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青春委員として1

 結局、日曜日に早川と二人でショッピングをしたためか休日といっても疲れが取れたわけではなかった。むしろ、服屋で中学ファッションを発揮しようとする早川を抑えるので手一杯で疲れが溜まる一方だったのだ。

 そんなこんなで月曜日の登校を迎え、冴えない顔をしたまま俺は学園の正門を通過する。


 一限目は世界史だったかと考えていると、今まで堪えていたあくびを思わずしてしまう。瞼は重く目は充血、足取りが重ければいつもより足の回転が遅い。寝不足なのである。


 理由は単純明快。古典の授業で枕草子の現代語訳を指定範囲やってこいという宿題があったからだ。古典が得意というわけでもないので、それなりに時間がかかった。

 今思えば誰かに見せてもらいそれを丸写しすれば良かったと思うが、なぜか昨日の俺は日をまたいでも気にすることなく宿題に打ち込んだらしい。ほんと真面目。誰かこの頑張りを過大評価して!それだけで救われた気持ちになるから。


 結論を言ってしまえば、早川と古典の宿題が今の俺を苦しめているのだ。


 下駄箱にたどり着き、上履きを掴むと地面に落とした。

 靴の履き替えがこんなにも面倒くさいとは。やはり、寝不足にはなるものではない。その日の九割損してる。

「ふあぁぁぁ~、くそ眠い」

 上履きに履き替えた俺は適当に脱いだ靴を下駄箱に放り込んだ。


 こりゃ眠気覚ましに一杯飲んどくべきかもしれない。

 俺は教室に向かおうとする生徒の流れから抜け出して、一人で廊下を歩く。

 炭酸強めのエナジードリンクが至福なんだよなー。


 廊下の突き当たりを曲がり、お目当ての自販機に目を向けると白石がいた。彼女は俺に気付く様子はなく、自販機の取り出し口からペットボトルのお茶を取り出した。


「おはよーさん」


 声をかけると気付いたようだ。

「おはよう。珍しいわね、朝からここで出会うのは」


「朝、ここで会うのは初めてだよ。それに用もなけりゃ朝からここに来ることねーし」

 そう言って、ポケットから財布を取り出し自販機を見る。

 げっ、エナジードリンク売り切れかよ。


 財布を握りしめたまま小銭を取り出せないでいると、お茶を一口飲んだ白石が尋ねてきた。

「そういえば、本当に昨日行ったのかしら?」


「昨日?あー、早川と行ったよ」


「そう。変な服を買わせたの?」


「そんなことしねーよ。慣れないなりに頑張って服を選んだ。まあ、無難な感じにしといたよ」


「なら良かったわ。慣れてないのに、変にお洒落な服を着るのは苦しいでしょうし」

 そう言って一息ついた白石は俺の顔を見て意地悪な笑みを浮かべる。

「寝不足かしら。酷い顔よ?」


「だろ?今日は俺をいたわってくれ」


「しっかり働いてもらうわ」


「容赦ねーのな」


 白石は楽しそうに微笑む。やはり彼女の一挙一動は何をしても奇麗だ。だからといって俺の体調が優れるわけでもない。やはりエナジードリンクを俺の体は欲しているようだ。

 すると、白石は俺が財布を握り締めたままであることに気が付く。

「それより、買わないの?」

 自販機を指さしながら言われた。


「もちろん、買うに決まってるだろ」

 俺は一三〇円を入れてボタンを押す。

 ガランッと音を立てて落ちてきた黒い缶を取り出し、勢いよく開けて飲んだ。


 うえぇぇぇー。不味い。


 どうやら表情に表れていたようで、白石は再び笑みを浮かべていた。実に愉快そうだ。

「それじゃあ、また放課後ね」


「ああ、放課後な」

 俺はそう言って白石を見送った。

「はぁー。・・・たっく、慣れねーことはするもんじゃないな」

 飲みかけの黒い缶に目を向ける。ブラックコーヒーと印字されており、中にはまだニ割ほど真っ黒の液体が残っているだろうか。

 飲み干そうと思ったのだが、気が変わり自販機の横にあるゴミ箱にさよならした。そして口の中に残る苦い味を飲み干すように唾を飲んだ。


 学園中にチャイムが鳴り響く。先生たちが校門を閉め始める頃だろう。となれば、あと五分で一限目が始まる。世界史の授業を寝て過ごすということにはならなさそうだ。

 

 そんなことを思いながら教室に向けて足を動かした。


   ●     ●     ●     ●     ●     ●


「ねーねー、どういう服を選んであげたの?」

 青春室にて春風はチョコを食べながら聞いてきた。


「さっき言った通りだ。無難な感じにした」


「むうー。それじゃちゃんとした返答になってないよ!無難と言っても服には沢山の種類があるんだよ」


「上は白のシャツに黒のアウター。下は黒のスキニー。はい、おしまい」


「おおー、白と黒とではっきりさせてるんだね。まさに無難。でも、いいと思うよ!」


「俺もオシャレに詳しいわけじゃないからな。高くない店で失敗しない服選びだ」

 実際、七〇〇〇円もかからなかったはずだ。高い服じゃないとオシャレじゃないという輩もいるが、俺はそっち側の人間じゃない。安い服でも組み合わせ方で十分にオシャレに見せられるのだ。

