第2章白鷺武踏会編(本編第8話)
Intermission♪*【Nessun dorma】**
【第八話 白鷺武闘会前夜祭 狂騒曲】
「君が僕の嫁?」
月明かりに佇む白無垢。液晶の光に照らされた小悪魔メイク。ギャル専門誌のグラビアにしたって些かシュ-ル過ぎる光景に僕は息をのむ。深夜に白無垢を着た花嫁に出逢う自体かなりの恐怖体験だと思うが。
「はい。ウチは貴方様の嫁にございます」
最近やっと円乗さんと出逢う事で女性慣れして来た。だが、しかし、ぼっちの僕にギャルはあまりにハ-ドルが高い。
やっぱ結婚したら朝ご飯とか僕が早起きして作るのだろうか。
友達に紹介されて「マジコレなワケ!?ちょ-ウケるんですけど」とか言われちゃうのか。ていうかギャルの人とか小悪魔とかナチュラルとか姫とか…もう全然わかんない。それにこの子、話言葉とか幼女みたいだし。ちびっ子だし。
「お兄ちゃん」
僕にはハ―ドルが高すぎる。こんなじゃじゃ馬乗りこなせないよ!
「ごめんなさい!お兄ちゃんウチと離婚して下さい!!」
そして今そっこ-でフラれる。超展開過ぎて脳みそが追いつかない。
「あにょですね~ウチお兄ちゃんと結婚して、いい奥さんにならないといけないのに、好きな人が他にいて…えっとお…それから!それから!むき―っ!!!」
「まあ落ち着いて」
こうも予期せぬ事態ばかりがが続くと、さすがにこっちの肝は正座する。自分にいい聞かせる意味でこんな言葉の一つも言いたくなるものだ。僕は彼女が落ち着くのを待って訊ねてみた。
「君が僕の嫁なんだね?」
「ひゃい」
「ごめんね。僕そこら辺りの記憶が曖昧なんで詳しく教えて欲しいんだ」
ミントという名の自称僕の嫁は白無垢の袖でげしげし涙を拭きながら頷いた。
「それ角隠しって言うんだよね。重かったら取っていいから」
僕は彼女に座るように勧めた。きちんと結っていない彼女の髪が腰まで下りて暗闇に淡い柑橘の香りを振り撒いた。
僕の隣に腰を降ろす。彼女の重さの分だけベッドが軋む。
「お兄ちゃんは優しいのです」
ミントは鼻を啜る。
「泣いたらせっかくのお化粧が台無しだよ」
彼女がさらに落ち着くまで待ってから僕は一つずつ質問した。
「君は僕の嫁と言ったけど…僕達はその…正式な夫婦でいいのかな?」
「神主様と御両親がいる前でお式を挙げました」
「じゃ…婚姻届けとかも…」
「婚姻届けって何ですか?」
「僕達は何処で出逢って結婚したんだろう」
「神社で…それ以前はお会いした記憶はミントにはありません。結婚は親や神様のご縁で決まるものと昔から決まっています」
政略結婚とまで行かないものの、お見合い結婚というやつなのか。
「さっきの君の話だと僕と夫婦の契りを結んだものの、君に他に好きな人が出来たって」
「チギリ?」
それで今現在僕に嫁がいない理由は一往一来納得出来る。何より円乗さんが僕に対して何かした訳じゃない。
彼女の疑いは完全に晴れた訳だ。もっとも最初から疑ってはいないけど。
「婚礼のお式の場でウチ、いえ私は今彼と出逢いました」
「それはまた随分と劇的な出逢いだね」
自分の事なのに今一つ実感が沸いて来ない。映画や小説やドラマの中でしか、そんな事は起こり得ないと思っていた。
というか僕は式に訪れた身内の誰かに嫁を略奪された男!?そのショックとか、その後の事故が原因で記憶が欠落してしまった。可能性は充分ある。
希人と呼ばれるワ―ルドワイドなぼっちで、嫁なしの僕に新たに【NTR】男の不名誉な勲章が加わった。
「お兄ちゃんと初めて会った日の事ウチは覚えてます。『優しそうな素敵な人』って思いました!『こんな素敵な人のお嫁さんになるんだって』一瞬思いました!!」
一瞬…ね。
「でもウチ別の場所から自分の事を見ている視線に気がついて…その人と目が合った途端にミントは真実のLUVに目覚めてしまったんです!!」
なるほど。NTRまでもいってない。
「なら、今日で僕とは離婚だねミントちゃん」
「お兄ちゃん!?」
「自分にはこの人しかいない。そんな相手に巡り逢えるなんて本当に奇跡的な事だと思うんだ。相思相愛なら尚更だ。誰が何と言おうと自分の気持ちに嘘なんてついたらダメなんだ!…最近になって僕もようやくそれが分かったんだ」
「お兄ちゃん…ミントや彼より、とってもとっても大人ですう!!」
実は恋愛経験0なんだけどね。
「ミント…ミント…お兄ちゃんに色々相談に乗って欲しいです!!…彼の事とか…」
「ははは…彼の事ね」
嫁を奪った相手の恋愛相談って…なんだ、これ!?
