変わらない未来
他の小説で未来が見える人物を登場人物として書こうとしてる時、不意に思い浮かんで短編として書いた作品。案外スラスラ書けた。
思い浮かんだシリーズ三つ目です。少し長いですが、暇な時にお読みください。
自信作でもあります!
俺の目には未来が見えた。
比喩ではない。未来を予測し、視界に写し出すのではない。無論、俺にそれが出来るほどの脳を持ち合わせてはいない。
そして、厨二病でもない。最初は思春期に有りがちなものだと思っていたが、第三者視点で目に写った未来は現実として現れた。どんな行動を取ろうと覆せない。そう、どんな事をしようとも…だ。
未来が変えられないのなら未来を見る必要性が感じられない。それはその場の先見でしかないのだから。
どんな不幸な未来も回避できない。未来は。いや、運命は最初から定まっていると俺は気づいてしまったのだ。
俺は思った。その未来が見えなければ、或いは未来を覆す力があればどんなに良かっただろう。
俺は幼なじみである女の子が自身を見ながら前髪を整えている時、気になり、見てしまったのだ。
それは、幼なじみが一週間後に死ぬという未来。
何度もいうが、未来は覆せない。俺にはどうにもできない。
見える未来は断片的だ。何故死ぬのか、何処で死ぬかまでは明かしちゃくれない。
俺が見えたのは自身が死ぬという未来とその隣で叫ぶ俺以外の、シルエットに覆い隠された一人の女性のみ。彼女が死ぬ時刻は23時50分頃。それしか見えず、その場に俺は居なかった。
幼なじみは交通事故で死ぬのかもしれない。急な病が発作して死ぬかもしれない。殺人鬼に襲われるのかもしれない。どう回避しようとしても変わらない。
未来。いや、運命は覆せない。幼なじみは確実に居なくなってしまう。それが堪らなく悲しく、幼なじみに出来る限り優しく接した。
最初はいつもと違う俺のことを気味悪がっており、距離を取った時もあったが、幼なじみは順応が早い。二日経たずしてこれが俺の新しいキャラとして受け入れた。
欲しいものを買ってあげた。ご飯を奢ってあげた。行きたい場所に連れていってあげた。他にも彼女が望むことをしてあげた。
だが、それだけでは彼女が遠慮をしてしまう。
だから俺は、その代わりに一つ約束を契った。
『一週間後、施蔑駅の前で会いたい。話したいことがあるんだ』と。
彼女は間の抜けた顔をしたが、照れた顔をして約束を守ると言ってくれた。
何故いつも会っているはずなのに駅で会って話すことがあるの?等と無粋な質問を彼女はしなかった。文面から読み取れたのであろう。俺が彼女に言いたいことを。
俺は彼女に言っておきたかった。彼女が居なくなる前に。そして、彼女の最後を絶対に見届けたかった。未来は変えられないのに。見届けられるはずがないのに。
施蔑駅は時間を定期的に伝える。彼女が死ぬ時刻は明確だ。だが、話している途中に時間を確認するなどは論外。
だからこそ、朝六時から零時まで三十分毎に時間を刻み、伝える施蔑駅を選んだのだ。
そして日は過ぎる。彼女と過ごす日常のような日々が、当たり前のようにあった日々がまるで遊園地に毎日行っているかのように充実して感じる。濃厚で、記憶に植え付けられたまま大樹のように根強く鮮明に残り続けるであろう深い思い出。忘れることは永遠にないだろうと俺は信じている。
そして、一週間が経った。
流行りのコーデで着飾り、ドキドキとした心を胸に施蔑駅のホーム前でスマホを片手に彼女を探す。時刻は23時半。既に施蔑駅は時間を知らせた後だ。
待ち合わせ時間は23時なのだが、彼女が時間になっても来ない。だが、これはいつもの事。だが、今日という日に限りいつもの事だろうと寒気がする。