 妹受け売りの言葉を俺は春風に言う。

「オシャレはな、投じた金額で決まるんじゃないんだよ。全ては自分に合った組み合わせなんだ。いくらオシャレな組み合わせでも自分に似合わなかったら意味がない。ならばどうするか。それが似合う自分になるようにするんだよ。これすなわち、自分磨き」


「おお、すごい。凄くいいこと聞いた気がする!」

 春風は感心しきった様子で拍手を繰り返す。


「ろくでもないこと美咲さんに吹き込むのは止めなさい」

 本棚の整理をしながら白石は呆れた様子で言った。


 俺は大きなあくびをしてから白石の方を見る。

「ていうか、今日は早川は来ないんだろ?もう俺帰っていい?」


「なんでそうなるのかしら。青春委員という事を忘れてるの?」


「休み返上して働いたじゃないか。眠いんだよ」

 朝にブラックコーヒー。昼休みには購買で買ったエナジードリンクを飲んでやり過ごしてきたのだがそろそろ限界だ。眠たい。ここに布団を用意してくれたならすぐに眠りにつける自信があるぞ。


「疲れの蓄積ね・・・。まあいいわ。今日はもう帰って休みなさい」

 意外だった。白石がすんなりとこんな要求を快諾してくれるとは。

 ならばそれに甘えるほかない!


 俺は立ち上がり鞄を肩にかける。

「じゃ、そういうことだから今日は先に帰らせてもらうわ。お疲れー」


「うん。お疲れー」


「しっかりと休みなさい」


 別れの挨拶をしたので俺はそそくさと歩き、扉に手をかけて出ていこうとした。

 すると、俺が扉に手にかけるのより先に外からノックが鳴り扉が開かれた。


 目の前にいるのは俺よりも身長が小さい女の子。ていうかこいつ見たことある。部活着ではなく制服を着ている。俺は思わずその子の名前を呟いていた。

「遠野、唯・・・」


 短髪の彼女は目の前にいる俺を見て驚いた様子で呟いた。

「え、なんで私の名前、・・・」


 俺はその瞬間、遠野に道をあけて春風と白石の方を見る。

「お客さんだぞ」


「ん?あー、唯どうしたのー?」


「やっほー、美咲。今日はね、―――」

 遠野は先程のことは気にすることなく青春室の中に入っていった。今は春風と白石が相手をしている。


 はあー、そりゃいきなり関わったことのない奴に名前を言われたら驚くよな。俺だっていきなり知らん女子に自分の名前を言われたら驚く。なんで、俺の名前を知っているのかと。

 同じ学園で毎日生活をしているわけだし、片方が知っていてもう片方は知らないという展開なんて十分にあるだろうが、今は青春委員として遠野唯のことを知っているのだ。そりゃこっちは身構えてしまう。

 早川力也の件を勘繰られているのではないかと。

 過剰かもしれないが、立場が立場なので仕方がない。

 今一番恐れるべきことは、早川と遠野のデートなどにこの青春委員が関わっているのではないかとバレることだ。いや、怪しまれるのもあまりよくないだろう。

 人によってはそういうのを酷く嫌う。


 白石、春風、遠野はソファーに座っている。どうやら青春委員に用があって来たらしい。ふと白石と目が合った。彼女はフッと微笑む。


 俺は帰るのを止めて戻った。いつもの位置に座って鞄をソファーの横に置く。いつも通り。もうこれは慣れた。


 遠野は俺を訝しそうに見てくる。

 すると白石は受け流すように自然に。

「彼は、京橋龍太君。最近青春委員になった生徒よ。あなたの記憶にも新しいと思うのだけど」


「む、そう。分かったわ」

 遠野の警戒心も白石に俺が青春委員の一員だと紹介されたことで弱まった。


「さて、今日はどういった用件で?」

 白石が端的に聞く。


 男の俺がいるから話しだしにくいのだろうか。だが、今回ばっかりは気持ちを汲んで外にぶらぶらしに行くというのはできない。もしかしたら今までの頑張りが水の泡になるかもしれないからだ。

 

 先程、遠野に早川とのことがバレているのが一番恐れなければいけないと考えていたがそれは違う。とっさのことで全然頭が回っていなかった。

 一番恐れなければいけないことは、遠野唯が早川力也ではない他の男子のことが好きだという告白、もしくは早川力也のことが好きではないという告白。


 もしそんなことを言われでもしたら非常にまずい。なんだかんだ言って上手く回っていたと思っていた歯車が崩壊する。立て直しが出来ない。


 遠野はゆっくりと口を開けて言葉を発した。

 その声が俺の鼓膜を揺らし体の力を一気に奪い去った。

 

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