「そうなんですよ!ウチだって彼の色に染まろうと、色々ファッションだってお勉強したりしてですね。なのに彼ったらメイドコスばっかりウチに要求して!そもそもメイドで四六時中いたら夫婦生活だけでなく色々も御近所の目もありますし、日常生活のバランスに支障を来すと言いますか」
「確かに夫婦も最初の3年が肝心って聞くしなあ」
「さすが!お兄ちゃまは分かってらっしゃいます!!それに比べて、アイツったら甘えて来るばっかで、御主人様とメイドの設定だってテメエから言ってんのに、こっちだってそうそうアドリブのネタなんか出ないつ-の!あ-!もうイラつくのです!!!」
ミントちゃんはベッドに腰かけて足をバタバタさせている。
「でも幸せなんだね」
僕がそう言うとミントちゃんは俯いて。
「はい、幸せです」
噛み締めるように答えた。僕はギャルとかヤンキーとか大人過ぎるお姉さんとかにほとんど免疫がない。
でもミントちゃんはすごくいい子だ。
女の子を外観や肩書や自分の好みだけで判断したらいけないんだ。
そう神の鎧の如き神官服で武装した祭主がいい例だ。何か嫁というより本当の妹に恋愛相談をしているような不思議な気持ちになる。
「君は好きな人のいる場所に帰るべきなんだ」
この際その幸せな男が誰かなんて、あえて僕が知る必要はないと思った。
「だけど…そしたら…お兄ちゃんが賽の河原に送られちゃうって…鬼が飛び跳ねてるような寂しくて物凄く恐い場所だって…」
「その話誰に聞いたの?」
「夜中に『神様の使い』って名乗る巫女さん達が訪ねて来て」
高砂神社の巫女達だろうか。
「他にその人達何か言ってなかったか?」
「『祭主様は心あるお方。【一月の間に速やかに身辺を整理した後必ず件の方に嫁ぐように】との事です。さすれば、共に禁を破った男の罪も問わない』…そう言ってました」
なるほど「猶予や酌量は情」とはそういう事か。
「そんなの無視して二人で逃げちゃえばよかったのに」
「そしたら、お兄ちゃんが」
星とかネコとかニコニコしたのとか。めいっぱい絵描いたネ-ルを握りしめた小さな拳に涙の粒がポタポタ落ちた。
「僕のために戻って来てくれたのか」
僕は彼女の首を抱え細い体を引き寄せた。
彼女はそのままこてんと僕の膝の上に頭をのせた。
「大丈夫だから」
「でも」
「僕も好きな人がいるんだ」
彼女が顔を上げて僕を見る。
「頑固で、全然融通とか利かなくて、嘘とかつけないくせに、人に言えない秘密ばっかり抱え込んで…本当に何て言うか…だから僕は大丈夫だから、多分ね」
「その人は私の知っている人によく似ています」
「多分君の知っている人だよ」
「やっぱり裕太さんは私のお兄ちゃんになる人です」
「相生ミントは嫁いだ後の名前だよね?」
「はい。旧姓は円乗です」
やっぱりそうか。実の妹に何を町金ばりの追い込みかけてんだよ円乗羽女!