もしかしたら。俺の居ないところで死の運命をたどっているかもしれない。あの未来に俺はいなかった。だから、ここに来ないことだって十分にありえる。そうだとしたのなら、もう手をつけられない。彼女と最後の別れも。想いを伝えることもできない。それは悲しく、虚しくなる。だから、来てほしい。まだ、辿らないでほしいと心から願う。今の俺には願うことしかできないのだから。
俺は彼女が来ないことの不安を紛らわすために駅から流れ出た其処らの人々の未来を覗き見ることにする。この力を使えば預言者や占い師になれるかもしれない。だが、犯罪組織などに悪用されるのは目に見えている。未来だけに…。
まあ、だからこそ俺はこの力を公表したりしないのだ。
人々の未来を見てみると大成したり、堕落したり、逮捕されたりと色々だ。
幼なじみと同じように今日亡くなってしまう人もいた。その人を見てから未来を覗くことをやめた。彼女と重ねてしまうからだ。
重ねると涙が込み上げてくる。心の中が空虚になり、白く染まっていく。胸の中が無性に痒くなり掻きたくなるが、人体は胸の中。つまり心に付着する苦しみという名の異物を取り除くことはできない。もどかしい気持ちに襲われるだけでこの感情は終わるのだ。
こんな気持ちになってしまうからこそ、彼女の未来をあれ以来覗いていない。変わらない未来を覗いたところで虚しくなるだけなら覗くだけ無駄なだけだ。
暫くするとグリーンコートの彼女は来た。まだ運命を辿ってはいなかった。まだ会えた。心が踊り、その躍りの激しさから異物は何処かへ吹き飛んでしまった。
髪を短く切り揃え、毛先をマフラーで覆い隠す。普段はしない化粧をしているようで、不馴れなのか少し厚い。化粧しなくても十分美人なのだが、化粧している姿も違う感じで可愛らしい。
俺のことを見つけると照れた表情で髪をたくしあげながら、小走りで此方へと向かってきた。
「ごめん。遅れた」
「いいよいいよ。気にしてないから」
「え~!そこは今来たところとか言うんだよ?」
「そうだったっけ?ハッハッハ」
「…」
「…」
乾いた笑いを飛ばす。いつもなら此処から続くはずの言葉が全く出てこない。彼女も俺も頬を真っ赤に染めて両者共に目線をあらぬ方向に向ける。
言葉が続かないまま何十分経っただろうか。体感時間では一時間と下らないだろう。だが、実際には十分とて経過していない。時間の流れがとても遅く感じる。彼女も同じ気持ちなのだろうか。
だが、時間も迫っている。俺は言葉を切り出した。
「…なあ俺、お前に伝えたい事があるんだ」
「う、うん…」
「言うぞ」
「うん…」
心臓が高鳴り始める。弾けるように鼓動を鳴らし、身体中に血という名の熱を送り込む。寒いはずの体温がまるで真夏のように感じた。
口は開くが言葉がでない。寒いからではない。想いを伝えようとする俺の体は火照るように暑い。
これは恐れだ。拒絶されることの恐怖、現状から一変するであろう言葉の重み。想いが叶えば幸せの頂点へとのしあがり、想いが潰えれば深い絶望へと叩き落とされる。
それらを恐れている。情けない。なんと情けないんだ。一人の女性に想いを伝えることよりも現状が壊れることを恐れているなんて。
バシンッ!!
両頬を思い切り平手打ちし、緊張や恐怖を打ち払う。頬はジンジンと痛み、少し腫れた。気持ちも晴れた。
「だ、大丈夫?」
「うん。大丈夫」
ここで伝えなければ彼女には一生言葉を交わせなくなってしまう。そうなってしまえば俺の心の中には後悔として永遠の異物として生涯残り続けるだろう。
それだけは駄目だ。ここで伝える。これ以上一緒に過ごせないけど、気持ちを伝えるだけは…いいよね?
