依頼者ー早川力也7
「うあー、なんで土曜日なのに学校に来なきゃいけないんだー」
青春室の机に顔を伏せながら呟いた。心からの叫びである。
「仕方ないじゃない。依頼者たってのお願いなのだから」
そう言って白石はお茶と紅茶のパックを手に取りどちらにするのか悩んでいる様子だ。
俺は上体を起こしてソファーに深々と座り込み天井を見上げる。
「土曜日は怠惰な生活を送るはずだったのに」
「あら、ずっと実行しているじゃない」
「土曜日なのに学校に来てるんだぞ。怠惰じゃないだろ」
「そうかしら」
そう呟いた白石はクスっと笑い俺の前に湯気の立ったティーカップを置いた。中は真っ黒に染まった液体で揺れている。
俺の注文通りコーヒーを淹れてくれたようだ。苦そうな匂いが鼻に入り込んでくる。
俺は飲みやすいように調節しようとしたのだがミルクもガムシロップも砂糖もない。なんで?
「ここに来て一時間ほど眠りこけて、さっきまで相談者が来ていたのに一言しか発しない怠惰な人間にはブラックがぴったりよ。人生の辛さをこのコーヒーを通して知りなさい」
「怠惰な人間には甘ったるいカフェオレがちょうどいいんだよ」
俺はそう言って、ブラックのコーヒーを飲んだ。
やっぱ苦い。
人生で苦くて辛い思いをするんだからコーヒーぐらいは甘ったるくてもいいじゃないか。そんなことを考えながら再びコーヒーに口をつけ飲み干した。
苦さで複雑な顔になるが飲み干したぞとアピールするべくマグカップを机に置き白石を見る。
白石はそれに気が付くと笑みを浮かべて、―――俺のマグカップに真っ黒の液体を新たに注ぎ込んだ。
そして、白石は自身のカップに良い匂いのする黄金色の液体を注ぎ込み一口含む。
俺は唖然としながらその姿を眺めていると彼女と目が合う。
俺にもそっちを淹れてくれよ。
白石はにっこりと微笑んで呟いた。
「早くそれ飲まないと残りのブラックが淹れられないわ」
「ごめんなさい。次からはもっと親身になって考えます」
「ええ。そうしてもらえると助かるわ。今日は美咲さんがいないわけだしね」
「いいよなー。ショッピングだろ?」
「仕方ないじゃない。遠野さんに急遽呼ばれたのだから。大方、来週のデートに来ていく服を買いに行ったりしてるんじゃない?」
「それならいいけどさ」
遠野が早川とのデートに乗り気ならとても良いことだ。まあ、不安材料としては春風がうっかり口を滑らしてしまう事だ。このデートには青春委員が関与していると知られるのは人によっては抵抗を感じられるだろう。
腕を組んで昨日のことを思い返す。
早川のデートプランをコテンパンにした後、とりあえずボコボコにしてしまったことを悪く思い三人で励ました。主に、お前ならいけると。何の根拠もないゴリゴリの精神論で励ましたはずだ。今から思うと、なかなか酷かったと思う。だが、あれで早川は立ち直ったので結果的には良かったのだろう。
その後、大まかなデートプランを練り直し一応それっぽくなった。高校生の初デートにぴったりな初々しいデートプランだ。うん、よくできた。
「一応昨日立てたデートプランでもういいんだよな」
「そうね。本人も満足してたし、思っていたよりはいい感じだと思うわ」
「それなら安心。・・・そういや野球部の練習が終わってからもう一時間は経ってるよな」
「あら、いつの間にかそんなに経っていたのね。そろそろ来る頃じゃないかしら」
午後三時過ぎであることを確認するとソファーに座り直した。
今日は早川たってのお願いで彼のファッションチェックをすることになっている。とは言っても、俺はそこまでファッションに詳しいわけでない。最近流行っているシャツをズボンにインするようなオシャレと言われている服の着こなしなど怖くて怖くてやらない。
ああいうのは顔が良い人がやるから似合うのだ。つまり、ファッションも結局は顔で決まる。
一応早川はそれなりに自分のファッションセンスには自信があると言っていたし。安心して見られるはずだ。
シャツによく分からん英語が書いてあったり、ドクロとか十字架とか装備しないはずだ。ズボンからわけの分からんチェーンを大量にぶら下げていたりしないはずだ。
すると突然青春室の扉がノックされた。白石はいつも通り、どうぞーと言う。
勢いよく扉が開き制服を着ていない男が立っており入り込んでくる。そして、意気揚々と訊ねて来た。
「どうだ、この俺のファッションは!?」
「アウトー!」
思わずそう言っていた。隣の白石に関しては頭を抱えている。
まあそうなる気持ちも分かる。早川はデートで着る予定の勝負服を見せるからアドバイスくれと言っていた。またアドバイスかー・・・。
「なんで、アウト。え、これ駄目なの・・・」
そう言って早川はくるんと回る。隅々までよく見て見ろと言いたいんだろうが、そんな必要はない!俺ができることは、お前をアドバイスという名の建前で斬っていくことだけだ!