「そ・その新婚初夜ちょっと待ったあ!待って下さい!お願いします!!」
見知らぬ若い男が叫びながら寝室に飛び込んで来た。この部屋セキュリティ笊。
「ミントちゃん!!」
「裕君!?」
部屋の空気が限りない三文芝居と茶番の匂いに変わる。
僕と同い年くらいの男は拳を握りしめ肩をいからせ僕を睨みつけている。
「お前誰だよ!?」
大体想像はつくが。僕から嫁を奪ったと思わしき、この男に全く見覚えがない。全く初対面だ。
「僕は裕です」
「名乗られても、お前なんか知らねえ」
「父の名前は裕太朗」
男の目が涙で滲む。
「兄さん!兄さんの嫁を奪ったのは僕です!ずっと罪の意識に苦しんで来ました!!!」
「お前に兄さん呼ばわりされる覚えはない!俺は一人っ子…」
土下座するように僕の膝に男はすがり泣きついて来た。
「兄さん!兄さん!僕は貴方の実の弟…裕です!!」
「ごめん、ミントちゃん。そこにある僕の携帯取ってくれるかな?」
「お兄ちゃん。こんな夜中にどこに電話するのですか?」
「通報するの」
「どうして!?ミントは良くて僕はダメなんですか!?」
「気色悪いからに決まってる!」
即座に裕とか言う男を蹴り飛ばす。
「お兄ちゃん男には厳しいです」
ミントが僕から携帯を取り上げる。
「お願い…裕君の話聞いて上げて。ミントのお願いだよ」
「ならば仕方ない。ほざいてみろ不審者!」
「ええ!?」
「お前の話が納得行くものなら弟と認めるし、ミントちゃんを奪った事も許してやるよ。性根を入れて話してみせろ」
裕と名のる男は唇を結び決意を込めた瞳を向けると話し始めた。
「なるほどな」
裕の告白は僕にとってミントちゃんの話よりも俄に信じ難く衝撃的だった。
しかし辻褄は合う。裕の話は鉄で出来たジグソーパズルみたいに音を立て僕の欠落した記憶を埋めて行く。
やはり僕は散華の言うように彼女の夫同様この世界に流れついた稀人だったのか。
父親のは大手出版社勤務で裕の話では現在は文芸誌の編集長らしい。
母親は専業主婦。父とは大学時代に登山サ-クルで知り合った。夫婦共通の趣味は山登りとスキー。幼い頃は両親が土産に買ってくるアルペンのチ-ズケ-キが楽しみだった。
何処に出かけても「アルペンは?」とつい聞いてしまい両親を困らせた。
父親の右脛には登山中岩場で転んで負傷した時の三日月状の傷がある。
母が教えてくれたらしい。
「裕の二の腕にあるホクロは裕太兄さんと位置も大きさも同じ」
裕が口をへの字にして僕に見せつける。兄弟の証らしい。母さんは「首筋に母親と同じ黒子があるの」とよく僕や裕に話していた、らしい。おぼろ気だった記憶が徐々に鮮明によみがえる。
「昔から母親とは折り合いが悪くて、昔からその話がすごく嫌だった」
家族しか知り得ない話。
何より裕の声は僕より父親にそっくりだ。裕の話は全てが心の隙間を埋めていく。僕は頷くか唸るしかなかった。なぜ僕は今まで家族の存在を忘れるどころか思い出そうとすらしなかったのか。
「父さんと母さんには親不孝な息子だ。弟のお前にも苦労をかけてしまったみたいだな」
裕は首を振る。
「いいんです。こうして兄さんに会う事も出来たし…本当に僕、ずっと兄さんに会いたかったんですよ!」
胸に込み上げて来るものはあった。けど僕は裕に言った。
「夜が明けるまでにミントちゃんとお前の住む町に帰れ」
「でも兄さんは」
「今はここが僕のいるべき場所だから、僕は帰れない」
「ウチは残らないとお兄ちゃんが!」