深呼吸し、気持ちを整理する。言葉はもう出たがっている。これ以上縛り付けておくのはいけない。
俺は喉元に留まっていた言葉を解放させた。
「す、好きなんだ!俺とつ、付き合って「きゃぁぁぁぁぁ!!」い…って、え?」
声がする方に目を向ける。
そこにはフードを被った黒い男とその近くで仰向けのまま横たわる女性。地を鮮血が赤黒く染め上げ、あまりの光景に吐き気を催してる者も多々いた。
男は女性の胸に刺したサバイバルナイフを勢いよく引き抜き、身体中を真っ赤に染める。そして、此方を向いた。どうやら狙いを幼なじみに定めたようだ。彼女はここで死ぬんだろう。それなのに、俺は助けることはできない。俺は見ていることしか出来ないのだ。
男は走ってくる。サバイバルナイフを前に出し、突進と同時に心臓を一突きにするつもりのようだ。何故幼なじみを狙うのか。癇に障ったのかもしれない。偶然、二人目のターゲットになったのかもしれない。俺達が約束を契った所を見られ、狙われていたのかもしれない。他にもあるだろうが、どれほど考えようとも、わからない。殺人鬼の考えることなんて、わかるはずもないのだから。
そこで不意に幼なじみに視線を向けた。彼女は怯えて動けないようだった。恐怖に、感情を塗りつぶされている。
ガクガクと肩を揺らしながら殺人鬼の方をずっと見ていた。目を話すことさえできないほどに恐れていたようだ。
次第に男は幼なじみと距離を縮めて行き、もうあと三歩の所まで来た。
ここで彼女が死ぬことはないだろう。現時点では俺がいる。俺がいる間に、彼女が死ぬなんてことがあったのなら運命を辿っていないこととなる。だから見守っていても大丈夫だろう。
そう、内心では思っていた。だが、それでも俺は身体を動かし、彼女を突き飛ばした。
運命は変えられない、変わらない。自分でそう結論付けたはずなのに、彼女を守るために行動しているのだ。我ながらバカだと思う。だが、自分の事ながら誇らしくも思えた。
彼女を突き飛ばしたなら突き飛ばされる前に彼女がいた位置に俺がいることになる。つまり…。
グサッ…。
サバイバルナイフが突き刺さった。暖かかった身体が更に暑くなる。腹部を触ってみるとドロドロと何かが抜け落ちていた。
そう言えば、自分の未来を見たことなんてなかったな。もしかして、俺も今日死ぬ運命だったりしてな。
苦笑いしながら内心そう思う。
隣を見ると袖を黒く染め上げながらも俺の手を握り、彼女は泣いていた。手の感覚が無い。隣を向くまで気づかないなんてな。
てか、早く離れろ。殺人鬼に殺されるぞ?
そう言おうとしたが、殺人鬼は駅の近くの交番にいた警察に取り押さえられていた。抵抗してるそぶりはない。殺人鬼の考えることは本当にわからない。
だが、やっと想いを伝えられる。今度は邪魔されることなどないだろう。
弱い力ながらも彼女の手を握り返す。彼女はビクッとなったが、気にしない。思いを伝えるんだ。今。
「好きだよ。俺と付き合って下さい」
掠れる声で発した簡単な言葉。口に出してみれば重荷がスッと降りたような解放感に見舞われる。
こんな簡単な言葉を言うのに苦労していたなんて。恋とは大変なものだな。
俺は彼女の返事を待つ。
そして、数秒と待たずして彼女は手を強く握り返し、言った。
「私も好き!だから死なないで!生きてくれたら何でもしてあげるから!お願い!ねぇ!」
「うん。何でもって言ったね?」
「え…そ、それは…」
「期待…してる…よ…」
「まって!まってよ!!」
彼女はそう叫び続ける。が、俺もそろそろ限界な気がする。
血を流しすぎたのだろう。意識が朦朧としてきた。
でも、彼女から重要な言葉を聞いてない。しっかりと返事を貰わないと。言質はとらないとね。
「ねぇ。最後に…さ…返事、ちょうだい…よ…。いいのか…わ、悪いのか…。」
「いいよ!いいに決まってるじゃん!だから…だから!」
「そうか…ハッハッハ…ありが…と…う…」
もう意識を保つ気力はない。返事は聞けた。
そこでゴーンと機械音の混じった鐘の音がなる。
この音は三十分毎に鳴るようになっている鐘の音。それほど大きいわけではないのだが耳に残るような独特の音色を奏でており、聞き逃すことは殆どない。
それで気づくことができる。今日という一日が過ぎたことを。
ハッハッハ。なんだ。未来、運命、変えられるじゃないか。
泣きながら俺の名を叫ぶ彼女をみてそう思う。
覆らないと思っていた未来は変わった。これは愛の力って言うのかな?言葉にするのは恥ずかしいから口に出さないでおこう。
彼女はこれからも逞しく生き続けるだろう。そう信じてる。
…でも、死にたくないなぁ。悲しいなぁ。そこで不意にこう呟いてしまった。
「まだ、君と一緒に…居たかったな……」
この言葉を最後に俺は限界まで保ち続けていた意識を手放した。
と同時に、この世界の生物全てが持ち合わせている生存権も手放したのだった。
読んでいただきありがとうございました。
よかったら評価などよろしくお願いします。
(*-ω人)