない。ただ淡々と落ち着いている。
「私、早川君とデートに行っても良いことがない。だから今更ながら断りたいの」
遠野の言葉に引っ掛かりを感じた。
「良いことがない?どういう理屈でそんな事が分かるんだよ」
「え?どういう理屈って言われても」
「ああ、悪かった。理屈なんて言ったって難しいだけだよな。俺もあるぜ?例えば明後日遊ぶ約束をしてたけど、いざ実際その前日になったらめちゃくちゃ遊ぶのが面倒くさいとか思ったりな。そういうことか?」
返ってくる答えはノーだろう。それを予想した上で聞いている。俺は彼女が早川に誘われた時に見せた幸せそうな気持ちを偽物だとは思っちゃいない。いや、偽物だと思いたくないのだろう。
遠野は俺の問に対して首を横に振った。ノーだ。
「そんな理由で断らないよ」
「じゃあ断るに相応しい理由を言ってくれよ」
「だから良いことがないんだってば」
「ねえ唯。良いことがないって何なの?良いことって何?」
春風も引っ掛かりを感じていたようだ。白石も気が付かないはずはない。
今の遠野は見えない鎧で武装しているように感じられる。ならば、その鎧を無理矢理破壊してでも本心を聞き出す他ない。
遠野は言葉に詰まりどう返そうか言いよどんでいた。そんな彼女に俺は淡々と言う。
「ああ、そうか。その良いことっていうのは、遠野にとってという意味か。なら話は簡単だな。お前は早川のことが嫌いなんだ。だから一緒に遊んでもこっちからすれば全く楽しくないし、時間の無駄。だから断りたい。違うか?お前は早川が嫌い。そうなら早くそう言えよ」
遠野は唇を噛み締めながら僅かに震えていた。
「ええ、そう。・・・そう!私は、・・・早川君が嫌い」
「嘘だよ!そんな嘘つかないでよ唯!!」
春風は叫んでいた。そうだ、遠野のことをよく知っている春風なら反発してくれると思っていた。
遠野は春風に気圧されている。そんな彼女に白石は優しく畳み掛ける。
「青春委員は嘘で動くことができないの。だからあなたの本当の思いを教えてもらえないと動けない。大丈夫、怖がらないでいいわ。あなた達の、遠野唯さんの青春の手助けをするために私たちがいるんだから。だから、本当はどうしたいのかを言ってもらえるかしら」
「・・・白石さん」
鎧が少し破壊された。そして遠野は手を握りしめて言った。
「私は、早川君が好き。だから二人で遊ぼって、デートに誘ってくれた時はとても嬉しかった。心臓が飛び出るかと思った」
そこで彼女の言葉は止まる。
「だったら・・・」
「でも、私じゃ、早川君に釣り合わない。駄目なんだよ、私なんかじゃ」
遠野が今にも泣き崩れそうな顔をしている。そうなるまいと必死になって堪えているのも分かる。
今は俺からは何も言わない。二人に任せる。
白石は俺を一瞥してから遠野に向き直った。
「なぜそんなに卑屈になるのかしら。釣り合う釣り合わないなんて、なんでそんなことを考えるの。気にする必要なんかないわ。あなたは早川君が好き、それで十分じゃない」
それでも遠野は首を横に振った。
「今日ね、聞いたんだよ。私と早川君が仲いいねって話を」
力強く握り締められた彼女の拳の震えが腕を伝い全身に広がっていく。
「最初は周りからもそう見えてるんだって思えて嬉しかった、けど。私と早川君じゃ釣り合わないよねって。付き合いでもしたら早川君の見る目ないよねって。早川君が可哀想って―――」
息を呑まざるを得なかった。なんだよそれ。
遠野の頬が涙で濡れ悔しそうに呟く。
「・・・わたし、そんなにっ。駄目なのかな」
かけてやる言葉が分からない。俺が下手に励ましても意味がない。
春風は遠野の横に移動して彼女の背中をさすり、励ましの言葉をかけ続ける。
事態はあまりよろしくないらしい。
遠野は完全に自信を失っている。その結果、早川とのデートに行かないという選択をするということは、自分を守るという意味合いだけでなく早川を守るということにもなる。
彼女はそれが最善なんだと考えているはずだ。早川に対する彼女の気持ちを外に出さずにうちに秘めている事が一番なんだと。