「それも神様が決めた事かい?なら好きな二人が手を繋いで一緒にいたいと願うのはそれより大事な宇宙の法則だと僕は思う」
僕は思うのだ。
「一人だと思ってた僕に弟と妹が同時に現れるなんてな。こんな幸せな事はないと思う。急な話で祝ってやれないけど」
すぐに二人を元いた場所に帰さなくては。
「お前達そもそも、ここまでどうやって来た?」
「巫女さん達に連れられて、こ-んな大きなΩをひっくり返した注連縄を潜るように言われてえ」
身振り手振りでミントちゃんが説明した。
「僕もミントちゃんを追いかけて、その注連縄を潜って来ました」
「なら自分達で帰れるな、裕!」
「はい」
「父さんと母さんを頼む!」
「兄さん」
「ミントちゃんと幸せにな」
「兄さんはそれで…いや!ダメですよ!兄さん一人が…」
僕はちらりとミントちゃんの胸元に目をやる。見た目はミニマムだけどなかなかのものだった。
「俺こう見えて貧乳が好みなんだ」
暗闇の中ではっきりそれと分かる舌打ちが響いた。
「明かりぐらい点けたらどうだ?」
部屋の隅の壁に腕組して凭れかかる円乗花女。
「いつから其処にいた?」
「一月前に部屋の前で君に会った時私は言ったはずだ」
「私は日頃足音を立てぬような所作を身につけている」
「私は何処にもいないし何処にでもいる」
ああ確かに思い当たる事ばかり。
「それに私は君の大家だ」
目の前に鍵を翳して見せる。
「悪かったな!頑固で、全然融通が利かなくて、おまけに貧乳で!!!」
悪口しか聞いてない!?おまけに最後は好みだって言ったのに。
彼女の指先がパネルに触れて部屋に明かりが点る。奇しくも「私達はお互いの立場を明確にしなくてはならない」そう言った彼女の言葉通りに。
「簡単な話だ。瞿麦!」
円乗さんはミントちゃんを睨む。瞿麦…なでしこ…それがミントちゃんの本当の名前なのか。
「先程からお前は自分の事をミントちゃんとか呼ばせているが…私の妹は円乗瞿麦はずだが?」
「みんなにはミントで通ってます。HN以外で呼ばれるのって、ミント的にはある意味素っぴんと同じくらい恥ずかしい のです」
「神様から与えらた名前を嫌うのは血筋か…何でもかんでも血筋で片付けてもらっ
ては堪ったもんではないが」
本音だろうな。
「瞿麦なんてださいのです!漢字で書くのめんどくさいし、可愛くないからミントちゃんがいいのです!漢字も自分で考えて美無天にしたのです!」
「それからその化粧!話言葉!言いたい事はまだ山程あるが」
「しゃびばせん…姉様…」
下の身内には厳しい家風なのか。円乗さんの顔が段々散華に見えて来た。
「まあ、しかし姉との約束を守り嫁となるべく戻った事は評価してやる」
「あ姉様それは」
「ミントちゃんのお姉さん!話を聞いて下さい!」
ミントちゃんのお姉さん。
「貴様か!?何故ここにいる!?貴様のような嫁盗人が!よくもぬけぬけと私や彼の前に顔を出せたものだな!?命が惜しくば早々にこの場から立ち去れ!この山犬の仔が!!」
一応僕の弟なんだけど。
「僕ミントちゃんの事本気で愛してます!!必ず必ず幸せにしてみせます」
「裕君!?」
よく言った弟。兄として助け舟の一つも出してやりたいが、ここは黙って静観しよう。
「ただ惚れたはれたで引っ付くならサカリのついた犬猫と変わらんと言っておるのだ。君はそんな事も分からない愚か者なのか?君は今の君の兄を見て何を思った。己の分や立場を少しは弁えたらどうだ?相生弟」
