想像を創造に
昼下がりの長閑な丘を一人の老人が歩いている。あたりは鮮やかな緑に囲まれ、人気はない。向かう先には黄白色の四角錐がひっそりと生えている。陽の光に照らされ神々しい。老人は黒い手袋を外しながらじっとそれを観察する。植物のつるのような紋様とある文字が刻まれている。老人は穏やかな眼差しになり、左手でゆっくりと石碑に触れた。無言を貫いていた老人が重厚なしゃがれ声で「大欲は無欲に似たり」と発した。
「バウム、1―Bで卒検な。生徒は24人。」三十路ぐらいのスーツの男がカジュアルな服装の少年に話しかけた。
「は〜い。これ終わったらもう俺卒業ですよね?」バウムと呼ばれた少年はバックの中から卒業授業検定と書かれた紙を男に手渡した。
「そうだよ。まあ、来月から何するか自分で決めな。卒業おめでとう!」
「ありがとうございます。まだ終わってないですけどね。」
「だな!頑張れよ!」と肩を叩かれた。すると叩かれた肩の上に愛らしいリスがあらわれた。
バウムは何かを悟り、会釈してその場を去った。
バウムの手のひらの上に黄色い光が集まる。体育座りの幼児達が目を輝かせながら話を聞いている。
「これが情素です。ワクワクやドキドキの感情のエネルギーみたいなものです。ほんとは目に見えないのですが、今は説明のために見えるようにしています。」
手の上で浮遊していた黄色い半透明の球体が瞬く間に青い半透明の剣に変化し、右手で握った。
「このようにイメージすると変化します。」オーと声が上がった。なかなか良いリアクションをするものだとバウムは思った。少しサービスをしよう。剣は犬に変化し、教室を駆け巡り、鳥に変化し幼児達の頭上を羽ばたいた。
「このようにいろんなものに……」
すげー!かわいい!うぉー!歓声で完全に話を聞いていない。そして、各々犬や猫やカラスなどを出現させている。
「ちょっと待って、まだ出さないで……」
バウムの制止を無視し、幼児達は教室を走り回っている。そしてどんどんエスカレートしている。ゴリラやワニやライオン、仕舞いには教室ギリギリの象までいる。
「あぁ……」
まあ、どれも半透明で実態がなさそうだから良いかとも思ったが、試験的にはよろしくないなと思った。そうこう逡巡しているうちに、無秩序なサファリパークが出来上がってしまった。流石にこのままではまずい。
「ストーーーープ!」バウムは声を張り上げた。
一瞬にして、動物達は消滅し、その場に残った24人の幼児達はバウムの方をじっと見ている。
「続きは外でやろう!」
幼児達を統率し、外へ連れ出した。このまま野放しにしたら建物が半壊しかねない。
「しっかりしてくれよ、バウム」肩に乗っていた本物のようなリスがその見た目にそぐわないおじさんの声で忠告した。
「わかってます」
「お疲れさん!」リスと同じ声の主が労ってきた。バウムの肩に乗っていたリスは半透明に変化し、その後静かに消えた。
「疲れました」
「だろうな。ま、何はともあれ卒業だ!」
「ありがとうございます。今までお世話になりました。先生」
「お〜よ!なんかあったらいつでも来いよ!」
先生は手袋を外し、手を差し出してきた。バウムもそれに応じる。バウムは先生の爪をじっと観察する。
「そう言えばなんで中指と薬指の爪にだけ模様があるのですか?」
「これか、そうだな〜、なんて答えればいいか……思い出と教養かな。」
虚をつかれた表情のバウムに先生は軽い調子で続けた。
「まあ、そのうちわかるよ!」
投稿するのが遅いかもしれません。気長に待っていただけると嬉しいです。