白石は引っ掛かることがあるのか、泣いている遠野に質問をする。
「その、聞きにくいのだけど。遠野さんと早川君のことを話していた人は誰か分かるかしら?」
「分からない」
「そう」
そう言うと白石は眉間にシワを寄せ、口を真一文字にして考え込みだした。なにか思う所があるのかもしれない。
「俺からも質問していいか?」
遠野は俺を見ながらゆっくりと頷く。これから聞くのは分かりきっていることなのだが、あくまで初耳だということを忘れてはいけない。
「断ろうとしているデートとやらは、早川から誘ったんだよな?」
「そう、早川君」
「そうか。ならさ、遠野が早川に釣り合う釣り合わないとか考える必要ないんじゃないのか?」
「どうして?」
「だって早川から誘ったんだぞ。早川は遠野が良いんだって選んだんだ。例えばの話だけど、早川が自分に釣り合う釣り合わないで女子を選んでいるとする。それじゃあ早川は自分に釣り合わないと思っている女子をわざわざ自分からデートに誘うと思うか?断言してやる、誘うわけない。だからさ、早川がそういう男だったとしても遠野は早川にとって釣り合うと思われているって考えて良いんじゃないのか?」
「そうなのかな・・・」
「そうだ!」
俺は力強く言い切った。ご都合主義の考えだとしても遠野には自信を取り戻してもらわなければ困る。
春風も遠野の自信を取り戻そうと元気づけようと言葉をかけている。
「ありがとう・・・」
ポツリと遠野は呟いた。一瞬立ち直ったのかもしれないと期待をしてしまう。だが。
「ごめん!私は早川君とのデートに行かない!!」
そう言い残すと遠野は泣きじゃくる顔を手で隠しながら青春室を逃げ出すように飛び出してしまった。
「待ってよ唯!」
春風は彼女を引き止めようと青春室を飛び出す。
このままにしてはマジでやばい。そう思った俺も遅れて追いかける。青春室を飛び出し曲がろうとすると春風が困惑しきった様子で立ち止まっていた。
今日ここにお前が来るだなんて誰も思っていなかった。
青ざめた顔の早川が立っていたのだ。彼の瞳には光がもう見えない。
展開としては最悪。俺は春風の背中を叩き。
「遠野を任せた。こっちは引き受けるから」
そう言うと、春風は無言で頷き廊下を力一杯駆けていった。
さて、俺はこいつをどうにかしないと。
「どうしたんだ早川―――」
「今の話はなんなんだよ!!」
早川は叫び声と共に両肩を力強く掴んできた。俺は痛みで思わず顔をしかめた。両手を使って俺の肩から早川の手を無理矢理どかす。
「どこまで聞いてたんだ」
率直に聞く。ここであーだこーだの言ってごまかしたところで意味がないと判断したからだ。
「今ここに来たら、遠野が、俺とのデートに行かないって聞こえてきて。なあ何か知ってるのか!?俺が何かしたのか!?」
「何もしてねーよ!」
早川がここに来たのは本当に今さっきだという事が分かった。そして、こいつに遠野が言ってたことを洗いざらい話してしまおうかとも思ったが、良くないのではと思い言い淀んでしまう。
そんな俺の様子を見ていた早川は唇を噛みしめ睨む。
「ああそうかよ。知ってるけど言えないんだな」
「ッそれは、」
「いやもういいよ。気遣いさせて悪かったな」
「お前、何を言ってるんだよ」
「だからさあ!!遠野が俺のことを嫌いだから、二人でデートに行くのが嫌になったんだろ!?はっきりそう言えよ!!」
そう言って早川は踵を返して苛立ちながら歩いていく。
「なっ、待てよ」
俺は早川にそう呼びかけた。だが追いかけようとすることは出来なかった。そのうち早川の姿は消え、俺はただ一人ここに取り残されてしまった。
あーあ。やっちまったよ。
俺は一人青春室に戻り、ソファーの横に置いていた鞄を肩にかける。白石はまだ何か考え事をしているようだ。
「悪いけど、もう帰るわ」
俺はそう呟き青春室を後にする。
「そう」
白石の興味なさげな返事を今の俺はありがたく受け取った。