「それでも僕は」
「それでも…とは実の兄を地獄に落としても、という意味だぞ」
僕の行き先が地獄に昇格してる。
「それでも…俺は…ミントちゃんと…」
握りしめた裕の拳や肩が小刻みに震える。やはり酷か…助け舟を。
「お兄ちゃんを地獄に落としてもウチは裕君と一緒がいいのです!!」
ミントちゃんが裕と円乗さんの前に立ちはだかる。
いいぞ!ミントちゃん。
「僕も…」
「裕君はそれ言ったらダメなの!言えないのが正解で、それが私の好きな裕君なんだから!」
「ミントちゃん今からでも僕の嫁にならないか?こんなヘタレ弟より…」
「イヤです!」
「だってさ、羽女姉さん。僕は完璧にフラれたみたいだ」
「そんな…夫婦となるべき縁の者同士が顔を合わせて…こんな事が起こりうるのか!?お前達お互いにお互いを見て何とも思わぬのか!?」
「全然」
「何とも…お兄ちゃんはお義兄ちゃんです」
「大体僕は貧乳」
円乗さんに睨まれたので黙る。
「ふむ」
円乗さんは考え込むように押し黙る。
「大体私は普段はサラシを巻いておるのだ!これでも結構脱いだらすごいのよ~」
円乗さんがミントちゃんを睨む。
「今度変なアフレコしたら舌を引き抜く」
「ハイ!ハイ!ハイ!姉様!ミントから提案があります!!」
「却下」
「そんなあ…まだ話とか全然聞いてくれちゃってないに~なぜ却下ですか?!」
「少し黙れ。寸足らずの舌足らずが」
「ミントはこう見えて声優さんに憧れてます」
「もはや聞く耳持たん。話す舌もだ」
「お義兄ちゃんが地獄に送られずミント達もLUV2でいられる方法があるんです!!」
もう地獄行きは確定事項なのか。
「黙れと言っても、どうせ話すのであろうが」
「姉様、私達は白鷺武踏会に出場致します!…です」
ここに来て円乗散華の予言的中率が半端ねえ。最後の世界の破滅だけは外れて欲しいが。やな事は全部当たる。
「私達は白鷺武踏で優勝を果たし三國一の夫婦となります!それなら石頭の姉様だって私達を認めざるを得ないのです!!けだし名案なのです!!!」
「ちょっと待て…ちょっと話を聞いてくれ瞿麦」
「報奨として私達はお義兄ちゃんの特赦を要求します。勝ったら何でも望みを聞いてくれるんでしょ?」
「そういう事ではないのだ」
「もはやウチらを止める事は誰にも出来ないのです。ね?裕君!」
「ミントちゃんと一緒にいられて
兄さんも助かるなら僕も出るよ!…舞踏会ってダンス大会?」
「パンクラチオンなみの命の取り合いだぞ」
「死ぬ気で踊ります」
「ウチがリ-ドするから大丈夫」
死の舞踏とはこの事だ。
「お前達が優勝しても望むものは多分得られない」
円乗さんの言葉に散華の言った生け贄という言葉が脳裏を過る。
「そんなに姉様が自分の我を通したいならミント提案があります」
「ミントちゃん、おこりんぼモ-ドはダメだよ!」
なんだ?おこりんぼモ-ドって。
「そんなにウチらの仲を裂きたいのなら、姉様も白鷺武踏会に出場するのです!!」
むちゃくちゃだ。
「そしてギッタギッタにしてやるのです!!!」
「瞿麦」
「ウチの名前はミントちゃんだって、さっきから言ってるのです。イラつくのです」
もうめんどくさいからミントちゃんでいいよ。
「夫婦ではない者は単独では出場する事は出来ない」
「じゃじゃ~ん!?姉様のお相手はそこに!」
ミントちゃんは僕を指差した。
もし出場したら僕もミントちゃんにギタギタにされるのだろうか?
