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僕の嫁 第3章~神社参拝の心得の章~(第十ニ話))





【第十ニ話 大団円】




高砂祭と白鷺武踏会終了と共に喧騒から遠ざかるように季節は秋を迎えた。


この街も世界も未だ滅亡の時を迎えず今もある。変わった事と言えばコンビニの棚にチョコの数が増えた事やおでんが売られ始めた事くらいか。


「もうそんな時期か」


そんな風に思う程度に今も世の中は変わりなく動いている。あの日沿岸警備隊の到着を待つ前に僕たちは白鷺達によって逸早く救出され付近の埠頭へと運ばれた。


そんな僕らの映像は、寡婦のテレビカメラにより国中に中継されていた。そのためか、思ったより警察や救急車両の到着は早かった気がする。


それよりも埠頭で僕達を待ち受けていたのは、テレビや新聞や雑誌のマイクやカメラを抱えた、大勢の報道人達であった。


生きてるのが不思議な奇跡の体現者である僕は、シ-トに寝かされ起き上がる事が出来ない。


高砂神社の関係者は僕と円乗さんの周囲にテントのような幕を張り、報道人から遠ざけようとした。


「よい、今日は空が青い」


「空を眺めたい」


円乗さんの一言で幕は張られる事はなく代わりに白鷺の円陣の中に僕達は囲われた。白鷺は手に弓や剣を持っていたので、ちゃちな覆いよりは堅牢だが。


確かにその日は彼女が言う通り今年一番の、よく晴れた祭日和の夏空だった。


先程までの戦いが嘘のようだ。それにしても円乗さんの不死身ぶりには恐れ入る。さすがあの巫女たちを束ねる首領だけの事はある。


そんな気持ちで僕は自分の傍らに横たわる彼女の顔を眺めていた。


「見世物ではないぞ。何をじろじろ見るか。こう見えてうら若き乙女…手弱女だ」


「手弱女か」


僕の喉から変な空気が漏れる。


「笑い過ぎると体に響くぞ無礼者が!」


「今何を考えている?」


「瞿麦と相生弟…裕君の事だ。二人には気の毒な事をした。姉様は裁かれねばなるまい」


そう言って円乗さんは起き上がる。


あまりに突然現れて、あまりに呆気無く消えてしまった。今もあの二人が死んだなんて僕には信じられない。


「勿論同様の責任は私にもある」


「大丈夫か!?無理するな」


僕の言葉に彼女は笑って首を振る。ついと空気を切り裂くように見たこともない金色の美しい小鳥が目の前を横切り彼女の肩にとまり羽を休めている。


彼女は微笑んで掌で小鳥を包む。彼女が掌を広げるとそこに小鳥の姿はなかった。


「心配するには及ばないぞ。あれはこの私の妹だ」


埠頭に微塵で繋がれたまま記者に囲まれインタビューに応じる散華の姿があった。


最初は犯罪者の一声や姿をカメラに納めようと集まった報道人。すっかり彼女に魅せられた様子でメモを片手に話に聞き入る。



「あの八咫烏の兵器か?あれはアストラル帯という霊素を生体エネルギーとして、あの世や黄泉を渡る。元々八咫烏は黄泉渡の舟。そのアストラル帯を量子変換した後、一端八基の鏡に集積増幅し武器として放つ!謂わば次元転移砲…いやいや…アストラルバスターと書き直してくれ!」


