依頼者ー早川力也5
今日は金曜日だ。
明日、明後日が休みということもあってか、遊びに行く予定を立てている生徒たちがちらほら見受けられる。部活動に所属している生徒は部活があるのでそこには加わろうとしていないが、そっちはそっちで夜ご飯どっかに食べに行かないかという会話を繰り広げていたりした。
この学園に通っている生徒のほとんどが寮や安いアパートを借りるなりして暮らしている。つまり、親の目がないのでのびのびできるのだ。
非行に走る生徒が出てくるのではないかという懸念を持つ親もいる。しかし、なかなかこの学園は厳しかったりするので非行に走る生徒はいないと言い切れるはずだ。
一応、国が運営に関わっている実験的な要素を持つ学園なので、悪い意味で名前が出てしまうのを酷く嫌がる。なので、生徒を切り捨てるときは容赦がないとも言われている。
まあ、そんな学園の二年一組の京橋龍太こと俺は、青春委員に不幸にも選ばれてしまった。だが異性と付き合うことを禁止されたという面や青春委員としての責務を全うすることができていたら普通の高校生として平和な日常を過ごすことができるのだ。
今は五限目と六限目の間の休み時間。
六限目が終わった後には青春室に直行して依頼者である早川力也と今後の展望について熱く語り合う。というわけではなく、早川力也を呼び出すことが昨日の時点で行き詰った青春委員三人の苦し紛れの決断だ。
さて、どうなることやら。
そんなことを考えていると、前の席で俺の方を見ながら何やら話していた逢沢が不満そうな顔をしていた。
「おいおい、ちゃんと聞いててくれたのか?」
「悪りい。聞いてなかったわ。どんな話だったっけ?」
「だからな、来週の日曜日にオープンする豚骨ラーメン屋に行こうぜって話だよ」
「あー、・・・考えとくってことでいいか?」
「それでいいぜ。青春委員で無理そうになったら遠慮なく言ってくれ。またの機会に行けばいいからな」
「サンキューな。そう言ってもらえると気が楽だわ」
そう言って一段落付き、次の授業の宿題について聞こうかとするとクラスの男子が俺の名前を呼んだ。
俺は声の方に振り向くと。
「お客さん」
そう言われて廊下に立っている男子生徒に向けて視線を動かす。
お客さんとやらと目が合い俺はゆっくりと席を立った。逢沢は行ってらー、とのんきに呟きながら俺を見送る。
俺は廊下にいるその男子生徒を連れて人の少ない渡り廊下まで来た。
授業開始のチャイムまではあと五分ぐらいか。
「んで、早川はわざわざ俺を呼んでどうしたんだ?」
「ちょっと相談があるんだ」
「今日の放課後に青春室に来るだろ。その時じゃ駄目なのか?」
俺だけじゃなく白石や春風の意見もあった方がいい気がする。
早川は覚悟をしたような表情を見せると、駄目だと呟いた。
そんなに緊急なのかと思い俺は少し息を呑む。
実は、そう言った早川の次の言葉を待つ。
なんなんだよ。告白しちゃいましたとかか!?
「実は、来週の日曜日に遠野を遊びに誘おうと思うんだッ!!」
「は、はあ、そうですか」
俺は呆気にとられそう呟いた。思ってたのと違うなー。あまあまだわ。ていうか俺に緊急のこととして相談することか?
「おうけいおうけい。遊びに誘うんだな。じゃあどうやって誘うのかを今日の放課後にでも決めようか」
もちろん青春室で、白石と春風の意見を交えてだ。
だが、俺の考えを裏切るように恋する男、早川力也は力強く言う。
「それじゃ、遅いんだ!」
「んン?なんで。何も遅いことないだろ?」
「今日の放課後にちょっと時間貰ってるんだよ」
「え、誰に?遠野?」
「そうだよ。だからその時に遊びに誘うんだよ。そして、一人じゃ心細いからせめて同じ男でこのことを知っている京橋くんに側にいて欲しいんだ!」
「お前は乙女か!?」
俺は額に手を当てて大きくため息を吐きだす。こいつ、白石に下手に動くな的なことを言われてたよな。いや、まだ告白してないから大丈夫なのか・・・?