「ミントちゃん…実は今日は大変な事態になるかも知れないから、祭やイベントどころじゃ…」
「相生君、高砂祭も白鷺武踏会も中止にはならない。何故なら円乗家は賊の恫喝にも卑劣なテロリストにもけして屈しはしないからだ」
「流石姉様です」
「無論、お前達二人の参加も認めない」
「はい?」
「相生弟はこの世界の住人ではない。よって参加資格はないと見なす、以上だ」
「分からず屋のかちかち石頭!」
「下らん挑発だ」
「言って分からない石頭には力押しなのです」
ミントちゃんは力比べを要求するように右手を差し上げる。
「寸足らずでも舌足らずでもミントの剛力は円乗3姉妹随一なのです」
円乗さんは鼻で軽く一笑すると右手を差し上げた。その動きに呼応するように禰宜達が室内になだれ込む。
「単一電池のバカ力に勝る力があるとすれば、それは権力なのだよ単細胞女」
完全に悪役の台詞。
「神に仇なす造反者共だ。直ちに拘束しろ」
禰宜達が得物を手に僕達に詰め寄る。
「交渉決裂ですわ」
ミントちゃんは飛び退いて背中から武器を取り出そうとしている。
「交渉?不当で違法な要求の間違いだ。このごり押し馬鹿が」
「その石頭、今から粉粉のパウダーにしてくれるのです!!」
「貴様など、この小指一本で充分だ」
なんか夕方も見た…こんな風景。
「さてと」
僕は禰宜達の前に進み出た。
「縛るなり何なりと好きにしてくれ」
「お義兄ちゃん!?」
「ミントちゃんに物騒なものは似合わないよ」
僕はそう言って彼女の頭を撫でた。
「でもでも」
「大丈夫だから」
「お兄ちゃんがそう言うなら」
何の武器かは知らないがミントちゃんはとりあえず怒りと矛をおさめてくれた。
根拠はある。
「姉様、着物は歩きくいので普段着のメイド服に着替えたいのです」
「メイド服!?瞿麦、お前は何時からあんな露出の多いなおかつ生地が少ない扇情的なフリルやレ―スのついた服を普段着にしているのか!?」
「へえ旦那の趣味でして」
「破廉恥な!」
「破廉恥ね」
「なんだ、相生君何を笑っている!?」
「別に」
「今度は目を閉じて何を」
「何も思い出してません」
「お、思い出してる!絶対いやらしい私の姿を今思い浮かべておるのであろう」
「なんか…いちゃいちゃし始めたのです」
僕達は全員身柄を拘束され明け方近くにマンションを出た。その時円乗さんは僕に呟いた。
「何故君は一人だけそんな風に平然としていられるんだ?ただでさえ、あの弟の話を聞いた後だというのに」
円乗さんの怒りの半分は僕の境遇を思ってのことだった。
「別に僕は一人で何処に送られても平気なんだ。だから裕とミントちゃんだけは何とかして欲しい。僕がいいなら問題はないだろ?」
「賽の河原は何時果てるとも知れぬ無間の領域だぞ!そんな場所に一人で行って平気だと言うのか!?」
「別に一人じゃない」
「一人じゃないって」
「いつも円乗さんの事思ってるから一人じゃない」
「バカ者が」
根拠はそれではないが僕は円乗さんといつも繋がっていたいと思う。目を閉じなくても空想なんてしなくてもいつでも彼女を思い浮かべる事が出来る。
そしたら僕は多分どんな場所にも根を下ろして生きていける気がするんだ。勿論それは思いつく限り最悪の結末だけど。
あの時ミントちゃんと円乗さんが一触即発になった時。彼女はこっそり僕のシャツの袖を何回も引っ張ったんだ。
ほんの一瞬彼女と視線を交わした。僕はそれを信じた。ミントちゃん、裕、もし外れだったらゴメンな。
必ずお前達だけは何とかするから。僕は君たちのお兄ちゃんだからな。
長い神社の階段を上る。広大な境内の社の裏にある鎮守の森の奥にある石牢。
巫女達は元々は向去山という霊山で修行を積んだ修験者達の子孫であるという。
その修験者達が修行に使ったという天然の洞窟を利用して造られた石牢は今でも断食の行などにも使われるらしい。
その巫女達も震え上がる石牢に僕達は放り込まれた。
やがて朝になり、遠くから花火が空で破裂する音や、近くから祭囃子が聞こえ始めた。
街の外を歩く人々は祭の装いに身を包む。女達は白無垢にウェディングドレス、綿帽子に角隠しにブ-ケ。
男達は白の洋装に同じく白の和装、紋付き袴。高砂祭は夫婦の祭。
出逢う前の魂に戻る。その意味合いから男女共に白い仮面を被り手を繋ぐのが習わしだ。
けして離れぬように。
けして離さぬように。
繋いだ手を何時までもと願い神に祈る。
街中が無垢な白一色に染まる。
高砂祭と白鷺武踏会が今年も幕を開けた。
【第九話 白鷺武踏会に続く】