「姉様」


「アストラル・ブラスタ-」


テレビカメラを鷲掴みにして散華は叫んだ。


「姉様!!」


「なんだ?お前羽女とか言ったな、お前の顔はしばらく見たくない。あっちへ行って自分の男と好きなだけチチクリ合うがよい」


散華の言葉に報道人がざわめく。


「なんだ?否定せんのかあ」


「私たちの事はよいのです。それよりこれを」


円乗さんは彼女の後ろに付き添う薫さんから巻き物を受け取ると、それを散華の鼻先につき出す。


「お読み下さい!」


生野菜を差し出された犬みたいに散華は横を向く。


「そんな物漢字ばかりで面白くない!」


「お読み下さい」


「い・や・だ」


なんだか散華がバカ殿様に見えて来た。


円乗さんがしつこく食い下がるので散華が近くにいた寡婦に目配せする。


【只今】


恭しく巻物を広げる。


「煙草」


【気がつきませんで】


「姉様、縁起書に灰が!」


世界創成の書だとか。


「灰皿」


【只今】


もしかして寡婦達を虐げてるのはこの人なんじゃ。


「み、皆さん姉様は生まれついての女王体質故に皆さんにご迷惑おかけしてませんか?」


カンペをプラカードみたいに抱えた寡婦達が羽女の元に殺到する。


やっぱり。


「皆さん、私どもの手違いで島から出れなくなった事は深くお詫び致します。それから皆さんスケッチブックに文字を書かなくても、もうちゃんと喋れます。声出ますから!」


【こうでもしないと】


【私たちは】


【ただのモブ】


【だから、これでいい】


「なるほど…そうであったか」


巻物に目を通す散華の声にふざけた調子はなかった。


「では、あの人は神社に神の生け贄となった訳ではないのだな」


「来るべき時が来れば人は旅立ちます。しかし姉様が言うように、私が祭主となった事で予期せぬ改編が起こり、白鷺武踏会がシステム化してしまった」


「良い人はすぐに逝ってしまう。私やお前のように根性の悪い人間ばかり残るという事か…そう考えれば合点が行く」


「大切な連れ合いを突然失った姉様が、私や神社に疑惑や怨みを抱くのは仕方ない事…しかしその縁起書は祭主が最初に読むマニュアルのようなものですから」


「最初に読んでおれば…申し訳ない」


「私達は瞿麦と裕君という二人の若者の命を散らしてしまいました」


「ああ、それなら大丈夫」


「大丈夫って!?」


「次元転移砲と先程マスゴミ共に説明したではないか、あれらは元来た場所に吹き飛ばしただけだ。上手く帰れたかどうかは知らんが…何処に着いても二人だ」


「姉様に罪を科す事は私には…」


円乗さんはの声には幾分安堵の響きがあった。姉妹だからな、当然だ。


【散華様!!】


「なんだ?」


【成層圏上に待機させたカフカ島が地球に落下し始めました】


【大気圏に突入しました】


「しまった忘れてた」


「姉様?」


「切り札回収するの忘れてた」


島落とすつもりだったのか?


その巻物読んでなかったら…この地球に!?


て言うか、もう落ちて来る!?


「烏の再生は?」


【予定より60‰…遅れています】


「構わぬ。それで出る」


【しかし鏡の損傷が激しく射程が僅か10K…これでは島の落下に巻き込まれ危険です】


「直に私が島を動かす距離まで接近する」


「あ・姉様」


「と言う訳だ。ちょっと行って来る」


「行くって…私も!」


「これは己が招いた禍だ。自分で始末をつける。それにお前にはそんな力は残ってはいまい。大人しくそこでそいつとチチクリあっておれ!」


散華の足元に微塵の鎖が落ちる。


「姉様…鎖!?」


「政だ」


散華は顎に貼った絆創膏を海に投げ捨てた。すぐさま海中から浮上した八咫烏に乗り込む。


「縁日や花火には間に合わぬがには直会には戻る。酒と何かアテ…簡単なものでいい。それから」


それが円乗散華を見た最後だった。


「寡婦たちを頼む」


そういい残して暮れ始めた空に八咫烏は飛び立った。残された寡婦たちが一人で向かう散華に手を降り見送る。投げた寡婦たちの仮面が夕暮れの大空に舞った。


埠頭では声を取り戻した女が歌うオペラが流れていた。


「ベッリ-ニの【ノルマ】ですね」


僕に薫さんが教えてくれた。


「夕暮れに似合う綺麗な曲ですね」


薫さんは目を閉じて頷いた。


「マリアカラスの十八番でした」


今現在もこの星に島クラスの隕石が墜ちたという報告はされてはいない。その証拠に僕たちはこうして平穏無事な日常を送っているのだから。


カフカ島という近海の島も散華も八咫烏もこの世界から忽然と消えた。散華の消息は現在も不明のままだ。


「あれだけ派手な立ち回りを演じた後だから決まりが悪くて隠れているんだと思う。姉様が死ぬ理由があるなら、ぜひともこの私に教えて欲しいものだ」


円乗さんは僕に言う。


「あるいは黄泉渡の舟に乗り今も探しているのかも知れないな」


「探している?」


「姉様の連れ合いはかつては飛行機乗りであったらしい」


しかし島を成層圏まで浮上させる能力があるのならば格闘なんてまるで意味がない。そんな愚問を彼女にぶつけてみたところ。


「姉様は優しいのだ」


そんな返事が返って来た。


寡婦たちの姿を最近街でよく見掛ける。さすがに仮面は祭の時だけらしい。最初は喪服を怖がる人も大勢いた。


しかし彼女達の服の色もいつかは街の色に染まり誰も気にしなくなるだろう。


この世界は出会いもあれば失うものもある。それを繰り返す世の中が僕らが生きる普通の世界なんだと僕は思う。


祭は終わった。けれど僕と円乗羽女の物語はまだ終わってはいなかった。


【第十三話 神社参拝の心得に続く】

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