「ていうかさ、遊びに誘うぐらい一人でやれよ。絶対俺いらないだろ。ていうか青春委員の俺が一緒にいたらバレるぞ。察しが良い女子なら大体のこと察すぞ!」
「一人はちょっと寂しんだって」
「だから乙女かよ!?ええー、・・・うーん。それじゃあさ、どこかに隠れててもいいか?」
「隠れてたら一人じゃないか」
「だからなー。お前の目の届く範囲にいといてやるから。それで問題ないだろ!はい万事解決」
そう言って俺はチャイムが鳴ったのを良いことにそこから逃げ出した。
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俺は放課後の教室の端っこの席で身を隠していた。ここなら彼女には気づかれるまい。なぜなら少し緊張した面持ちの彼女は、呼び出した男子生徒にしか目がいっていないからだ。
彼女を呼び出した男子生徒も同様に緊張している。体が小刻みに震えており立っているのがやっとなのだろうと見て分かる。
見てるこっちでさえ息がつまりそうなのに、教室の窓も扉も締め切ってある。正直言って早くこの空間から逃げ出したいと思っている。
遊びに誘うだけなのになぜこんなことになってしまったのか。それは早川力也の変な真面目さとポンコツさが同時に発動してしまったからに違いない。
六限目が終わってから俺は再び早川と接触してどうするのかを聞き、それから青春室に足を運んだ。
俺が青春室に顔を出すと、もうすでに白石と春風は楽しそうに談笑していたのだが、やはりどこか緊張しているのかもしれないという雰囲気を感じずにはいられなかった。彼女たち曰く、まともに依頼をこなすのが今回で初めてなのでどうしても失敗したくないという気持ちと、果たして自分たちにそれができるのかという気持ちが交錯しているはずだ。だが、昨日の状態からして後者の方が強いのだろうが。
鞄を置き、財布をズボンのポケットにねじ込んだ俺は、二人に早川がここに来るのが遅くなると言っていたと伝え、喉が渇いたので購買で適当に飲み物を買ってくると言って青春室を後にした。
もちろんそれは嘘で購買には向かうことなく二年二組に足を運んだ。
二年二組に到着したころには、六限目が終わってから二〇分が経過したぐらいだった。流石にまだ残ってお喋りをしている生徒もいるだろうと思っていたのだが、珍しく二年の教室からは話声が一切聞こえてこず、誰もいなかった。
今日この学園の近くで何かのイベントが催されるといった会話が休み時間に行われていたのを思い出し一人で納得していた。
早川はそれどころじゃないようで、深呼吸を無駄に繰り返す。何か会話している方が心が落ち着くのかもしれないと思い俺は口を開けた。
「ところで俺はどこに隠れたらいいんだ」
「そ、そんなこと、今聞いている余裕はないんだ」
「だろうな」
俺はそう呟いて謎に締め切られている教室を見渡し廊下の方を指さした。
「教室と廊下の扉越しで聞いててもいいか?」
「なんでだよ、それじゃ、目の届かない範囲だし、逃げるかもしれないだろ?」
「ええー。最低でもこの教室内で隠れてろってことか?」
「そうだな。ああ、緊張が、やばい」
そう言って震え始める早川を見てため息を吐く。
教室を締め切らなかったら気が楽になるかもしれないのに。
「なあ、なんで遊びに誘うだけなのに呼び出すなんてことしてるんだ?別に休み時間にするなりラインでするなり出来ただろ?」
「な、なにいってるんだよ。こういうのはちゃんとしたところで、二人っきりで直接誘うものだろ」
「俺がいるの忘れてる?もうすでにお前がやろうとしていることは二人っきりってわけじゃないんだからな。そして、俺からしたら遊びの誘いには全く見えないからな!」
そんなことを言っていると、静かだった廊下から一つの足音が聞こえてくる。俺はとっさに教室の端っこの席に身を隠した。
早川は体をわなわなと震え上がらせながら口をパクパクしていた。
もうこいつ泡吹いて倒れるだろ。
足音はこの教室の前で止まり、ゆっくりと扉を開けて遠野が顔を出した。
そのまま彼女は静かに早川の前まで歩いていき緊張した様子で声を出す。