白石はため息を吐きだし何か言おうとしたが手で制した。ここは俺に任せな。
俺は立ち上がり早川と視線が合う。さあ、ありのままを伝えてやるだけだ。
「そんな中学生ダサダサファッションをしてよくここまで来たな。まさかそれが勝負服じゃないだろ。いや、ある意味勝負服かもしれないけど。ほらほら早くこれはネタだと言って笑うんだろ?なら早く笑ってくれ。ネタだって言ってくれ!!」
「あははは、・・・ネ、ネタにキマッテルダロー・・・」
顔を引きつらせて棒読みだ。
どうやらネタじゃないらしい。マジらしい。
俺はどこか良いところを探そうと早川の服をまじまじと見る。
白いシャツにはBeautifulManなどと英文がザッと印字されており、おまけにドクロもある。英文の内容とドクロの関連性が全く分からん。
首からは銀メッキの十字架をぶら下げており、今すぐにでも引きちぎってやりたい。
視線を落とすとズボンにまでも英文が侵食していた。
そして何を隠そうこれで早川はシャツをズボンにインしてやがる。もうそのファッションでそれをする勇気があるなら怖いものなしだ。
極めつけは白を基調としたベルトだ。ベルトのバックルがもう変身セットのようにしか見えない。おそらく毎日のようにこの変身ベルトで凶悪な敵と戦っているに違いない。日曜の朝は子供たちの人気者だ。
「は、早川後ろはどうなっているのか見せてくれ」
そのシャツの背中の部分が何もない無地ならばせめてそこを褒めよう。
「おお、これは背中もこだわってるんだぜ」
早川はそう言って体の向きを動かした。
こだわってる?今一番聞きたくない言葉ベストスリーだ。
「どうだ、これを作った人たちのこだわりに満ち満ちているだろ!」
「お、おお、・・・・・・」
早川の背中には魔法陣が刻まれていた。正確に言うなら、シャツの背中には大きく魔法陣が描かれていたのだ。もはや作り手の遊び心が暴走したとしか考えられない。
魔法陣の下にはMagicと印字されている。ライダーだけでは飽き足らず魔法少女にも殴り込みだ。あとは戦隊要素を取り入れるだけで、日曜の朝の顔になれる。子供たちにさぞ人気がでるだろう。
「もういいぞ。しっかりと見せてもらった」
早川は俺を真っすぐと見てくる。ああ、アドバイスくれって顔だな。
「京橋!このファッションで遠野のハートをある程度しとめられたらと思うんだが、どうだ!?」
「無理に決まってんだろうがあああああああ!!」
思わず叫んでいた。
ビクッと驚いたように肩を震わせた早川は相変わらず分かっていない。
「な、なんで」
「なんでだあ?いいか、今から一気に言ってやる。俺からの誠心誠意の本気のアドバイスという名のダメ出しだ!耳かっぽじってよく聞けえ!!」
もう容赦なく言ってやる。
「翻訳機にかけてみたくなるようなわけの分からん英文とドクロはなんなんだよ。英語とドクロはかっこいいとか思ってんのか中学生かよ!?首からぶら下げてる十字架はなんだよ毎日祈り捧げてんのかそんな装備品はいらねえんだよ!背中の柄とベルトで日曜の朝の覇権取りにいってるのかどうせならどこかに五色のアクセでも身に着けて戦隊ライダープリ〇ュアの完全制覇しろや!!そしてそのファッションでよくまあシャツインできるよな!?誰もが恥ずかしすぎてやりたがらない恥ずかしくないのかよ!!もしかしてそのファッションは時代の先取りとか言いたいのか!?少なくとも俺たちの生きている間にそんなファッションが流行ることないからな流行ったとしたらもう日本の終わりだ世界の終わりだ!!最後にその格好でよくここまで来たなお前の姿見た人ドン引きだぞ関わりたいと誰も思わない遠野もこの姿見たら付き合えるもんも付き合えなくなるわていうか二度と会話をすることもできないかもな!!それぐらいやばいファッションだって自覚しろ!!」
全てを吐き出し疲れ切った。体中の酸素が体外に放出されてしまったような感覚だ。頭がくらくらするのでソファーに座り込んだ。
「優しいわね」
白石はそう呟いてから冷めてしまった紅茶を飲み切った。
「結構ボロクソに言ったつもりだぞ。もしかしてもっと酷いことが言えるのか?」
「さあ、どうかしら」
不敵な笑みを浮かべて白石は紅茶を淹れなおしながら続けた。
「まあ京橋君だけの意見を当てにしちゃいけないと考えてるのかもしれないけどね、・・・世間一般的に見ても皆同じような評価をすると思うわ。早川君?」
早川は拳を握りしめ地面を俯きながら震えていた。もしかしたらキレているのかもしれない。ボロクソに言われたんだ。そうなる気持ちも分からないわけではない。
「・・・てつ、・・・・・・くれ」
「んン?」
「服を買うのを手伝ってくれ!!頼む!!」
早川は頭を下げてお願いをしてきた。
俺も白石も予想外の反応で驚きを隠せない。
また休みがつぶれるのか・・・。ため息を吐きだし早川を見る。
「しょうがねえな。最後まで面倒見てやるよ!」
期待と希望に満ちた早川の顔。
「ほんとうか!?」
「嘘ついてどーすんだよ」
互いに笑いあう。こうやって分かり合う、これが男の友情の始まりなのかもしれない。
「ありがとう。ああ、これで俺も大人の男になれる」
「それは違う」