「は、話って、なにかな?」
この瞬間俺は確信した。この状況でのお約束は、告白なのだと。
放課後で二人っきりの教室(この二人の世界には俺という存在はいない)。差し込んでいる夕日が二人を照らしている。互いに緊張した面持ちでどう切り出すべきか分からず、声を出そうにしても上ずってしまう。何とも言えない空気が二人を包み込み頬を朱に染めあう。
こんな状況で告白せずになにをするというのか。言葉にするなら、青春しやがって!!と叫びたくなる程の確定演出。
二人の生みだす空気には第三者の俺も影響を受けてしまい息がつまる。早くここから逃げたい。明らかに場違いだ。
雰囲気が伝染したのか、いつの間にか俺の脳内は早く告白しろ!としか考えられなくなった。
緊張のせいで小刻みに震えている早川は、力いっぱい手を握りしめ覚悟を決めて遠野を見た。
遠野は思わずドキッとしただろう。顔を上げて目線と目線がぶつかり恥ずかしくなるのだが互いに逃げようとはしない。
そして、早川は意を決して言った。
「俺と、一緒に遊んでください!!」
その瞬間沈黙が訪れる。
遠野は目と口をぽかんとしたまま動かない。かくいう俺も、何してんだこいつと思っていた。いや、遊びに誘うのが目的なのだから何の問題もないのだが、いつの間にか告白するものだと勘違いしてしまっていたらしい。
早川は不安そうな顔を見せる。
「ど、どうかな」
「・・・・・・」
無言のままの遠野は俯いて顔を隠しながら肩を震わせ始めた。
そして、大きな笑い声を上げる。
早川は呆気に取られていたのだが、遠野は気にせず楽しそうにしている。
「あはははははははっ、はーあ。あー、面白い。急に呼び出されて、ただならぬ雰囲気で言われたのが遊びの誘いだったとはねー。あー、面白い、やられたー。うん、いいよ、遊びに行こう!」
早川は一気に明るい表情に切り替わる。そりゃそうだ、彼女を遊びに誘うことができたのだから。
「ほんとか。やったぞ」
「なに喜んでるのさ!いつ遊びに行く?二人で?」
「来週の日曜日に二人でって考えているんだけど、どうなんだ?」
「んーとねー。部活もないし、まだ遊ぶ予定とか入れてなかったはずだから大丈夫だよ!」
「よっし、決まりってことで良いか?詳しいことはラインで」
「オッケー。ていうか遊びの誘いぐらいラインでしてくれてよかったのにー。・・・でもまあ、これもこれでありかな」
「何がありなんだ?」
「ひーみつ!それじゃ、部活あるしもう行くねー!」
そう言って遠野は早川に意地悪な笑みを見せて教室を後にしようとすると不意に立ち止まった。そして、頬を赤くしながら顔だけ振り返る。
「これって、デートって認識でいいの?」
「おうよ!」
テンションが上がっているのからしくない返事を早川はした。
「そっか。またね!」
そう言い残して遠野は飛び出して行った。さっきの彼女の心情は誰にでも分かる。とても幸せそうだった。
とりあえず俺は、上手くいったと思い脱力したのか放心状態の早川の肩を叩く。
「ま、お疲れ様。良かったな」
すると、早川は歓喜を表現する雄たけびを上げてから、俺の肩を掴んでぐわんぐわんと勢いよく揺らす。
やめろ、気持ち悪くなる。
だがそんな思いは今の彼には届かない。
「やった、やったぞ!俺はやったんだ!!」
「お前はまだ遊びに誘えただけだからな。・・・あと気持ち悪いからやめろ」
それでも、俺は揺らされ続ける。
今日のあの雰囲気。もしかしたら、そう考えると切りがないので止めるべきだとも思うのだが。遊びに誘うのではなくて、告白していたとしたら、・・・どうなっていたのだろうか。
でもまあ、こいつにはこいつの思い描いていることもあるだろうから、このことは口にしないでしておく。
そんなことを考えていると、再びこの教室の扉が開かれた。
俺と早川は固まってそちらを見る。
「これは、どういうことかしら」
そう言った少女は腕を組んでおり、隣に立っている少女は頬を膨らませながらスマホの画面をこちらに向けていた。
俺は早川に肩を掴まれながら呟いた。
「全てこいつが悪い。俺は無罪だ」




